罰を受ける
翌日の朝、瑞樹は身体が鉛の様に重い感覚を覚えながら目を覚ます。昨日の一件どう考えても自分の甘さが招いた結果だと、瑞樹は悶々と考え込みろくに眠れなかった。それにファルダンのへ謝罪もしなければと、心境はさながら断頭台でその時を待っている様な気分だった。
「んぅ…おはようございます姉さん。…あの…姉さんの顔、凄い顔になってますよ?」
「おはようノルン…そんなに私の顔酷い事になってる?」
瑞樹は女声でノルンに挨拶する。ノルンの中では瑞樹は良き姉で、瑞樹もそうであるよう努めている。そのノルンが寝起きで苦言を呈す程なのだから、余程酷い事になっているのだろう。
「はい、目の下が凄いです。正直怖いですよ」
「えぇ本当?参ったな…仕方ないお風呂で温まってくるか。ノルンも昨日お風呂入ってないでしょ、行こ?」
「はい、お伴します姉さん」
そう言って二人は浴場へ向かう。ビリーも誘おうかと瑞樹は一瞬考えたが、どうせまた飲み過ぎて寝ているだろと放っておく事にした。
「良いお湯ですね姉さん、それに朝からお風呂だなんてとても贅沢な気分です」
「そうだねぇ、あぁ~疲れが取れるぅ~」
「姉さんおじさん臭いです」
「アハハ、ごめん」
二人は蕩けながら他愛も無い会話を楽しんでいた。夢見心地で極楽気分、風呂は命の選択とは良く言ったものだ。漸く思考回路が復活した瑞樹は、そういえばともっちもちに蕩けたノルンに話しかける。
「そういえば、今日もファルダン様の所へ行くからお留守番よろしくね」
それを聞いた瞬間、蕩けていたノルンはすぐにキリっとした表情に戻り、じっとりとした視線で瑞樹を睨む。
「姉さんがファルダン様に用事があるのは分かりましたけど、くれぐれも変な人に付いていったら駄目ですからね?」
これじゃどっちが子供か分からないなと、瑞樹は苦笑しながら「善処します」と返した。するとノルンがムッとした表情で「善処じゃありません、そこははいです!」と瑞樹を叱りつける。その後瑞樹は一回りも二回りも年の差がある少女にお説教される事と相成ったのである。
朝食を食べた後、瑞樹はファルダンの邸宅へ向かう。気分は憂鬱だがこればかりは逃げる訳にも行かない。重い足取りで何とか邸宅へ到着し、扉をゴンゴンとノックする。するといつもはファルダン自身が出迎えてくれるのだが、今日は数少ない従者が出てきた。
「あぁ瑞樹様ですか、おはようございます。今日はどういった御用でしょうか」
「ファルダン様に昨日の件でお話しがしたいと思いまして、大丈夫でしょうか」
「伺って参りますので少々お待ちください」
そう言って従者は玄関から一番近い待合室へと瑞樹を連れていく。いつもは直接ファルダンの部屋へ行っていたので、瑞樹は不思議な気分になる。ただ侯爵自ら玄関までお出迎えなど本来あり得ない事なので、今までの方が異常なだけだ。少し待っていると先程の従者が部屋に入ってきた。
「ファルダン様から面会の許可が出ましたので、どうぞこちらへ」
従者の案内を受けながら、ファルダンのいるいつもの部屋へ通される瑞樹。いつもは勝手に部屋へ向かうのでこれまた変な気持ちになる。
「瑞樹様をお連れしました」
「どうぞお入りください」
主からの許可を受け、従者が扉を開けたのだが、ぽけっとしていた瑞樹はそれに気づかず従者に促され、慌てて部屋へと入る。
「瑞樹殿どうかされましたかな?どことなく上の空というか、様子がおかしいですぞ?」
ファルダンは片眉を吊り上げながら不思議そうに問いかける。
「いえ大した事では無いのですが、よくよく考えると従者の方に案内されて来たのって初めてだなと思いまして。ファルダン様のご厚意に私も甘えていましたが、これが普通なんだろうなと」
それを聞いたファルダンが少しだけ眉を寄せて、困った様な感じで微笑んでいた。
「その様な事でしたか、それこそ今更でしょう。それにわたくしは今でこそ貴族ですが元々は商人の出です。下手に畏まられるより、気軽に接していただけた方がありがたいです。気兼ねなく話せるというのは人としても商いとしても大切ですから」
ほっほといつもの微笑みを浮かべながらファルダンは話す、それを聞いた瑞樹は少し気分が落ち着いた。
「ところでファルダン様、今日は珍しく従者の方に出迎えて頂きましたけど、もしかしてお忙しいのでは無かったのですか?」
「いえ大した事ではありません、ただ昨日の件を王都に報告する為に書簡を書いていたのです」
「王都に報告…という事は私もついに正体がバレる時が来たと言う事ですか」
「いえ瑞樹殿の事は報告しません。あくまでドレイク卿が反逆を企てたという事実のみを報告するのです…それに恐らく王都は既に瑞樹殿の事を知っている筈です、あのような小物ですら調べられるのですから」
ファルダンはさらに「それに今瑞樹殿の事を報告するのは勿体ない」と付随する。それが本音かと若干呆れつつ瑞樹は意を決して口を開く。
「ファルダン様、此度はご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした!」
瑞樹はがばっとソファから飛び降り、故郷に伝わる伝統奥義、土下座をする。勿論この世界に土下座など存在する訳がなく、ファルダンも目を丸くして驚いていたが誠意だけは伝わった。
「ほっほ、瑞樹殿。終わった事を悔いても仕方ありません。貴方が反省したのならそれで充分でありましょう」
「ファルダン様…寛大な対応ありがとうございます。貴族の怖さを身を以て経験した以上、同じような失敗は二度といたしません」
「ほっほ、貴族の怖さとなるとわたくしはさぞ恐ろしい化け物に見えるでしょうな」
あくまでファルダンは微笑んでいたが、それはもう少し言葉を選べという裏返しでもあった。瑞樹はまたやってしまったとあわあわしながら、ひたすらに頭を下げる。
「少々瑞樹殿に意地悪をしてしまいましたが、此度の件少なからずわたくしにも責任があります。ですからそんなに負い目に感じなくても良いのです」
「…え、それはどういう意味ですか?」
あれのどこが意地悪だと瑞樹は少しだけ目を赤くしながらファルダンに問いかける。するといつもの微笑みは失せ、苦々しい顔を見せる。
「領主たるもの領地の安寧の維持は重要な責務です。原因が貴族であれ平民であれ少なからず監督責任はついて回ります。しかも今回は未遂とはいえ反逆を計画していたのです。本人は処刑を免れないでしょうが、わたくしも責任を問われる事になるでしょう」
ファルダンはこめかみを抑えながら「頭の痛い話です」と付随する。
「それは…あの護衛の人もですか?」
「勿論。反逆の罪は瑞樹殿が思っている以上に重い。一族全てが処刑されるなど珍しい話ではありません。まぁ反逆罪に問われた者など最近ありませんでしたが…瑞樹殿に思う所があるのは分かりますが、優しさと甘さは違います。それを忘れないで頂きたい」
「…貴重な助言感謝します」
あの貴族の護衛、バルドは自らの主を打擲してまで諫めてくれた。恩義を感じている訳では無いが、悪い人では無かったのにと瑞樹は胸をずきりと痛みを感じる。
「ところでファルダン様、私がご迷惑をかけてしまったのも事実です。私に出来る事があれば何でも致します」
事の原因は自分にあると未だ固持している瑞樹は、せめて何かしらの償いをしたいとファルダンに提案する。すると瞼が薄く開き、ぎらついた視線を瑞樹に送りながら「ほう、今何でもと仰いましたか」ととても悪そうな笑みを浮かべる。自ら餌になりに行く辺り、瑞樹はまだまだ甘かった。
「瑞樹殿がそこまで罰を望むと言うのならわたくしも吝かではありません。では一つ瑞樹にお仕事を依頼しましょう」
「そ、それは一体何ですか?」
瑞樹はごくりと唾を飲み込む。一体何をさせられるのだろうと、言い出しっぺは自分だったが気が気で無かった。
「後日わたくし主催の会食が開かれるのですが、そこで瑞樹殿の歌を披露して頂きたい」
意外と普通な内容に瑞樹はかくっと肩を落とす。
「さらにもう一つ、瑞樹殿独自の歌を用意して頂きたい。確か楽士を用意すれば歌を作成してくれると伺ったのですが」
「えぇ曲さえ提供して頂ければ大丈夫ですけど、何故その事を?」
問いかけてもファルダンはほっほと微笑むだけだった。ただその目は聞かない方が良いと雄弁に語っていた。
「で、でも随分と急ですね。もしかして初めからそのつもりだったとか?」
恐る恐る瑞樹が聞くと、ファルダンはふるふると首を振る。
「こればかりは全くの偶然です。本当はピアノの演奏のみの予定だったのですが、瑞樹殿がどうしても言うので」
「は、はぁ。でも私は人前に出られる程上等な服は持っていませんよ?どのような方が来られるか存じませんけど、あまり下手な格好で出れば主催者であるファルダン様に泥を塗ってしまう事になります」
「問題ありません、これから仕立てれば当日にはぎりぎり間に合います」
あまりの段取りの良さに本当に偶然なのか瑞樹は疑っていたが、問う事はしない。もうファルダンの背筋も凍り付く様な怖い笑みを見たくなかった。
「いつからか風の噂でこんなものが流れています。聖女の如き美声を持った者が歌で人々を魅了している、と。それは恐らく—」
瑞樹殿の事でしょうなと笑顔でファルダンが述べる。変な噂が流れているのは瑞樹も少しだけ知っていたがここまで尾ひれがついているとは、瑞樹は頭を抱えるしかなかった。
「それに瑞樹殿の歌はわたくしも個人的に興味がありました。噂の正体を知るには絶好の機会でしょう?おっと話しが決まったのなら早速準備をしないといけませんな」
瑞樹はファルダンに文字通り引きずられながら、仕立て屋に連行される。とても老人とは思えないその膂力と有無を言わせない強引さに瑞樹は驚きつつ、甘んじて着せ替え人形の任を全うする。その後は楽士の元で作詞と、とてもハードなスケジュールをこなすのであった。
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