続・強欲は身を滅ぼす
話しは少し遡り、瑞樹が謎の男達についていった所に戻る。人混みに飲まれビリー達の姿が見えなくなり、少しだけ寂しく心細くなる瑞樹であったが、とある目的の為に今は大人しくしておこうと今一度心の中を整理し、落ち着かせる。
そもそも何故大人しくついていく必要があるのか、瑞樹であればあの魔法を使えばなんの危険もなく解決する事が出来た筈なのに。それをしなかったのは、他人にそれを使うのを見られたくないのも勿論あるが、この男達の雇い主は一体誰なのか、それを知りたくなったからだ。白昼堂々と襲ってくるような奴等である、根元から断たねばまた同じような連中が来てしまう。
「そういえば連中をそのままにして良かったんですか?」
取り巻きの男が主犯格の禿げ男に問いかける、目撃者、それも連れ去った身内なら尚更始末するべきだろうと疑問を持つのは尤もである。ただ禿げ男は微塵も表情を変えず、事も無げに疑問に答える。
「それは命令の内に入っていない、故にどうでも良い」
瑞樹はこの男がいまいち良く分からなかった。恐らく雇い主の命令には絶対服従、そういう奴だと思われるが、であるならば面倒事の種など残しておくべきでは無い筈。命令された事しか出来ないのか、それともまた別の理由があるのか、瑞樹は判断出来なかった。
あれ以降会話も無く一行は街の外れ、そこからさらに奥へ向かう。その道は瑞樹も少し前に訪れた鉱山へと続く道であったが、道中いきなり進路が草むらの方へ変わる。
「おいおい、こんなところ行かなきゃ駄目なのかよ」
「黙ってついてこい」
まさか道なき道を歩くことになるとは思わず、瑞樹も思わず不満を口に出すが一蹴されてしまう。ガサガサと草をかき分けていくと、木々の隙間から何かが見えてくる。この場所に似つかわしくない、見た目だけ立派なお屋敷がそこにあった。ただ、だんだん近づいていくと壁のところどころにひびが入り、木々のツルがそこら中に絡みついていて、少々、若干、大分くたびれたお屋敷だった。
「中に入れ」
瑞樹は大人しく従って中に入ると、予想通り中もボロボロで壁はひびだらけ、床はギシギシと音を立てている。崩れたりしないだろうなと瑞樹はおっかなびっくりしながらさらに奥へ進むと、とある部屋へと通される。
「ドレイク様、命令通り例の人間を連れてきました」
そこにいたのは少々というには物足りなさを感じるレベルで横に体型の大きい男だった。金髪で、この廃屋に近いこの場所には似つかわしくない豪奢な物で着飾っている。ある意味で思い描く貴族のイメージを具現化した様な人物。そしてなにより、あの禿げ男がこの男に頭を下げている。つまりこの男が雇い主である事が瑞樹にも容易に想像出来た。
「随分待ちくたびれたぞ、まぁ良い、お前の手下共を下げさせろ」
男が命令すると、禿げ男は「はっ」と一言だけ返事をして取り巻きの連中を部屋の外へ追い出した。
「さて、静かになったところで君の名前を教えてくれるかな?」
「人に名前を聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃない?」
「貴様!無礼だぞ!」
禿げ男が凄まじい剣幕で瑞樹を睨む。腰につけている剣の柄に手を伸ばし、今にも抜いて襲いかかりそうな状況だったが、体格の良い男が落ち着けと言うとまた無表情に戻る。
「ふふふ、君は異国…いや異世界と言った方が正しいかな?」
バレている、いやもう今更か、何だかんだどこからか情報が漏れているであろう現状に、諦めの表情を見せる瑞樹。ただ、それを知ってどうするつもりなのか、瑞樹にとってはそこが重要だ。
「まぁ良い、今は君の流儀に乗るとしよう。僕の名前はドレイク、では改めて君の名前を伺おうか」
正直瑞樹は意外だった、ドレイクなるこの男が割りと紳士的な対応をとっているという事に。荒っぽい行動に出る様な輩の雇い主ともなれば、もっと暴力に訴えてもおかしくない。演技かも、一応警戒はしておこうと瑞樹は一層緊張感を高める。
「俺は橘瑞樹。それで?わざわざこんな丁重にお出迎えして何かご用でも?」
瑞樹は皮肉をたっぷり混ぜてドレイクに問いかける。ドレイクの表情は愉悦そうに、気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「ふふふ、橘瑞樹か、良い名前だね」
「そりゃどうも」
「見目もとても素晴らしい、もし君が女性であったならば僕の嫁に迎えたいところだ」
気持ち悪い、それは瑞樹の率直な感想だ。そのにやついた顔が酷く不愉快であった。
「あの、質問に答えてくれません?早く帰りたいんですけど。っていうかどこで俺の事を?」
「ふふふ、良い、良いよその目、あぁ堪らない…こほん、えぇとまず何処で君の事を知ったか答えよう。簡単な話しさ、教えてもらっただけだよ」
一生懸命睨み付けたつもりだったのだが、逆効果だったようで、瑞樹もこりゃ駄目だと諦める。まさかさらに気持ち悪さを増してくるとは予想だにしなかった。
「教えてもらったって…誰に?」
「鉱山で一人の男に会っただろう?まぁ彼は石ころに何か価値を見出だした奴がいると報告してくれただけなんだけど、それがきっかけで君の事を少し調べさせてもらったわけさ」
そういえばそんな男がいたような、と瑞樹は朧気にその人物を思い出す。あの時はそれどころじゃない発見をしていたので、いまいち記憶に残っていなかった。
「あの鉱山で採れる石ころにどんな使い道があるのか。それも知りたいところだけど、そんなちっぽけな物の為に招待した訳じゃない」
招待?拉致の間違いだろうと突っ込みたかったが、話しが進まなくなるので瑞樹はぐっと堪える。
「僕は見ての通り貴族なんだけど、今の爵位には少し不満を持っていてね。僕ほどの有能な人間なら男爵などではなく侯爵であるべきだと思うんだよ。まぁそれを決めるのは国の頂点、国王陛下だけど多分あれだろうね、この僕が恐ろしいんだろうね。でなければあんな爺さんを侯爵にするわけがない」
瑞樹はぞくりとした。この男から見え隠れする狂気、ナルシストという言葉では到底片付けられる様なものではない、自身への絶対的な自信、それを成す事が出来ると思い込んでいる。
「君ならば、いや、君の持つ異世界の知識ならば今の爵位など簡単に変えられる。それどころかこの国の王を取って変わる事だって夢ではない。そうだろう?」
本格的にまずい話しになっていると、瑞樹は忌々しく奥歯を噛む。この男はクーデターを起こすつもりだ。まさか侯爵の客人を拉致する馬鹿がいるのかと頭が痛くなる思いだが、ここまで救いようがないレベルに達しているとは瑞樹も思わなかった。
「それを聞いて、はいそうですかなんて良い返事が返ってくると思っているなら、余りに愚かじゃないですか?そんなのに手を貸すわけないでしょう」
瑞樹は当然の返答をしたつもりだったが、男爵は目を丸くして驚いていた。まさか断ると思っていなかったのか。
「この僕の頼みを聞いてもらえないのかい?…この僕が直々に頼んでいるというのに!」
ドレイクは座っていた椅子を蹴り飛ばし、ズシンズシンと足音が聞こえそうなくらい威圧感を出して瑞樹に寄って行く。その顔は先程の笑みは無くまるで別人の様な怒りの顔へと豹変していた。
「そんなの成功するとは思えません、そんな危険な賭けに私は乗りたくないです」
これ以上奴を怒らせるのはまずい、そう思った瑞樹は否定しつつ、その計画は危険過ぎるとギリギリのラインを攻めてみる。
「この僕が考え付いたのだ!危険などある筈が無い、もしそんなものがあるとすれば貴様が悪いのだ!」
駄目だった、むしろ逆効果だった。さてどうしたものかと考える間も無く、男爵は瑞樹の髪を鷲掴みにする。とても強い力で、ぶちぶちと音がなっている。
「痛い、だろが!離せ!」
瑞樹は離れようとするが、この男意外に力が強く、かえって痛みが増してしまう。頭の鈍痛に少しだけ涙目になってしまった。
「痛いか?うん?止めて欲しければこの僕の言う事を聞け!」
「ざけんな!お断りだ!」
髪を鷲掴みにされながら頭をぶんぶんと揺らされる。吐き気がするほど気持ち悪く、痛かったが絶対にいいなりになんかなるものか、と瑞樹が固く誓っているとピタリと男爵の動きが止まる。
「そういえば貴様には連れがいたなぁ、確か男と最近奴隷を買ったそうだな?その顔で随分と良い買い物をするじゃないか、えぇ?」
気色悪い笑みを瑞樹に近づける男爵。ただ瑞樹は目を反らすだけで精一杯だ。
「それがどうした、今はそんな事関係無いだろ」
「いや、大いにあるね。例えばその奴隷を君の前でいたぶれば態度を改めるかもしれない」
「ふざけるな!そんな事させるわけ無いだろ!」
「例えば男の方を君の前で切り刻めば態度を改めるかもしれない」
「うるさい!良いから黙れ!」
「ならばこの僕に協力しろ!それが嫌なら従順になるまで今言ったことをやるだけだ!勿論貴様にもその身体で教えん込んでやる、貴様が男だろうが女だろうが関係無い、誰が主人なのか徹底的に刻み付けてやる!」
ねっとりとした視線で瑞樹を舐め回す様に見る男爵、自分だけならまだしもあいつらを巻き込むのは絶対に嫌だ。瑞樹は頭が沸騰しそうになるほどの怒りに達した時、何かが聞こえた。
―ウタエ
それは久しぶりに聞いた、幾度となく助けられたあの声だった。だが、今回は違う。
それは、その歌は、危険過ぎる。
瑞樹の本能、直感がその歌に警鐘を鳴らす。しかし何故か身体の言う事がきかない。暴走した感情に少しずつ瑞樹の心が染まっていく。そして、まるで誰かに操られているように少しずつ口が開き始める。瑞樹は感情に塗り潰されないように耐えるしか無かった。歌わない為に。
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