出会いはいつも突然

 翌日、瑞樹とビリーは早めの昼飯、もとい遅めの朝飯をギルドの酒場で食べていた。何故こんな時間になったかというと、昨日ビリーが酒をしこたま飲んだせいで完全に二日酔いになっており、瑞樹が起こしに行ってもうんともすんともしなかったので仕方なく瑞樹も自室で暇を潰していた。ただその間、外の景色を眺めていたのだが結構退屈しなかった。所狭しと並ぶ露天、忙しそうに行き交う人々、なかなか趣がある。


「…頭いてぇ」


 ボーッと瑞樹が外を眺めていると、ガチャリと部屋の扉が開きビリーが入って来る。その顔は瑞樹が少し引く位酷かった。


「飲み過ぎだろ全く、で?メシはどうすんだ、食えるのか?」


「…行く、多分酒場に行けばあれがあるだろうし」


 あれ?瑞樹は何の事か気になったが、自身も大分お腹が空いていたのでとりあえず下の酒場に向かう。先にシルバにメシ食べさせといて良かった、危うくビリーが囓られる所だったと瑞樹は肩を竦めながら階段を降りていく。


 酒場は開いたばかりだがそこそこ人がいて、ニィガとは人の数が違うなと瑞樹は改めて感じる。二人は空いているテーブルに座り、注文を済ませる。パンとスープそれにサラダ、そしてビリーはさらにもう一つ、何かを注文する。それは小瓶に入った謎の液体だった。


「なぁその瓶の中身ってなんだ?」


「ふっふっふ、…これはな飲み干せばなんとー」


 そう言ってビリーが中身を全て飲み干すと、酷い色の顔がみるみるうちに元に戻っていく。それは薬草やハーブに魔力を混ぜ混んだ物で、酒好きで自制の効かない人が多い、冒険者ギルドの貴重な常備薬だ。


「どうだ、これですっきりばっちりだ」


「はぁ、こりゃ凄い」


 元の世界なら欲しがる人が一杯いるだろうな、瑞樹はパンを齧り妄想に耽りながらビリーのスッキリ顔を眺めていた。


 二人は腹も膨れたので、シルバと共に街の散策に出掛ける。まだ右も左も分からない状態なのでとりあえず大通りをまっすぐ進んでいく。そこは瑞樹が窓から眺めていた通り、とても多くの露店が並んでいて、串焼きや何か煮物など軽食を扱っていたり、色とりどりの美しい装飾品、果ては怪しい薬品の材料や占いまで、実にバリエーションが豊かで瑞樹はまるで子供の様に辺りをチョロチョロ店に近づいては騒いでいた。あんまりちょこまかと動く瑞樹にイラッとしたのか、ビリーは食い物で食わせとけば大人しくするだろうと、近くあった串焼きの露店に行くぞと提案する。これで成人しているのだから瑞樹もなかなか大したものである。


「おじさん、それ三本下さい」


「あいよ!おっ美人さんだねぇ、あんたのツレかい?羨ましいもんだ!良し、一本分まけといてやるよ」


「あぁん?こいつはおとっムグッ!」


 余計な事を口走ろうとしたビリーを瑞樹は即座に抑え、店主に満足の愛想笑いを向ける。


「余計な事を言わんで良い。ありがとうおじさん」


「おう、仲良くて良いこった!じゃあまた来て

くれよ」


 ガハハッと笑う豪快な店主に別れを告げて二人は先に進む。俺…男声だったよな?瑞樹は疑問に思いながらもまぁ良いかと即座に頭を切り替え、相手の好意は素直に受け取っておこうと思う。何の肉が使われているか皆目見当もつかなかったが、味は確かで二人もご満悦。シルバには串から外して少し冷ましてから与える、するとお気に召したようで満足気に尻尾をフリフリしていた。


 別の露店で果実ジュースを買いながらさらに進む。喉を潤わせながら、漸く二人は街の反対側まで辿り着いた。そこはペレ山に向かうための馬車の発着場となっていて、多くの人で賑わっていた。


 火山というのは現代においても神として崇め

奉られる事が多い。それは異世界においても同じで、発掘される鉱石や農作物等は全て神の恵みとされており、この山も様々な神の信仰の対象とされてきた。例えば火の神、この猛々しい力は火の神の力あってこそと、大変多くの信徒にこの場所を大切されている。他には火山とは良質な鉱石が発掘される事が多く、故に鍛冶を司る神の信徒にも火山というのは重要で大切な場所なのだ。


「いやしかし、いっぱいいるけどこれみんな山に行くのかな?」


「だろうな。ここには火の神の社があるからな。そこに行くんだろうさ」


「へぇ、詳しいんだなビリー」


「まぁ、な。昔来た事があるんだよ」


「えっそうなんだ、初耳だ。その時は誰と来たんだ?」


「親とだよ。さてもう戻ろうぜ、ここにいても面白くないしな。」


 ビリーはそう言ってその場から離れる。瑞樹も慌てて後を追うが、ビリーの表情はどことなく寂しそうに見えた。


 二人は来た道を戻っている途中、瑞樹はどうしても行きたい場所があったので方向転換する。そこは街の東側にある雄大な湖だった。遊泳も可能で遠目からでも楽しそうにはしゃいでいる人の姿が二人にも見えた。近くまで行き、眼下に広がる景色に瑞樹は心踊らせる。透き通った青がとても美しく、まるで絵画の様な風景。それだけでもここに来たかいがある。


 二人は階段を降り、湖の水に触れてみる。ほんのりと温かくまるで温水プールに近い。泳いでみたいと瑞樹はビリーに言うがあえなく却下、じきに日が暮れるので今日は大人しく帰ろうとの事。瑞樹は駄々を捏ねてみるが全くビリーには全く効果無し、ならばせめて今日は別の浴場に行きたいと提案すると、それくらいならとビリーも賛成する。シルバは流石に浴場に連れていく訳には行かないので、先に宿へ戻りお留守番をしてもらう。仲間外れの代償という訳では無いが、上質なお肉を与えてあげる。とても喜んでくれたようでなによりだった。


 二人が向かったのは街の中心部から程近い、この街で一、二位を争う程の有名な湯処だ。ソワソワしている瑞樹の首根っこをビリーは握り絞めながら中に入る。そこはまず豪華なエントランスがお出迎えをしてくれる、客も多く一様に満足気な顔をしているので、二人の期待値もどんどん上がっていく。受付で料金を払いタオルを借り、渡り廊下を進んでいくと客を飽きさせない様に絵画等が展示されていたりと趣向が凝らされていた。瑞樹が脱衣場に着いた途端、周りの客に二度見される。端から見れば痴女が男湯に入って来た様なもので、多少は瑞樹も心構えしていたつもりだがここまで舐める様な視線を浴びるとは思っていなかった。


「あ~、視線が気になる」


 服を脱ぎ始めるとさらに視線を強く感じ、瑞樹は苦々しい顔になる。酒場で見られる事には慣れてきたが、ここは少し違う揃いも揃ってエッチな目をしていた、男に欲情するなんて馬鹿かよと、呆れる事しか出来なかった。


「んだよ、我慢しろよ。こうなる事は予想してたろ?」


 他人事なのでビリーは面白可笑しくその様子を眺めていた。恐らく昨日の仕返しも多分に含まれてると思われる。じっとりとした目でビリーを睨み付けながら、瑞樹は何かを決心する。


「それはそうなんだがな、まぁ裸になれば現実に戻ってくるだろ」


 瑞樹はあえて見せびらかす様に男の象徴をさらけ出す、すると視線は嘘の様に気にならなくなった。少しばかり仕返し出来たと瑞樹の溜飲も下がり二人は悠々と湯船へ向かう。


「あぁ~、ギルドとはまた違う気持ちよさが

あるなぁ」


「やっぱオッサンみたいだな、それ」


「気にしない気にしない、そっちの方が周りに

アピール出来るだろ。俺が男だってさ」


「まぁな」


 蕩けながら瑞樹は辺りを見回すと、サウナ室や露天風呂を確認出来た。とりあえず露天風呂に行ってみると、さながら森林浴の様に木々が配置されていて、とても爽やかな気分にしてくれる。さらに外から夕陽が差し込み優雅さを演出する。身体だけでなく五感で堪能する事が出来て二人も大満足だ。


 身も心も温まり、二人は浴場を後にする。今は火照った身体を冷ます為に、エントランスのベンチで休んでいる最中だ。


「ほらよ、買ってきたぞ」


「おっ、ありがと。…うん、美味いは美味いけど俺はやっぱり牛乳が飲みたいな」


 ビリーは売店で果実のジュースを購入してくれたのだが、瑞樹にはいまいち不評だった。美味しいのだが氷が少し入っているだけでいまいち冷えていない、日本人足るもの風呂上がりは牛乳が鉄板であると勝手に思い込んでいた。


「何で牛乳なんだ?」


 勿論その様な文化は異世界に存在する訳が無いので、ビリーも眉を吊り上げて不思議そうにしていた。人差し指を振り「まだまだだなビリーは」と付け加えながら、瑞樹は熱弁する。

「こう腰に手を当ててさ、キンキンに冷えた牛乳を飲む。そうすると凄い美味く感じるんだよな」


 記憶の引き出しからその情景を思い起こし、瑞樹は目を閉じながら笑みを浮かべる。その美味しそうな顔にビリーも思わず喉を鳴らす。


「へぇ、そうなのか。試したいけどなかなか難しいな。冷すってのは手間がかかるだろうから

魔法に頼るしかないだろ」


「そうだよなぁ、やっぱ魔法が無いと無理

だよな」


 この世界に物を冷す道具は魔道具を除いて存在しない。ただ庶民にとって魔道具は高価な物である為、そう簡単に手を出せる代物では無く、瑞樹達が飲んでいるそれも魔法で少しだけ氷を生成して投入しているに過ぎない。それ程魔道具という物は庶民が使うには費用対効果が低すぎる代物となっている。


「ほう、なにやら面白そうなお話しをされて

いますな?」


 唐突に一人の老人が話しかけてきた。身なりはきちんとしており、顔は皺が深く刻まれ、真っ白でよく手入れされた髪、口の逆への字に整えた髭が特徴的だ。


「あんた誰だ?何か用でもあんのか?」


 急に話しかけられた瑞樹はぽかんとしていたが、ビリーはすぐに警戒体制に入りその老人を睨み付ける。一方その老人はまるで意に介さず、ほっほと微笑みながらさらに続ける。


「いやいやお気になさらず。実はわたくしは商いを生業にしているしがない商売人で、偶然近くを通ったらなにやら興味深い事を話していましたので、つい話しかけてしまったのです」


「興味深い事?そんな事言ってたかな?」


「さぁ?」


 瑞樹とビリーは顔を合わせ首を傾げる。


「えぇ、先ほどの牛乳の件ですな。今までその様な事を聞いた事が無く、これは商売になりうると思ったのです。商売人の性と言ったところでしょうか」


 老人は微笑みながら話す。いかにも好好爺といった感じだが、その笑顔の裏にどんな感情があるか二人には検討もつかない。出発前のメウェンにも釘を刺されていたので注意するに越した事は無かった。のだが瑞樹は温泉でまだ頭がボケッとしていたのか、饒舌に話す。


「ちなみにそのアイデアは貴方がお考えになったので?」


「いいや全然、俺の故郷ではそんな風習があっただけの話しですよ。湯上がりに飲むと美味しいってのもあるけど、牛乳は身体を冷す効果があるから火照った身体を冷やしたいと思った人も多かったんでしょうね」


「ほう、牛乳とはそのような効能があるとは知りませんでした。大体料理の味付けやチーズの材料にしか使用しませんからな。貴方はなかなか博識なのですね。いや感服しました」


「いやいや、俺の故郷の話しですから。聞きかじりの中途半端な知識ですよ」


「ほう、故郷とは…異世界の事ですかな?」


 その瞬間瑞樹の血の気が一気に引き、ビリーも警戒色を強める。ただカマをかけているだけかもしれない、瑞樹はそう思い白をきってみる。


「異世界…ですか、いきなり突拍子も無いことを

言うんですね」


「ほっほ、お芝居などされなくとも宜しいです。橘瑞樹殿?」


 老人の目がすうっと開き瑞樹を見つめる。完全にバレている、諦めるしか無かった。


「どうして俺の事を知っているのか気にはなるけど、あんたの目的はなんだ?」


「そこまで警戒しなくとも大丈夫ですよ、別に拐おうとは思ってはいません。貴方と商談がしたいだけなのです。…後どうやって知ったかについてですが、どこにでもわたくしの目や耳がある、とだけ言っておきましょうか」


 老人は微笑みながらさらっと爆弾発言をする。要は密偵なり送って調べたと言っているのと同じだ。瑞樹は背筋が凍る様な感じに襲われるが、何とか逃げられる算段を必死に思案する。


「商談って言っても俺には何も無いが」


「わたくしが興味を持ったのは、貴方の知識です。異世界の知識などどれほど金貨を積んでもそう簡単には手に入りませんからな」


「成る程ね、その話しを断ったらどうするんだ?縛って拉致でもするか?」


「ほっほ、そんな事しませんよ。むしろそんな事出来ないと言った方が正しいですか。貴方のとある魔法、それが報告通りならこの老いぼれの命など簡単に消滅させる事が出来るでしょう。その気になればこの街、いやこの世界すら無に帰す事が可能、そんな結末をわたくしは望んでいません。お断りされれば致し方なしですが、この話しが流布される様な事があれば、貴方は更に厄介事に巻き込まれるでしょうな」


 その老人の口は笑っているが目は笑っていなかった。明確な脅し、しかも断れば本気でバラすつもりだ。瑞樹は眉間に深く皺を寄せ苦々しい顔をしながら重苦しく口を開く。


「…脅しとは、とても商談しにきたとは思えませんね」


「脅しではなく、交渉と言ってもらいたいですな」


 しれっと言う老人に僅かばかり殺意を覚えつつ、ビリーにも相談する。


「ビリーはどう思う?」


「む、俺に聞かれてもな。ただ、このじいさんはこっちの事を良く調べているみたいだな。なら今逃げ帰っても根本的な解決にはならない

だろうな」


 意外な事にビリーは肯定的だった。もう少し抵抗してくれるものと思っていたのに、瑞樹は肩透かしを食らった気分になる。ただビリーの言い分も事実で、現状逃げ場は無い、逃げても事態は悪化するだけ、瑞樹は覚悟を決めるしか無かった。


「分かりました、商談が成立するかは別にして話しくらいは聞きましょう」


「おお、そうですか。ありがとうございます、それではここでは込み入った事も話せませんのでわたくしの屋敷へ向かいましょう。おっと失礼、自己紹介が遅れましたな。わたくしはファルダンと申します。侯爵を賜っており、この街の長も兼任しております。以後お見知りおきを」


 老人のとんでもない自己紹介に二人は驚愕し、後ろに飛び退く。もしかしてヤバい事になってのでは?二人は仲良く頭を抱えていた。

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