道中

 瑞樹達を含む馬車一行は定刻通りに出発する事と相成った。長時間馬車に乗るため、普通のそれとは違いなかなか豪華な作りになっていて、普通なら座席はただの木だが、これにはクッションがついていて尻や腰に優しい設計となっている。他には幌が厚く、容易に雨風を凌げる程頑丈な作りになっていて、換気をする時は簡単に幌を捲る事が出来、いつでも新鮮な風を感じる事が出来るよう工夫されている。荷物も普通なら中に置いて窮屈な思いをしなければならないが、この馬車の天井には荷物置き場があり、さらにそこにも幌がかけられるようになっていて大事な荷物を濡らす心配が無い。まさに至れり尽くせりとなっている。


 西の街道をどんどん進み、あの日アンデッドと戦った場所を過ぎ去って行く。道の脇には誰かが置いたであろう花束がいくつか見え、瑞樹もそっと手を合わせて黙祷した。


 馬車に揺られる事一時間、早くも退屈になり始めた瑞樹の眼前が、鬱蒼とした森から一面草原へと変わる。どことなく北海道を想起させる雄大な景色だ。この広大な草原地帯のずっと向こう、瑞樹達の行く道の先にある大きな山、それが火山[ペレ山]だ。火山とは言うもののもう活動は随分昔に止まっているが、その豊富なエネルギーは温泉等になり、豊かな恵みをもたらしている。その恵みは神々からの贈り物であると信じられ、昔からこの山は信仰の対象となっている。


 瑞樹達が乗っている馬車には家族連れが同席している。ただ瑞樹の従魔であるシルバを怖がっているらしく、第一印象は極めて最悪だった。そんな気持ちを知ってか知らずかビリーは、我関せずといった感じで時折大きな欠伸をしながら寝ていた。道中度々視線を感じる瑞樹ちらりと視線を感じる方を見ると、その正体は意外にもその家族連れの子供だった。その視線は瑞樹とシルバを忙しそうに行ったり来たりしている。怖がっているというよりは興味津々な感じで、声をかけた方が良いのか瑞樹は少し悩んでいた。エレナとは普通に話せるくせに変な気を回してしまうヘタレな瑞樹、先に声をかけたのは少女の方だった。


「ねぇねぇお姉ちゃん、この子って危なくないの?」


 茶髪を後ろでまとめているその子は、心配そうにしている両親をよそに瑞樹の方へ近づいていく。触りたい様で、シルバの方へ手を出しては引っ込めている。


「勿論、ちゃんと躾ているから大丈夫だよ。あと俺は男だから、そこは間違えないように」


 今日の瑞樹の格好はバッチリ男性服を着て、某艦隊ゲームの駆逐艦四番艦の様に、髪を纏め二つ折りにして髪止めで留めている。


「触ってみるかい?」


「良いの?」


 瑞樹がそう言ってくれるのを待っていたのだろう、少女は顔をパァッと満面の笑みを浮かべる。両親は落ち着かない様子だったが、そんなに気になるなら止めれば良いのにと瑞樹は肩を竦める。親の心子知らず、少女は両親の事を気にも留めずシルバの頭にゆっくり手を近づける。まだ少し恐怖心があるのだろう、少しおっかなびっくりだが、ついにその手が触れる。耳を少しピクピクさせているシルバだが、気にせず伏せたままだ。


「うわぁ、おとなしいね」


 目をキラキラさせながら少女は頭をナデナデ

している、モフモフが気に入ったらしい。特に何事も起きず安心した様で、両親とホッと胸を撫で下ろす。


 そんな微笑ましい光景を目にしながら馬車に揺られていると、ゆっくりと馬車が停車する。どうやら休憩の時間になったらしい。瑞樹達は馬車から降りて背筋を伸ばし、身体のこりをほぐす。もう四時間近く乗っているので、疲労もそれなりに溜まっていた。一息ついたあと、天井に積んでいる荷物の為に梯子を使って昇る。寄り合い馬車はどんなに長距離の移動であろうと、乗客の食事は提供されない。そういった場合は自分達で用意しなければならないので、保存性の高い黒パンは旅行の必需品なのだ。


 休憩が終わり、乗客を乗せた馬車は再び走り出す。適度な満腹感と馬車の揺れで瑞樹達はうたた寝を始める。先ほどの少女も余程シルバの事が気に入ったのか、少し汗ばむ陽気にも関わらずシルバに寄りかかって寝ている。微笑ましい様子を見ながら、まどろんだ時間を過ごしていたその時。


 突如シルバがバッと起き上がり、一点の方向へ向けて唸りだす。瑞樹もシルバの様相に気付き、その方向を見てみるが草むらばかりでなにがいるかさっぱり分からなかった。先程の少女は急にシルバが起き上がったので、振り落とされ、寝惚け眼で辺りをキョロキョロと見渡している。


 シルバーウルフの嗅覚と聴覚はかなり発達していてそれは現代の狼を凌ぐ。見た目はただの狼なので瑞樹は度々忘れがちになるが紛れも無い魔物なのだ。それが途端に何かを警戒し始める様子に、瑞樹とビリーは警戒を強める。瑞樹は手始めに直近の護衛冒険者にその旨を報告した。


「そうか、分かった。おい、先頭にゆっくり速度を落とすように指示してくれ」


 他の冒険者が伝言を伝えに行く。この時瑞樹は誰かが狙っているなら走って逃げた方が良いのでは?と疑問を投げかける。護衛の冒険者も全員騎乗している、無駄な戦闘は避けて逃げるべきと思うのは至極当然である。冒険者はニヤリと笑いながら、瑞樹の疑問に答えた。


「理由はいろいろあるがまず一つ、逃げ切れる保証が無い。さらにはこの先にも待ち伏せがいた場合、挟撃を受けるからそれは避けたい。二つ目は今日の夜営ポイントが近いから、そこまで追っ手を引き連れていく訳にはいかん。三つ目は奴らはまだバレていないと思っている、なら逆にそれを利用して叩き潰した方が楽だ」


 若干脳筋感は否めないが良く考えられている。いつもは冒険者の事を小馬鹿にしている瑞樹だがこの時はへぇと感心していた。いつもの言動は誉められた物では無いが、今だけは頼もしく感じる。


 まだ仕掛けてこないという事は、相手も機をうかがっているのだろう。瑞樹達と冒険者は不審に見えない程度に近づき、作戦をたてる。作戦内容は、まず瑞樹の合図でシルバを突入させて奇襲と陽動を行なう。正体が何であれ奇襲を受ければ思わず身を晒すだろう。その後は身を晒した奴から叩きのめす、シンプルで分かりやすい作戦だ。瑞樹とビリーも本来は休暇の身であったが、万一に備え荷物の中には武器が入っていたので援護を快諾する。


 馬車の速度が少しずつ遅くなる、じきに作戦

が決行される。


「戦闘になると思いますから、始まったら姿勢を下げて頭を低くしてください」


「お姉ちゃんも戦うの?」


 少女は心配そうな顔で瑞樹に話しかける。少しでも落ち着かせようと、瑞樹は頭をポンポンと撫でて優しく微笑む。


「うん、大丈夫だよ。安心しててね、というか…まぁ今は良いや、両親のとこで大人しくしててね」


「うん、気を付けてね」


「大丈夫だよ、ありがとう。さてビリーお前は馬車の護衛な」


「ちっ、折角良い運動になると思ったのに。

お前もヘマすんなよ」


 ビリーは唇を立てて不満そうにしていたが、護衛も重要な役割だと何とか宥める。


「はいはい、分かってるよ」


 言葉を交わしていると馬車が止まり、いよいよその時が来る、作戦開始だ。


「行け、シルバ!」


 馬車から勢い良くシルバが飛び出し、瑞樹達も後に続く。早く武器を取り出そうと、瑞樹は急いで天井の荷物置き場へ向かう。間も無くギャアァッと悲鳴が上がり、冒険者がそれを見て叫ぶ。


「ゴブリンだ、気を付けろ!二十近くいるぞ!」


 ゴブリン、ファンタジーでは言わずと知れた

お決まりの存在である。ゴブリンというのは単体であれば恐れる事の無い、油断さえしなければ駆け出しの冒険者でも問題無く倒せる相手だ。勿論奴らも馬鹿では無い、むしろ馬鹿では無いからこそ厄介で、自分達が弱い事を自覚しており普通の魔物では考えにくい、罠や策を用いる。狙いを定めた獲物を罠にかけ、自分に危険が及ぶと命乞いをする、そして見逃した相手に騙し討ちと、卑怯と狡猾を形にしたような

存在である。故に冒険者の間ではゴブリンを見かけたら、叩きのめすのが暗黙となっていた。


 瑞樹が天井に着く頃には既に乱戦になっていて、奇襲をかけるシルバ、周囲からは冒険者、さしものゴブリンでも自らが策にかかるとは思ってもみなかったのだろう。相手の少しずつ数が減っている。瑞樹も急いで援護の準備を始める。最初にビリーの剣を下にぺいっと無造作に投げる。下から「大事に扱え!」と声が聞こえたが、瑞樹は気にも止めなかった。そして荷物の中から愛用のボウガンを取り出し、そのまま身体を荷物に預けボウガンを構える。上からなら遠くまで撃ち下ろせるし、いざとなれば大量の荷物が防壁代わりになる。瑞樹は矢を装填し矢じりを照星代わりにして狙いを定める。当てるのはどこでも良い、相手の動きさえ止めれば良い、呼吸のリズムを整え集中して引き金を引く。ドヒュッと勢い良く放たれた矢は集団の後方にいる弓を持つ三匹の内、一体の胸に直撃する。耳をつんざく様な悲鳴が上がり、やがて動かなくなる。何の感情も無く瑞樹は次に狙いを定めて放つが、残念ながら矢は肩に命中する。苦悶の表情を浮かべていたそれは、二射目によって物言わぬ肉塊と化した。最後の一匹は逃げようとしたところをシルバに襲われ、首と胴体が分割される。後方から狙う卑怯者を全て排除する事に成功した。


 時間にして僅か十分程度でゴブリンの集団は全て土に還る。ただこちらも損害無しとはいかず手傷を負った物が一人出た様で、瑞樹は天井から降りてその人に近づく。


「大丈夫か?」


「あぁ、ただのかすり傷だ。運が良かったぜ」


「かすり傷か、深い傷にならなくて運が良かったな」


「姉御、そいつの言う運が良かったってのはそんな意味じゃねぇんだ。」


「どういう事だ?」


 瑞樹は首を傾げて聞くと、曰くゴブリンは自分の武器に毒を仕込むようで、何故か分からないがそれにはたまたま毒が仕込まれて無く、まさしく急死に一生を得ていたのだ。


「こんな傷、ポーションでちょちょいとー」


「ちょい待ち、ポーション勿体無いだろ?俺が

治してやるよ」


 ポーションとは所謂回復薬で、冒険者には欠かせない物だ。効能によって値段が違うが下位の物でもそれなりにするので、使わないに越した事はないと思い、瑞樹は久しぶりに癒しの歌を発動する。周りの陰惨な風景にはまるでそぐわない、優しく柔らかな歌声が辺りを包みこむ。先程まで命のやり取りをして気の立っている冒険者も心を落ち着かせる事が出来た。歌魔法の効果がすぐに現れ、傷もたちまち癒えていく。多分毒が回っていたらこうはならなかったと、瑞樹はほっと胸を撫で下ろす。


「おぉ流石は姉御、見事な魔法だ」


「うるさい、そういえばシルバはどこだ?」


「あいつなら…あぁあそこにいましたぜ」


 指された方を見ると確かにシルバがいたのだが顔や身体が反り血で汚れていた。このまま馬車に入れたらあの女の子にトラウマを植え付けてしまう。瑞樹は肩を竦めつつ、草むらの陰でこっそり言霊を発動して水を出し、綺麗にする。


 後始末も終わり、一行を乗せた馬車は再び進み始める。瑞樹達はというと、同席の家族に大変感謝されていた。少女はとても心配していたようで、泣きじゃくりながらシルバに抱きつく。シルバも感じ入る部分があるのだろうか、尻尾をパタパタと振っている。雨降って地固まる、という訳では無いが随分と仲良くなっていた。


 トラブルはあったが一行は本日の夜営地点に到着する。そこは草むらが広く刈り取られ、竈や四、五人くらいが雑魚寝できるサイズの小屋が幾つか建っていた。この休憩所までがメウェン侯爵の領地で、その先が他領地となっている。


 夜になり軽い食事を終え、後はもう寝るだけになる。日中は汗ばむ程の陽気だが、夜はなかなか冷える、それが外ならば尚更だ。同席していた家族は小屋の方で休むというので、瑞樹はシルバに女の子と一緒にいるよう命令する。護衛兼天然の湯タンポだ。


「えっホントに良いの?」


「うん、ゆっくり休みな」


「わ~い!行こっ、シルバ!」


 少女はきゃっきゃと騒ぎながらシルバを引き連れて小屋の方へ走っていった。


「すみません、今日は本当にお世話になって

ばかりで」


 母親が頭を下げてくるが袖すり合うも多生の縁、良い縁を結ぶ事が出来ればと、瑞樹も満足だ。


 一方瑞樹ビリーと一緒に馬車の中で、外套を寝具代わりに横になっていた。


「あ~ぁ、俺も小屋に行けば良かったぜ」


「ならビリーも俺を気にしなくて良いから小屋に行けば良かったのに」


「…見ず知らずの連中と寝るなんて危なくて出来ねぇよ、もう寝る」


「はいはい、お休み」


 変な所で小心者のビリーに苦笑しつつ、瑞樹も瞼を閉じる。明日はいよいよ到着、どんな楽しい所かなと期待を膨らませながら、瑞樹は眠りに着いた。

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