第二章[癒しを求めて]

伝える

 「ここで止めてください」


そこは王都から宿場町の三分の二程進んだ場所で、歩いて帰るにはまだ一時間以上はかかる。瑞樹は御者側の窓を開けてそう告げる。


「しかし瑞樹様、メウェン様から町へ送り届けるよう命を受けていますので…それに道中、万が一の事があってはお叱りを受けてしまいます」


「私なら大丈夫です、それに馬車で町まで行けば余計な注目を浴びてしまい、無用な誤解を生んでしまうかもしれません。それはメウェン様も望まない筈です」


「確かにそうかもしれませんが…」


 御者がむぅと渋い顔をしながら暫く考えていると、瑞樹の頑固さに諦めたのか深い溜め息を吐いて馬車の扉を開ける。


「私は瑞樹様の事を殆ど存じませんが、メウェン様から無駄に頑固者だから留意しろと言われておりました。何の事だか分かりませんでしたが…成る程、こうなる事を予測していたのかも知れません…道中くれぐれもお気をつけて、貴方様に何かあれば私の首が文字通り無くなってしまいますので」


 白髪の混じった頭を掻きながら、御者は苦笑する。


「無理を言って申し訳ありません、では私はこれで失礼します」


 瑞樹は深くお辞儀をして町の方へ歩き始める。後ろからゴトゴトと馬車を反転する音が聞こえ、「どうかお気をつけて」と声が聞こえた。悪い事したなと思いつつ、早足で道を進む。早く帰りたい、頭の中はそれだけで一杯だった。


 町の入り口に着く頃には、瑞樹の身体は汗でベタベタになっていて、髪が顔や身体に纏わりついてとても不愉快な気分になる。これから暑い日が続くのかと憂鬱な気分になるが、瑞樹は取り敢えずギルドの方へ向かう。


 ギルドは時刻が夕方に近いのも相まって、依頼を終えた冒険者達でごった返していた。瑞樹は中をキョロキョロと見回していると、赤いポニテが物凄い勢いで向かって来るのが見えた。


「み~ず~き~!」


 赤いポニテの娘、ハンナが思いっきり瑞樹に飛び込む。その勢いを受け止めきれず、瑞樹は後ろへぶっ倒れた。いててと瑞樹は呟きながらハンナの方を見ると、むぅ~と頬を膨らませて怒っていた。目に涙を溜めながら。


「何か言う事無いか?」


 ハンナは声を震わせながら、瑞樹に問いただす。あの日何も言わずメウェン様の所に行ったから今までの無断欠勤に怒っているのかな?瑞樹はそれしか思いつかず、それを言うと違う!と怒鳴られた。


「無断欠勤なんかどうでも良い、お前あたしがどれだけ心配したと思って…!」


「そ、そうだよ?ハンナは寝床につけばすぐに寝られる癖に、瑞樹がいなくなった途端に寝つきが悪くなったんだから」


 騒ぎを聞いて駆け付けたシーラが、瑞樹に近寄りながら口下手なハンナの代わりに説明する。シーラの目も赤く潤んでいた。


「でも、何でそんなに心配してくれたんだ?いくら同僚とはいえ…」


 ハンナはむきー!と言わんばかりに瑞樹の首を絞めながら怒鳴りつける。


「お~ま~え~な~!前にも言ったが!お前は脆くて壊れやすそうだって、詳しい事は聞いて無いけど貴族様の所なんかに連れてかれたらどうなるか分かったもんじゃない!」


 ぐええと瑞樹は悲鳴を上げる。ハンナの絞め上げる力がどんどん強くなっていた、「ギブギブ!」と言いながら瑞樹は絞める手をパンパンとタップするが、残念ながら伝わらなかった。瑞樹の顔の色が白くなり始めた辺りで傍観していた冒険者達が慌てて止めに入る。あまりの騒々しさに、慣れているであろうオットーも何事かと部屋から出てきた。ゲホゲホと咳をしながら呼吸を整える瑞樹はオットーと目が合ってしまった。


「…帰って来たか、瑞樹部屋に来てくれ」


 瑞樹は無言で頷き、部屋の方へ向かう。背中には皆の視線が突き刺さって痛かった。


「スマン!全ては俺の不注意が招いた結果だ。許しを請える立場では無いがせめて謝らせてほしい!」


 扉を閉めるなり頭を下げ大声で謝るオットーに、呆気に取られる瑞樹。ずっと罪悪感に苛まれていたのかと少し同情し、瑞樹はポンとオットーの肩を叩く。


「気にしないでください…遅かれ早かれバレる事だったんです。それがたまたまあの日に来ただけの事です。…それよりもこの件はあまり広めない様にしてください。詳しく言えませんが色々あるので」


 瑞樹の寂しそうで真剣な眼差しに、オットーも何かを察したのだろう。珍しく情けない顔をしていたオットーがいつものキリっとした顔つきに戻る。


「お前がそう言うなら、この件には箝口令を出そう。…ちなみに俺だけに内容は教えてくれないか?」


「最大級の機密事項です、察してください」


 瑞樹は苦笑しながら話す。察しろとは、暗に言ったらどうなるか分かっているなと脅しの意味も多分に含まれていると、オットーも理解する。


「分かった、この話しはもう終わりだ。誰も聞かないしお前も話さない。それはそれとしてお前ここの仕事はどうする?」


「問題無ければまた明日からお願いします」


「そりゃ俺は歓迎するが…良いのか」


 瑞樹は目を伏せて答える。


「良いんです…その時が来るまで俺はこの日常に生きたい」


 瑞樹のうっかり発言にオットーは苦々しい顔で頭を抱える。その時、自分には何かしらの刻限があると言っている様な物だ。機密事項だと自分で言っておきながらぽろっと出るようではこの先思いやられる。オットーの悩みの種がまた一つ増えた瞬間だった。


「お前なぁ…まぁ良い、そのうちお前には教育が必要だな。それよりも今日はさっさと帰れ、ビリーと色々話す事があるだろう」


 察しの良いオットーは瑞樹に提案し、それを理解して瑞樹もかりがとうございますと頭を下げて、部屋を後にする。階段を降りると、ハンナとシーラが駆け寄ってくる。何か言いたそうで言えない、そんな表情だった。


「瑞樹…」


「明日からまたここで働くから、二人ともよろしくな」


 暗い表情の二人はパァッと眩しい笑顔になり、うん!と元気一杯な返事をする。その後別れの挨拶を交わし、家への道を歩く。やっと帰れるという嬉しい気持ちと、何を説明したら良いやらと複雑な感情が瑞樹の心を支配していた。


 家の扉の前まで着き、ノブに手をかけるが瑞樹はそこから動けなかった。どんな顔をすれば良いのだろう、悩んでいると中からワォン!とシルバの鳴き声が聞こえた。すると中からドタドタと足音が聞こえ、ガチャリと扉が開く。


「おぉ帰って来たのか、何ボーっと突っ立ってんだ?さっさと入れよ」


「あっうん、分かった」


 いつもと変わらない、少し口の悪いビリーだ。瑞樹は漸く心の底から安堵した。が、会話は続かず何となく重苦しい空気が流れる。何か話題は無いかな?と探していると腰に付けていた革袋を思い出す。中には報酬として受け取った大量の金貨が入っていた。


「そ、そうだ!これ報酬で貰ったんだ、どうだ凄いだろう?」


「お、おぉそうだな、こんなに大量の金貨初めて見たぜ」


 どことなくよそよそしい、ギクシャクした会話になってしまう。ビリーは頭をバリバリと掻き、深い溜め息を吐きながら瑞樹に話しかける。


「お前が話す気にならない限り、俺は何も聞かないからな。さてとじゃあこの金貨パァーっとやるか!」


 ビリーはテーブルに置かれた金貨を何枚か手に取り、玄関の方へ向かう。自分から言うのを待っている、もし今を逃したら言えないかもしれないと、瑞樹の頭に過る。


「ビリー待って…」


「何してんだ、早く行こうぜ?これだけあれどんなに高い酒も—」


「ビリー!お願い…」


 瑞樹は息を荒くしながらビリーを引き止める。その目は必死で、赤くしていた。ビリーは「少しやり過ぎたか」と呟き、椅子に座る。


「やっと喋る気になったか?お前は無駄に頑固な癖に、ヘタレだからな。誰にも言えず全部自分で抱え込んじまうと…異世界人が貴族に目を付けられたって事は、考えられる事は多くない。もし俺が枷になっているなら、事情を知らぬままお前を突き放した方がお互いの為、そう思ったんだ。」


 参ったな、瑞樹は小さい声で呟き、苦笑する。


「全くビリーには適わないな、頭の回転が早いとかそんな次元じゃないだろ」


「へっお前の頭が悪いだけだ」


 瑞樹とビリーは目を合わせ、アハハと笑う。漸く元通りになり、シルバも大きい欠伸を漏らしていた。それから瑞樹は事の顛末を話す。死にかけた事、貴族の養子になる事、結婚する事、そして期限が後十年である事。


「成る程な、結婚は予想外だったがいつか貴族に囲われるとは思っていたから、まぁそんなに驚きは無かったな」


 もう少し狼狽えてくれると思ったのに、瑞樹はむすっとする。それを見たビリー鼻で笑い、さらに続ける。


「何だよ」


「もう少し心配してくれると思ったのに」


「めんどくさっ、心配はしてたがどうにもならない事があるってのはお前も痛感しただろ?」


「それはそうだけど…」


「俺がどう頑張ってもどうにもならない事はある。その時が来るのを怯えて待つよりも、その時まで楽しんで生きた方がお得だぜ?…大体お前は考え過ぎなんだよ、もっと気楽にした方が良いぜ?それに例え離れ離れになっても一生会えなくなる訳じゃない、それこそ権力を使って会いに来る根性くらい見せるべきだろ」


 目から鱗だった。成る程そんな考えも出来るのかと瑞樹は感心する。そして瑞樹は万感の思いを込め—


「やっぱりビリーには適わないな」


「当たり前だ…その時が来るまで付き合ってやるから安心しろよ」


「…!あぁ」


「…それよりもお前汗で汚いんだよ、それに臭いし。さっさと外で洗ってこい、それが終わったら飯食いに行こうぜ」


 ビリーは照れ隠しか、目を閉じて捲し立てる様に話す。ぷっと瑞樹は吹き出しそうになるが、そそくさと外に向かう。


 十年、長いようで短い時間。その時が来るまで楽しく生きようと、瑞樹は固く心に誓う。

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