第57話 彰人、ボロボロになる

 ここはどこだ?


 俺は台車の上に載せられていた。しかも、何故か服が脱がされパンツ一丁の姿で……


 俺は今まで気を失っていたのか?


 そうだ! 俺はあの小僧に何か攻撃されたのだった。

 くそっ! まさかこの俺があんな小僧に気絶させられるとは……


 小僧に借りを返さなくては気が済まないが、それよりもまず最初にすることは、ここがどこか把握することだ。

 身体はズキズキ痛むが動かせないことはない。俺は警戒しつつ辺りの様子を探る。


 ここは部屋の中か? 何かの研究施設のような雰囲気だ。


 話し声が聞こえる―― 俺は声のする方向を伺う。


 あの小僧とラミオンちゃん以外にも人がいた。


 その中の白衣を着た男―― コイツはヤバい! 一目見ただけで、俺の暗殺者としての勘が最大警鐘を鳴らす。コイツは間違いなく俺以上に『人を殺してきた者』だ。早くコイツの側から離れる必要がある。


 幸運にも俺のすぐ後ろに出口があり、しかもコイツ等は話に夢中で、俺のことは全くの無警戒のようだ。


…………


 俺は奴らに気付かれることなく部屋から脱出した!

 そして俺は一本道の廊下を歩いている。


 このパンツ一丁の格好でうろうろしていては、この施設からの脱出もままならない。

 まずは着る物を手に入れなくてはならないのだが、この廊下の先には部屋が1つしかないようだ。


 廊下の突き当りの扉には【試験場】と書かれていた。


 俺は警戒しつつ扉を少しだけ開けて中の様子を伺うと、話し声が聞こえてきた。


「今日は久々に【実技テスト】だな! みんな、思いっ切りやろうぜ!」


「そうね! 彰人が卒業して以来だから約2カ月半ぶりね。皆、全力でいくわよ!」


「うん! 僕も新しい術を覚えたから全力でぶっ放すね!」


 どうやら中にいるのは子供だけのようだ。


 これはツイている!


 この子供らを人質に取ってしまえば、この施設から脱出することが出来そうだ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺は、気絶していた『変態禿』が目を覚まし、第2研究室の裏側のドアから出て行こうとしていたことに気付いていた。


 否、俺だけでなくダンディオヤジともう1人の若い男も気付いていたようだ。


 止めるべきか!?


 と思ったのだが、ダンディオヤジが放っておくように目で合図してきたから、俺は『変態禿』が部屋を出て行くのを止めなかった。


「良かったのか?」


 俺がダンディオヤジに聞くと


「あの男は能力者だろ? なら丁度いい。

 今日は凶器の分析ともう1つ―― 子供達の実技テストを見るためにここへ来たんだ。今日のテストの相手はここにいる【和真かずま】にさせるつもりだったが、それよりもあの男と戦わせた方が面白そうだ」


 ダンディオヤジは、悪戯を思いついた小悪党のような笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、モニタルームに急ぐぞ!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 部屋の中にいたのは子供が5人―― 男3で女2か。


 フフフ! これはツイている―― 小さな女の子もいるぞ。


「うわぁ……『パンツ一丁の禿オヤジ』って趣味悪う」


「ほんとに最悪だわ……」


「えーん! 汚いの見せられたよー」


「バカみたいなの……」


「裸の『禿怪人』をやっつけるのだ!」


 ん? 今聞き捨てならない言葉を聞いたぞ……『禿』とは誰のことだ?


 そういえば、さっきから頭がスース―するが、まさか!?


 俺は恐る恐る頭を触る…… すると、あるはずの感触が―― ない!

 一体何が起こったのだ!?


 俺が呆然としていると、室内に放送が流れた。


「あーあー…… 子供達、聞こえているか!? 只今から『実技テスト』を行う。

 ターゲットはその『禿パンツ男』だ! 15分以内に、殺さない程度に痛めつけて捕縛すること!

 それでは、始め!」


 な、何だ? テストだと? しかも俺がターゲット!?


 ふざけるな! こんなガキ共に何ができるというのだ!

 男のガキを血祭りにしたら、女の子を人質にとってここから脱出してやる!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 超能力や魔術が使える者達は『能力者』と呼ばれ、4~5万人に1人くらいの割合で存在している。

 といっても、そのほとんどはスプーンを曲げられる程度の小さな力しかなく、脅威となることは少ないのだが、稀に【戦略級】と言われる程の大きく危険な力を持つ者がいる。


 ここ鬼追村の研究所内では、能力者である子供達が生活している。


 そして、その子供達は皆『戦略級』の能力を秘めており、もし能力を暴走させる事があると大変危険であるため、能力を制御できるように訓練を受けている。

 勿論、制御だけでなく能力を伸ばすための訓練も長い年月を掛けて行われており、能力値が一定基準を超える者は【特殊な部隊】にスカウトされることになる。


『実技テスト』とは、実戦さながらの戦闘訓練の中で、子供達の能力の成長度を測る重要な試験であり、研究所の試験場で不定期に年に数回行われているのだった。


――――――――


 今から約2カ月半前――


 俺の『卒業式』のはずだったのに、何故か俺がこの5人の実技テストの対戦相手を務めることになったんだよな。

 あの時は俺の圧勝で終わったけど、あれから5人はどれくらい成長したんだろう?


 楽しみではあるんだが、あの『変態禿』では、5人の力を測るには力不足ではないのか? 確かに『禿』の能力は初見では厄介なところもあるが、『脅威』って程ではない。


 ダンディオヤジは何を考えてるんだ?


「フフフ。坊主―― お前はあの『禿』では、テスト相手には『物足りない』と思っているようだが、和真―― お前はあの『禿』をどう見る?」


「そうですね。少なくとも『簡単』な相手ではないですね。能力は分かりませんが、修羅場の経験はかなり積んでいるように思います」


「そうだな。躊躇なく部屋から出て行ったのも、決して悪手というわけではない。

 今の状況も、場合によっては『禿』にとって好都合になるかもしれない」


 この2人、随分あの『禿』を買っているな。

 あの『禿』が只の『ロリコン変態』の性犯罪者だと知っていたら、そんな評価にはならないだろうが。

 とはいえ、俺も不安に感じる要素がないわけではない。


 5人の子供達――


 最年長の14歳のしゅうは、はっきり言って『脳筋』だ。

 パワーもスピードも申し分ないが、頭を使うのが苦手―― 技が直線的過ぎて攻撃が読み易い。


 13歳の美咲みさきは、戦略家で5人の参謀的役割を担う。

 詰将棋のように相手を誘導するのが得意だが、敵に予想外の行動を取られると深読みし過ぎて対応が遅れる。


 10歳の光輝こうきは、美咲の駒に徹している。

 自分で考えて行動しないから、分断されると全くといっていい程、役に立たない。


 7歳のさくらちゃんは、恐ろしい程の魔力を秘めているが、制御がまだまだで能力を生かしきれていない。


 6歳の大地だいちくんは、まだ戦略を理解できないから、適当に術を打ち込んでいるだけで、あまり脅威とはならない。


 ……そう考えると『不安要素』だらけなことに気付く。


「彰人、どこへ行くつもりだ?」


 助けに行こうとした俺を美樹さんが呼び止める。


「心配するな。5人共あれから成長している…… はずだ……」


 美樹さん、最後の方の言葉が随分弱々しいですよ。本当に大丈夫?


…………


 オラアァァァァ!


 叫び声を上げて最初に動いたのは『崇』だ! 予想通りだ。


 身体強化を使った崇が『禿男』に迫る!

 そして―― 次の瞬間、障壁にぶつかって電撃を喰らった。予想通りだ…… 


 あっという間にダウンした崇―― 死んではいないようだが、完全に戦闘不能状態のようだ…… お前、どこが成長したんだよ?


 今度は鎖が『禿男』に向かって飛んで行く――『光輝』の能力【縛鎖ばくさ】だ。


 でも、これ止めた方が……


 鎖が障壁に当たった後、電撃が鎖を伝って光輝に届いた…… 直接の電撃でないから死んではいないが、崇に続いて光輝もアッという間に戦闘不能になってしまった。


 2人をあっさりと倒した『禿男』は、『桜ちゃん』に向かって走り出した!


 血走った目で向かってくるパンツ一丁の『禿オヤジ』に、桜ちゃんは恐怖を感じてしまったのか? 桜ちゃんは蹲ってしまった。


 桜ちゃんが危ない! と思ったその瞬間


 ドーン!!


 桜ちゃんの10m手前で、天井から『炎の渦』が『禿男』を襲った!


『大地』くんの【ファイヤーストーム】だ!


 美咲の指示でタイミング良く撃った魔法は、見事『禿男』に命中―― と思われたが、その攻撃も『禿男』の頭上に障壁が現れて間一髪で防がれた。


『禿男』は勝ち誇ってニヤケながら桜ちゃんに近付き、蹲っている桜ちゃんを抱きかかえた!


「ふふふ。油断したわね!」


 その瞬間、『禿男』の抱きかかえた桜ちゃんが消えて、代わりに『クマのぬいぐるみ』が『禿男』の手の中に現れた。


 これは『美咲』の能力【座標交換】―― 予め『呪符』を仕込んでおいた物同士の位置を交換する(ただし美咲の体重以下の物に限る)能力だ。


『禿男』はとっさに『ぬいぐるみ』を捨てる。


 一瞬遅れて、ぬいぐるみが爆発!


『禿男』はまたしても障壁で防ごうとしたが、爆発が近すぎたために完全には防ぎきれず、爆風で後ろに弾き跳ばされる。


 その瞬間、水の塊が『禿男』の背後を襲う!

 体勢を崩された『禿男』は、障壁を張ることが出来ず、水の塊に押された!


『禿男』は、そのまま壁に叩き付けられ戦闘不能となったのだった。


「桜ちゃん! ナイス【ウォータースプラッシュ】!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「彰人! 見てたか? 俺達の完勝だったろ!」


 完勝? しゅう―― お前はいきなり『やられた』だろうが!


「い、言っとくが俺が最初に突っ込んだのは、美咲の作戦だからな!」


「そうなのか?」


「ええ。どうせ突っ込むしか脳がないから、敵の手の内を知るためにもそうしたの」


 なるほど納得した。作戦というより『捨て駒』だったわけだな。


「あの『禿男』、桜ちゃんを狙ってるのが見え見えだったから、崇を捨て駒にして油断させる作戦にしたのよ」


「光輝がやられたのも作戦か?」


「あれはイレギュラー。敵の攻撃が電撃だと分かってたら、縛鎖は使わせなかったわ。でも、あっさりやられたおかげで敵が油断してくれたから、『怪我の功名』だったかもね」


「だが、結構ギリギリだったな」


「そうね。あの『禿男』―― 思ったよりもずっと強かったわ。彰人はあの『禿男』を1人で倒したのよね?」


「そうだ」


「流石ね…… 私ももっと強くならなきゃ、彰人に追いつけないわね」


「そういや彰人! お前『恋人』連れて来たんだって? 守衛のおっちゃんが言ってたけど、めっちゃ可愛い『幼女』だって聞いたぞ!」


 おいおい、守衛さん。ラミオンを俺の恋人と本気で思ったのか?

 俺は『ロリコン』じゃあないぞ! しっかり否定しとくんだった。失敗した……


「へえ…… 彰人、幼女と付きあうなんて―― 不潔よ!」


 ばちーん!


 なんで俺が美咲からビンタされなきゃいけないんだ?


…………


「うそっ? この子が『人形』なの!?」


「ラミオンは『魔導人形』だそうだ」


「信じられねぇ…… 本当に、こんな激可愛い子が人形なのか?」


「そ、そうよね! 彰人が幼女と付きあうなんて、有り得ないよね」


「でも分かんねぇぞ? 3次元より2次元が好きな奴がいるし、彰人は人間より人形が好きなのかも知れないぞ」


 おい、崇! お前は俺を人形好きの『変態』にする魂胆か?


「彰人…… 人形好きの変態だったの? 不潔よ!」


 ばちーん!


 なんで俺が美咲から、またビンタされなきゃいけないんだ?

 理不尽だ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 停学中の俺は時間に余裕がある。

 そういう訳で、ちょっと家に寄ってみたのだが、それが大失敗だった。


 無言の親父に道場に連れていかれて、否応なしに稽古をつけられた。

 親父は間違いなく個人的な恨みを晴らしていたと思われる。


 じいちゃんとの修行以来の『地獄』を味わった俺は、ボロボロになりながら親父の部屋で説教された。


「彰人…… お前はラミオンを隔離するのが、どれだけ大変か分かるか?」


 俺は無言で頷くしかない。『分からない』なんて答えたら殺される気がした。


「俺とじいさんの2人がかりで、50日間もずっと『絶界』を張り続けた小部屋にラミオンを閉じ込めて、ようやくスリープ状態にしたんだ」


 ですよね。24時間眠ることのないラミオンを相手に、50日間も『絶界』を張り続ける―― 想像を絶するほどの苦行です。


「その苦労をお前は台無しにしてくれた……」


 台無しにしたのは俺じゃあなくてラミオンだ!

 などと言った日には、間違いなく今日が俺の命日になったはずだ。


「過ぎたことは仕方ない。これに懲りたら、しっかりラミオンを管理するんだぞ」


『仕方ない』と思ってるなら、ここまでしなくても良かったのでは?


 しかも、親父もラミオンを管理できないから、あそこに隔離したんじゃないですか? などと言った日には(以下略)


…………


 漸く親父の説教から解放された俺は、魔央まおさんに慰めてもらおう―― 否、寧ろ冷ややかな目を向けられるのも悪くない―― と、『元俺の部屋』へ行った。


 部屋に入ると、魔央さんは難しい顔でパソコンのモニタを眺めている。


「魔央さん? どうかしたんですか?」


「あぁ、アキトか…… このWEB小説というものを読んでおったのだが……」


 な! 何ですと!?


 魔央さんはこの世界の言葉が話せるだけでなく、文字も読めるようになったのか?

 信じられない言語理解力だ。羨ましすぎる……


「それで、何かあったんですか?」


「うむ…… その中に『魔王』というキーワードがあったので、3つ程あらすじを読んでみたのだが、どれも『魔王を退治しろ!』ということになっておるのだ」


『魔王』が出てくる物語は、そういう話が大半だよな。


「これは余に対する『挑戦状』と受け取って間違いないだろう」


 いいえ、絶対違います! それらは只の『作り話』なんです。


「だが、残念ながらこの『挑戦状』をよこした相手の所在が掴めず、困っておるのだ。このままでは、余が『逃げた』と思われてしまうかもしれんからな……」


 魔央さんは、1人称が『余』に戻っている。完全に『魔王モード』だ。


「アキト。お前ならこの『挑戦状の送り主の居場所』が分かるのではないか?

 余のために教えてくれぬか?」


 たとえ分かったとしても、『世の中』のためにそれは出来ません。


 俺はこの小説がフィクションであり、小説に登場する魔王は、魔央さんとは一切関係のないことを必死に説明した。


「だが、この世界には『魔王はいない』と聞いたぞ。ならばこの魔王は、余の事で間違いないであろう?」


「ち、違います。確かにこの世界には魔王はいませんが、魔王を騙る悪党が時々現れるのです! そ、その証拠にこれらの小説の魔王は『男』です!」


 小説の魔王は大体『男』だ! これで魔央さんを説き伏せられたはずだ!


「確かに2つは男だったが、1つは女だったぞ。

 しかも『魔王をハーレム要因にして、どーのこーの』とか書かれてあったようだが、それはどういうことだ?」


 何だと!? そのハーレム野郎のせいで俺の説得が失敗するようなら、寧ろそいつには死んでもらう! 魔央さんに殺されるなら、そいつも本望だろう。


「うーむ…… よくわからぬが、これらは皆『作り話』ということなのか? 余の世界にも作り話の類の読み物は存在するが、それらは必ず『教訓や戒め』のようなものが含まれておる。これらにはどのような『教訓』が含まれておるのだ?」


 済みません…… これらに含まれているのは『妄想と欲望』ばかりです。

 俺は正直に魔央さんに打ち明けた。


「そうなのか? この世界の人族は随分と汚れておるな…… ところでアキト」


「な、なんでしょうか?」


「この箱に『秘密のフォルダ』なるものがあったが、あの中に入っておった『裸の女達の絵』は、お前の『妄想』なのか?」


 俺のコレクションが魔央さんに見られていたなんて……


 俺はショックで涙を流しながら頷くしかなかった。

 俺は身も心もボロボロになってしまった……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「驚きましたね間藤まとうさん……」


「ああ…… まさかこの『禿男』が、あの『アサシン』とはな……

 間違いないんだろうな? 美樹!」


 ダンディオヤジこと【間藤まとうすばる】は美樹に尋ねる。


「木崎! 間違いないのか?」


「間違いありません。以前採取できたアサシンのDNAと完全に一致しました」


「そうか…… つまり、美樹がいつも言ってた『彰人』という少年は、【SMCO】にスカウトする必要があるということだな」


「間藤。その『SMCO』とは何だ?」


「知りたいか? 『能力者対策部隊』の1つとして新しく組織されたチームで、その名も【昴(S)間藤(M)とチョイ悪(C)オヤジ隊(O)】だ!」


「そうか…… 本気で彰人をスカウトする気なら、その正式名称は教えるな。略称だけにしておけ」


「ん? そうなのか? 理由はわからんが、美樹がそういうならそうしておこう」


 この4年後に、彰人は『SMCO』に入隊することになるのだった。

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