第56話 彰人、研究所へ行く

 ああ、ビックリした……


 俺は今、ラミオンの第2形態に乗って鬼追村の研究所に向かっているところだ。


 俺は、気絶中の『能力者の変態男』を鬼追村へ連れていくために、ラミオンに乗せていた。

 ラミオンの飛行速度が音速を超えたとき、変態男が着ていた服が炎を上げたのだ!


 俺の場合は、身体も身に付けている物も霊気を纏っているから気付かなかったが、普通は空気摩擦でこんなことになるのか!


 俺は慌てて変態男にも霊気を纏わせたのだが、少し遅かった…… 服はほとんど燃え尽きて、パンツしか残っていない。

 それでも身体は火傷しなくて良かったな。一部、頭髪だけは悲惨なことになってしまったが、それは仕方なかったと諦めろ。恨むなら、犯罪を犯してきた自分を恨めよ。

 俺は気絶中の変態男に心の中で言い聞かせた。


 S市から鬼追村までは約400km。ラミオンはその距離を6分程で飛んだのだが、その間俺はパンツ一丁の『禿げた中年オヤジ』を支えるという精神的苦行を強いられた。


 鬼追村に着いてからは、ラミオンに変態男を運んでもらうつもりだったが、ラミオンに拒否されてしまった為、仕方なく俺がお姫様抱っこして運んでいる……


 なんて罰ゲームだよ! この変態男のせいで、俺は朝からずっと最悪の気分にさせられているのだ。


……


「おっ? 彰人君じゃないか! 久しぶりだね」


 研究所の門の前で、顔見知りの守衛のおっちゃんに声を掛けられた。


「ここはゴミ捨て場じゃないから、そんな物を持ってこられても困るぞ! 森の奥に捨ててきたらどうだい?」


 なかなか強烈なブラックジョークだ。俺も出来れば捨てたいんだけど、一応人間だからな。簡単に捨てるわけにはいかない。


「美樹さん居るかな? ちょっと相談があるんだけど……」


「美樹さんかい? さっきお客さんが来てたから、今は会えないと思うぞ」


 時刻はまだ5時30分にもなっていないのに、こんな早朝から客が来ているだって? 何か事件でもあったのか?


「じゃあ、美樹さんの『第2研究室』で待っててもいいかな?」


「多分大丈夫だと思うけど、何かあったら自己責任だからな。

 それよりも、後ろの可愛い女の子―― 彰人君のコレかい?」


 おっちゃんは小指を立てて俺を挑発する。

 でも俺はもう高校生で大人だから、そんな挑発は無視して、笑いながら研究所の敷地内に入っていく。


……


 研究所の入口で見つけた台車に『禿リーマン』を乗せて、俺は美樹さんの『第2研究室』の前まで来た。


 この研究室の中には、親父の『ラミオン』が隔離されている小部屋がある。


 2年前にそのラミオンを見たときは『故障していて動かない』と思っていたが、隔離されて『スリープ状態にされている』と知ってしまうと、『ずっとあのまま』なのは可哀そうな気がするな。


 そんなことを思っていると、部屋の中から声を掛けられた。


「あらっ!? 彰人君じゃない!」


 声を掛けてきたのは、美しさと聡明さを兼ね備えた眼鏡をかけた白衣の女性―― 木崎きざき麻衣まいさん(21歳)だ。

 彼女はこの研究所に来てまだ2年目で、『美樹さん』の助手を務めている。


「麻衣さん、お久しぶり! 今日もまた徹夜ですか?」


「そうなのよ。内のボスは人使いが荒いから大変なの」


 麻衣さんは、そう言って大きな欠伸をした。彼女は寝不足のようで、目の下に隈ができている。


「中に入ってもいいですか?」


「いいわよ。でも、部屋の中の物には触らないでね。大事な資料だから」


「分かってますよ。ところで、美樹さんにお客さんが来ているそうですけど、何かあったんですか?」


「そういえば彰人君、あなた今S市の高校へ行ってるのよね?」


 俺がS市の貞元坂高校に通っていることは、この研究所の人達は皆知っている。

 もしかすると、俺の『停学』のことも、もう知られているのかも?


「彰人君も、あの事件のことは当然知ってるわよね!」


「あの事件?」


「行方不明だった高校生3人の『首切り殺人事件』のことよ!」


 ああ! あの事件のことか!


 そりゃ、あれだけずっと騒がれていれば、嫌でも情報が耳に入ってくる。


「ここだけの話だけどね…… 実はあの事件、『研究所案件』の可能性が高いのよ」


『ここだけの話』と言いながら、本来『部外者』である俺にあっさりと教えてくれる麻衣さん…… 守秘義務違反で捕まらないか心配だ。


―――――――


 麻衣さんの話によると、あの事件の被害者3人の遺体は、突然河原で発見された。


 防犯カメラがそれなりに設置されている都市で、これだけ何の痕跡も残さずに、遺体を3人分も『あの河原まで運ぶ』のはまず不可能だ。


 そうなると、犯人は普通では考えられない方法で、3人の遺体を運んだことになる。つまり、犯人は『能力者』の可能性が高いのだ。


 それに、あの3人が失踪したときの状況も、普通では考えられないほど何の痕跡も残されていなかった。


 失踪のときは研究所はタッチしなかったのだが、今回は『殺人事件』ということもあり、研究所の協力を得るために人が来ているのだった。


―――――――


「能力者があの事件に絡んでいるんですか!?」


「まだ断定はできないけど、可能性はあるわね」


 能力者といえば、俺はここに1人運んでいるのだが…… まさか、この『変態』があの事件の犯人―― って事にはならないだろうな。


「ところで彰人君。さっきから気になっていたんだけど、その台車に乗ってる『汚物』は何なのかしら?」


 俺は麻衣さんに、その『汚物』について説明した。


「これが『能力者』ですって!? まさかあの事件の『犯人』じゃあ?」


「否、それは無いと思う。コイツの能力は『性犯罪』に特化しているから」


 何せ、『穏行』『鍵開け』『電撃(麻痺)』だからな。


「それでも、一般社会に置いておくには危険だから、ここに持ってきたんです」


「そうね…… それは後でボスに話すとして…… 彰人君…… あの子……」


 麻衣さんが青い顔をしながら俺の後ろを指さす。

 俺は嫌な予感しかしないから振り向きたくない……


「彰人君…… あの子、【あの小部屋の中の子】とそっくりよね……」


「そ、そうですね…… それが何か?」


「ええ…… 今にもあの小部屋を破壊しそうな、そんな気がするわ……

 できたら彰人君、止めてもらえると有難いんだけど……」


 ああ、振り向きたくない!


 俺はラミオンの魔力の高まりを感じた。

 ラミオンを止めないと研究所が大変なことになる。ここは勇気を振り絞るしかない!


 俺が振り返った時、ラミオンは両腕の肘から先を回転させていた。


 良かった!『ラミオンバスター』じゃなかった!


 正直『ラミオンバスター』なら手遅れだったけど、この状況ならまだ間に合う……

 否、もうこれ手遅れな気がする。ラミオンの腕の回転が、とんでもなく速くなっているし……


「ラミオン、何をするつもりですか? そんなに高速に腕を回転させると間接外れちゃうよ? 危ないから止めようね……」


 俺の声はラミオンには届いていない。ガン無視されている。


「ラミオン・スクリューバズーカーパーンチ!!」


 その叫び声と同時に、ラミオンの高速回転していた腕が伸びた!


……


 第2研究室内は、思ったほどの被害はなかった。少し煙が上がっているだけだ。


 ただ、小部屋の超合金の壁には、拳大の見事な穴が2つ空いていた。

 ラミオンは満足気な様子でそれを見つめている。


 俺と麻衣さんは、呆然とラミオンを見ていた。


 そのまま10秒ほど経ったろうか?


「リンク確立! スリープ解除! 再起動開始!」


 小部屋の中から声が聞こえてきた。


 あぁ、この世の終わりが見えるような気がする…… 部屋の中にいるラミオンが目覚めたんだな。


 親父、すまん!


 俺は心の中で謝罪する。きっとラミオンをこの小部屋に隔離するのは、想像を絶するほど大変だったはずだ。その苦労が、この瞬間『無駄』になってしまったんだ。


 ビキッ!


 小部屋の壁にひびが入る。


 ビキビキ!


 ひびがどんどん大きくなって、


 ドゴン!!


 ついに完全に破壊された。


「イプシロン、調子はどうだ?」


 ラミオンが小部屋の中に向かって言葉を掛ける。


「調子はよくない。エネルギーが5%しかない」


 そして、小部屋の中からもう1人のラミオンが姿を見せた。


 2人共そっくりだが、『イプシロン』と呼ばれた方のラミオンも、キラキラのヒラヒラした衣装を着ているが髪型が少し違った。お下げ髪が特徴的だ。


「ラミオン、マスターの所へ戻る。ガンマ―― 助かった」


 ラミオン(イプシロン)はそう言って第2研究室から出て行った。


「ボスに怒られる……」


 麻衣さんが顔面蒼白なまま呟いた。


 麻衣さん、ごめんよ…… 俺も一緒に美樹さんに謝るから……


……


「なるほどな…… それで、この部屋からラミオンは出て行ったんだな?」


 俺と麻衣さんは第2研究室の床の上に正座している。


 俺達の前には、両腕を組んで仁王立ちした白衣を着た超強面のオッサン―― 年齢39歳、一男一女の父親で愛妻家として知られている、美樹研究室の責任者【美樹みき典秀のりひで】室長がいた。


「ご、ごめんなさい…… 麻衣さんは悪くありません。悪いのは―― そこにいる『ラミオン』です!」


「ラミオンは悪くない。悪いのはイプシロンをここに閉じ込めた奴だ」


「だ、そうです!」


「なるほどな…… じゃあ悪いのは、彰人の親父さん―― ということだな」


「き、きっとそうです! 悪いのは俺の親父です!」


「木崎!」


 美樹さんは、完全に気配を殺して空気になっていた麻衣さんに声を掛けた。


「す、済みませんでした! 私が彰人君をこの研究室に入れたのが間違いの元でした。ですが…… どうか命だけは!」


 麻衣さんは、美樹さんの下に付いてまだ1年弱だったな。

 俺が普段の美樹さんを見て恐怖を感じなくなるまでに、2年近く掛かった。今の無表情の美樹さんでは、慣れている俺でも怖いのだから、麻衣さんが恐怖を感じるのは当然のことだ。

 でも麻衣さん。美樹さんは見た目は絶対に『堅気』とは思えないけど、本当はすごく常識的な人だから、命までは取らないと思いますよ。たぶん……


「そんな事はどうでもいい。それよりも、頼んでおいた分析結果は出たのか?」


「は、はい! あ、あれの分析ならもう終わっているはずです! い、今すぐ結果を用意いたしますので…… どうか命だけは!」


 否、だから美樹さんは見た目は『超危ない人』だけど、本当はすごく優しい人だから、命までは取らないと思いますよ。たぶん……


 麻衣さんは、すぐさまパソコンを操作して、プレゼン用の大型モニタに分析結果の情報を映し出す。


「こ、これが分析結果です」


 大型モニタには、俺には全然理解できない『棒グラフ』や『円グラフ』がいっぱい映し出された。


 美樹さんは暫くモニタを無言で眺めてから、


「入ってこい!」


 美樹さんが、第2研究室の外へ向かって声を掛けると、直ぐに2人の男が部屋に入ってきた。

 1人は美樹さんと同年代と思われるパリッとした高級スーツを着こなしたちょっとダンディなオヤジで、もう1人はTシャツにジーパンというラフな格好の大学生くらいの若い男だった。


「そのモニタを見てみろ!」


 2人は美樹さんの言葉に従って、大型モニタに目をやる。


「そういうことだ!」


「どういうことだ?」


 ダンディオヤジは全く理解できていないようだ。勿論俺も全く理解できない。


「分からないか? このグラフをよく見てみろ!」


「否、すまんが全然わからん……」


「木崎! 説明してやれ!」


 美樹さん、無茶ぶりすぎだろ! そう思ったのだが、麻衣さんは説明を始める。


「このグラフは成分表なのですが、この表の『青い部分』の項目を見てください。

 この分析結果では、この成分が2%近くの値が出ているのが分かります」


「ふむふむ。それで?」


「本来この成分が2%もの値を示すことなど、有り得ないのです」


「つまり、それは凶器の特定が容易―― ということになるのかな?」


「そうですね。これほど珍しい結果となると、本来なら特定は容易になるはずでした。しかし、残念ながら今回は逆です。このような分析結果の出る物質が、世界中どこにも存在しないのです」


 俺は全然話に付いていけていない。それで思い切って質問することにした。


「あのー麻衣さん? この『分析』で一体何を調べてるんですか?」


「これはね、S市の事件で殺害された3人の被害者の切り口に付着した成分から、凶器を特定しようとしているのよ」


「それで、凶器は特定できたんですか?」


「そうね…… 98%以上は鉄や銅など普通によくある物質だったわ。でも後の2%がとても珍しい物質―― ミスリルと思われる成分が検出されたの」


 ミスリル!? それってファンタジーなんかでよく出てくる、あの『ミスリル』?


「ミスリルはとても貴重で、まだほとんど産出されていないの。

 それが2%も含まれているとなると、『この世界』とは『違う世界』、つまり『異世界』で造られた凶器―― と考える方がまだ納得できるのよ」


 麻衣さんのその説明に、ダンディオヤジが反論する。


「おいおい。『異世界』なんて非現実的なことを言われても困るな」


 非現実的か…… 普通『異世界』なんて言われたら、そういう反応になるだろうな。


「異世界の物質かどうかはこの際どうでもいい!」


 美樹さんが『怖い顔』で話し出した。否、普段通りの顔だった。


「この分析結果からはっきりわかったことは、殺害に『能力者』の力は使われていないことと、ミスリルの混ざった凶器が使用されたことだけだ」


「結局、謎が深まっただけか……」


 ダンディオヤジは腕を組みながら呟いた。

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