第54話 彰人、覗かれる

 ブルブル! ブルブル!


 着信を告げる振動に【郷山ごうやま剛彦たけひこ】は、枕元のスマホを手に取った。


 時刻は午後11時を少し過ぎている。


「何だ剛士。こんな時間に…… ん? 何かあったのか?」


 暫くの間の後


「わかった。お前にケンカを売ったバカに、郷山の恐ろしさをしっかりと教えてやる。兄ちゃんに任せておけ」


 そう言って電話を切った。そして、眠気覚ましに煙草に火をつけ一服する。


 剛彦は弟の剛士にとことん甘かった。剛士が何か失敗するたびに、必ず剛彦がその尻拭いを全力で行ってきた。大抵は金で済ませてきたが、今回は『暴力ちから』が必要なようだ。


 そうなると――


 剛彦は電話を掛けた。


「済まんな、こんな時間に…… あぁ、緊急の仕事だ。資料は後で送る…… あぁ、報酬はいつも通りの額を支払う…… じゃあ任せたぞ」


 1度受けた仕事は、キャンセルしないのが『あいつ』のポリシーだが…… 高校生がターゲットだと知ったら、プライドの高い『あいつ』のことだ。絶対怒るだろうな。


 こりゃ、報酬をUPして、宥めるしかないだろう。


 剛士のためだ。それくらいは仕方ないか……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 依頼主クライアントからの電話―― いつもは昼に掛けてくるのに、こんな時間に掛けてくるとは、何か緊急事態でもあったのか?


 内容も聞かず請け負ってしまったが、俺にとってはどんな荒事であろうが問題ない。


―――――――


 彼の名は【麻井あさいしん】――【アサシン】の異名を持つ、裏社会の暗殺者だ。

 10年以上海外で活動し、数多くの要人暗殺をこなしてきた彼だが、ここ数年はこのS市を拠点にして、彼にとっては簡単な荒事を請け負っているのだった。


―――――――


 ブルブル! ブルブル!


 メールが送られてきた。ターゲットの情報か……


 高校生だと!? おいおい! 俺をバカにしているのか?


 俺をガキ共のケンカの後始末に使うとは…… どうやら俺を『なんでも請け負う便利屋』とでも勘違いしているようだ。上客だったが、今回でコイツとは最後にするべきか。


 しかし、請け負ったからは仕方ない。可哀そうだが、この小僧には地獄を見てもらうしかない。


 彼はたとえどんなに簡単な依頼であっても、決して手を抜かない。


 相手のことを調べ尽し、相手の行動を完全に掴んだ後に、ようやく本腰を入れて動くのだ。それ故に、彼がターゲットを仕留めるまでは、それなりの時間が掛かる。

 依頼主クライアントによっては、そんな彼の行動を歯痒く思い文句を言う者もいたが、彼はプロフェッショナル―― 決して自分の信念を曲げずに行動するのだった。


 今回の依頼は『暗殺』ではない。手足の2・3本も折って、依頼主クライアントに差し出すだけだ。

 しかも、相手は只の高校生―― それでも、相手が『取るに足らない高校生』であっても、彼はいつも通り『ターゲットの監視』を最低3日間は行う予定だった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 早朝4:30――


 俺はいつも通り目を覚ます。

 道着に着替えて、マンションの前の公園でトレーニングするつもりだ。


 しかし、今朝はその前に少しすることがある。


 ラミオンは―― 今は奥の部屋にあるパソコンの前に正座している。


 俺が寝ている間も、ずっと『情報収集』していたみたいだ。画面モニターには何故か『魔法少女物のアニメ動画』が流れているが、一体何の情報収集してるんだ?


「マスター、外へ行くのか?」


「ああ、軽くトレーニングしてくる」


「ラミオンも行く。目障りな奴、ついでに凹っておく」


 ラミオンも気付いているようだな。


 200m程離れた向かいのマンションの屋上から、俺の部屋を双眼鏡で覗いている怪しい男がいる。


 早朝から俺を覗く男―― 否! もしかすると、ラミオンを観察しているのかもしれないが、どっちにしろ『危ない奴』であることには違いない!


 俺の部屋には、まだカーテンがないからな…… 覗かれ放題だ。


 あんな『覗き魔』が近所にいると知っていたら、昨日の内にカーテンを買っておいたのに…… やはり、都会は俺が思っている以上に『危険な奴ら』が多く存在するようだ。


 ラミオンが暴れると、また『昨日の連中』のようになるだろうが……

 今覗いている変態男は、それぐらいされる方が世の為かもしれないな。


 ラミオンは『昨日の連中』も『半殺し』程度に力を抑えてくれていたし、任せても大丈夫だろう。


「じゃあ、一緒に行くか」


 俺達は部屋を出た。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 俺はいつものようにターゲットの監視に出かけた。


 ターゲットは高校生の男子ガキ―― 正直、これほどくだらない依頼は初めてだ。

 だが、たとえくだらない依頼であっても、俺のポリシーとして、請け負った仕事は最後までやり遂げねばならない。


 それにしても不可解だった。


 只の高校生の拉致など、わざわざ高額の料金を支払って俺に頼まなくても、依頼主クライアントにとっては容易いのではないのか?

 そう思ったが、資料には『スカルギャング』が失敗した―― そう書かれていた。


 スカルギャングは、はっきり言って組織としては大したことはない。

 所詮は高校生ガキ共の集まりだ。

 だが、リーダーの『骨河猟兵』―― 奴を軽んじることはできない。

 奴は隠しているようだが間違いなく俺と『同類』だ。


 1度だけ奴が戦っているところを見たことがある。


 能力自体は俺にとっては恐れる程のものではないが、一介の高校生がどうこうできるレベルではなかったはずだ。


 その骨河が失敗したとなると、このターゲットも『能力者』の可能性が高い。


 フフフ! 只のつまらない遊びだと思っていたが、もしかすると少しは楽しめそうな相手かも知れない。


 俺はターゲットの居場所から200m程離れたマンションの屋上で監視を始めた。


 時刻は4:30―― か。

 まだ日も昇っていないというのに、ターゲットは起き上がって着替え始めた。


 道着? どうやら何か格闘技をしているようだ。筋肉の付き方から、それなりに鍛えられているのが分かる。


 ん!? 奥の部屋にも誰かいるのか?


 ほぉ。これは驚いた! 金髪の超可愛らしい幼女ではないか!

 しかも俺の大好物の『魔女っ娘』ぽい衣装を着ている。


 俺は、ターゲット以上にその幼女に興味を持った。


―――――――


 麻井慎アサシン―― 彼は彰人の予想通り、紛れもない危険人物―― ロ●コン変態男だったのだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺とラミオンはマンションの外に出た。


 覗き魔は、俺達を追跡するように、向かいのマンションの屋上で双眼鏡を覗いている。


 さて、どうやって『覗き魔』のいる屋上まで行こうか?


 エントランスから行くとオートロックを解除する必要がある。それに、監視カメラに映るのは何か合ったときに面倒だ。エントランスから行くのは止めておこう。


 1番手っ取り早いのは、ラミオンの第2形態に乗って飛んで行くことだが、流石にそれは目立ち過ぎる。

 他にもいくつか手段はあるが、どれも誰かに見られる可能性を完全に排除することは難しい。


 くそッ! 覗き魔退治もなかなかに厄介だ。


 あっ! ラミオン、第2形態に変身するのは止めてください。

 俺はラミオンに『変身しちゃダメ』と、腕でバッテンを作ってジェスチャーで伝える。


「分かった」


 ラミオンは分かってくれたようだ。良かった。


 あっ! ラミオン、それはもっとダメ!


 ラミオンが『ラミオンバスター』を撃つ構えを見せたので、俺は慌てて止める。


「分かった」


 ラミオンは今度も分かってくれたようで、俺はホッとする。

 危うく覗き魔1人の為に、俺の視界に映る全ての物が消滅してしまうところだった。


「ビームならいいか?」


 勿論ダメです!


「パンチでマンションを破壊する」


 それも絶対にダメ! マンションの住民が物凄く迷惑するから……


 それにしても、ラミオンがいつも以上に攻撃的だ。


「ラミオン、どうしたんだ? そんなに攻撃的になって?」


「ラミオンは、『ラミオンをいやらしい目で見る奴をブッ殺せ』と創造主様に言われていた」


 つまり、覗き魔はラミオンをいやらしい目で見ているわけだな。

 とはいえ、只の覗き魔をブッ殺すのは流石にやりすぎだ。


「ラミオン。この世界じゃ人を殺すのは犯罪なんだ。だから、半殺しで勘弁してやってくれないか?」


「そうか。仕方ない、半殺しで許そう。『罪を憎んで人を憎まず』だ」


 おっ! ラミオン、そんな言葉、どこで覚えたんだ? 兎に角、殺人事件だけは回避できそうで良かった。


 覗き魔はラミオンを覗いているようだから、奴から見えない場所に移動すれば、きっと追いかけてくるはずだ。それなら――

 俺は公園に行くのは止めて、回れ右して俺の住むマンションの裏側へ行くことにした。


 マンションの裏は、中に入れないように3m程のフェンスで囲われているが、俺とラミオンには何の障害にもならない。軽く飛び越えて中に入り、覗き魔が近付いてくるのを待つことにした。


 ここなら誰からも見られる心配はない。

 覗き魔退治にもってこいだ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺はマンションから出てきたターゲットと幼女をじっくりと観察する。


 幼女の衣装のキラキラした輝きと、ヒラヒラと風に揺らめく様子は、似合いすぎていて恐るべしキュートさだ。

 それに比べて、ターゲットの道着―― 美しさの欠片も感じられない、ありふれた地味さだ。イモ野郎と言うほかないだろう。


 美幼女とイモ野郎―― この2人が兄妹とはとても思えない。この2人の関係が気になる。観察を続けて2人の関係を調査する必要がある。


 それにしても、さっきの美幼女の『祈るような仕草からの何かを撃ち出すようなポーズ』―― そのキュートさに思わず興奮して声を上げてしまうところだった…… 俺に冷静さを失わせるとは、この美幼女は只者ではない。

 それを止めようとしたイモ野郎は、やはり万死に値する。


 ん? イモ野郎が向きを変えたぞ?

 目の前の公園に行くのかと思っていたが、向こうのマンションの裏手の方に向かっていく―― 俺の調査では、そっちはフェンスで囲われていて、鍵がなければ中に入られないはずだ。


 あのイモ野郎―― こんな早朝から道着を着て、トレーニングでもするのかと思っていたら、どうやら美幼女を人気ひとけのない場所へ連れ込もうとしているようだ。


 今回のターゲットが高校生だと聞いて、少しばかり優しく扱ってやろうかと考えていたが、その必要はなくなった。

 この変態小僧は早急に始末して、美幼女を救い出す必要がある。


 だが、まだこの変態小僧ターゲットの能力が不明だ。


 骨河を倒した能力を知らずに戦うことは、プロのすることではない。勿論、俺がこんな変態小僧に負けることは有り得ないが、プロはどんな僅かな危険であっても回避するのだ。まだコイツを観察する必要があるのだ。


 俺は屋上から下りて、2人の後を追うことにした。


 俺は気配を絶ちながら、屋上から飛び下りた。

 地面につく前に、鉤爪のついたロープを壁に引っ掛けて衝撃を殺し、音も立てずに着地を決める。一流の殺し屋である俺ならではの華麗な技は、今日も冴え渡っている。


 俺は、2人の向かった先へと急いだ。


……


 俺は、2人から少し離れた建物の物陰に潜み、2人の会話を盗み聞く。


 ラミオン―― それが美幼女の名前か! なんというキュートな名前だ。


 それよりも…… マスターだと!? この変態野郎はラミオンちゃんに『マスター』と呼ばせているのか!

 羨ま…… 否、許しがたい奴だ。


 ん? 今なんと言った?

『折檻』―― そう聞こえたぞ!


 まさかコイツ、折檻と称してラミオンちゃんに『いやらしい事』をするつもりか!?


 もうダメだな。コイツは手足の2・3本では許す気になれん!

 コイツだけは、仕事抜きでも始末しておきたくなった。


 俺がそう思っていると、変態小僧ターゲットが俺の隠れている方を向いている?

 まさか―― 俺が隠れているのがバレたのか?


 否、そんなはずはない。俺の『能力』がこんな奴に見破られるはずが……


「おい! 隠れているのは分かってるんだ。出てこいよ」


 変態小僧ターゲットは俺に向かってそう言った。


「驚いたな…… まさか俺が隠れているのを見破るとはな……」


 俺は変態小僧ターゲットの前に姿を晒す。

 そしてフェンスに掛かっている鍵を外して中に入り、変態小僧ターゲットと対峙した。


「フフフ—― やはりキサマも、俺や骨河の『同類』か!」


 俺の隠形に気付いたのだ。コイツは、俺の睨んだ通り『能力者』で間違いない。


「キサマもなかなかのようだが、俺は骨河如きとは格が違うぞ!」


 コイツは骨河に勝った程度でいい気になっているようだが、俺は骨河如きとは格が違うことをたっぷりと教えてやる。


「同類とはどういう意味だ? お前のような奴と同類扱いされる謂れはない!」


 ところが、変態小僧ターゲットは俺に向かってそう言い放った。


 この期に及んで『能力者』であることを隠すつもりか…… それとも、本気で気付いていないのか?


 確かに、自分が『能力者』であることに気付かぬまま大人になる者もいるにはいるが、骨河以上の使い手が『無自覚』とはちょっと考え辛い。

 しかも、コイツの放った殺気は、素人とは思えない程のモノだ。


「ふっ、しらばっくれるか…… まあいいだろう」


 戦えば分かることだ!


 俺はゆっくりと変態小僧ターゲットとの間合いを詰める。決して焦って攻撃を仕掛けない。


 俺には3つの能力がある。

 1つは【気配遮断】―― 相手に気取られることなく接近することが可能だ。まさに、暗殺者に最も必要な能力だ。また戦闘時においても、攻撃のタイミングを相手に掴まれにくくなるのだ。

 2つ目は【解錠アンロック】―― 戦闘には役に立たないが、大抵の鍵は簡単に外すことができる。俺にはナンバー式のロックから電子キーさえ無意味なのだ。

 3つ目―― これは戦闘のための能力だ。この能力のおかげで、俺は近接格闘戦で負けることは絶対にない。


 そして俺は、変態小僧ターゲットの能力を推察する。


『気配遮断』を使った俺に気付いたということは、『気配遮断』の対抗能力である【超感覚】を有しているはずだ。

『超感覚』はなかなかに厄介な能力だ。単純に相手の気配が分かるだけでなく、全てに於いて感覚が鋭くなり反射速度も上がるのだ。


 そして恐らくはもう1つ――『身体強化』あたりの能力を有しているはずだ。

 理由は簡単、3mのフェンスを越えて中に入れていること。そして『身体強化』を持つ骨河に勝っていることだ。それに『身体強化』はバカっぽい脳筋野郎に発現しやすい能力だからだ。


 つまり、油断さえしなければ、俺に負ける要素は『万に1つもない』ということだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます