第42話 彰人、視線にぞくぞくする

 俺達は、これからエバステへ向かうことにする。

 船がないから、当然泳いで渡るしかない。


 エバステまでの距離は約100km―― この荒海の中、俺が泳いでいくとなると、6時間くらいはかかるだろうか。

 ラミオンは未だ人を乗せて飛ぶことができないから、ベルシャにも泳いでもらうしかないのだが、100kmを泳ぐというとベルシャは凄い嫌そうな顔をして


「無理だ」


と言った。


 確かに、この地方はゲルナンドと違って寒い。水温も低く水泳には向いていないから、ベルシャの嫌がる気持ちもよく分かる。

 魔王軍の連中が舟でエバステに引き返すみたいだから、


「連中と一緒に舟で帰ったらどうだ?」


そう提案したのだが、


「あいつら、汗臭いから嫌だ」


 とベルシャは言った。汗臭いのは俺も嫌だ。

 となると、ベルシャにはラミオンが泳ぐ背中に乗ってもらうしかなさそうだ。


 ラミオンは泳ぎが得意なようで、100kmを2時間かからずに泳げるという。

 ただ、ラミオンは『潜水泳法』専門なので、ベルシャを乗せて泳ぐとなると、ベルシャにはその間息を止めてもらうしかないのだが、流石に2時間近くも息を止めておくことは無理だろう。


 何度か息継ぎが必要だな。


 それで、30分に1回くらい息継ぎをすればいい―― そうベルシャに言ったら、今度は呆れたような顔で


「無理だ……」


 と言われた。


 そうか! 海水に潜ったら髪が傷むから、ベルシャは嫌がっているのか!


 ベルシャが女性であることを考慮すれば、すぐに気付けることだが、俺はやっぱり察しが悪いようだ…… ちょっと落ち込む。


 それが分かったら、髪を濡らさずに海を渡る方法を考えれば良いだけだ!

 俺は諦めない! 考えろ…… 何か手があるはずだ。

 そして俺は思いついた!


 そうだ! ラミオンに引っ張ってもらえばいい!


 ベルシャがラミオンに背負われていた木の椅子をロープで縛り、泳ぐラミオンにロープを引っ張ってもらう。

 俺とベルシャは、その椅子にしがみついていれば顔はほとんど濡れずに済むし、ラミオンの泳ぐスピードなら、2時間とはいかなくても3時間もあれば海を渡れるはずだ。


 俺って天才!


 そう思って提案したら、ラミオンに


「第2形態で飛びながら引っ張れば、30分で着ける」


 そう言われた…… ラミオンは俺以上の天才だった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺達はエバステに上陸した。


 ラミオンの容赦ない飛行速度に、ベルシャは何度か死にそうな声を出していたが、予定よりも早い20分で到着できた。

 ベルシャの悲鳴が妙に色っぽかった―― と思っていたのは秘密だ。


 俺達は今、上陸場所の近くにあった村で暖を取っている。


 村には人っ子一人いなかったが、建物はほぼそのまま残っており、食料も保存されていた。

 今のエバステは冬―― 村人達は、一冬越すための食料を保存していたようだ。


 この村の人々は生き延びているのだろうか?

 殺されずに逃げ延びたと信じたい……


……


 すっかり身体も温まり、ベルシャの元気も回復したようだ!


 ここまで来れば、魔王のいる城まではわずか90km―― もう目と鼻の先だ!


 そろそろ俺は覚悟を決めなくてはいけない。

 魔王を問答無用で倒すのか、魔王と話し合って平和的に解決するのかを……


 とはいえ、俺が自分の世界に戻るためには『魔王を倒す』しか、今のところ選択肢がないんだよな。

 もう1つの『魔王をエシューゼから追い出す』という方法は、今のところ全く思い浮かんでいない。


 そういえば、ベルシャはどう考えているのだろうか?


「ベルシャ。お前は魔王を説得できる自信はあるのか?」


「わからない…… 魔王様はこの世界の人族も、ガピュラードの人族も同じだと思われている。そして、それは魔王様だけでなく、この世界に来た魔族皆がそう思っているのだ」


「じゃあ、説得できなかったらベルシャはどうする気だ。やはり、この世界の人族と戦うのか?」


「私は戦えない…… ガピュラードでは、人族が我らの領地に攻め込んできた。

 だから、人族と戦うことは我らにとって『正義』だった……

 だが、この世界では逆だ! 我らが攻め込んで、何も知らない人族から土地も生命も奪った! そこには『正義』は存在しないのだ……」


「だが、もう戦争は始まっている。今更魔王を説得しても、遅いのではないか?」


「そうかもしれない…… だが、それでも我らはこれ以上の過ちを犯してはならない。そして、我らの罪を償わねばならない。私はそのために何でもするつもりだ」


 ベルシャ、お前はマジ女神か? 俺のラノベ知識の魔族と違い過ぎるだろ。


 しかし――


「もしベルシャの説得が不調に終わったら、俺はお前の同胞と戦うことになる。

 そうなれば手加減できないし、死者も出ると思う。

 悪いが、覚悟しておいてくれ」


「わかっている…… しかし、もしできるのなら命まではらないで欲しい」


「……善処する」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ここが魔王軍のいる町か!


 俺達は、嘗てエバステの都だったエバンスの町の前まで来た。

 門は開けっ放しで門兵の姿は勿論ない。


 町の中に入っても、人っ子一人いない―― 建物の破壊の跡が生々しい。

 町の北には城が見える―― 多くの気配が城から感じられた。


「魔王軍は全員城にいるのか?」


「全員ではないが、千人以上は城にいると思う。

 残りは他の町に行って食料を調達したり、人族が潜んでいないか見回りに行っているはずだ」


 俺達は魔王のいる城に向かう。

 ラミオンは第2形態で歩いている。

 ベルシャはラミオンの上に乗って、ロープを握っている。

 俺は、ロープで縛られラミオンの前を歩いている。


 俺が魔王の元に行くための作戦はこうだ。


 俺は、ベルシャが捕まえてきた人族の『料理人』として、魔王の居城に入る。

 というのは、今の魔王軍には、まともに料理を作れる者が1人もいないらしいのだ。


 魔王は、エシューゼに来るときに、親衛隊2千人とお抱えの料理人20人を連れてきた。当然、全員が扉を通ったはずだった。

 しかし、何故か料理人は誰1人、エシューゼに来ていなかったそうだ。

 どうやら、料理人は全員、扉の管理者基準の力を持っていなかったようだ。


 それで、仕方なく親衛隊の下級兵士が交代で料理の当番をしているのだが、ぶっちゃけ味は『最低』ということだ。

 肉を焼いた物か、野菜を適当に刻んで煮込んだ物しかないのだ。

 全く味付けもされていない、料理とは呼べない物が何日も続いているという。


 皆、文句を口にこそ出していないが、かなりストレスを溜め込んでいるらしく、美味しい料理が作れるなら、たとえ人族でも重宝がられるだろう―― と、ベルシャは言う。


「アキトの料理なら、文句なしだ!」


 ということらしい。


 魔王が俺の料理を食べて満足している場で、ベルシャが俺を魔王に紹介する。

 そして、ベルシャは魔王に『人族との争いを止める』ように進言する―― そういう手筈になっている。


 正直『行き当たりばったり』の穴の多い作戦のような気がしなくもないが、失敗したときは『力尽く』の手段を取ればいい。

 そのことはベルシャも了承しているので、気は楽だ。


 とうとう城の前まで来た。ここからが正念場だ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ベルシャが城に入ると、出迎えの男が待っていた。

 俺達はその男に連れられて、なかなか立派な部屋に通された。


「ベルシャ様、正気なのですか!? このような人族の男を城に連れてくるなど……」


 男は部屋に入るなり、ベルシャに話し掛ける。


「心配いらぬ! それともゲンス。貴様は、この人族1人が怖いと申すのか?」


「も、勿論そのようなことはございませんが…… しかし、魔王様のお耳に入りますとベルシャ様が魔王様のお怒りを買うことに……」


「それこそ、心配無用だ! 私は、この男を魔王様の前に連れて行くつもりだ」


「な!? そのようなことをなさっては、ベルシャ様の身が……」


 うーん…… ベルシャ達の会話は全く分からんが、何か揉めているようだ。

 理由は勿論『俺のこと』だろうな。


「もうよい! 貴様は下がっておれ!」


 ベルシャが怒ったように叫ぶと、男は渋々といった感じで、部屋から立ち去って行った。


「ベルシャ。随分言い合っていたようだが大丈夫なのか?」


「心配ない。私が何とかする」


 本当に大丈夫か? さっきも話し合いの雰囲気じゃなかったぞ。


 仕方ない! 俺はロープで縛られたままスクワットを始める。いつ戦闘になってもいいように身体を温めておこう!


「ベルシャが戻ったのか!?」


 誰かが部屋の扉を勢いよく開けた。


 ん? どことなくベルシャに似ている男―― 間違いなく『イケメン』だ。


「兄上、遅くなりました。ベルシャ、ただ今戻りました」


「おお! ベルシャ! よく戻った。心配し…… オホン!

 否、早く情報を伝えてもらう必要があるので、私自らここまで来たのだ!」


「兄上。実は、魔王様のお耳に入れなければならない、大切な話があるのです」


「ん? そこにいるのは何だ!?『ゴミ』が何故こんなところにいる!?」


「兄上、聞いてください! この者は人族の料理人です。魔王様にこの者の作った料理を是非味わっていただきたいのです!」


 この男―― 俺をすごい睨んでいるな。今にも腰の剣を抜きそうだ。


「ベルシャ! お前は何を言ってるのか分かっているのか!? 人族の――『ゴミ』の作った料理を魔王様に召し上がっていただく―― だと!?」


「兄上! どうか私の話を聞いてください!」


 何を言ってるのか全く分からないが、ベルシャは涙目になりながら、必死に何かを訴えているようだ。

 女を泣かすとは! このイケメンヤロー、許せないな!


「話にならん! このような『ゴミ』は私が片付ける!」


 男が剣を抜いた。そして―― 俺に斬りかかってきた!


「兄上! やめてえぇぇ!」


 ベルシャが叫んで、俺を庇うように身を呈す。


 しかし――


 男の剣がベルシャに届くことはない。男は俺の蹴りを食らって、錐揉み回転しながら吹っ飛んでいた。


 ああ、やっちまった…… もう、ここからは『力尽く』で行くしかない!

 後は手当たり次第に叩きのめす―― そう決めた!


 俺は関節を外して、ロープをほどく。

 その時、再び扉が開いた―― 運の悪い奴だ!


「騒々しいぞ!『ベルシャが戻った』と聞いたが、何をしておるのだ!?」


「陛下……」


 俺は縮地を使って、一瞬でそいつの目の前に移動する!

 そして、叩きのめす! つもりだったが…… 俺は思わず拳を止めた。


 目の前にいたのは―― 絶世の美女―― そう表現するしかない魔族の女性。


「ベルシャ…… ん? 今、余の前に誰かいたような気がしたが……」


 俺は再び縮地を使って、今度は一瞬でベルシャの後ろに移動した。


 危なかった! 思わず、この『絶世の美女』を殴るところだった。


 彼女でなかったら、絶対に殴っていたぞ。


「どうしてベルゾンが、このような所で寝ておるのだ? ベルシャを見て気が緩んだのか? まあ良い…… ベルシャ、よく無事に戻った」


「陛下、ありがとうございます。実は陛下に大切な報告があるのです!」


「ベルシャよ。その報告は後でゆっくりと聞くとしよう。それよりも―― お前の後ろにいる『それ』は何だ?」


 美女が俺を見つめている。それも、ぞくぞくするほど冷酷な視線で!


 ヤバいぞ! 同じ視線を『男』にやられたら、俺はそいつを瞬殺する自信があるが、まさか――『絶世の美女』からのものだと、逆に気持ち良さすら感じるなんて、思ってもみなかった……


「ベルシャ。その超絶美人のお姉さんに、俺を紹介してくれないか?」


 あれ? ベルシャの反応がない…… この美女の威圧に身が竦んで固まってしまったのか?


 よし! ここは、俺から話すべきだな。


 俺はベルシャを押し退けて前へ出て、エブロ語で美女に話し掛ける。


「えーっと、俺、私はアキトといいます。怪しい者ではありません。

 ちょっと魔王さんと話し合いに来ただけの、通りすがりの料理人です。

 ところで、美しいお姉さん! あなたのお名前、教えていただけませんか?」


 どうだ! 完璧にフレンドリーさをアピールできたはずだ!


「ほお。ゴミの分際で話し合いだと? よかろう!

 この魔法を受けて生きておるなら、話ぐらい聞いてやるわ!」


『ゴミ』と呼ばれたのは、とりあえず聞き流しておく。

 それよりも―― 魔法を受けるだけで、魔王と話し合いをさせてくれるなんて!

 流石は美女だ。話が分かる!


「地獄の業火で焼き払え」


 おお! 言葉は分からんが、美女の魔法を唱える姿は絵になるなあ。


「へ、陛下! おやめください!」


 ベルシャがようやく正気を取り戻したようだ。俺の後ろでベルシャの叫び声らしきものが聞こえた。


「ヘルファイヤー!」


 直径1m以上の火の玉が、俺に向かって飛んできた! なかなかの威力っぽい。


 でも、如何に絶世の美女とはいえ、ベルシャが近くにいるのに、それを放ったのは感心できないぞ―― ベルシャが火傷したらどうするんだ! 後で説教しないといけないな。


 俺は、棍を出して高速回転させ、その火の球を綺麗サッパリ消し去った。


 そして、ベルシャの方へ振り向く。

 ベルシャは頭を抱えて床に伏していた。どうやら、火傷はしていないみたいだ。


「ベルシャ、何をしてる? 魔王と話し合いに行くぞ!」


 俺の言葉で、ベルシャはやっと頭を上げ、キョロキョロと周りを見ている。

 そして、俺を見て――


「アキト…… お前はやはり『化物』だ……」


 何故かベルシャにディスられた。


「ば、ばかな……」


 今度は美女が固まっている。

 ベルシャが、その固まっている美女に近付き


「アキト。このお方こそ、我らの王――『魔王陛下』だ!」


 ベルシャ、流石だ! 流石俺のダジャレを理解できるだけあって、見事なジョークを飛ばしてくれた!


「ナイス・ジョーク!」


 俺はサムズアップして、ベルシャに応える。


「じょ、冗談ではないのだ! 本当にこのお方こそ『魔王陛下』なのだ!」


 ベルシャの目は真剣そのもの……


「本当に、この美女が…… 魔王? なのか八日九日十日」


 プ―― ベルシャが噴出した。


「や、やめてくれ、アキト…… わ、私は真剣なのだ、ハハハハ」


 真剣でも腹を抱えて笑ってくれるベルシャ―― マジ女神!


 しかし、困った。

 この美女が魔王となると、俺は正直倒すのに気が引ける。寧ろ倒したくない……


 そうだ! いい方法を思いついた!


 この美女に魔王を辞めてもらって、別の奴―― そこで気絶してる男にでも魔王を継いでもらってコイツを倒せば、『魔王討伐完了』になるんじゃ!?


「なぁ、ベルシャ。『魔王』って交代できないのかな?」


「何を考えているか知らぬが、魔王は世襲制だからな。陛下の血筋以外は魔王には成れぬ。そして、今この世界には陛下の血筋は他におらぬから、交代は有り得ない」


 くそー! どうすりゃいいんだよ!


「陛下……」


「はっ! 余は夢を見ていたのか? 人族に余の魔法を止められるなどと言う、有り得ない悪夢を……」


「い、いえ…… 非常に申し上げにくいのですが、陛下―― それは、夢ではございません…… そこにいる人族『アキト』がやった現実でございます」


 美女がまた俺の方を見ている。

 視線が合った! が、俺は思わず視線を外した……


 参った…… これほどの美女と目を合わすのは2秒が限界だ。


 エシューゼに来てから、いろんな美女に会ったが、美女ランキングではこの『魔王様』が間違いなく『No.1』だ。

 ただ、纏ってる雰囲気も気品が高すぎて、近寄りがたいのが玉に瑕だ。


「信じられぬ…… 人族の、それもこのようなナヨナヨした子供が、余の魔法を打ち消したなど……」


「陛下! どうか、私の話をお聞きください」


……


 ベルシャと魔王の話し合いを、俺は横でじっと眺めている。


 ベルシャ…… 何故俺の分かる言葉で会話してくれないんだよ!


 俺は不満に感じながらも、真剣な顔で話し合う美女2人を眺めているだけで、何となく幸せな気分に成れるから許せたが、それでも退屈だ。


 そういえばラミオン―― あいつ、どうしてるんだろ?


 ラミオンは第2形態のまま、どこか別の場所に連れて行かれた。

 ラミオン専用の部屋があるらしいから、そこにいるのだろうか?


 俺がそんなことを考えていると、


 ドーン!!


 遠くの方で爆発音が聞こえた。


 あんな遠くの音だし、俺達には関係ないよな。

 少しだけ嫌な予感がするが、気にしないでおこう。


「アキト。すまないが、陛下に料理をご用意してほしい」


 ベルシャが俺に料理するように頼んできたが、魔王―― 否、俺の中では【女王様】は相変わらず俺を睨んでいる。


「ベルシャ、大丈夫なのか? 本当に俺が料理を作ってもいいのか?」


「大丈夫だ!」


「そうか…… 俺の料理、食べてくれるかな? イートも! って感じか?」


「ぶはははは! や、やめてくれ…… へ、陛下に変ね目で見られるではないか!」


 ベルシャ、ナイス反応だ! お前は俺の最高の理解者だ!


「し、失礼しました、陛下」


 ベルシャは、一瞬でいつもの凛々しい表情に戻った。


「信じられぬ…… ベルシャ、お前がそのように笑うところなど初めて見たぞ……」


 女王様はベルシャが突然笑い出したことに、驚いている様子だ。


 取り敢えず、俺は料理の準備に取り掛かることにした。

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