第41話 彰人、大魔道士のことを知る
俺はいつもよりも早い、午前4時に目を覚ました。
ベリオヌの町に近付いてくる大きな気配を感じたからだ。
気配の数とその大きさから、それがサーコス帝国を攻めに来た『魔王軍』のものだと分かった。
見つかると厄介そうだな。
「ベルシャ、お前の『お仲間達』が戻って来たぞ」
そう言って、俺の隣で寝ているベルシャを起こす。
「仲間が戻って来た?」
ベルシャは寝ぼけているのか、頭が回っていないようだ。
「そうだ。サーコス帝国に攻め込んでいた魔王軍が、補給ができなくて撤退してきた―― というところだろう」
「そ、そうか! では、この国の人族の被害はまだ大きくは無さそうか?」
恐らく大きな被害は出ていないと思うが、どうだろう?
「ベルシャ、情報を集めてきてくれないか?」
「そうだな。その部隊の隊長と話して、情報を集めてこよう。
アキト、お前はその間どうする気だ?」
俺は隠れておくのが良いだろうな。それよりも、ラミオンをどうしよう…… ラミオンは、普段はただ座っているだけだ。今もキチンと正座してじっとしている。
知らない人が見たら、お行儀の良い『可愛らしいお嬢ちゃん』だが、何かしら機嫌を損ねると、いきなりビームを出すことがあるから、俺は普段は絶対に近付かない。
でもこのまま、ここに座らせておく訳にはいかないし、ベルシャも1人じゃ心細いだろう。
「ラミオン…… 第2形態になってベルシャの側にいてくれないか?」
俺はラミオンに頼んでみた。
「分かった。退屈だからベルシャに付いていってやる」
ああ、やっぱりラミオン、退屈だったのか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ベ、ベルシャ様! どうしてここに!?」
「ジャロウ、お前こそどうしてこんなところにいるのだ?」
「はっ! 私めは魔王様の命を受けて、この国に攻め込んでいるところであります!」
「そうだったのか? それにしては皆疲れきった顔をしているようだが、どうしたのだ?」
「い、いえ…… そ、それは、その……」
ジャロウは歯切れの悪い返事をする。
魔王軍四天王の1人である自分が、よもや人族相手に苦戦して、ここまで撤退してきた―― などとは、口が避けても言えなかった。ベルシャの前で恥をさらすことなど、そのプライドが許さなかった。
くそぅ! 忌々しき人族共め!
ジャロウはエバステでそうしたように、襲った町から食料を奪うつもりでいた。
ところが、町についてみると、町は燃えカス状態―― 食料はおろか身体を休める場所さえなかった。
冬の荒海を越えるのに、体力を消耗していた魔王軍であったが、疲れを癒すこともできないまま進軍するしかなかった。
しかも、その後もジャロウの思い通りに、事が進むことはなかった。
町から逃げたと思われる人族の足跡を追ったが、山間部の行き止まりに続いていたり、川に行く手を阻まれたり、と何度も振り回される目にあったのだった。
それでも魔王軍は、どうにかベグオン砦まで辿り着いた!
食料はほとんどなく疲労も限界に近い状態だったが、この砦さえ落とせば食料が手に入る!
そのモチベーションさえあれば、人族の砦ごとき楽に落とせる!
ジャロウはそう思っていた。
しかし―― ベグオン砦には2人の魔道士がいたのだ。
翼鬼族の空からの攻撃は防がれ、地上からの攻撃も思うようにはいかなかった…… ジャロウは撤退を余儀なくされたのだった。
しかも、この町まで戻って来たとはいえ、食料の補給があるわけでもなく、ジャロウはエバステまで戻る以外にできることはなかった。
この借りは必ず返すぞ!
ジャロウは痛む尻を擦りながら、心に誓うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「へぇー! この国には魔道士がいるのか!」
俺はベルシャの報告を聞いて、この国に魔道士がいることを知った。
そういえば、タマがこの世界にも『魔法を使える者が少しはいる』と言ってたな。
《タマ、その魔道士について知ってることを教えてくれないか》
《はい。サーコス帝国には2人の魔道士がおります。エシューゼ最強の人間に数えられる大魔道士【ロイ】と【メグ】の兄妹です》
大魔道士か! 格好良い通り名だな。
《その2人はそんなに強いのか?》
《はい。2人共『扉の管理者基準』の6倍以上の力を持っております。
ですので、主が何度も『扉の管理者』になってもらうように夢で頼んだのですが、断り続けられました》
そりゃそうだ。
《実はその2人は、エシューゼとは別の世界から来た人の子孫なのです》
《なんだって!? それは、どういうことだ?》
《その方は―― 今から約900年前、このエジュール大陸の中心にあるエシューゼ最大の火山【グリモナ火山】が大噴火を起こしたときに現れたのです。
大量の火砕流と溶岩で、火山の側の一帯の国々は消滅―― という危機に現れたのが『天女と金色の神獣伝説』に語られる天女なのです》
天女と金色の神獣伝説!? 何だか『魔人』と違って随分扱いが良いな。
《その伝説の天女は、その大いなる力を使って火砕流と溶岩を止め、多くの国を救ったのです》
《その天女は、救世主なのか?》
《いえ、違います。陽真様以来、彰人様までエシューゼでは救世主の要請は行われておりませんでした》
救世主じゃない?
《それじゃあ、その『天女』は何者だ? どうやって、エシューゼに来たんだ?》
《ラミオンです》
ラミオン!? もしかして、その『金色の神獣』がラミオン!?
そうか! あのときレミール公国の兵隊がラミオンを見て跪いたのは、ラミオンを神の使い『神獣』と認めたからだったのか。
《その天女はラミオンのマスターだったのです》
《それで、天女がこの世界に来れたこととラミオンが、どう関係するんだ?》
《実は世界とラミオンの間には、『ラミオンは、あらゆる世界の扉を自由に使用することができる(同伴者1名限り)』という契約が結ばれているのです》
《つまり天女はラミオンに連れられて、エシューゼに来た―― そういうことか?》
《そうです。ラミオンがエシューゼに来たのは偶然なのか? 目的があったのか?
それは分かりませんが、マスターを伴って来たのは事実です。
そして、そのラミオンのマスターは『魔族の女性』でした》
《魔族なのに天女なのか?》
《ラミオンに乗って空から現れたので、『天女』と呼ばれたようです。そして、その天女はエシューゼで子を産み、生涯を終えました》
その天女の子孫が、大魔導士『ロイ』と『メグ』なのか。
《それで、そのラミオンはどうしたんだ?》
《ラミオンは、天女だけをエシューゼに残し、扉から出て行ったそうです》
そのラミオンが何のためにエシューゼに来たのか気にはなるが、それよりも
《うーん。大魔導士ロイとメグ―― ラミオンのマスターの子孫にしては、ちょっと力が弱い気がするな》
《そうですね。代を重ねるごとに魔族の血が少しずつ薄れているのでしょうか。
天女の子孫はロイとメグ以外にもおりますが、皆額に小さな角が残っている以外は、肌の色も普通のエシューゼの人と変わりありませんし、魔力も天女の直接の子供は『扉の管理者基準』の30倍あったのですが、今では1番強い力を持つロイでも7倍に届いていません》
随分弱体化したんだな。これも巫女の一族と同じで、力を扱うための正しい指導を受けていないからかもしれないな。
《タマ。伝説の天女が魔族であることは、伝わっていないのか?》
《そうですね。元々エシューゼの人間は『見た目』をあまり気にしませんので、天女の肌の色や角があったことも伝わっていないようです。ですが、その時の天女の衣装のことは細かく伝えられています》
そういえば、語り部のおばちゃんに聞いた『伝説の魔王』のときも、どんな力を使ったかは伝わっていないようで、『ドカーン』とか『ズドーン』とかしか言わなかったのに、その服装については細かく説明された。
エシューゼの人は、服装と禿以外には興味がないのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ベグオン砦――
「兄様。何とか魔王軍の侵攻を防げましたね!」
「そうだなメグ。だが、油断は禁物だ。結局僕らの魔法をもってしても、砦への侵入を防げただけで、敵の1人も倒すことができなかった……」
メグは魔王軍を撤退させたことを喜んでいるが、僕は正直ショックを受けている。
大魔道士―― そう呼ばれる僕らの魔力は、エシューゼに並ぶ者はない!
たとえ魔王軍であっても、僕ら2人の敵ではないはずだ!
僕は、それだけの自負と自信を持っていた。
でも、実際に魔王軍と戦闘を交わしたことで、僕は『魔王軍の恐ろしさ』を身をもって知ることとなった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
魔王軍が攻めてくる!
その知らせを聞いたとき、僕の心は躍った!
今まで1度も本気で放ったことのない魔法を、心置きなく試すことができる!
そう考えただけで、僕は興奮を抑えきれなかった。
ところが――
僕は、ベグオン砦に近付いてきた魔王軍を見て、がっかりした。
魔王軍の連中は、見るからに疲労しているし、人数も砦を落とすにしては少なすぎる―― 精々200人しかいないなんて。
これじゃあ、僕らが本気を出したら、すぐに全滅しそうだな……
そして、戦闘が始まった。
魔王軍には空を飛べる者がいた! 砦を上から越えていこうとする。
弓矢は届かない。成す術もなく敵の侵入を許すのか!?
うふふふ―― 勿論、そんなことはないさ!
メグが風魔法を発動させる。
「ウインドカーテン!」
メグの魔法の前に、敵の飛行部隊は弾き飛ばされ、砦に近付くことができなくなる。
さあ、次は僕の番だ! 地上の敵を蹴散らすぞ!
砦に向かって走ってくる敵の数は100人程度。
距離は約500m―― 僕は砦の上から敵に向かって魔法を放つ!
広範囲の攻撃魔法
「ファイヤーアロー!」
無数に放たれた炎の矢が、魔王軍の連中に命中する!
次々と倒れる敵!
やっぱりこの程度か……
僕は、自分の予想が裏切られなかったことに苦笑する。
1発の魔法で大半の敵を倒してしまった。
これでは後2~3発も放てば、敵は全滅するだろう―― 僕はそう思った。
ところが! 僕は目を疑う…… 倒したはずの敵が起き上がったのだ!
それも1人や2人でない。倒れていた全員が起き上がっている。
そして、再び砦に向かって走ってくる。
嘘だ! そんなはずはない!
僕は別の魔法を放つ。
「サンダーアロー!」
きっと火耐性の強い連中だったんだ。雷なら防げないはずさ!
敵は再び地面に倒れた。
今度こそ、やったか!?
しかし―― 敵は再び立ち上がった……
「全員下がれ! 俺がやるうぅぅぅ!」
何かを叫びながら走ってきたのは、魔王軍の指揮官らしき男―― 巨大な戦斧を片手で持った大男だ!
僕はその大男に向かって、今度はより高威力の魔法を連続で放つ。
「ファイヤースピア! サンダースピア!」
僕の魔法を、そいつは戦斧を振り回して弾き飛ばしたのだ!
そんな…… バカな……
魔法をあんな斧で弾くなんて、そんなことが可能なのか!?
目の前で起こった現象を、僕の頭は受け入れられなかった……
砦からは兵士達の放った無数の矢が大男を襲う!
しかし、そいつには通じない。このままでは砦に取り付かれる!
そう思ったとき―― 大男は―― 落ちた。
落とし穴に……
この落とし穴は、トールという異国の人が考えた罠だった。
そうだ! ファイヤー!
僕はその落とし穴に魔法を放った。
落とし穴には尖った竹と、油を大量に浸み込ませた藁が敷かれてあるのだ。
激しく炎が舞い上がった! 流石にこれで倒せたか!?
しかし! 穴から腕が伸び出し―― 大男の身体が這い出てきた。
まだ来るのか!? 僕はその大男に恐怖する……
ところが―― 大男は砦に背を向けて、尻を擦りながら引き返して行った。
その背中を見送っていた僕の額からは、止めどもなく冷たい汗が流れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今思い出しても、嫌な汗が出てくる。
もし、敵が疲れていなかったなら……
もし、もっと大人数で攻め込まれていたなら……
もし、あの大男のような敵が他にもいたなら……
次に魔王軍が攻め込んできたとき、果たして僕らは防げるのだろうか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます