第24話 彰人、魔王の手下と対決する

 ランテスは剣の柄に手を掛けながら、カラス1号の周りを時計回りにゆっくりと移動しながら、じりじりと間合いを詰める。

 今のランテスは自信満々―― 口の端が微かに嗤っている。


 対するカラス1号も余裕綽々―― 両腕を組んで、ランテスの動きを目で追ってはいるが、ほとんど警戒する様子はない。


 ランテスとカラス1号の間合いが、3mを切るか切らないかになったその瞬間―― ランテスは地面を蹴ってカラス1号に向かって踏み込んだ。


 カラス1号は間違いなく焦ったはずだ。


 ついさっき、全くダメージを与えられなかった者と同じ人間とは思えない動きに!


 ランテスはその一歩の踏み込みだけで、カラス1号の後方5mの所に移動していた。右手に抜いた剣を持ちながら、ランテスは素早くカラス1号の方に振り返った。


「あはは…… 踏み込みが速すぎて、剣を抜くタイミングが遅れてしまったよ」


 そう! ランテスは普段通りのタイミングで抜刀したために、カラス1号を大きく行き過ぎてしまい、居合を空振ったのだ。


 勿体ない……


 相手が無警戒だっただけに、今の攻撃が当たっていればカラス1号を倒せていた可能性が十分にあった。

 しかし、次の攻撃は簡単には決まらないだろう。カラス1号は、今のランテスの動きを見たために警戒するはずだ。


「ゴミのくせに俺を焦らせるとは…… だが、お前には今のような好機が訪れることは2度とない」


 カラス1号は本気になったようだ。

 組んでいた両腕を解いて、後方へジャンプ―― ランテスとの距離を取ろうとした。


 が! ランテスはカラス1号の動きに合わせて素早く前へ出る。


 カラス1号の動きより、ランテスのスピードが勝っている。

 ランテスが剣の間合いにカラス1号を捉えた! と思われたが―― ランテスは攻撃できなかった。


 カラス1号が翼を広げて羽ばたいた瞬間、ランテスは後方へ押し戻され、カラス1号は間合いから外れた。


「フフフ。ゴミにしてはなかなかやるが、もう俺に近付くこともできまい。これからキサマは切り刻まれて死ぬのだ!」


「アキト君、奴は何て言ったんだい?」


 ランテスはカラス1号の言葉がわからないから俺に尋ねてきたが、俺は話すのが苦手だし…… そもそも、タマがいなければ聞く方も無理だし適当に答えることにする。


「ゴミは、死ね」


「それだけ? 結構長くしゃべっていたと思うけど?」


 ちっ! それに気付くとは面倒な奴だ。


「要約した」


「そ、そうかい…… まあ、奴の殺気がすごいから『殺す気』満々なのはわかるよ」


 カラス1号は再び翼を広げた―― さっきは風を起こしてランテスを押し戻したが、今度はどんな攻撃を仕掛けてくるつもりだ? カラス1号の翼に『力』が溜まっていくのが感じられる。


 ランテスは警戒して、居合の構えのまま動かない。


 カラス1号の翼が真っ白に輝いたその瞬間


光翼刃ライトウイングカッター!!」


 カラス1号が雄叫びを上げたが、何て言ったのか分からねぇ…… タマが通訳しなかったから、エシューゼの言葉ではなかったようだ。もしかして、技の名前か?


 声と同時に、翼から無数の細長い『光』がランテスを襲う!


 ランテスは剣を抜いてその光を打ち払ったが、流石に全てを防ぐことはできなかったようだ。ランテスはダメージで片膝を付いたが、すぐさま立ち上がって剣を構える。


 それにしても、わざわざ攻撃を光らせて相手に視認できるようにするなんて、カラス1号はバカなのか? 俺はあの光はフェイクかと思ったが、ランテスのダメージがそれほどでもないところを見ると、本当にあの光が攻撃だったようだ。


……


「ゼド、苦労しているようだな!」


「手伝ってやろうか!」


 デノムとゲルボのその言葉にゼドは


「必要ない!」


苛ついたようにそう応えた。


 この人族め…… 俺の『光翼刃ライトウイングカッター』を防ぐとは。


 ゼドは『光翼刃』でランテスの全身を切り裂いて殺すはずだった。


 しかし、彰人の霊力により身体能力が大幅に向上したランテスは、致命傷になる攻撃だけは剣で防ぎきった。それでも、多数の裂傷を負ったランテスは、大きなダメージを受けてもおかしくなかったが、ランテスは防御力も大幅に向上していたおかげで、軽傷で済んだのだった。


『光翼刃』はゼドにとって最強の技ではなかったが、それでも人族に防がれるなどゼドは思ってもいなかった。

 ゼドはプライドを傷付けられた上に、デノムとゲルボの先程の言葉にイライラは爆発寸前だ。


 最強技を使って殺すのは簡単だ。


 それでも、ゼドはそうしない。人族相手に『それ』を使ったらデノムとゲルボに笑われるのがわかっている。


 魔王親衛隊、翼鬼族内の『十翼』の1人に数えられるゼド―― 人族如き、余裕で殺せなくて何が『十翼』だ!


 ゼドは再び魔力を翼に集める。

 しかし、今度は『光翼刃』のためではなかった。


……


 さっさと終わらせろよ……


 俺はランテスの戦いぶりに、ちょっとイライラしてきた。


 さっきの攻撃を防いだランテスは、カラス1号が再び翼を光らせたのを見て警戒している。剣を構えたまま動かない。


 バカか…… 待っていたら、また相手に先手を取られるだけだろ!

 お前から行けよ!


 時間が経てば経つほど不利になるのはランテスの方だ。


 残り2分―― 俺の霊気の効果が続くのは、それが限界だ。教えていないからランテスは知らないけど。

 しかも、後には地獄が待っている。


 カラス1号は翼に集めた力を、今度は身体全体に纏わすように移動させた。


 強化系の技か!? これは不味いかも……


 ランテスも強化しているが、元々の身体能力ではカラス1号の方が上だろう。

 正面からぶつかったら、当然カラス1号の勝ちだ。


 否、俺がランテスなら勝機は7割ぐらいある。

 カラス1号の方から近付いてくれる―― 奴の弱点に気付くことができれば、ランテスの方に天秤は傾くが―― 果たして!?


 ドン!


 カラス1号は、全身が光に包まれた瞬間、翼を羽ばたかせランテスに向かって突進!

 猛スピードで迫ってくるカラス1号に対して、ランテスは動かない…… 否、動けないのか!?


 ザシュッ! ――2人が交錯する。


 カラス1号は、ランテスの横を通り過ぎた後、スピードを落とし―― 止まった。

 ランテスは剣を構えたまま、同じ場所に立っている。


 カラス1号がゆっくりと…… 倒れた。


 ランテスは…… ポカンとしたまま突っ立っている。


 うん! ランテスはカラス1号のスピードに反応できなかった。


 カラス1号の右手が伸びてランテスを貫こうとした瞬間、俺が『棍』を投げてカラス1号の身体に命中させた。棍に身体を貫かれたカラス1号は、ランテスの右側を通り過ぎて絶命した。


 俺は木に突き刺さった棍を回収し、未だ呆けているランテスの肩を叩く。


「お疲れさん」


「い、否…… バルード流秘技『飛翔斬り』を出そうと思ったら、相手が急に視界から消えたから……」


 ん? 反応できなかったわけじゃなかったのか?

 きっと『強がり』だな。可哀想だから、『そういうこと』にしておいてやろう。


「きざみゃらー!!」


 上空から絶叫が聞こえた。


 そうだった。まだカラス2号と3号が残っていたな。


……


 上空で叫んだカラス2号――


 そのまま俺に向かってくるのかと思ったが、カラス3号がそれを止めたようだ。


「慌てるなゲルボ―― あの棒でゼドが殺られた…… 無暗に突っ込めばお前もゼドの二の舞だぞ」


「す、すまんデノム、取り乱した…… ならば―― ここから攻撃する!」


 異世界の言葉で話す2人―― 何を相談しているんだ?


「許さん! キサマら、跡形も残さず殺してやる!」


 今度は分かったけど、物騒なセリフだな。


 カラス2号は翼に力を溜めていく―― どうやら、2号は1号より格上のようだ。

 翼に溜める力が1号よりもずっと強い。そして、翼に溜めた力を今度は右腕に移動させていく。


「アキト君…… これはちょっとヤバいんじゃあないかな」


 ランテスは心配そうに俺に話しかける。


 カラス2号の力は右腕から掌の方に集まっていく。結構な高密度のエネルギーだ。


 あの感じからして、もしや! 上空から攻撃する気か!?

 ということは―― アレをするのか? マンガやアニメなんかによくあるアレを!

 否、いくら何でもアレはしないだろ?


 俺がそんなことを考えている間も、2号は右手に力を溜め続ける。


「ランテス。お前は、離れていろ」


 もしカラス2号がアレをした場合、ランテスにはおそらく耐えられないだろう。


「分かった。後はキミに任せたよ」


 そう言って、ランテスは俺から離れた場所に移動する。


 そして―― とうとう2号の力が最大まで溜まったようだ。


「雷光爆砕破!」


 カラス2号は、右手を俺の方に向けながら、訳の分からない叫び声を上げた。

 同時に、掌から『眩い光弾』が撃ち出された。


 ズドーーーン!!!


 凄まじい衝撃―― 地面が揺れ、土煙と爆炎が舞い上がる。


「フハハハハ―― ゴミのくせに俺を怒らせるからだ!

 恐怖に歪んだ顔を見れなかったのが残念だが、ゼド―― 仇は取ったぞ!」


「ゲルボ、喜んでいる場合ではないぞ。

 ゼドを倒せるだけの力を持つ者がいたのだ。他にもいるかもしれん…… このことを一刻も早く魔王様に報告せねばなるまい」


「そうだな。忌々しいことだが、この世界には少しは厄介な奴がいるということか。

 それに、逃げ出したもう1匹も片付けなくては」


 ようやく煙が晴れてくる。


「な? 何だと! キ、キサマ―― 何故生きている!?」


 カラス2号の攻撃が命中した場所を中心にして、直径10m程のクレーターができていた。俺はそのクレーターの中―― 中心から3m程離れた場所に立っていた。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ―― カラス2号の攻撃直後 ――


「まさか…… ほんとに、あんなマンガみたいな攻撃をするなんて……」


 俺は舞い上がる土煙と爆炎の中、今の攻撃について考えていた。


 正直驚いた…… 溜めた『気』を一気に放出したと思われる、その『バカ丸出し』の攻撃に!


 俺は、カラス2号の右手から放たれた光弾を、あっさりと躱した。


 そりゃそうだろ!


 距離は30m以上もあり、飛んでくるスピードは精々秒速100m程度―― 躱せないわけがない!

 威力は『まあまあ』だったが、直撃でない限りどうってことはない。

 土煙が舞い上がって砂をかぶる、鬱陶しいだけの技だ。


『気』というのは、普通自分の体内エネルギー―― つまり『体力』を使って練り上げるものだ。例外的に、外の力を利用して『気』を練ることのできる者もいるが、カラス2号は間違いなく体力を使っていた。

 ゲームなんかで、『気』を放出する技を無制限に出せるものがあるが、実際には体力を消費するため、無制限に放出することなど有り得ない。


 ウル〇〇マンがスペ〇〇ム光線を、何故最後の止めにしか使わないのか?


 最初から使えば良いのに―― というのは素人考えだ。


 スペ〇〇ム光線は、ウル〇〇マンの体力を使って練り上げた『気』の一撃だ。

 それも最大の威力を誇るということは、多大な体力を使って練った攻撃のはずだ。

 当然練り上げるのに時間も掛かるし、仮に最初から撃つ準備ができていたとしても、それを敵の実力も分かっていない状況で使うのは危険なのだ。


 もしかしたら躱されるかもしれない。

 敵の防御力が予想以上に高くて、耐えられるかもしれない。


 そうなれば、体力が相当減った状態で戦闘することになり、苦戦必至だ。


 だからウル〇〇マンは初めは肉弾戦で戦う―― 相手の実力を探りながら、相手の体力を削るためだ。


 ウル〇〇マンは戦闘の後半、スペ〇〇ム光線を打つ直前は必ず疲れている。

 それは、体力を使って気を練っていたからで、決して怪獣の攻撃に苦戦したから―― というだけの理由ではない!


 そして、相手の実力をしっかりと把握し、『絶対に倒せる』という確信の元、スペ〇〇ム光線を撃つのだ!


 尤もこれは、俺がじいちゃんから聞いた話なんで、真実かどうかは知らない。


 それはともかく、俺の言いたいことは―― 放出系の技を使うなら、絶対に相手が避けられない状況、且つ、当たれば100%相手を戦闘不能、或いはそれに近いダメージを与えられることが分かっている状況の場合だけだ。


 せっかく練り上げて溜めた気を、たった1発―― まさに一瞬で無駄にするなんて、正気の沙汰ではないのだ。


 神明流は、基本的に武器を使って戦う。それは何故か?


 武器の最大の利点は、無手以上の破壊力とリーチの長さだ。

 武器に霊気を纏わすと、破壊力がUPすることは勿論、たとえ攻撃を躱されたとしても霊気を消費することもない。

 相手に攻撃を当てた刹那に霊気を一気に叩き込めば、態々霊気を飛ばすよりも確実に安全に敵を仕留められるのだ。


 そして、俺が使う家宝の『棍』は、樹齢千年を超える神木級の桧で作られている。

 神木になると、霊気の伝導が良く無駄なく霊気を纏わせることができ、また棍の先端部分はコンデンサよろしく霊気を溜めておくことも可能なため、無駄に体力を消費せずに効率よく戦闘できるのだ。


 つまり、『あんな攻撃』をしたカラス2号は、バカで間抜けでド素人だ!


 土煙が晴れるまでの10数秒の間、砂を被らされた怒りもあって、俺はカラス2号をディスり続けた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 コイツらは戦闘の素人だ! 俺はそう結論付けた。


 見た感じ斥候ぽいし、恐らく主力の戦闘部隊の派遣前に偵察に来たのだろう。

 逃がすと面倒になりそうで、確実に倒しておきたいところだが…… 空を飛んでいる相手は厄介だ。

 なにせ、俺の攻撃が届かない。せめて2人共15m以内に近付いてくれないと、同時に倒すのは難しい。


「ゲルボ。奴がどうやってお前の攻撃を防いだかはわからんが、このまま放っておくわけにはいかんことは確かだ。力を合わせるぞ!」


「わかったデノム。で、どうするんだ?」


「この世界の人族も空を飛べないのは、奴の様子からも間違いないだろう。

 この位置から攻撃すれば安全ではあるが、お前の攻撃が防がれたのは、距離が遠すぎたからかもしれない。もう少し接近して、2人同時に攻撃を仕掛けるのだ!」


「よし! それなら間違いなく仕留められる!」


「ゲルボ、体力は大丈夫か? さっきと同じくらいのを―― 行けるか?」


「ああ! 後1発なら何とかなる」


 何か、2人で相談しているみたいだな。逃げる相談でなければいいが……


 おっ! 2人とも力を溜めだしたぞ。懲りずにまたさっきのをする気か?


 2人でも結果は同じなんだが…… 精々土煙が倍になるくらいだ。

 こっちから攻撃できないから、また砂を被るのかと思うとゾッとする。


 はいはい…… 力、溜め終わりましたか?


「デノム! 力が溜まったぞ!」


「こっちも完了している。よし、10mまで接近するぞ!

 ゲルボ、万が一を考えてそれ以上は近付くなよ!」


「わかっている! では、行くぞ!」


 えっ!? 向こうから近付いてくれるのか? ラッキー!


「死ねえぇぇ! 業火げ…… ゴホッ」「消えろおぉぉ! 雷光ば…… ガハッ」


 墜落するカラス2号と3号。


 俺の棍は只の棒じゃない。7つに分離できるのさ!

 所謂【七節棍】ってやつだ!


 そして節を繋いでいるのは鎖でなくゴム状の物質―― 霊気を纏わすことで伸縮自在の優れものだ!


 カラス2号・3号は、伸ばした七節棍の両端に胸を貫かれ、同時に絶命した。

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