第七十三話「謎の船団」

 とうとう出航のときがきた。


 ベンとマックス、ポポン、それに松五郎や豊姫まで見送りにきていた。

 ベンは胸をはって忍者たちにいった。

「この船の改造はただの改造ではないぞ。バルアチアの船の二倍のスピードは出るだろう」

 ベンの高度な設計技術に手伝った船大工も目をむいたという。

「すると到着までは?」

 松五郎の問いに、ベンは少なくなった歯をきらりと出してこたえた。

「天候に邪魔されなければ、おそらく一週間くらいでつくだろう」

「一週間!」

 一同にざわめきがおきた。

 得意顔のベンに水をさしたのは、やはりマックスだった。

「じいさん」

 マックスは残念そうな顔で船をみる。

「今後はもう少し『デザイン』ってものをかんがえような。こりゃどこからみてもボロの幽霊船だぜ」

 たしかに急いだ工事だったとはいえ、仕上がりは幼子が作った船のおもちゃのようだった。

「はっはっは、マックスよ。人も船も肝心なのは見た目ではない、中身だよ」

 ありきたりな返答を得意げに言う師匠に、マックスは思わず言ってしまった。

「宮之屋の花織ちゃんは、見た目に惚れちゃったんだろ」

 ベンは顔を赤くしながら、むきになって弁解した。

「ちがうぞ、マックス! 花織ちゃんは見た目だけではない、その立ち振舞も気立ての良さもすべて揃っておるのじゃ」

 ステファンはそんな師弟の漫談に微笑みながら、船を見あげた。

(ついにバルアチアに帰るときがきた)


 関係者たちに見送られ、船は深夜にこっそり出航した。

 あくまで非公式なバルアチア訪問ということで、関係者以外には知らされておらず、船も少し離れたところで極秘裏に改造がおこなわれていた。

 とはいえ、他国に行くのに忍者たちだけというわけにはいかず、貿易交渉という名目で信頼できる国の高官二人と、十人の乗組員たちが便乗していた。


 甲板からは、きれいな月がみえた。

 ステファンは、エミーラが月の光を浴びて船の甲板で踊ったことを思いだした。

(あれから一年以上たつのか)

 正直言って、もう五年以上たっている感覚であった。

 船旅は天候に恵まれ順調にすすんだ。

 見た目は変な船だが、蒸気を使って水中のプロペラを回転させるので、揺れも少なく乗り心地がよかった。


 忍者たちは、ステファンによるバルアチア語のレッスンと忍者の修行をくりかえした。

 とくに長老は、ステファンに龍脈の力の使い方や気持ちのコントロール法を徹底的に叩きこんだ。

「いいか、瞑想をおこたると、龍脈の力に飲み込まれてしまう。これは一生つづくと覚悟しておれ」


 そして航海をはじめて六日目の夕方だった。

 船員たちが到着の準備をはじめようとしていたころ、見張りの水夫が声をあげた。

「ぜ、前方にたくさんの船が!」

 ステファンたちも望遠鏡を借りてながめた。たしかにずっと遠くの方に無数の船の影があった。

「何か、海のお祭りがあったのか?」

 首をかしげる水夫たちだったが、あとから出てき船長は眉をひそめた。

 大塚おおつかという名のその船長は、まだ若いが風格がある。

 彼は本能的に異変を嗅ぎとった。

「祭りにしては速度が速すぎる。なにかあったんだ」

 大塚はじっと船団をみて、つぶやいた。

「やはり異様な速さだ。それに進む方角がばらばらだ。船旅というより違う港に移動しているようだ。まるでなにかから逃げているような……」

 大塚はそのまま忍者たちと高官たちをよんだ。

「紅蓮さん、皆さん、きっと首都エスペルの港でなにかが起こっています。念のため港を迂回うかいして様子を見てもよろしいでしょうか?」

 通常は船長にすべての権限があるのだが、今回は特殊任務として、長老にその権限があった。

 長老は船長の意向に同意した。


 翌朝、肉眼でも船が見えるようになった。

 やはり船は絶えることなく、いろいろな方向にむかっている。

 ステファンが甲板からそんな船団を見ていたときだった。

「あっ!」

 海の先に黒い陸地がみえた。バルアチアだ。

(ついにバルアチアにかえってきた)

 しかし意外に冷静な自分がいてステファンはおどろいた。もっと感動すると思っていたからだ。

「うわぁぁ、バルアチィアァァァ!!!」

 横をみると、自分よりはるかに感動している湯吉がいた。

「ステファン! 母国だぞ! お前の国だぞ!」

 湯吉がステファンに抱きついてきた。湯吉の目にはうっすら涙がうかんでいる。迅も横で感動しているようだ。

 ステファンは、むしろ自分のことのように喜んでくれる友人たちに感動した。

 大塚の声が聞こえた。

「首都エスペルの港がみえた。このあたりから迂回をはじめる。面舵一杯!」

「面舵一杯!」

 船長の掛け声に水夫たちがこたえ、船は航路をかえた。

「あんた、よくこの辺の航路を知っているね」

 長老が大塚の操船に感心した。

「ええ。和ノ国の船で一番初めにバルアチアに上陸するのが夢だったんです。だからバルアチア船が来たときには何度も乗せてもらい、海図も暗記しています。でも船の世界は上下関係が厳しく、本当は私なんかじゃこんな技術の高い船に乗れないのです。それを宗松様が『私的な航海だから』と抜擢してくださいました」

「ほぅ、そうなのか。やるな、松ちゃん」

「松ちゃん?」

 長老のつぶやきに驚いた大塚だったが、すぐに白い歯をだしてわらった。

「やっぱり宗松様は、庶民に親しまれる人望と器量の人です」

「その通りだな。私もそう思う。それで」

 長老は大塚に向きなおった。

「お主はこの事態をどうみる?」

 大塚は少し沈んだ顔になった。

「おそらく内乱か災害かと」

「やはりそうおもうか」


 長老は高官と忍者たちを呼びだして、会議をひらいた。

 バルアチアに精通した高官は高垣たかがきと竹ノたけのうちといった。二人ともまだ若い青年だ。

 高官の二人は船長の話をきき、腕をくんだ。

 竹ノ内がいった。

「可能性の話になりますが、内乱では無いと思います。貿易は情勢がかなり影響するので、内乱があれば貿易自体ができなくなります。しかし、先日彼らが来たときはそのような情勢の話は一切ありませんでした。そもそも内乱の気配があるときに和ノ国に来ないでしょう。何か災害が起こったと見るべきではないでしょうか?」

 竹ノ内がいうと高垣がこたえた。

「たしかに。ただ、彼らが予想できなかった内乱という可能性もある。内乱を想定して行動したほうが、上陸の際に危険が減るでしょう」

 この高官たちも頭脳明晰だが高飛車なところはなく、誠実で私心がなかった。松五郎の人物眼の高さを思わせる青年たちだった。

「よし、船長の提案通り、まずは夜になるのを待って、岸につけて上陸するとしよう。まずは情報収集だ」


 長老がいうと全員がうなずいた。

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