第六十話「阿修羅城」

 宿にかえると猿飛が笑顔でむかえてくれた。


「よく帰ってきたな」

「ご心配かけました」

「心配したぞ。それ以上に驚くことも多かったがな。俺は松さんに頼まれて先に宿の主人に、孫を誘拐したあの今城とかいうおっさんを許してもらえないかきいていた。まあ、罪は罪だからな」

「それで、ご主人は?」

「事情を話せば許してくれた。でも誘拐するなんてバカなおっさんだ。さっ、荷物をまとめるぞ」

「どこかに移動するのですか?」

「ああ。松さんによばれた」

「桜城ですか?」

「いや、阿修羅城のほうだ」


 荷物をまとめ、馬車に荷物を移していると少年の声がきこえた。

「兄ちゃん!」

 主人の孫の蘭吉だった。その後ろで主人が深く頭をさげた。

「兄ちゃん、助けてくれてありがとう」

 主人に言われたのだろう、恭しいお辞儀が可愛らしかった。

 ステファンは蘭吉の頭をなでた。

「立派な大人になるんだよ」

「ふん、お前はじじいか」

 マックスが横から茶々をいれた。しかし蘭吉はきょとんとしている。

「あれ、お兄ちゃんたち、言葉しゃべれるの?」

 はっとして、ステファンとマックスは顔を見あわせた。

 そして、内緒だぞ、と蘭吉に片目をつむった。


 一行は馬車で阿修羅城へむかった。

 阿修羅城は桜城から離れた場所に建設された小ぶりの城だ。

 しかし、小ぶりといっても地方の城に匹敵するくらいの大きさだ。

 馬車は桜城へつづく大通りをまがり、二条にある阿修羅城へむかった。

 桜城が壮麗であるのとは対照的に、阿修羅城は装飾も少ない地味な城だった。松五郎もなぜ民の力を浪費してまでこの城を建てる必要があったのか理解できないと憤っていた。

 阿修羅城の城門まで来るとその大きさにおどろいた。

 しかし、城門もほとんど飾り付けされず「ただ整備しただけ」というかんじだ。

 

 一行は門をくぐり、城に近づいた。

 まだ完成ではないのか、建築資材があちらこちらに置かれている。

 猿飛が首をかしげた。

「あれ、間違えたか? こんな建築中の城に将軍家の三男がいるか、普通?」

「どうやらいるようですよ」

 雷太郎が指さすほうには、入り口で手をふる松五郎がいた。身なりは羅生院宗松だったが、その動きは松五郎だった。

「やあ、よくきたな」

「『やあ』じゃないですよ。なんですかあの必殺技は?」

 猿飛はわざと顔をしかめた。

「炸裂したろ」

「ええ、ものすごい破壊力ですよ」

 松五郎はステファンをみた。

「お疲れ様だったな、ステファン」

「おかげさまで命拾いしました」

「はっは、俺が助けなくても仲間たちが助けていたよ。さあ、中にはいってくれ」


 城の中に通されたが、中はがらんとしていて、人の気配もあまりなかった。

 ほとんど装飾がなく、城というより倉庫といったかんじだった。

「松さん、ここは?」

 猿飛がみんなの疑問を口にしてくれた。

「ああ、今の俺の住処だ。完成間近でまだ工事中だが、住むには問題ない」

 忍者たちは大きめの部屋に通され、その真ん中で松五郎がどしっとすわった。

 その部屋もただ広いだけで飾り気も何もなかった。部屋の一部に布団や棚などが置かれていたが、それが逆に違和感があるくらいだ。


 そこへ一人の初老の老人がやってきた。

「ようこそ、お越しくださいました。私は宗松様の身の回りの世話をしております、岩木ともうします」

「まあ、普段は俺が留守をしているので暇のようだがな」

「私の仕事が宗松様に奪われているということです」

 はっはっはと笑う松五郎を見ると、かなり気を許せる関係のようだ。

「岩木は俺が小さいころからの付き合いで、いつも横であれやれ、これやれ、と言ってくるんだ」

「それが私の仕事ですよ」

 一同は荷物をおろし、それぞれ好き好きにすわった。

 ムサシは迅に、ワンッ、とほえた。

「あっ、そうだったね」

 といって迅は荷物の中からきれいな箱を取りだした。

「それ、宿の主人が用意してくれたムサシの寝床か」

 マックスが聞くと迅はうなずいた。

「ムサシが気に入っているのを見て宿の主人がくださったんだ」

「本当にこの犬はいつも殿様気分だな」

 ははっと笑って後ろをむいたマックスの頭に小石が飛んできた。

「いてぇっ、またかよ。松さん、ここなんか虫がいる?」


 岩木がもってきたお茶をすすり、松五郎が口をひらいた。

「さあ、なにから話すのがいいかな」

 といって一同を見わたした。

「そりゃあ、あんな必殺技があるんならなんでもっと早く使ってくれなかったんだってことかな」

 猿飛は口火をきった。松五郎はいきなり痛いところを突かれたように顔をゆがめた。

「猿飛の言うとおりだ。本当にすまない。いままで隠していたこともあわせてお詫びする」

 頭をさげようとする松太郎を、猿飛がとめた。

「詫びはいいんだ、理由を聞きたいだけだ」

 その言葉に非難の気持ちはこもっていなかった。自分の身分を使ってエミーラや仲間たちを助けたかったという気持ちは、松五郎本人が一番強いはずだ。そういう人であることを猿飛もよくしっている。

 ありがとう、と小声でいい、松五郎は語りはじめた。

「まあこんな家柄だから、家族関係はひどくわるい。特に親父と一番上の兄貴との関係は最悪だ。ある日俺はその二人と大げんかをして城を飛びだした。その後、使者を通じて兄貴からは『城に戻ってくれば、お前の母親の命はない』と言われてな。この世界ではよくあることだが、兄貴と俺の母親はちがう人なんだ。それでいままで帰れずにいた」

「鶴山城に届いた書状も松さんですか?」

 迅が聞くと松五郎はうなずいた。

「あのときは里から離れたところに流と行っていて、鷹の赤丸が長老の手紙を届けてくれたんだ。妹の豊姫への手紙は長老にあらかじめ渡しておいたんだが、まさか豊姫が早々にエミーラを都につれていくとは予想できず、鶴山城主への書簡を急いでおくった。そのあと、俺は遅いから流には先に行ってもらったんだ。早く行って豊姫に会えていれば万事解決だったんだが」


 松五郎は心底悔しそうで視線を下にそらしたが、ふたたび目をあげてステファンをみた。

「でも、今度は大丈夫だ。昨晩、親父と兄貴に会い、エミーラを返してもらうように話をつけた」

「本当ですか!?」

 ステファンは思わず大きな声が出てしまった。その反応に目を細めながら松五郎はうなずいた。

「ああ。今晩、親父のところに行ってエミーラを連れて帰ることになっている。もうちょっとだ、ステファン」

「ありがとうございます」

 ステファンは気が抜けたように安堵の息をはいた。

「よかったじゃねぇか、ステファン」

 猿飛がステファンの肩をつついた。

「よかった」迅も肩をたたいた。雷太郎もほほえんでいる。

「おお、俺はちょっと緊張するな。まだ俺が生きてるって言ってないよな」

「おお、そうだった!」

 松五郎は手をたたいた。

 一同は朗らかな笑いにつつまれた。


「それに今朝の裁判のことも調べてみた。三老の日吉が東山邸に動いたのは、将軍がバルアチアと交渉しているときに、自分の家臣がバルアチア人ともめ事を起こそうとしていると知ったからのようだ。あいつが行ったときにはすでに騒動が起こっていて、それを内々で片付けようとしたんだ。まさかそのバルアチア人が俺の客だとはあいつも思っていなかったようだがな」

「松さん、実は……」 

 ステファンは、裁判のあとに今城から聞いた、自分が都に入るときから狙われていたことを切りだした。

「そうか。それは気になるな……。またこちらでも調べてみる。とりあえず、疲れたろう、ゆっくりしてくれ」


 松五郎が席をはずしたあと、皆さん、と岩木が声をかけた。

「どうしたんです? 岩木さん」雷太郎が聞くと、

「宗松様のことで少しお耳に入れておきたいことがあるのです」

 それをきいてみんなが岩木のまわりにあつまった。

 岩木は一息はいてゆっくり話しはじめた。

「さきほど宗松様が将軍や宗一郎様と仲が悪いとおっしゃいましたが」

「ああ、大げんかしたっていったたな」

「はい、宗松様は軽くそうおっしゃいましたが、じつは宗松様はお二人の命を狙ったのです」

「ええ!!」

 全員がおどろいた。謀反ではないか。

「十年前に、将軍様が民を強制的に国の兵隊にする将軍令をだそうとしました。将軍の意をくんだ宗一郎様も将軍令に反対しようとする者をどんどん排除しました。そのやり方はひどく、ついに堪りかねた宗松様が相打ち覚悟の行動にでました。刀をもってお二人の部屋に押し入り『この令を取り消さなければ、あんたらをきって俺も腹をきる』とすごい剣幕でせまりました。あまりの迫力と命の危険を感じたのか、将軍は話をきき、その場で令を取り消されたのです。しかしその後で、将軍は『私に刀をむけるという意味がわかっているのか?』と逆に迫り、ついに都を出ていかなければ裁判にかけて死罪にする、と告げられました」

「そんなことがあったのか」

 猿飛をはじめ皆が聞きいっていた。

 その後もその将軍令は発令されておらず、見えないところで松五郎は民を守っていたのだった。 

「宗松様の民を思う気持ちはあの海原よりも深いものがあります。そして宗松様は商人として国中を旅し、忍びの里へたどりついたのです」

「それで、松さんはそれから城に帰ってなかったのか?」

「はい。都に来て私と連絡を取ることはしばしばありましたが、桜城の中に入ったのは、そう昨日が十年ぶりでした」

「よかったじゃないか、城に入っても殺されなかったんだろ?」

 マックスが頭に腕をくみながらいった。

「たしかに昨日はエミーラ様のおかげでバルアチアと交渉がうまくいき、将軍様も宗一郎様も上機嫌でしたときでしたので、よかったのかもしれません」

「エミーラが!?」

 妹の名前がでたのでステファンは思わず声をあげた。

「ええ、それは素晴らしい舞を披露されたそうですよ。だから、宗松様も桜城に入ることができました。しかし、宗一郎様は自分を襲ったことを忘れていませんでした。昨晩、宗松様がステファンさんの裁判とエミーラさんのことを将軍と宗一郎様の前で頭をさげて願いでました。将軍様がどうすると聞くと、宗一郎様は『いいんじゃないですか、父上。ただし』と条件をつけられました」

「なんだい、その条件ってのは?」

 猿飛が聞くと、岩木は寂しそうにこたえた。

「バルアチア高官たちの一行が帰ったら将軍家と縁を切るように、とのことでした」

「えっ!」

 全員がおどろいた。

「つまりもう将軍家とは関係ない一般市民になれってこと」

 雷太郎が身を乗り出して尋ねると、岩木は静かにうなずいた。

「その申し出に宗松様は迷いなく、それでいい、と条件をのまれました」

 岩木の頬に涙がこぼれた。だれも何も言葉にできないでいた。

「しかし、皆様に宗松様を同情や憐れんでほしくてこのようなお話をしたのではありません。これは宗松様が決められたことです。その決断を、仲間として誇りをもってうけいれていただきたいのです」

 全員が深くうなずいた。それを見て岩木はほっとしたようにほほえんだ。

「よかったです。宗松様にこんなに良いお仲間が恵まれ、私にとってはこの上ない喜びです」

 

 そこへ松五郎が口笛を吹きながら部屋に帰ってきた。

「おい、どうした、なんでしんみりしてんだ?」

「なんでもねぇよ。俺は昼寝する」

 マックスは涙を隠すように寝ころがった。


 他の皆もそそくさと自分の用事をしはじめた。

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