第五十八話「裁判」

 奉行所を見張っていた迅と雷太郎だったが、その夜は何も起きず過ぎていった。

 しかし、翌朝は早朝からあわただしくなった。


 迅は宿に戻り、集めた情報を猿飛たちに報告した。雷太郎は引きつづき奉行所で張りついている。

「やはり、今朝行われるのか」

「とんでもねぇ裁判だな」

 猿飛もマックスも腕をくんだ。

「ひとまずは松さんの言うとおり、強引にでもステファンを助けられるように準備をするぞ」


 奉行所内では、役人たちがステファンと今城をしばりあげていた。

「ま、まさかこんなに早くに裁判になるなんて」

 今城は驚きのあまり口を開けたままだった。

 二人はされるがままに役人に連行され、白い砂が敷かれた庭に連れてこられた。

「ここにすわれ」

 二人は砂の上にひかれたむしろにすわらされた。

(ここが裁判の場所か)

 屋敷にはすでに記録係と思われる役人がすわっていた。そして中央には空いた席があった。裁判官の席だろう。


 ふぅ、とステファンは深く息をはいた。

 仲間がきっと助けてくれるという自信と、このままエミーラを助けられずに牢に入れられる恐怖が交互におそってくる。

 たまらずステファンは空を見あげた。

 空は皮肉なくらい良く晴れ、朝の空気がすがすがしかった。

(いや、皮肉じゃない、大丈夫だという空からメッセージだ。いまは冷静に状況を見極めよう)

 隣ではうつむいたままの今城がぶるぶるとふるえている。

 きっと大丈夫だ、と声をかけてやりたかったが、槍をもった役人に囲まれ、声をだせる状況ではなかった。


 しばらくすると、ステファンたちの後ろから一人の男が入ってきた。

(東山!)

 ステファンは悪意を込めて東山をにらんだ。

 東山は庭に用意された場所に座り、勝ち誇った顔で二人を見くだしている。

(すでに勝つ手配が終わっているということか)

 この国の裁判制度はよく知らないが、この規模の町では事件がありふれているはず。それなのに夜に起きた事件がろくに調査もされず翌朝に裁判になるなんてありえない。裏で大きな力が動いたとみるべきだ。

(でも、いったいだれが?)

 たしかに都へはエミーラ奪還という企みをもってやってきたが、権力者に恨まれるようなことはしたおぼえはない。

(考えても手がかりが無さすぎる)

 東山はあいかわらずせせら笑いをうかべている。


 やがて威厳のある袴姿の裁判官が部屋に入ってきた。ピンと空気が張りつめた。

 裁判官が座ったことを合図に役人が立ちあがった。

「ただいまより昨日起こった東山邸での事件について裁判をおこなう」

 役人が紙に書かれた罪状を読みあげた。

「被告、今城南平、バルアチア人デューク。昨日の東山家での宴会時に、今城は主君東山に刃をむけ、さらにデュークが家臣たちに刃物をなげ、負傷させた罪に問われておる」

 裁判官はうなずいて東山をみた。

「それにたいして東山殿はなにか異論がござるか?」

 東山は頭をさげ、おそれながら、といった。

「この事件に関しては、我が主君、三老の日吉孝之助様も私が襲われたところをご覧になり、必要であれば証言してもいいとおっしゃっております」

 東山は言い終えると、縄で縛られている二人を見て、また嫌な笑いをうかべた。


 その様子を屋根から隠れて眺めている者たちがいた。猿飛と雷太郎と迅であった。

「ふんっ、日吉の後ろ盾があるから、あの男はさっきからにやにやしてやがるんだな。嫌な野郎だ」

 猿飛は毛嫌いするようにいった。

「ステファンたちはどうなりますかね?」

 雷太郎がたずねた。

「わかんねぇ。ただ、あの今城っていうおっさん、かなりビビってやがる。下手なことを言わなければいいが」

 裁判官はつぎに被告の二人に目をやった。

「お前たちは、なにか異論はあるか?」

 ステファンがこたえようとすると、今城が大声をあげた。

「裁判官様、私はどうなってもございません。この者だけはなんとかお助けください」

 陰から見ている猿飛は思わず、おいっ! と言ってしまい、あわてて口をとじた。

「あの野郎、全部私がやりました、と言いそうな勢いじゃないか。それを言ったらステファンも同罪として処罰されるんだぞ」

 裁判官は口元にわずかな笑みをうかべた。

 それをみたステファンは確信した。この裁判官と日吉たちはつながっている。

「ほぅ、自分はどうなってもいいというんだな。つまり、責任はお前に全部あるということか?」


 今城が、そうでございます、と言おうとしたとき、ステファンが先に口をひらいた。

「異議がございます!」

 裁判官は少し嫌な顔をし、東山は露骨に顔をしかめている。

「なんだね、デューク」

「私の名はステファンです。デュークは仮の名でございます」

「ほう、そうか、ではステファン、異議とはなんだ」

「はい。昨夜、私と今城殿が宴の場にいたのは事実です。しかしそれは東山氏に芸を披露するよう命じられたからです」

「なんの芸じゃ」

「忍者です」

 まわりが少しどよめいた。

「お主は忍者なのか」

「忍者かどうかはわかりません。ただ憧れがあり、手裏剣などの練習したのは確かです。それをご披露すると、私の腕がまだまだでしたので、東山氏が、家に仕える下女をつれてきて『一人前になるならこの女をきれ』と命じました」

 裁判官はぴくっと眉をうごかした。きっとその話は聞いていなかったのだろう。

「東山殿、本当か?」

 東山はあわてて首をふった。

「いえいえ、事実無根でございます」

「こう言っているが、デューク、いやステファン、どうなんだ」

 ステファンは恭しく頭をさげた

「おそれながら、私は事実のみをお話ししております。東山氏は『その女が切れるのであれば、そんな見習い忍者はいらぬ、私が切り捨ててやる』とおっしゃいました」

 東山が立ちあがった。

「そんなことは言っておらん!」

「言っただろう!」

 今城も大声をあげる。

「このぉぉ!」

 東山が今にも立ちあがろうとしたとき、やめぃ!と裁判官が一喝した。


「ステファンよ、お前の話はよくできているが、すでに昨日いた関係者全員から話をきいており、皆お前たちが一方的に切りかかってきたと言っておる。もちろんその下女とやらもそう言っておる」

 そんなことは圧力をかければなんとでもなる。しかし、この場ではその証言の価値があまりにもおおきい。

「東山氏の家臣が、主君に不利なる発言などいたしませぬ」

「ならば、お主こそ無実である証をみせろ」

「恐れながら裁判とは『推定無罪』の原則であるはず。私達の嫌疑に少しでも疑いがあればそれを立証するのが裁判ではございませんか」

「それは、お前の国のことだろう! さっさと証拠を出せ」

 裁判官はいらだちながらステファンに言いはなった。


 この場で証拠なんてだせるわけがない。

 東山が今にも飛びあがらんばかりの笑顔でステファンをみている。

(やむを得ない、ここから脱出するしかないか)

 ステファンは昨夜独房に届けてもらったマックスの輪っかに手をふれた。この輪の中にはギザギザ鉄線が仕込ませてあり、のこぎりのように紐を切れることができる。


 一方、屋根の上の忍者たちもステファン救出の準備をはじめていた。

「あの場で無罪の証拠をだせなんてひどい裁判ですね」

 迅も憤っている。

 そのとき、奉行所の入り口が何やら騒がしくなっていた。

「ん、どうしたんだ?」猿飛がつぶやいた。

 ちょっと見てきます、といった雷太郎はすぐに戻ってきた。

「奉行所の入り口に大きな籠が止まっていました。それで騒いでいるようです」

「まあ、関係ないか。さぁ、いつでも行ける準備をしておけよ」

 しかし、入り口の騒ぎはステファンたちの裁判の部屋にまで聞こえてきた。

「何事だ。いま裁判中であるぞ」

 裁判官が忌々しそうに言うと、一人の役人があわててはいってきた。

「申し上げます。い、いまこちらに」

 役人は舌がもつれてうまくしゃべれない。

「何だ、だれかがきているのか?」

「は、はい。ら、羅生院らいじょういん宗松むねまつ様が……」

 その名を聞いて、あたりが騒然とした。

「な、なに、三男様がこちらにむかっている? いったい何の御用で」

(羅生院宗松、将軍家がなぜ……)

 ステファンはこれ以上知らない人物が関わって事態が複雑にならないように願った。

 

 やがてステファンたちの裁判の部屋の入り口で役人たちが騒がしくなった。


「ら、羅生院宗松様、御入室されます」

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