第五十話「都へ」
門ではすでに猿飛がまっていた。龍鈴の「一の苦しみ」が嘘のように元気いっぱいだった。
「お前らおそいぞ! みんなも何やってんだ。さあ、都へ乗りこむぞ! 準備はいいだろうな!」
そこへ長老や秋然、それに彼の家で壮行会をしていた者たちがぞろぞろとやってきた。
「オー、サルトービ!」
「アーユー オーケー デスカ!」
「おい、湯吉、それにカラクリじいさん、顔が赤いぞ。まさか、この俺を差しおいて酒をのんだのか?」
里の門まで見送りにきた者たちの多くは顔を赤らめていた。とりわけ、ベンと湯吉はなぜか意気投合したようで肩を組んであるいていた。
「秋然さん、俺がいないところでの壮行会なんてひどいじゃないですか?」
恨めしい目でみる猿飛に秋然は「寝てるほうが悪い」とにべもなく言いかえした。
そこへ雷太郎や松五郎、マックスが準備を整えてやってきた。
長老が任務にあたる六人をあつめた。
長老は一人一人の顔をしっかりとみていった。
「危険な任務になるかもしれん。しかし、お互いを助け合い、エミーラを取り戻してきてくれ。私たちは後方からお前たちを支援する。忍びの里の忍者であることを誇りに思って行ってくれ」
「はっ」
「松ちゃん、じゃあたのんだよ」
「了解です、長老」
松五郎は他の五人に声をかけた。
「はじめに宮之屋にいくぞ。そこで馬を用意してもらっているから、都まで二日で行けるだろう」
六人は長老や里の者たちに一礼すると出発の準備にかかった。
そこへアキがやってきた。
「迅、ステファン、エミーラを助けてあげてね。でも、絶対命を落としたらダメだよ」
アキはまた涙声になっていた。
こうやってアキに愛のこもった見送りをしてもらうのはもう何回目だろうか。心から心配してくれる人たちと出会えただけでも、この国にきた価値がある。長老の言った「誇り」とはこういう人たちとのかかわりの中でうまれてくるのだろう。
ステファンはうなずいてこたえた。
「アキさん、かならずエミーラを助けて帰ってきます」
一行は里の者に見送られながら出発した。
松五郎がステファンに声をかけた。
「長老や秋然さんからいろいろ話は聞けたのか?」
「ええ。里の歴史から紫電様や四人衆、それに十年前の事件まで。私になんかに話してもらってよかったのかとおもうくらい」
「いいんだよ。長老もなにかを変えたいと思っているようだし。ステファンにはもしかしたらそんな力がある、と思ったんじゃないか」
「いえ、そんないいもんじゃありませよ。ただ科学者の父と同じように、見えるもの、感じるものの謎を解いてみたくてしかたないんです」
「見えるもの、感じるものかぁ。バルアチアの国では、この風が吹く理由も科学で説明できるらしいな」
「ええ。気圧の変化などで説明ができます。それに、あの雲や雷もそうです。最近では人の心まで説明しようとしていますよ」
「心もか!」
「そうです。たとえば裕福な人とそうでない人の差が大きい町は暴力事件などが多いんです」
「貧しい人らが飢えをしのぐために事件を起こすのか?」
「いえ、裕福な人とそうでない人の差が大きいと、その間にたくさんの階級ができて、周りの人をけりおとして上に上がらないといけません。そうすると同じ階級同士の人たちは敵同士になるのでお互いを信用しなくなり、ぎくしゃくしたものになります。当然その人たちの心労も大きく、それを家族へ憂さ晴らしすることで家族内の心労も増えます。だから、その町の人の心労がどんどんたまっていき、それが爆発すると事件になるのです」
「なるほどな。たしかに階級争いは刀を使わぬ戦のようなものだ。ときに刀を使う者もでてくるくらいだ。はっはっは、あっ、わらえないな」
一方、ステファンと松五郎の後ろを歩いているマックスはポケットから丸い筒を取りだした。
「迅、これ、前に頼まれていたやつだ」
「あっ、もうできたの?」
「俺をだれだと思っているんだ。カラクリ職人のマックスだぞ」
「へぇ」
迅はマックスの話は上の空で、筒に興味津々だった。マックスは、やれやれ、と言いながら使い方を説明した。
説明を聞き終わった迅は、恥ずかしそうな顔をした。
「マックス、悪いけど、このしびれ針銃を君に頼んだこと、ステファンには秘密にしてほしいんだ」
「なんでだ?」
「だって、自分の力不足を道具に頼ろうとしているなんて恥ずかしくて言えないよ」
「はっはっは、お前も意外とそういうところがあるんだな。ステファンは気にしないぜ」
「どうしてそう言えるの?」
迅はちょっとむっとした口調でいった。
「すまん、すまん、だってさっきあいつにお前の名前をださず、『こんなん作ったけど使うか?』って聞いたら、『いるいる』って飛びついてきたぜ。それに『こんな道具を発案するなんて、なかなか賢い人だね』ともいっていたぞ」
「そ、そうなんだ」
「ああ、だから気にしなくてもいい。それに、この国の言葉で『備えあれば憂いなし』っていうだろう。俺は結構この国のことわざが好きだぜ。『急がば回れ』とか『人事を尽くして天命を待つ』とかかっこいいよな。『犬の耳に念仏』にはわらったな」
前を歩いているムサシがギロっと後ろをむき、迅はびくっとした。
「マックス、それを言うなら『馬の耳に』だよ」
「はっはっは、どっちでもいいさ。でもな、この国の人の、なんというか、さっきのお前みたいな、周りを気にしすぎるところはちょっとしんどそうだな」
「えっ?」
「だって、自分が必要と思ったことに、別にだれが何を言おうと勝手じゃないか?」
「そ、そうだけど、でも……」
でも、と言ったがそれ以上何もいえなかった。
「自分で必要と思ったらやる、楽しいと思ったらやる、したいからやる、そりゃ、人に迷惑をかけちゃだめだけど、人がどう見ようかはどっちでもいいじゃないかな。そうしないと、人生楽しくないぜ」
「人生かぁ」
迅は、あまり自分の人生のことを考えたことがなかったので、マックスの言葉は新鮮だった。
一行は夕方になって宮之屋についた。
看板が以前より朽ちて折れていたが、松五郎は気にせず中に入っていった。
「すみません、団之輔さん、松五郎です」
しかし、返事はない。
「いい酒持ってきましたよ……」
松五郎が小声でそう言うと、すぐに中から赤い顔をした団之輔が出てきた。
「おぉ、待っていたぞ、松五郎!」
「ご無沙汰しております」
「おっ、少年忍者たちも一緒か」
「お世話になります」
ステファンと迅があいさつした。
団之輔の後ろから娘の花織が顔をだした。
「あら、松五郎さん、久しぶりね」
「花織さん、来てらしたんですね」
「だって、父さんだけじゃ心配だったの。案の定だったけど」
「いや、お前が来たから俺の仕事をゆずってやっただけだ」
「よく言うわよ。気をきかせて掃除をしたり、看板を直そうとすると怒るくせに」
「いや、あれはだな……」
花織の登場で、汚い宿屋に花が咲いたようだった。
松五郎たちの後ろで控えていた雷太郎は、きれいな女性の登場で固まっていた。
「おい、どうしたんだ、雷太郎」
猿飛が知らぬふりをしてからかった。
「いや、あ、あ、別に、な、にも」
「どうしちまったんだ、雷太郎君よぉ、はっはっは」
団之輔は、よいしょ、と立ち上がり外にでた。
「松五郎、馬車を用意しているから一緒に取りにきてくれ。花織はこいつらに服をわたしてくれ」
団之輔と一緒に馬車を準備して戻ってきた松五郎は、着がえ終えた忍者たちをみて吹きだした。
「はっはっは、お前たち、よく似合っているぞ」
「松さん、なんで俺たちこんな格好なんだ」
猿飛が口をとがらせる。
「猿飛さんはまだいいじゃないですか、僕なんて、僕なんて」
侍風の猿飛に対して、雷太郎は、どこかの坊ちゃんのスタイルだった。その髪型にしてくれたのは花織だったので、余計に男心が傷ついたのだろう。迅も同じような坊ちゃんスタイルで、ステファンとマックスはなんとバルアチアの服をあてがわれた。
「ああ、言い忘れていたが、今回は『異国の商品を扱う商人の一行』として都にむかう。だから俺が商人、猿飛が護衛、雷太郎と迅は見習い、ステファンとマックスは悪いが、言葉をしゃべれない異国の者としてふるまってくれ」
「久々にバルアチア人に戻れるのか、これはおもしろい」
マックスは久々に袖を通したバルアチアの服にうきうきしているようだった。
「さあ、あまりゆっくりもしていられない。さっそく出発するぞ」
「あっ、待って、お弁当を作っておいたの。道中で食べてね」
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