第四十八話「紫電の物語」
猿飛が休んでいる間、壮行会がひかれることになり、ステファンは迅と湯吉と一緒に秋然の家にむかった。
今回、エミーラ奪還に任命されたものは、猿飛、ステファン、迅、雷太郎、そこへ松五郎とマックスが加わることになった。
「オーノー! ホワイ!?」
選ばれなかった湯吉がおおげさにぼやいていた。
「その足でどうやって行くんだ?」
迅は鬼との戦いで負傷した湯吉の足を指さした。今も足を引きずっている。
「ノープロブレムだぜ、なぁステファン」
「大問題だよ、湯吉」
秋然の家は里の中心部から少しはなれた場所にあった。
有力者らしい立派な屋敷の大きな門を湯吉がみあげた。
「あいかわらず、ビッグハウスだな」
すると風太郎が出迎えてくれた。
「おお、よく来たな、こっちだ」
「腕、大丈夫か?」
迅が風太郎の腕の傷をみた。
「ああ、大丈夫のようで、大丈夫でない。この怪我のせいでエミーラを助けに行けないんだからな」
ステファンは頭の下がる思いだった。
家に上がった三人は、広い座敷にとおされた。
おそらく屋敷の広さはカラクリ屋敷に匹敵するだろう。
そこにはすでにベンやマックスたちもきており、食事が用意されていた。エミーラを連れもどすための壮行会なので、豪華というより、縁起が良く精のつく料理が用意されており、秋然の気遣いがかんじられた。
「来たか、そら遠慮せずにすわれ」
上座にはピシッとした身なりの秋然がいた。その横には姿勢正しく座る雷太郎の姿があった。
壮行会はしめやかにはじまった。
ベンもマックスも会の雰囲気に少し居心地が悪そうだ。
「ああ、すみません、遅くなりまして」
そこに入ってきたのは松五郎だった。
「遅いぞ、松五郎、さっさと座って食べろ」
「いやぁ、ちょっと準備にてこずりまして。うわぁっ、まいどおいしそうな料理ですね」
「酒は飲むか?」
「そうですね、少しいただきましょう」
ステファンは、秋然と松五郎の仲がそんなに良くないと思っていたが、そうでもないようだ。
松五郎が来て雰囲気が変わったのか、壮行会は賑やかになった。
ベンも酔いが回ってカラクリショーをはじめだし、大いに盛りあがった。
途中、ステファンがトイレに行き、座敷に戻ろうと廊下を歩いていると、そこに秋然が立っていた。
「ステファン、来い、見せたいものがある」
「見せたいもの? 何ですか?」
「来ればわかる、迅も連れてこい」
ステファンと迅は離れの小屋に連れてこられた。
秋然は二人を小屋の中に招きいれた。
「こ、これは!」
そこには大きな掛け軸があり、墨である人物の顔が描かれていた。
「ああ、紫電様だ。長老からお前たちに里の歴史を教えてやってくれといわれている。カラクリ屋敷は里の拠点だが狙われやすいので、里の資料は私の屋敷に保管してある」
ステファンは掛け軸に書かれた紫電をじっとみていた。以前、カラクリ屋敷でみた絵よりもしっかり描かれていた。その伝説の忍者は精悍な顔立ちで頬に傷があった。
「紫電様のことを教えていただけますか?」
「ああ、何が知りたい」
「いつ、亡くなられたのですか?」
秋然はステファンの質問に驚いたようすだったが、すぐに平然とした表情をもどした。
「そうだな。私が十三歳のときだから、もう五十七年も前のことになる。紫電様も七十歳だった」
「長老はそのとき、おいくつでしたか?」
「紅蓮は私より七つ年上だからちょうど二十歳のときだろう。あのとき紫電様は龍脈の研究をずっとされていたのだが、ある日、実験で失敗され、屋敷ごと全焼したのじゃ」
「それは『不老』の実験ではありませんか?」
秋然はわずかに眉をうごかした。
「なぜそうおもう?」
「月鈴草が不老の効果があるといわれていること、それに長老があの姿であることです」
驚いたのは、横にいた迅だった。
「ええっ、長老の姿って、まさか」
「ああ。いままでいろんな忍術を見てきたけど、僕たちの言葉で言うと『非科学的なもの』はなかったんだ。唯一、科学で証明できないのが龍脈の力。いくら長老がすぐれた忍者でもあそこまで完全な若作りの術は不可能だし、それになにより長老は若作りをする性格の人ではない。紫電様が亡くなられたときに長老が龍脈の力の何かに巻き込まれてあの姿になったとすると、長老の外見年齢と実年齢、それに紫電様が亡くなった年がだいたい一致するんだ」
「で、でも、腕とかは、しわになっていたよ」
「あれこそ、変装しているのさ。わざとしわをつくってね」
迅は驚きのあまり口が開いたままだった。
「ふふ、噂にたがわず聡いな」
秋然は部屋の中にあった椅子にゆっくり腰かけた。
「そのとおり、長老のあの姿は忍術で変装していると思われているが、実際はちがう。彼女はもう歳をとれないのだよ」
秋然は驚きの事実をさらっていった。
「君たちも座りなさい。それで、何をききたいんだ?」
秋然は試すようにステファンをみつめた。
「龍脈の力とそれを得た人たちのことをもう少し教えていただけますか?」
「ふふ、ステファン、それを聞いてどうしようというのだ」
その質問に、ステファンはじっとしたまま答えなかった。しかし、秋然にはその目の奥に強い思いを見て取ることができた。
秋然はゆっくり語りはじめた。
「そう、まだ羅生院家が和ノ国を統一するずっと以前のことだ。世は戦国時代で常に各地には戦が起こっておった。忍者も各国で重宝され、たくさんの忍者集団があったといわれておる。紫電様はある忍者集団の中でお生まれなった。若くから集団の中で頭角をあらわした紫電様は、十七歳には上級忍者に抜擢された。その後も数々の任務をこなし、二十五歳のときには集団の中で二番目に地位についていた。しかし、それを妬む忍者も当然おる。紫電様は国の陰謀とまわりの忍者のねたみに巻き込まれ、任務中に裏切りにあい、家族を全員殺されたのだ。なんとか生きのびた紫電様は失意の中、放浪の旅にでかけた。しかし、集団はそう簡単に抜けだすことを許さず、執拗なまでの追跡にあった。追っ手を交わし、人相を変え、たどりついたのが、ある貧しい山の村だった」
秋然は一息ついた。彼の後ろにある掛け軸が風にゆれた。
「村人は紫電様の素性を問うことなく受け入れてくれた。貧しさで他人にかまう余裕がなかったのかもしれん。どちらにせよ、紫電様はつかの間の休息をとることができた。隠居して三年ほどしたときだった、その貧しい村に戦から逃げてきた落ち武者たちが襲いかかってきた。紫電様は正体がばれるとようやく得た自由をまた失うかもしれないと、迷いに迷ったが、世話になった村人を見殺しにはできず、忍術を使って村人を助けた。村人は驚き、感謝したが、しだいに村人たちは紫電様に教えを乞うてきた。自分たちも強くなりたい、とな。初めはずっと固辞されていたが村人たちの情熱に負け、忍術を教えることにした。しかし、この村では四方八方から攻められてしまう。紫電様は忍術を教える合間に新しい里に適した場所を探し、やがてたどりついたのがこの忍びの里だった」
迅は食い入るようにその話を聞いていた。ステファンはなにかを考えながら聞いているようだった。
そこへ秋然の妻がお茶を運んできた。秋然は、ありがとう、といって受けとった。座敷は盛大な騒ぎで、飲みすぎて眠りだす者もいるそうだ。くすっとわらって秋然の妻は座敷へもどっていった。
「君たちも飲みなさい」
二人はお茶をすすった。心地よいほろ苦さが口の中にひろがった。その様子を目を細めてみていた秋然はふたたび紫電の物語を話しはじめた。
「この里をみつけた紫電様は、村の者たちを全員この里へうつさせた。そして、忍者の修行がはじまった。皆、よく励み、忍術を身につけていった。里には四人の子がいた、それが黒彗、蒼矢、勒角、それに生まれたばかりの紅蓮だった」
ステファンも迅から闇の一派の黒彗が紅蓮と幼馴染だときいていた。
秋然はまた一口お茶をのんだ。
「四人はみるみるうちに忍術を会得し、十歳になるころには立派な忍者になっていた。いまでいう黒忍者だな。のちに四人衆と言われるが、とくに紅蓮の才能はその四人の中でも秀でていた。紫電様は、自分が六十五歳になったとき、まだ十五歳の紅蓮を自分の後継者にすると公言なされたのだ。村人たちは驚いたが、彼女の才能と統率力を知っていたのでよろこんで歓迎した」
「他の三人は嫌だったんじゃないですか?」
迅が心配そうにきいた。
「いや、他の三人もそれを恨むような人間じゃなかった、当時はな。紫電様の死後、四人衆を中心に、忍びの里は栄えていった。いや、栄えすぎないようにしたのが、紅蓮たちの腕の良さだったかもしれない。過度な繁栄は滅びの道でもあるからな」
「他の忍びから襲われることはなかったのですか?」
素朴な迅の質問に秋然はふふっとわらった。そして、引き出しの中から古びた書物を取りだした。秋然はそこから一枚の絵を取りだして二人にみせた。その絵には、四人の忍者が描かれていた。そこにいた女性の忍者はいまと風貌がかわらない紅蓮だった。その絵の四人から勇ましさとお互いの信頼の強さがうかがえた。
「この人たちが四人衆ですか」
「ああ。忍びの里は最強だった。なにせ、四人衆は全員、龍脈の力を持っていたのだからな」
「全員!?」
「ああ。紅蓮が火の龍鈴、黒彗が風の龍鈴、蒼矢が水の龍鈴、勒角が木の龍鈴を持っていた」
「それも、紫電様が作られたのですね」
ステファンの問いに秋然はうなずいた。
「紫電様が亡くなられる五年前くらい前からその研究に没頭された。あの鈴は、月鈴草の実が鈴のような形だから、それを模されたそうだ。そして、二年後、火の鈴が完成し、紅蓮が龍鈴の錬をうけた。大量の異物が体中を喰い抜けるような苦痛が何時間もつづいたそうだ。それにも耐え抜き、紅蓮は火の力をえた。その一年後に風の龍鈴、さらに一年後に水の龍鈴、そして紫電様が亡くなる年に木の龍鈴が完成し、四人衆全員がそれぞれ龍鈴の錬を経て力を手にいれた」
迅が疑問を口にした。
「何のために、紫電様は龍鈴をつくられたのでしょうか?」
「いい質問だな。この力は、紫電様がされたような辛い体験を、もう里の者にさせたくないという思いからつくられたのだ」
「しかし」と言ったのはステファンだった。
「強大な力は持つ者の心を変えてしまいます。龍脈の力は十分恐ろしい力だとおもいます」
青い目の少年のまっすぐな問いに、秋然は一瞬むっとしたような、痛いところを突かれたような顔をしたが、すぐに表情をもどした。
「紫電様もそのことを憂慮されていた。しかし、まだ戦がつづく世で里を守るためには必要だったのだ。その力の恩恵は計り知れなかった。忍びの里はいくたびも襲われたが、だれ一人死者を出すことはなかった。また紅蓮たちも龍脈の力を知られぬよう『神霊が里を守っている』という噂をながし、それが功をそうしたのだ」
窓から湯吉の「オーマイーガー」という声と皆の笑い声がきこえてきた。秋然がわずかに声のほうにむき、ふたたびステファンたちをみた。
「しかし、お前が言うように力の暴走がおこった。龍脈の力は感情が極度に乱れると力が暴走する危険があることがわかっていたので、四人衆には朝夕の瞑想を義務付けてられた。流や椿も毎日そうしている。しかし、あの日は瞑想もきかなかったのだ」
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