第四十話「鶴山城潜入」
ドーン、ドーン
夜の闇と太鼓の音にまぎれ、黒い集団は谷間を吹き抜ける風のように鶴山城にむかった。
鶴山城のふもとで星丸が合流した。星丸は猿飛に目で合図をした。
それに猿飛は軽くうなずいた。首尾は上々のようだ。
忍者たちは、城の崖を登りはじめた。城の松明がちょうど影をつくり、この崖を死角にしてくれた。
おぼろげな月は、まるで絶壁を登るステファンたちを心配しているようだった。
両手につけた鉤づめとロープで忍者たちは巧みに崖を登り、城の塀までたどりついた。
ここからは監視の目も厳しくなる。ステファンたちは、死角から死角へと、影にひそみながら塀をつたい、屋根をつたい、宴の広場にむかった。
もうすぐ宴が始まり、エミーラはそこで舞をさせられることだろう。
「エミーラが舞っているときに、混乱を起こし、騒ぎに乗じてエミーラを救出する」というのが今回の作戦だった。
(待っていろよ、エミーラ)
ここまでの作戦は、ステファンにとって決して楽なものではなかった。
集団の走りに何度も脱落しそうになり、崖からも何度も落ちそうになった。しかし死に物狂いで忍者たちに食らいついた。エミーラのためには食らいつくしかなかったのだ。
そしてとうとう宴の広場がみえる屋根まできた。
広場にたくさんの松明で照らされ、大勢の観客でにぎわっていた。正面には華やかにつくられた舞台があり、今は天幕で覆われていた。
忍者たちは屋根の上に数ケ所に分かれてひそんだ。
舞台がみえる城の上には豪華に飾られた高座の閲覧席がある。
「あれが、鶴山城主、通称バカ殿だ」
ステファンの横で猿飛がささやいた。
高座に座っている殿は異常にきらびやかな衣装を着ていた。しかし、そこからはまったく威厳をかんじられず、むしろ仕草を見ると子どもっぽさすらうかがえる。その横には顔を隠した女性がすわっていた。衣装からしても高貴な身分だ。
「あれがおそらく将軍の娘の豊姫だ」
ドーン、ドドーン、ドーン、ドドーン
太鼓のたたき方がかわり、広場の来場者たちがいっそうさわがしくなった。開始の合図であろう。
係りの者が松明を消してまわり、舞台と高座以外の光はなくなった。自ずと舞台に注目が集まる。
そこへ一人の赤い鎧の男が舞台に上がってきた。斬鉄だった。
猿飛の眉間にしわがよった。
「宴だというのにいつもの赤い鎧ってどういうことだ」
斬鉄はいつもの大きな態度で舞台上から観客を見おろした。すると、観衆は一斉に頭をさげた。
「皆の衆、本日はよくお集まりいただいた。今日集まってもらったのは、殿のお心遣いにより、皆に世にも美しい『天女の舞』を披露するためだ。都から豊姫様もきてくださっておる。美しい舞をとくと見て、そのご恩を殿におかえしするために日々励むように」
「あいつのデカイ態度と人を見下す癖は、もう病気の域だな」
猿飛は、胸やけがするような顔で吐きすてた。
「さあ、ご覧いただこう、天女の舞を!」
観客から拍手が起きると、太鼓の音とともにゆっくり舞台の天幕がひらいた。
舞台の端には、仮面をかぶった黒い衣装の男が立っており、舞台の中央には白い衣装をまとった女性が後ろを向いてたっていた。
(エミーラ!)
ステファンは心の中でさけんだ!
太鼓と笛の音が鳴りはじめると、黒子の男が扇子を広げて舞いはじめた。
しかし、エミーラはうごかない。
ドーン、ピーヒャラララ
音楽にあわせて、黒子の男は大きく動き、なんと舞台の下までおりてきた。
すると、太鼓と笛の音がはげしく、そして早くなった。
ドンドンドンドンドンドンドン
ピーピーヒャラヒャラピーヒャラヒャラ
太鼓も笛もどんどん早くなってくる。男の舞もそれに応じて速くなってきた。エミーラはまだうごかない。
ドンドンドンドンドドドドドド
ピーピーピーピーピピピピピピ
音楽が最高潮になったとき、ドン!、という大きな太鼓の音とともに音楽が止まり、男もかがんでとまった。
静寂はしかし、先ほどまでの熱気と激しさの残像を見せ、観客をさらに興奮させた。
黒子の男は、ゆっくり立ちあがった
ステファンは黒子の男と目が合ったような気がした。
(いや、この距離だ、そんなはずはない)
と自分に言いきかした。
黒子の男はゆっくり仮面をぬいだ。
その顔をみた瞬間、横にいた猿飛に殺気がはしった。
「あいつは不比等! やばい、ワナだ!」
猿飛がうごくよりも早く、不比等はステファンの方向へ手をのばした。すると風がすごい力でステファンの腕にからまった。
「ステファン!」
猿飛がステファンをつかむ間もなく、ステファンは風の力で屋根から引きずりおとされた。
「うわぁ!」
かなりの高さだったが、ステファンはなんとか受け身をとった。しかし、顔をあげるとそこには無表情の不比等の顔があった。
観客から何事かとざわついていた。
そこへ、パンッパンッパンッと手をたたく音がした。
「大丈夫ぞよ、皆の衆、頭をあげよ」
甲高い声が高座のほうからひびく。殿の声だった。
観客は声の主を見あげた。
「その者は城の財産を狙う悪しき忍びの里の忍者。今宵彼らが来るのはわかっていた。なんと将軍の参謀である
おおぉ、と観衆から歓声がおこる。
「エミーラ!」
ステファンがさけんだ。まわりのことなどどうでもよかった。ただ、壇上にいるエミーラを助けることが出来さえすれば。
しかし、エミーラは後ろを向いたままうごかない。
「はっはっはっは、お前の探しているのはあの舞台の上の者か?」
ステファンは返事をしないエミーラに気が動転していた。
「斬鉄、その子を振り向かせてやれ」
斬鉄は含み笑いをしながら舞台に上がり、エミーラの頭をなでた。すると、エミーラの首がゆっくりと動きだした。しかし、その動きがぎこちない。次の瞬間、きゃあ、と観客から悲鳴がおきた。
後ろをむいたエミーラが、首だけ前にまわしたのだ。
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