第三十九話「出陣」

 作戦会議が終わり、準備のために里の者がそれぞれに家に帰ったあと、ステファンは長老に声をかけた。

「長老、龍脈の力ってなんですか?」


 長老はその質問を予想していたかのように、こっちにこい、といって大広間の奥にいざなった。

「龍脈とは、地に流れるエネルギーのことだ」

「地面にエネルギーが走っているってことですか?」

「そうじゃ。バルアチアの考え方では理解できないかもしれないが、たしかにこの大地に大いなる力が通っている」

 そういって長老は地面を踏みしめた。それをステファンは不思議そうにながめた。その顔は、科学の話をしたときの迅の顔と同じだっただろう。

「その力を、火や水や風の力に変化させることができる者がいるんじゃ」

「それが、流さんや椿さんや不比等」

「そう。彼らには特別な素質があるんじゃ。その力を使うことができる素質がな。しかし、素質がなければ廃人になってしまう」


 長老は、掛け軸の横にある桐でできた上品な棚から、一枚の絵をとりだした。そこには、墨で忍者の顔が描かれていた。

「この方が紫電様じゃ。いまから七十七年前にこの里を開かれた。優れた忍者であり龍脈の研究者でもあった」

 ステファンは紫電の顔をみた。墨で描かれているので詳細な表情はわからなかったが、その勇ましさは十分に伝わってくる。

「紫電様がこの忍びの里を開かれた年に、私が生まれたんだ」

 長老は墨で描かれた紫電をどこか愛おしそうにみつめた。

「紫電様は私たちのあこがれだった。ちょうど、いまのお前と私くらい年が離れていたが、年を老いてもその忍術の鋭さは衰えることはなかったよ。晩年は龍脈のことを熱心に研究されていて、私たちが忍術のことで話をきこうと思っても、研究が始まるとなかなかつかまえることができず、実験室にすらいないことがよくあった。行き詰ったときはよく竜山のほうへ散歩に行かれていた」

 長老は当時を思い出しているのだろう、懐かしそうな顔ではなした。


「研究資料はなにか残っていますか?」

 研究となると科学者だった父を思いだし、ステファンの血もさわいだ。

「いや、紫電様は実験の最中に火事に遭い、亡くなられたんじゃ。実験室も資料も材料もすべて焼けてしまった」

「そうですか……」

 手がかりがないのでは調べようがない。落ちこむステファンに長老は肩をたたいた。

「大丈夫だ、里の忍者が力を合わせれば大きな力になる。そして私たちは、力のあわせかたをしっている。あんなやつらには二度と負けないさ」

「そうですね、きっと勝てますよ」

 ステファンはうなずいてこたえた。

 屋敷を去る前にもう一度紫電の似顔絵をみた。

 そのとき心の中でなにかひっかかったが、それがなにかはわからなかった。


 里の門には黒装束を着た忍者たちがあつまっていた。門には斬鉄たちが荒らした跡がまざまざとのこっている。

 ステファンも黒装束の下に鎖かたびらを着こんだ。実践の装備だった。

 情報によると今晩、将軍の娘を迎えた宴があり、そこでエミーラが踊らされる。作戦ではあえて来客が多いこの時をねらう。

 アキは迅にねんごろに話したあと、ステファンに声をかけた。

「ステファン、本当に気をつけてね」

 アキはわが子を憂うような顔でいった。うなずいたステファンにアキは少し迷ったような口ぶりできりだした。

「ステファン、こんなときに言うことじゃないかもしれないけど、あのときのエミーラは本当に天女のようだったよ」

 あのときとはもちろん不比等の攻撃をやめさせたときのことだ。

「相手にひるまず毅然としていて、それでいて美しく気品が高い。里のみんな天女様が助けてくれたとおもっているよ。里のみんなが一致団結できるのはエミーラの力でもあるよ」

 涙でアキの目は真っ赤になっていた

「ぜったい、連れて帰ってきてね」

「はい、かならず!」



 忍者の集団は出発した。

 長老もあとから追いかけ、後方で待機することになっている。

 里は秋然とあとの数人で守ることになった。文字通り総力戦である。

 鶴山城までは歩いて半日の距離だが、三倍の速さで進む忍者たちは日暮れ前には城に着くだろう。

 無言で走りつづける黒い集団は、あっという間に山を下り、町がみえるところまでやってきた。

 街道を通る人間に怪しまれてはいけないので、集団は人気のない山間のけもの道をとおった。

 途中、星丸が猿飛に合図して集団から離れた。星丸は宮之屋の団之輔と連絡を取りあい、そのままベンやマックスにも星丸が忍者たちの居場所をつたえる手はずになっている。彼らに来てもらうのは殿や斬鉄がカラクリで何か企んでいることが間違いないからだ。


 夕焼けが木の間から進みゆく集団をオレンジに照らしていた。

 かなり速いペースにもかかわらず一人の脱落者も出さずに鶴山城がみえる崖までやってきた。谷の間にそびえる灰色の城はすでに多数の明かりがともっている。

 迅がステファンの隣にやってきた。 

「あの明かりは宴の準備だな」

「ああ」

 あの中にエミーラがいる。ステファンは城全体をつぶさにながめた。

 街道から鶴山城をみたときは巨大な一つの城のように思えたが、実際はいくつもの山地や崖に小さな城郭を構えたつくりで、それが一つの大きな城のようにみえたのだ。

「警備は意外にすくないな」

 猿飛が城を見ながらつぶやいた。猿飛の目は獣なみに良いと聞いたことがある。


「みんな聞け!」

 猿飛が全員をあつめた。

「まだ集合地点には、星丸がきていないが、日が暮れて帰ってきたらエミーラ奪還の任務を開始する。あの一番高いところがバカ殿の部屋だ。おそらく将軍の娘にもそのあたりの部屋が用意されているはずだ。エミーラは捕虜として捕まっていれば谷側の細長い塔に、客としてなら山側の建物にいるはずだ。あの明かりの多い中腹の広場が宴の場だ。今日は警備がすくないようだが、闇の一派もおり、我々の襲撃も予測されている可能性が高い。決して気を抜くな」

「はっ」

「それまで待機だ。敵にさとれるな」



 徐々に日がくれてゆき、ついに夜の闇があたりをつつんだ。

 鶴山城には宴に招かれた人々が続々と入っている。


 ドーン、ドーン


 宴を知らせる太鼓が鳴りはじめた。ちょうどその時、星丸が集合地点にあらわれた。

 猿飛が全員に合図をおくった。


 出撃の合図だ。

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