第三十七話「襲撃された忍びの里」

 カラクリ屋敷の大広間に座り、長老はステファンたちに語りはじめた。里のみんなも一緒に聞いている。


 昨日、ちょうどステファンたちがベンの家に着いたころ、里にいきなり武装した精鋭部隊がやってきた。先頭に立っていたのは赤い鎧の斬鉄だった。

 彼は武力をちらつかせ、「長老をだせ」といってきた。

 そして斬鉄の前にでてきた長老に、まるで貢物を命ずるようにいった。

「この里に、天女がいるときいた。将軍家の姫様がご所望だ。出せ」

「はて、何のことか? 天女などいるわけなかろう」

 長老は、武士の精鋭部隊くらいなら、いくら流と椿が不在でも黒忍者たちでなんとか切り抜けられると考えていた。

「はっはっは、やっぱり狸だな。この若作りばばあが」

 そういって斬鉄は手をあげると、部下が里の子どもを連れてきた。外で遊んでいた子どもを交渉材料としてとらえていたのだ。

「噂には聞いていたが、噂にたがわないクズぶりだな、このでくのぼう侍」

「なに!」

 斬鉄は、青筋を立てて長老をにらんだ。


 その瞬間、黒い風が集団をすりぬけた。

 ドカッ、という音とともに子どもをとらえていた部下がその場でたおれた。

 星丸だった。彼は子どもを取りかえし、長老のもとへ連れかえった。

 しかし、それでも斬鉄は平然としている。長老はその奇妙な余裕に眉をひそめた。

「はっはっは、さすが忍者だな。素早しっこさだけは一流だ」

 斬鉄は不敵な笑みをうかべた。

不比等ふひと、お前の出番だ」

 すると、部下の集団の後ろから一人の若い男が前にでてきた。他の連中と違い、紺の衣装をまとい身軽な格好をしている。


 その男を一目見た長老はその正体をさとった。

「こいつはちょっと厄介だね。星丸、みんなは屋敷に避難しているか」

「ええ、あとはこの子だけです」

「わかった、連れていってくれ」

 星丸がその子を抱きかかえて、後ろに飛んだその瞬間、不比等と呼ばれた男の姿もきえた。

「な、なに」

 長老が驚きの声をあげたとき、不比等は俊足の星丸の前にまわりこんでいた。

 星丸は不比等の顔見て、目を見ひらいた。

「お前は、あのときの闇の一派か!?」

「そのとおりだ」

 表情のない静かな返事とは裏腹に、不比等は強烈な蹴りをくりだした。

 子どもを抱えている星丸は、とてもかわす余裕がない。


 そのとき、別の足がその蹴りをとめた。

「ちょ、長老!」

 長老がその小柄な体からは想像もできない速さと力で不比等の蹴りをふせいだ。

「早く行け、星丸!」

「逃がしはせん」

 さらに星丸を追おうとする不比等に、長老が立ちはだかった。

「お前の相手は私だ」

「死にますよ」

「あらあら老人をいたわってくれるのかい。だが、見てのとおり肌はつやつやなもんでね」

 長老は、星丸がその場を離れたことを確認すると、クナイを不比等に浴びせかけた。

 不比等は小刀でクナイを撃墜させようとした。

 長老が、甘いね、と笑った瞬間、クナイが突然方向をかえた。

「!?」

 不比等の眉がわずかに動いたとき、数本のクナイが不比等の体に命中した。しかし、決め手にはいたらなかった。


 不比等は無表情のまま、傷がなかったかのように淡々と体勢を立てなおした。

 そしてゆっくりと胸の前で手をうごかした。

 長老はその手のうごきに警戒した。

「印だね。やはり、お前が竜山にいた闇の一派か」

 目を開いた不比等は、長老に向かって組んでいた印を解放した。


 次の瞬間、ものすごい風が巻き起こり、長老に襲いかかった。

 風はかまいたちをおこし、刃のように長老に切りかかる。

「くっ!」

 後ろで腕組みをしていた斬鉄は、自分の想定通りの展開に下品な笑みをうかべた。

「お前たち、天女を探しだせ! 邪魔する者は切ってもかまわん!」

 斬鉄に命じられ、部下たちが里の中になだれこんできた。

 長老は懐から火薬を取りだし、武士たちに投げつけた。

 しかし、不比等が投げたクナイに火薬ははじかれた。

 長老はかまわずにつづけて煙幕を起こした。

 たちこめる煙に武士たちは、一瞬混乱した。

「ただの煙だ、すすめぇ!」

 斬鉄がさけんだ。

 煙が薄くなったころには長老の姿はなかった。


「追いますか?」

 不比等は淡々と斬鉄にきいた。

「まあいい。どこにいったかはわかっている」

 斬鉄は長老の行方よりも、周りの民家に興味があるようだった。品定めをする目でいやらしい笑みをうかべた。



 一方、長老は傷をかばいながら、カラクリ屋敷へもどってきた。

「長老!」

 エミーラが長老にかけよった。他の忍者や里の者たちが急いであつまってきた。

「なんて傷……」

 屋敷には里の人間が全員避難してきていた。

 長老は息を切らしながら忍者たちにつたえた。

「りゅ、龍脈りゅうみゃくの力に気をつけろ。ちょっとやっかいだよ」

「龍脈だろうが何だろうが、やってやりますよ、長老」

 こぶしを握りしめながら立ちあがった猿飛に、他の忍者たちも「そうだ、そうだ」とつぎつぎとつづいた。

 しかし長老は大きく首を振り、若い忍者たちをたしなめた。

「龍脈の力はあなどれん。たしかにお前たちの力なら、追い返せるかもしれん。しかし、必ずや死人が出る。私はお前たちにだれも死んでほしくないんじゃ」

「ちょ、長老……」

「し、死んではならん、皆の者、わかったな」

「はぁっ」

 忍者たちは背筋をのばして声をそろえた。涙しているものもいる。

 長老は、うんうん、とうなずき、目をとじた。

「長老!」

 アキがあわてて長老の体をさすった、

「大丈夫よ、気を失っただけみたい」

 安堵する忍者たちにアキが一喝した。

「気を抜くんじゃない! いいかい、みんな、死ぬんじゃないよ」

「はぁっ!」


 忍者たちは、カラクリ屋敷の表へでていった。

 心配そうなエミーラをアキは優しく抱きかかえた。

「大丈夫だよ、きっとなんとかなるさ」


 アキに抱かれながら、エミーラは大広間の奥にある箱を見つめていた。

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