第66話 褒美

 国王を寝室に運んだ後、リィン騎士団長が国王の護衛に付き、他騎士団員が事態の収拾に動いた。

 最初リィン騎士団長は自分の失態だと切腹するだの喚いていたが、働きで汚名を返上しなさいとのシャーロット王女の一喝を受けて物凄い勢いで働いていた。


 魔族による洗脳は国王、宰相、近衛騎士団だけでなく、国家首脳部の上級貴族達にも広がりつつあった。

 各々の邸宅で洗脳が解け、大慌てで王城に連絡してくる貴族が多数いたのだ。


 そして今回の魔族の侵入を許した原因は、近衛騎士団と宮廷魔術師団とのいさかいだったそうだ。


 地位の高い近衛騎士団が宮廷魔術師団を軟弱者だの言って護衛から遠ざけていた。

 それに憤慨した宮廷魔術師団は半数以上がストライキを起こし、魔術阻害術式が緩んだところを魔族の侵入を許した。

 魔族の洗脳も高レベルの魔術師であれば魔力感知で気づけたものを、護衛から遠ざけていたお陰で誰にも気付かれずにここまで蔓延してしまった。


 国王陛下は魔術師を迫害した近衛騎士団、職務を放棄した宮廷魔術師団を喧嘩両成敗とし、減給処分。

 また宮廷魔術師団の地位を近衛騎士団と同等まで引き上げる措置をとった。

 相変わらず仲良くはないそうだが、今回の事件が応えたのか両者ともキッチリ連携は取るようになり警備体制は厳重になったそうだ。



 そして僕はというと、国王陛下より登城を命じられ、また王座の間の立派な扉の前に立っていた。

 闇魔術の残滓がなくなったのは良いが、今回は違う意味の緊張に胃が締め付けられていた。


 最初はお断りしようと思ったのだが、来なければ指名手配するというシャーロット王女からの伝言を受け、やむを得なく飛んできた次第だ。

 恩を仇で返されるとはこのことである。


 今回は武器を取り上げられることはなく、やっぱりまだ警備が甘いのでは? と疑問が浮かんだが、国王陛下を救った人間の武器を取り上げる必要性はないとのことであった。


「それでは、お入りください」


 執事服を着た壮年の男性が扉を開き、王座の間に誘われる。

 中に入ると王座には国王がおり、その周りに美しい女性が四人いた。そのうちの一人はシャーロット王女だ。

 前回来た時に近衛騎士が並んでいた場所には高貴そうな男女が立ち並んでいた。恐らく貴族の人達だろう。


 執事に案内されるまま前に進み、王座の前で跪く。


「シリウス・アステール、参りました」

「頭を上げてくれ、英雄よ」


 後で貴族達がざわめいている。

 こういう時って大体偉そうな貴族か突っかかってくるんでしょ? そういう面倒臭そうなイベント勘弁して……


「いえ、私はそのような大それた者では――」

「何を言う!!」


 否定しようと口を開いたところ、唐突に貴族のうちの一人が大声で叫んだ。

 高そうな衣服に身を包んだ小太りの男性だ。これは絶対フラグ回収したやつですわ。


「シリウス殿が英雄ではなく、誰が英雄と名乗れるか! 我が国を、我々の尊厳を護ってくれた、まさしく英雄ではないか!」

「そうだそうだ!」

「英雄だ!」


 ……ファッ?


 唐突な予想外の展開に頭がついていかない。

 いやいや、ここは小僧が調子乗るんじゃないとか、平民が偉そうにとか、そういうこと言うところでしょ? なんで皆笑顔なの?

 展開についていけずポカンとしていると、国王陛下が再び話しはじめた。


「シリウスは我が国の恩人だ。議会でも満場一致で可能な限りの褒美を与えることになっている。我々を助けてくれてありがとう、英雄よ」


 国王陛下が跪き、僕と目線を合わせて頭を下げた。

 誠意は感じるが、国王陛下を跪かせたことに大慌てし、すぐに立たせた。


「へ、陛下!! 分かりました! 分かりましたので、おやめください!!」

「ふーむ、本当に分かったのかの?」

「伝わりました! 十分すぎるほど伝わりました!!」


 国王陛下は悪戯が成功した子どものように笑い、再び王座に座った。


「ではシリウス、褒美を与えよう。何か欲しいものはあるか? なんでも申すが良い」


 あぁ、これ何が欲しいとか言っちゃいけない奴だ。

 こういうときは御心のままにって言っておくのが正解だと聞いたことがある。


 正直、特に欲しいものもないのだ。

 別に地位や名誉はいらないし、お金もそんなに困っていない。冒険者になる僕には領地なんかもいらないし武器も間に合っている。


 いやまてよ。これで貴族にしようとか領地を与えようとか言われたら、冒険者どころではないのではなかろうか。

 そう考えるとお金や武器防具などの"物"を貰うのがベストな気がしてきた。


「はい、僭越ながら…… 私はいずれ冒険者として旅立つ身でございます。さすれば、冒険者として使うことができる装備品をいただけますと非常にありがたく存じます」

「……ほぅ、冒険者とな。お主ほどの実力と功績であれば、我が城でそれ相応の待遇で迎え入れることもできるのであるが?」

「勿体無いお言葉でございます。しかし私はまだ学生ですし、卒業後は世界を見て回りたいと考えておりますので……」

「ふむ……儂の与えたいと思っていたものを全て牽制されてしまうとはのぉ。はっはっは!」

「……私程度の者であれば、冒険者ギルドに沢山おります故」

「謙遜するでない。だがまぁ、望まない物を押し付けるわけにはいくまい。おぉそうだ、シャーロットの許嫁というのは――」

「お、おおお父様!! 何おっしゃってるんですの!!??」

「ん? 良い考えと思ったのだが、シャーロットは嫌なのか?」

「ううううぅ……嫌……ではないというか……むしろ歓迎ですがしかし……」


 シャーロット王女は顔を赤くしながら何かごにょごにょと呟いているが、遠くて聞こえない。


「あらあら、うふふ。あなた、それはいい考えねぇ」

「お、お母様まで!!??」


 シャーロット王女が王妃様に掴みかかってガクガクと揺さぶっている。

 というか王妃様、若すぎません? てっきりお姉さんかと思った……


「シリウス、お主はどうなんじゃ?」


 国王陛下が僕に振ってきた。本当に勘弁して欲しい。

 シャーロット王女は物凄く美しいしいい子であるが、知り合って間もないしそもそも王女も僕なんかではなくもっと良い人が山程いるだろう。

 そもそも将来冒険者になって旅に出ると言っているのに、王女がそんな人間と結婚など無理だろう。

 かと言って断るというのも、王女の面目を潰す形となって良くない。つまり詰みだ。


「私には勿体な――」

「まさかシャーロットでは不服と申したりはせぬよな?」

「い、いえ……しかし、私は将来冒険者になりこの国を出ていく身でありますし、シャーロット様の気持ちというものも……」

「ふむ、別にお主が旅に出るのは儂は止はせんぞ。"儂は"な。シャーロット、お主はどうなのじゃ?」

「ふぇっ!?」


 ニヤニヤした国王陛下に話を振られ、シャーロット王女は真っ赤な顔であわあわしている。

 あまりの怒りに言葉がでないのだろうか。


「わ、わわわたしは……あの……その……お、お友達からというのは……いかがでしょうか……」


 シャーロット王女は消えいくような声で答えた。


「日和ったわね」

「チャンスを逃しましたわね」

「あらあら……」

「チキンじゃな」


 国王陛下、王妃、王女姉妹の王族ズから酷いコメントがシャーロット王女に飛んでいった。シャーロット王女は涙目になっている。


 シャーロット王女は僕を傷つけないように断ろうと頑張ってくれただけなのにね。優しい子だ。


「では『シャーロット王女とお友達になる権利』がいただける褒美と言うことでよろしいでしょうか?」

「ふむ、釈然とせぬがそれで良いだろう。勿論、装備品も進呈しよう。後ほど宝物庫から一つ好きなものを選ぶと良い。装備品以外を選んでも構わん」

「ありがたき幸せ」

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