第24話 魔王

―――カンカンカンッ!カィンッ!


 教会近くの広場に乾いた木剣がぶつかり合う音が響く。


「ハッ! ハァッ!」


「集中が散漫になってます。気をちゃんと纏わないと、ただ剣を振っているだけですよ!」


「ヤァッ!」


「雑に剣を振らない! そんな大振りじゃただ隙を作るだけです!」


「二人ともがんばれー!」


 放課後、ここ最近の日課となっているルークとグレースさんの剣術指導を行っていた。

 二人同時にかかってきてもらうことにより、僕自身も対多人数戦の鍛錬にもなるので、吝かではない時間であった。


 鍛錬が終わりボロボロになった二人を、ララちゃんは療術師になるための練習と言って『治癒ヒール』をかける。


 汗を拭いながらそんな風景を眺めていると、村へ入ってくる複数の魔力を感知した。

 それぞれ強い気配を放っており、その中の一人は一際強い気配を放っていた。

 ゴブリンロード以上の強さじゃないか……

 

 感知した魔力の移動する速度からして普通の人間の走る速度を凌駕している…… 馬車か?


 僕が産まれてから馬車なんかがこの村に来たのは初めてだと思う。

 こんな田舎の村に一体何の用だろう…… 怪しいな。


 一体誰が何をしに来たのか気になるし、見に行ってみよう。


「ごめんなさい、ちょっと用事があるから今日はここまででお願いします」

「おぉそっか、今日もありがとな! グレース、まだ時間あるし少し打ち合わねぇ?」

「……仕方ないわね、付き合ってあげるわ」

「じゃあ、また明日!」


 皆と分かれ『練気』で軽く脚力を強化して馬車の進む方向へ駆け出す。

 村といっても狭いもので、僕がちょっと本気出して走れば数分で縦断できてしまう程度だ。


 いつもの帰宅ルートを疾走していると、あることに気付いた。

 この馬車、うちの方向へ向かってないか?

 そうして馬車がうちの前に止まるのと、僕が家を目視できる場所まで着いたのはほとんど同時であった。


 黒塗りの馬車は、大きなトカゲのような生き物が牽引していたようだ。

 ……"馬"車ではなかったのか。


 まぁ便宜上馬車と呼ぶことにして、その馬車の脇には剣が二本交わった紋章が刻まれていた。

 確か、この間読んだ本によると冒険者ギルドの紋章だったはずだ。

 そして馬車の中からは革の鎧を身に着けた男性二人と女性一人が降りてきた。


 白髪で整った髭を蓄えており柔和な顔つきの男性の後ろに、若い男性と女性が追随する形でうちの玄関へ向かって歩いていく。

 三人とも作りの良い鞘に収まった剣を携えており、纏う気配が只者ではないことを告げていた。

 『魔力感知』で家の中には父さんしかいないことは分かっており、もしかして何かあった時に魔術師である父さん一人では剣士三人に対処できないだろうと冷や汗を流す。


 何があっても対処できるように気力を纏いつつ、三人に近づいていく。

 僕の気配を感知したのか後ろの若い二人がバッとこちらを向き剣に手をかけるが、相手が子どもであったことで戸惑いの表情を浮かべている。

 一方髭を蓄えたダンディなおじ様は面白そうに口端を上げながら、こちらを見ていた。


「失礼いたします。私、この家の住人なのですが、冒険者ギルドの方々が当家に何か御用でしょうか?」


 スッと三人組と家の玄関の間に身体を滑り込ませ、用件を窺う。


 するとダンディなおじ様は優しげな笑顔を浮かべながら、頭を下げてきた。


「突然の訪問、失礼したのぉ。儂はセントラル冒険者ギルドのオリヴァーと申す者じゃ。君のご両親のレグルス君とミラ君に話があって参った」


 いきなりの腰の低さに戸惑いつつ、自分も腰を折り礼を返す。


「こちらこそ、失礼いたしました。私はレグルスとミラの息子のシリウスと申します。父を呼んで参りますので少々お待ち下さい」


 父さんを呼ぼうと家のドアを開けると、ちょうど玄関へ歩いてくるところだった。


「オリヴァーさん、お久しぶりです。まさかわざわざこんな辺境の村にいらっしゃるとは…… どうぞ入って下さい。シリウスも応対ありがとうな」


 父さんは気さくにオリヴァーさんを家に招き入れ、わしゃわしゃと僕の頭を撫でて家に入っていく。

 父さんの知り合いだったことに安堵し、僕も警戒を解く。


「お邪魔するよ。それにしても良い息子じゃないか、レグルス君」


「イサックと申します、お邪魔いたします」

「コレットと申します、お邪魔いたします」


 オリヴァーさんに次ぎ、若い男性と女性の剣士が軽く挨拶をして家に入ってくる。


「はは、自慢の息子ですよ。ミラももう少しで帰ってくると思うので、どうぞお寛ぎください。後ろのお二人も、どうぞ座って下さい」


 オリヴァーさんと向かい合って座り、二人にも席を勧める父。


「どうぞ、粗茶ですが」


 母さんがいないので、代わりに紅茶を淹れて四人に出す。


「ふむ、本当に子どもとは思えないほど良くできた子だ。中々腕も立ちそうだしのぅ?」


 オリヴァーさんがニヤつきながらこちらをチラ見してくる。


「俺らの子ですからね。この間の騒動では、一人でゴブリンロードを倒したんですよ」


「「なっ!?」」


 父さんの暴露にイサックさんとコレットさんが信じられないといった顔をしている。


「……ほっほぅ…… それはそれは……」


「両親の教えのお陰でギリギリ倒せたに過ぎません……」


 あれは『瞬雷ブリッツアクセル』という奇襲で運良く倒せただけであって、真っ向からぶつかったら到底勝てなかったはずだ。

 それをまるでゴブリンロードより強いと勘違いされるのは気持ちが悪かったので、否定しておく。


「それでも大したものだよ。最近の若い者は軟弱だからのぅ…… どうだい、うちのギルドに入らないかの?」


「オリヴァーさん、シリウスはまだ六歳です。流石に十二歳になるまで家からは出すつもりはありませんよ」


「……まぁレグルス君とミラ君のもとにいれば才能が腐ることもないか…… 気が変わったらいつでもおいで、歓迎するぞい」


「ありがとうございます。まだ将来のことは分かりませんが、もし冒険者ギルドにお世話になる時はよろしくお願いします」


 オリヴァーさんにそう返すと、満足そうな笑みを浮かべながら頷いていた。


 その後、母さんが帰宅した会話を聞いていたが、どうやらゴブリンキング騒動についての話をしに来たようだ。


「追い詰められたゴブリンキングが使った黒い水晶は、やはり転移石じゃろうな。しかしミラ君が定期的に間引きしている地域にこれだけ短期間で災害級が発生するというのは、まずいのう……」

「はい。しかも転移石を持っているというのも普通では考えられません。これだけで判断はできませんが、可能性があるかもしれません」

「魔王、じゃな。」


 魔王…… 前に読んだ父さんの本によると、百年間隔程度で発生する超災害級の魔物だそうだ。

 人語を介し、あらゆる種族の魔物を指揮下に置くことが可能だとか。

 また下位の魔物の成長を促すことも可能であることから、短期間に上級の魔物が発生する現象が起きた場合は、まず魔王発生が疑われる。


「前回の魔王発生から九十八年じゃから、そろそろ発生してもおかしくないのう。魔王の力によってゴブリンが急速に成長してゴブリンキングが発生したと考えるのが自然じゃろう」

「本村の狩人衆でも、ゴブリンキングを撃退したのでこの付近で魔物の大発生は暫く起きないとは思いますが、念のため警戒体勢は取っております」

「うむ。この地域はミラ君とレグルス君に任せるぞい。シリウス君も、鍛錬を積んで是非冒険者になってくれると嬉しいのう」


 チラリとこちらを見ながら笑みを深めるオリヴァーさん。

 恐らく、これから魔王関連で冒険者ギルドが忙しくなるので猫の手も借りたいのだろう。


 正直、最近は魔術と剣術の鍛錬が楽しくて冒険者になるのも悪くはないと思い始めているんだよなぁ。

 もし冒険者ギルドにお世話になるなら、ここでオリヴァーさんと顔を繋げたのは幸運だっただろう。


 その後オリヴァーさん達は、急ぎギルド本部に報告しなければいけないと直ぐに帰っていった。

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