本屋が消えた街 後編



 ネットにおいて数値は正義であり、同時に法でもある。

 登録会員数が、閲覧数が、いいねの数が、フォロワーの数が…。物差しがある一定の値を超えた時、そこには銭金の匂いが色濃く漂ってくる。


 そう広告収入の話だ。新聞が広告チラシから膨大な収入を得ているように、人の集まる場所へ宣伝を打つためなら金に糸目を付けぬ連中が五万と居るからだ。


 ユーチューバーは1再生で0.02円の広告収入を得ているという。

 それで数千万という収入を得るためにはどれほどの発想力と行動力が必要になるのだろう? 絶え間なく面白い動画を提供し続け、視聴者を魅了するマシンガントークを炸裂させねばならない。


 ではその才に欠けた者が一攫千金を夢見ることは愚かなのか?

 そうではない事を『漫画アイランド』の管理人は知っている。


 何も難しい事ではない。プロが描いた漫画をちょいと拝借すればいいだけだ。

 それも出来るだけ早いタイミングで。発売される前の雑誌が手に入れば言うことなし。別にタイムマシンがなくたってそんな事はやれる。


 東京近辺の本屋では、定められた発売日よりも早く雑誌を売る店が実在するからだ。

 それを罰する法律はないし、そんな事でもしなければ店が潰れてしまうというのが店主の言い分だ。成程、生き残る為には少しぐらいルールを破ったって構わないということか。


 それならば、まさか…雑誌の購入者が中身をネット上に公開したとしても怒りはしないよな? 俺達だって生きる為には金が必要なのだから。


 管理人だって昔は真面目に働いていた。コツコツ頑張ればそれで幸せになれると信じていた。だが違った。彼のような学のない田舎者が入れるのは労働者をボロ雑巾のように酷使する企業ばかり。おまけに正規、非正規と待遇に差をつけて仕事量に対する収入はスズメの涙。そんなんで幸せになれない事は、算盤をはじかなくたって判る。


 二年三年とその状態で頑張ったが、境遇に変化はなし。

 持たざる者は下がお似合いと言わんばかりだ。どえりゃあ頭にくるよなぁ、ええ?


 ならば、俺だって。生きる為に少しぐらいルールを破っても構やしないだろう?

 このままじゃ故郷の島に錦を飾ることすら出来そうにない。


 管理人はツイッターで情報を集め、販売前の漫画雑誌を一冊2万円で購入すると宣言した。効果は絶大だった。ほんの2万ぽっち安い買い物だということすら理解できず、はした金を得る為に申し込みが殺到した。どこの本屋で買ったか情報収集も忘れずに。次は自分で買いに行くのだから。


 あとはそれをスキャナーで読み取って画像データに変換、自らのサイトで無料公開すれば良いだけだ。おっと、このままじゃ著作権法に違反しているのでほんのちょっとだけ画に修正をくわえておこう。キャラに髭をかきたしたり、ほくろをつけたり、そんなものでいい。


 たったこれだけで天下無双の閲覧数を誇る海賊サイトが出来上がりだ。

 目論見通り、広告が殺到した。広告代理店の営業マンには性質の悪い奴がいて、奴等はノルマを消化する為なら何だってする。閲覧数さえ多ければ広告の掲載場所が非合法でも気にしないらしい。


 外法には外法の共存相手がいるものだ。噂を聞きつけたダークサイド代理店の連中がこぞって大手の広告をぶん投げていく。そこはまるで広告のゴミ捨て場。


 漫画を無料で読みに来た客に、エクセサイズマシーンの宣伝をして何の意味が?

 そんなこと管理人にだって知りはしない。彼は広告費のマージンをもらえればそれで良いのだ。肝心なのは閲覧数とフォロワーに嘘をついてないこと。それだけだ。


 いったい誰が悪いのだろう?

 非正規の枠を広げた企業や政治家か? 

 発売日よりも早く本を売った書店か?

 海賊サイトを立ち上げた管理人か?

 広告を投げた無責任な営業マンか?

 はたまた漫画が無料で読めることに疑問を抱かなかった閲覧者か?


 ともかく真実は一つ。多大な損害を被ったのは出版社であり、彼らはそのせいで大層オカンムリだという事だけ。大人を舐めるなよガキども。彼らはもしかするとそう思ったのかもしれない。


 歴史の古い出版社なら猶更、面子を大切にしているだろう。


 管理人は芸を魅せる才には欠けていたが、頭は切れる男。そのぐらいは言われずとも把握していた。巨大な敵を相手にいつまでも逃げられるものではない。


 広告費が三千万を超えた所で、潮時を感じた。お縄になったら全てがオジャン。あぶく銭は泡沫らしく消え失せる。


 だが、せっかく危ない橋を渡ったのだ。どうにか警察が動き出す前に、最後のひと稼ぎをしたかった。


 そう思っていたある日のこと。

 海賊サイトの掲示板に不思議な書き込みがあった。いや、内容自体は至って普通。サイトの人気にあやかって、非合法でも構わないので作品を掲載させてくれという…売名目的の作家からだ。普段ならそんなものは無視する処だが、書き込んだのが実在するエルフというなら話は別だ。


 エルフ? 有名な長耳で肌の白い亜人? そんなものは南アメリア大陸の片隅に小国家を構えるだけの絶滅危惧種だとばかり思っていた。科学文明を嫌うエルフがヒノモトに何用なのか。それだけで管理人は大いに興味を掻き立てられた。


『ロシアの方が資本主義を学んだように、エルフにも文明を学ぼうとする者は居ます。願わくば、私の名を貴方達の社会にも広めたいと考えているのです』


 聞けば、本業は画家だが自分の技術を見てもらう為よりエンターテイナーな世界にも進出するつもりらしい。つまりは漫画も描けると。


 エルフの描いた漫画とはいかなるものか? 確かにサイトの締めを盛り上げるにうってつけの一大イベントに感じられた。ものは試しとメールで送ってもらったサンプルも常人離れした巧さだ。しかも、イラストは勿論、漫画も全ページカラーとくる。


 ではこうしよう。管理人は以前からサイトを象徴するイメージキャラクターが欲しいと思っていた。そのデザインを任せるから、何枚か描いてくれ。人気が出るようなら、そのキャラを主人公とした漫画を掲載する。そんな約束を交わした。


 結果は大成功だった。エルフの描くエルフの魔法少女。

 そんな売れこみで作られたキャラクター、リリオは絶大な人気を誇り看板キャラクターとして受け入れられた。


 変身前は桃色髪の純朴なノンビリ屋、変身後は銀髪に変わり途端にクールな毒舌家となる。


 そんなリリオに与えられた最初の仕事は、サイトに掲載する漫画の解説実況。二つの姿を紹介する作品によって使い分け、時に二つの人格で一人漫才もこなす。

 …それならキャラが二人で良いのではないかという気もするが、変身というフレーズにきっと人気があるのだろう。


 キャラが認知された後、リリオの漫画がサイトに載るとそれも大ヒット。

 瞬く間に続編を求める声が殺到した。額面通り、それはサイトのラストを飾るに相応しい大繁盛であった。


 ただ、管理人には気がかりなことが一つ。

 愛らしいデザインではあるのだが、派手な色彩感覚と不安定な構図を多用する漫画は見ていると言い知れぬ不安を感じてくるのだ。真の芸術とはそういうものなのかもしれないが…。それにかつてない過剰な人気もどこか狂信的だ。


 ネットにはもともと依存性がつきものだけれど、同じ人間が一日に百回二百回と過剰なアクセスしてくるまでになると、怖くなってきた。


 それでも定期的に届けられる原稿。

 その作者名をあらため、管理人は身震いした。


 サルヴァ・Tトール・ダリア。高名な恐怖画家のパロディみたいなセンス。初めはこのサイトに似つかわしいものと感じたが、事ここに及んでは心の平穏を乱すものだ。

 漫画の内容はいたってありきたりな印象だが、あちこちに仕込まれた隠喩とモチーフが見る者の魂に何かを訴えかけてくる。


 種明かしをしてしまえば、魔画家とは、受け手の心を支配する力をもった魔性の芸術家なのだ。

 ミルフィーが漫画の下書きネームを描き、ダリアがカラー原稿を完成させる。本来、魔画家が秘めた色彩技能に加え、猫又のミルフィーが一族に伝わる呪術的姿勢や恐怖を抱かせる構図を取り入れたもの。何度もそれを目にした管理人へ効果がないはずもなく。


 見れば見る程に漠然とした苛立ちを煮え湯の如く心中へ注がれる。

 ―― 俺はいったい何の為にこんな事をしているのだろう?

 ―― 危険な橋を渡って、ヤクザな金をかき集めて、この金でいったい何を?

 ―― どうせ時代の荒波に押し流されるアダ花でしかないというのに!

 ―― 何をしても一生は一生、一度きりだ。せめてもっと日の当たる場所を…。




 そんな事がひと月ちょっと続いたある日のこと。

 漫画アイランドは唐突に更新を辞め、暫くはそのまま放置されていたが…やがてはネット上から忽然と姿を消してしまった。まるで泡沫の夢。痕跡すら残さない大帝国の消滅は暫しネット界隈を騒がせ、行き場を失った難民たちを大量に生み出した…。しかし、それも束の間の迷走。それぞれが新しい居場所を見つけ、あちこちへと散っていった。娯楽など、探せば幾らでも見つかるのだから。無断転載サイトなど、この世に一つだけの存在にはなり得ないのだから


 弾ければ、そのまま消えるシャボン玉。

 原因については様々な憶測がなされた。やはり有力な説は出版社の訴えによって警察が動き出したというもの。

 公式の発表によればその被害額は1千億円にものぼるという。








「それで、目論見通りにいって満足されたのかしら? お姫様がた?」


 今日も今日とてフェニックス運送のサロンでは。

 大手無断転載サイト閉鎖の一報をニュースで知ったイザベラは早速いつものテーブル席で二人を捕まえた。


 メチャ子とミルフィーは共に浮かない顔だ。どうにも結果が思っていたのとは違うものだったから。


 メチャ子は椅子の背もたれによりかかり、イザベラへ首を振ってみせた。


「何だかね…本屋さんの売り上げが回復したという話は…どこからも聞こえてこないの」


「そりゃそうでしょ。あ、でも似たような話ならあったわよ。電子書籍サービスが過去最高の売り上げを達成したんだって。某サイト閉鎖後から急激に売り上げが増したとか。結局、出版社に踊らされていただけなのかもしれないわね」


「えぇ…電子書籍というと端末で閲覧するものだよね? 結局はネットかぁ」


「有料と無料、合法と非合法の違いね。現実の本は場所をとるけど、電子書籍は物理的な制限がないから…ウチも魔導書や古文書の置き場所には苦しんでいるもの。わかるわ」


「ちぇ、ちぇ、ちぇ、ちぇ、そんなんで良いの? 今に町から本屋さんが全部なくなってしまうかもしれないのに」


「多分そうはならないわよ。電子書籍というか、ネットにだって弱点はあるから。ひと昔前は『ネットが普及すれば図書館がなくなる』と言われていた。でも、今じゃ近所に図書館がないことを嘆く声すらある。ネットの情報は広く浅く。専門知識としては浅すぎるし、お節介な端末機能過去履歴からおススメや人気便乗者のせいで情報は偏りがち」


「へぇ?」


 電脳世界は、端末がなければ触れる事すら適わぬ胡蝶の夢。もし、電子書籍を提供している会社が採算をとれずに閲覧サービスを打ち切ったら…被害を受けるのは読者だ。購入した全てのデータが消え失せてしまうリスクを抱えている。


 イザベラがウンウン唸りながら言うことには、書籍はやがて二極化の道を進むのではないかと。


「最近は小さなスマホの画面でネットを見る人も増えているでしょ。漫画を描く方もそれを計算して描くから、必然的に大ゴマが多く、台詞は短いものとなる。つまりさぁ、1ページの情報量が少なく直観的な娯楽作品はデジタル化を余儀なくされるかもね。逆に1ページの情報量がそのまま価値へと繋がる実用書なんかは、本棚へ置く価値があると。いや、それ以前に…これまで出た全ての本が電子書籍化なんて絶対されないし。されるのは流行ものだけ。古本屋と共に消えてしまう稀覯本も沢山ありそうね。あー、勿体ない!」


「んー? つまり結局はお気に入りの本なら手元にとっておきたいって事だよね。そして、電子書籍だったら届ける手間もないわけだから、配達の仕事もなくなるって事じゃん。あやや、これって、もしかすると本屋さんの同情をしている場合じゃなかった?」


「気が付いた? なら更にショッキングな話を。通販会社のアマゾネスだけどね、独自の配達網を確保してサービスの向上をはかっているみたいよ。具体的いうと、飛行ドローンや小型のヘリコプターを使って自分達の倉庫からダイレクトにお届けするつもりみたい。お役御免だわね」


 メチャ子は椅子から立ち上がり、女優のような身振りを交えて言った。


「あああ、仕事の選り好みなんてするアタシが間違っていたのね? お客様がお気に入りの本一冊を手にした時の至上の感動…その感動をお届けする事こそ配達員の仕事だったというのに。アタシったら何て傲慢だったのかしら」


「いまさら感動話に仕立てようとしても遅いわよ」


 メチャ子は頬をかきながら失笑した。


「ですよねー。でもエロ漫画は嫌なのよ」


「それそれ。気になって調べてみたら、そもそも『エロマンガ百選』って写真集みたいよ。梱包されていて本の種類までわかってなかったでしょ? エロマンガ島の風光明媚な景観をまとめた本みたい」


「だぁあああああ! それであのオッサンはニヤニヤ笑っていたのか! アタシはてっきりセクハラかとばかり」


「広義ではそれもセクハラなんだけどねぇ。それで、黙りこくっているミルフィーさん?」


 猫娘は可哀想なくらい意気消沈して、机に突っ伏していた。猫の尻尾だけが頭上で左右に振られているのが滑稽だった。

 彼女は顔すら上げずイザベラに応じる。その声にも力がなかった。


「なんかもう…こうなるなら、漫画アイランドにミルの原稿をそのまま載せてもらえばよかった。人気が出たのはダリアと彼女が作ったキャラクターだけなんて…ああ、もう!」


「答えは『知るか、馬鹿め』ね。アンタは本業にもっと精を出しなさい」


 大河に石を投じた所でそれを気に留める者はいない。

 行く時は個の都合を顧みず、ある者が人生をかけた行為を根底から否定する事さえあり得る。そして、たとえそうなったとしても、尚人生そのものは続く。

 否定されてどうするのか、その答えを掘り起こせるのは本人だけだ。


「あっちはミルの魂の仕事なんだってば! みにゃぁあああ!」


 そう、頑張って。それもまたよし。







 定期船が波止場にやってくる。

 船の上から故郷を眺め、男は独りごちた。


「帰ってきちまったなぁ」


 枯水島は一応東京都。

 県ごとで区切れば、なんと彼は故郷を出てなかったことになる。間に広大な東京湾と太平洋が横たわっているのだから、誰一人そうは見なさないだろうけれど。


 彼は海賊サイトの元管理人。いまとなっては無職の身だ。

 更新停止後に皆が騒いでいる様子を観察するのは、まるで自分の葬式を覗いているようで複雑だった。それでも、次第に引いていく人気と熱を目の当たりにして撤退の決意を強固なものとした。


 稼ぐ為に人を利用した事には罪悪感がある。しかし、こちらも来る者には十分な娯楽を提供してきたはずだ。彼らへの義理立てから人柱にまでなる気はなかった。


 出版社からの被害請求額はなんと桁違いの一千億。まさか稼いできた総額以上を請求されるとは完全に予想外だった。消費者の財布を傷めない、故に恒久的なはずの利益。自分のやってきた事が上手い稼ぎ方ではなかったというのか? 


 プロである出版大手からしてみれば、漫画を扱った儲け方が「なってない」という事だ。

 げに恐ろしきは業界の闇よ。


 ―― もう逃げるしかない。


 そう決めた時、自然と故郷へ足が向かっていた。

 船が到着し、タラップを下ると、あどけない顔をした少年が彼を待っていた。


「うわ、本当に兄貴? 帰ってきたんだ」


「ああ、それで母さんたちは……仕事か。そりゃそうだ」


 説明するまでもなく、息子が荒んだ暮らしをしていた事は察しがついたのだろう。父と母は彼を受け入れてはくれなかった。迎えに来てくれたのは弟の直人だけ。


 だが、それでも金は手元に残った。捕まれば奪われる泡銭だが、逃走資金としてならお釣りがくる。

 しばらくは宿で暮らしながら、今後の事を考えれば良い。

 今ほんの一時だけは、故郷の土を踏んだ喜びを噛みしめたかった。弟に夕飯をおごってやる為 商店街に向かいがてら、懐かしい話に花を咲かせる。誰と誰が結婚した。島を出た。漁師になった。そんな話を。


「それでさぁ、島の本屋さんもとうとう潰れちゃって。兄貴も覚えているでしょ? よく本を買いに行った時、オマケでお菓子をくれた人。なんかそういう時代なんだって。もう、なんだかなぁ」


 何気なく言われた事が、刃となって兄の胸に突き刺さった。


「………ああ、ヒデー話だよな」


 因果応報。行いの報いからはどう足掻いても逃れ得ぬものだ。

 唯一救いだったのが、当の本屋さんは本土に渡って息子夫婦と仲良く暮らしているとの情報だ。ほっと胸をなでおろしながらも、彼は再び考える。手元に残った泡銭の使い道について。


 捕まればどうせ破産。隠遁生活のささやかな楽しみに使うだけでは金額が勿体なさすぎた。地域振興の軍資金としては逆に少なすぎるかもしれないけど…。


 誰が何と言おうと、俺たちはこの島生まれの東京都民だ。

 時代の波が島の存続を許さないとしても、それに立ち向かうのがもって生まれた俺達の役割なのかもしれない。


「兄ちゃん? どうした、怖い顔して?」


「いや、何でもないよ。早く大黒屋で焼き肉食おうぜ」


 一週間後、島の市役所に五千万もの現金が入った段ボールが届けられた。『島の為に、何かのお役に立てれば幸いです』というメッセージと共に。


 元管理人が稼いだ金のいくらを寄付したのかは、誰も知らない。

 この先、彼が警察に捕まったとしても「金はギャンブルにつぎ込んだ」と言い張ることだろう。






 ―― そして最後に…。

 早瀬兄弟の親友、矢部健太は失意から立ち直れずにいた。

 彼は今日も自室でネットサーフィンに明け暮れるが、どこへ行こうというあてはとくにない。ただ、回遊魚のように放浪するばかりだ。


 早瀬兄に教えてもらった漫画転載サイト。「とても便利だから友達に紹介してやれ」と。

 もうそれなしでは生活できないほどハマっていたのに。看板キャラクターも決まって、オリジナルの新連載も始まって、かつてないまでの盛り上がりを見せていたのに。


 管理人がバックレやがった! サイトは消滅。早瀬兄も原因は知らないって言うし、もうどうしようもない。似たようなサイトはまだあるけど、そこでも好きな漫画をあつかっているとは限らないんだよなぁ。


 それに…あの看板キャラのエルフ、リリオを主役にした漫画。あれだけはお金を出したってもう読めないんだ。みんなは出版社が訴えたせいだって話してる。大人はいつも自分達の都合で子どもの楽しみを奪うんだ。許せない!


 ああ、リリオ。他の漫画が読めなくなった事より、リリオの復活を望む声が難民達の間で大きいんだから君は人気者だった。過去形で語る日が来ようとは思いもよらなかった。


「貴方、私のファン?」


 突然、声をかけられたショックで健太は椅子からずり落ちそうになりながらも振り返った。


 両親は寝静まり無人の筈の室内に、誰かが居た。

 桃色の髪をしたコスプレイヤーみたいな恰好の女。その耳は長くて、手には異形の杖を持っていた。


 健太は唾を飲み込んで乾いた喉を湿らせた。確かに見覚えがあった、その女は魔法少女リリオにそっくり…いやそのものだったから。

 薄くしっとりした唇が開き、声優のものとしか思えぬアニメ声が聞き手の耳を魅了した。


「私のファンよね? 今はファンの所を回って営業しているの。いつか別の場所で復活するから、その時までリリオのこと忘れないでねって」


「……」


「でも今度は転載サイトじゃなくて、商業誌になるかもなんだー。だからさ、悪いけどお小遣い貯めながら待っててくれないかな~?」


 人差し指を頬に当て、小首を傾げるあざとい姿勢。背筋に恍惚を覚え、健太は思わず身震いした。


「待っていてくれるよね? それじゃ、また会いましょう」


 相手の返事も待たず、エルフの強引なハグ。柔らかい肌の触感と鼻孔をくすぐる香りは間違いなく本物だった。そして、とてもあざとい ひとこと。


「…浮気しちゃ駄目だよ、ボク」


 耳元で囁くと、彼女は抱擁を解きクスクス笑いながら部屋を出て行った。健太が正気ならば窓をすり抜け飛んでいった光景も幻覚ではないのだろう。


 慌てて窓を開け、空を見上げようともそこには満月が輝いているばかり。

 我に返った健太は急いでパソコンの前に座った。たとえ狂人扱いされようとも、難民仲間に今の出来事を報告する心づもりだった。


 時は流れ、文明は進化し、人々は信仰を忘れたかに思えた。

 だがそれはとんだ誤解に過ぎない。信じる心は依然として在り続け、神は現存している。ただ、その居場所と在り様が少しだけ変わっただけだ。


 静謐な神殿でもなく、山奥の磐座いわくらでもなく、現代の神は電脳世界で育まれている。世界規模の網WWWによって集められし国境を越えた熱狂。それこそが現代の信仰だ。信じるものは利益であり、数字であり、人気。


 道端の石ころが信仰されれば神となるように、空想が産出した二次元のキャラクターが祈りの受け皿となることは起こり得る。祈りとは過酷な境遇を反映したものであり、現代社会は目も眩む光を投げかけ、深い闇を隔てているのだから。


 いまこの瞬間にもネットの世界では新しい神が誕生していることだろう。

 それらの背景に神話は何ら存在しない。

 何故なら、それはリアルタイムで紡がれるものだからだ。

 今の時代に相応な、新しい神話。後から知るのではもう遅い。


 もし貴方が新たな神が降臨する現場に立ち会えたのなら、その幸運に感謝すべきなのかもしれない。


 逆に立ち会えなかったとしてもそれを嘆く必要はないだろう。


 少なくとも―― 誰かから、知らぬ間に利用される事を間逃れたのだから。



 

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