第75話 姉弟と父

 シャルルとアルフォンスの二人は、母の元を離れ王宮の自室へと戻っていた。


シャルルはバルコニーに設えた椅子へと腰掛ると、一人空を眺めていた。

見上げた空は青く澄み渡り、心を落ち着かせてくれた。

時折吹く風がシャルルの頬を優しく撫でて行く。

そんな心地よいの良い風は、今までの不安を洗い流してくれたような、そんな感覚に囚われていた。


ただ空を見上げ、ボーッと流れ行く雲を目で追いかけていると、ようやく待ち人が来たようだ。

『お姉さま、お待たせ致しました 』

挨拶と共にアルフォンスが礼をとる


『いいえ、大丈夫よ。 其処にお掛けなさい 』

シャルルは微笑みアルフォンスへと席へ座る様に進めた


 部屋付きのメイドが、魔法具で良く冷やされたレモン水をグラスに注ぎ終わると、二人の前に静かに供された。

良く見ると、グラスの表面には水滴が一つも付いてはいない。

このグラスも魔法具であり、外気を遮断し飲み物の温度を一定に保つ機能を持った物だった。


シャルルはグラスを手に取ると一口、口に含む。

仄かな柑橘類の香と清涼感を楽しむと、アルフォンスへと話し掛けた。


『お母様が、お元気になるのですね。

夢なのでしょうか…… 夢なら覚めては欲しくないですね 』 

でも、この二日間の事は現実。

あと、三日すれば…… お母様と。 


『お姉さま、これは夢では無いのですよ。

ノリト様とミオ様のお二人が、この世界へおいでになった事は事実です。

そして、この世界には無かった概念を、僅かですが齎して下さいました。

其処には、今まで助けられなかった病への希望もあると思うのです。

この機会を……、フレイ神が授けて下さったこの時間、私は無駄にはしません。

きっと、この先この国の人々の助けになる筈です 』


『そうね、私もアルフォンス同様、魔法医療の勉強をはじめようと思うの。

もう…… 唯眺め、唯悲しんで時間を無駄にはしたくないの。

自分の力を高めて、二度とお母様を…… 

いいえ、手の届く人達を、病に奪われたくはないの。

一緒に頑張りましょうね 』

二人は頷き合い、この先の未来を見据える。

後の世で、近代医療魔法の先駆者として、偉大なる医術師と称えられる姉弟していの始まりの瞬間であった。


 ただ、アーサーは今日の出来事で疑問に思う事があった。

『お姉様、今日の事で気になる事があるのです 』

『何かしら? 』

『午前中の事なのですが、お祖父様の元へとノリト様と向かった時……

皆の様子ですが…… 少し変では無かったですか? 』


シャルルも思い当たるのだろう。

頬に人差し指を当て、首を傾げながら答えた

『そう言えばそうねぇ、お祖父様もアイギス様も変でしたわよねぇ 』


『どう言った理由なのかが判らないのです 』


『ノリト様のお召し物は、仕立ての良い物でしたし……

デザインは確かに私達の物とは少し違っておりましたけど、特段おかしな所は無かったと思うのですけど 』


『やはり、良く判らないですね 』

ゲオルグとアイギス、他の者達の反応が不思議でならなかった。

二人は何故? と考え悩むのだった。

だが、幾ら悩んで考えた所で答えに辿り着く筈も無いのだが。


その二人の様子を、年嵩のメイドだけ・・が冷や汗を流しながら、遠くから一人眺めていた。


    ◇    ◇    ◇    ◇


 シャルルとアルフォンスの二人は、父 アーサーの顔を知らない。

いや、知らない訳では無いのだが、幼少の頃には父に抱かれてはいたが、アーサーが病に冒されると、二人をアーサーは遠ざけた。

そのため、シャルルでさえ顔を忘れてしまったのだ。 

そんな理由から、小さかったアルフォンスが覚えてないのは当然であった。

原因の判らぬ病に痩せ衰え、子供達へ感染うつる事を一番恐れたのはアーサーであった。

発病からすぐに歩く事も儘為らなくなり、自身を隔離するように言い出したのもアーサーであった。

妻であるフローラとの接触も、発病から二年経つ頃には自分から禁止を言い渡した。

何時終るとも判らない辛い闘病生活…… だが病状は一向に改善せず帰らぬ人となった。

アーサーの亡骸は、病で痩せ衰え生前の雄雄しさなど欠片も残ってはいなかった。

そのため、ゲオルグは誰にも逢わせる事も無くアーサーを荼毘に伏した。

それが、アーサー自身の遺言でもあったからだ。

最愛の人にも看取られることも無く、一人孤独に逝ってしまったアーサー。

息子の亡骸を抱き締め、崩れ落ちた王を誰も咎める事は出来なかった。

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