第15話 春政

 改めて、私って剣の才能あるんだな、と周囲に持て囃される中で実感した。周助先生も大いに喜び、今にも五代目宗家を継ぐことが決まるような勢いであった。

 しかしどうにも、不明瞭な恐怖というか疑念が臓にぶら下がる感覚が抜けない。歳三を倒した時のものすごさは、頭上の神が私を引っ張ったとしか思えない。自分の中には鬼が住んでいて、戦う時だけ現れている、とか、中二じみたことも本気で考えた。

 その日の帰路、源三郎は顎を撫でまわしながら私の才色兼備に感心していた。

「君は私の思ってた以上に、凄い奴かもね」

「そりゃそうなんですが」

 あそこまでの早業が出来たればこそ、歳三相手に一寸の隙を許してしまったのが悔やまれた。ふらり日常の中で戦うようなことがあれば、私は窒息死していただろう。

「まだまだ、精進が足りませんよ私は」

「すごいやる気。私も見習わせていただきます」

 それでも少し、希望は持てた。私は今の段階で、あの道場では周助先生と勇の次くらいには、強いということがわかったから。

 この年でこれだけ強ければ、四十や五十が来る頃には、宮本武蔵や塚原卜伝だってきっと超えられる、と思った。

 そんな自分が三十来る前に死ぬなんて、思ってなかったよ。それを言えば、勇や歳三とああまで長い付き合いになるとも思ってなかったけどね。


 翌年、みつと林太郎にとうとう子ができた。名前は芳次郎、とされた。第一子なのに「次郎」とつけられたのは、おそらく私の立場を思ってのことだと思う。ちなみにその容姿だが、細い目は林太郎に、口元は姉に似ていた。後の生涯、彼に会うことは無かったので定かでないが、まあ私程の美形では無かった事だろう。

 というのも、私は沖田の家を出ていくことにした。試衛館の門人として厄介になることを、かなり前から決めていた。

 みつが我が子を抱いたあの日から、あの家は私のものじゃない。あそこに私のスペースは一畳も残されてはいなかった。

 林太郎が汁塗れの手で赤ん坊を手に取ろうとしている。それを必死で止める姉に、もう昔の影は無くなっていた。

 芳次郎が腹で大きくなるにつれ、沖田総二郎の姉は沖田芳次郎の母へと変っていくのを感じていた。彼女はもう誰かの父や兄を演じることも、母と姉を使い分けることもないだろう。

 そんな醜く変身したものは姉さんじゃない。

 優しく厳しく、わんぱくで大人しくて、頼りがいのあるほっとっけない姉の面影が消えたその日に、私は家への未練を消した。

「剣術か」

 それに打ち込み、人生を賭けようとしたのは、大人びた殊勝な理由なんかじゃない。早く家から目を背けたい、という子供じみた情けない理由であった。

 初夏の朝。源三郎に連れられて、試衛館へ向かう私を笑顔で見送った彼女がどういう心境だったのかは、まだ知らない。

 私がそれを知るのは、冬が近づいてからだった。

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