第14話 白星
ごめん、そもそも何の話してたっけ、私。
完全に、『豊玉独言 ~我が名は義豊~』てな勢いだったけどさ。嫌だよ、歳三小説の語り部役なんて。
そう、私の天才的素振りにびっくらこいた近藤親子が、そんなインテリヤクザ見習いの歳三と立ち合わせてみよう、と言い出したわけだ。
勇は私の背に大きな掌を添えて、歳三を呼びつけた。
「トシ、こいつと立ち合い、お願いできる?」
「あ、総二郎って門下生なんだ。丁稚だと思ってた」
おめえ、マジ、見とけよ。
この時、私は初めて防具をつけた。面紐というのが思ったよりも長く、ぐちゃぐちゃやってると、門下生が三人がかりで飛んできて、胴紐もついでに結んでくれた。至れり尽くせり。
その間、他の皆は
「総二郎、防具つけるってよ」「歳三さん、ケガさせないでくださいよ」「負けてやれよ、土方」「いや、むしろ泣かせて欲しい」
などと言いながら、徐々に数を増していった。
更には私の初試合と聞いたふでまで飛んできて、胴に『試』と刺繍がされた鉢巻きを巻いてくれた。華奢な私には似合わぬ、武骨な筆。なんか『試作品』みたいで格好悪い。
それは置いといて、私は中段に構えた。歳三もそれに続く。
道場の人間が総出で私らの試合を観ようと集まっていたが、誰も何も言わない。しん、という感じであった。
その静寂の中、勇が「はじめ」と空気を震わせた、その時である。
「あ、ごめん。近藤さん。これってさ、天然理心流で戦った方が良い? それとも、俺の好きにやって良い?」
「隙ありッ」
走り、跳べた。動けりゃ、こっちのもんだ。
私は「え」って顔をする歳三の面めがけて、竹刀を振り下ろした。いつも聞いていた音が間近で耳に届く。快感、だった。
だっ ふゅっ ぱあん、という感じであった。
また、しん、とした後。誰も「すげえ」「凛々しい」だのは言わなかった。「卑怯」「不意打ち」とも、言わなかった。言えなかった。
常人とはスピードが違った。それこそ「あ」という間に、土方の頭上で、ぱあん、とやったのだ。
「―――――――あ、面あり」
勇の声でようやっと、皆が「おお」とか「うおお」とか言い出した。すると、である。
「近藤さん、これ、俺も好きにやって良い、っつーことだよね」
「まあ、この不意打ちを認めちゃったからね」
「やんな」
「うん」
「糞が」
歳三は小手を放り投げ、掴んだ竹刀を床板に叩きつけた。
「チビ、てめえマジ、殺すかんな」
「始め、と言われたのにベラベラ喋ってるからですよ」
「おかげでちょっと舌、噛んだんだけど」
「痛そう」
とっさに首を傾ける。歳三の投げた竹刀が面金を掠めた。
「あ、やべ、投げちった」
「わりと惜しかったね、今の」
「近藤さん、ごめんごめん、竹刀取って。ヘイ、パス」
私が背後の勇に目をやったのを、こいつは見逃さなかった。気づけば面紐の根元を掴まれ、身動きが取れなくなっていた。
「油断してんなよ、糞餓鬼」
「待って、本当に待って」
「戦場じゃそういうの、通用しないから」
「私女だから、戦場なんて出ないもん」
歳三の手が、面紐から離れた。
「メアドは? インスタやってる?」
ぱあん
歳三は縁側でぼろぼろ泣いていた。それを勇が必死に慰めていた。男が泣く男を慰める光景はなんか、青春っぽかった。まあ、十歳の餓鬼に完封されて泣いてんだから、情けないことこの上ないけど。
「女に誑かされちゃ、男はおしまいだ」
「それむしろ、男の本懐だって。つか、あいつ男だし」
「女って嘘ついた男に誑かされちゃ、男はおしまいだ」
「それはまあ、うん、そうだね」
とはいえ、おかげで私は生涯剣を振り続けられた。そこんとこは、せんきゅ、歳三。
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