とりあえず、一件落着?


 基山さんは退けられて、僕の言葉も届かずに、竹下さんは何故か姉さんに見とれてしまっている。こんな僕らが姉さんを止めるだなんて、本当にできるのかなあ?


 だけどそんな事を考えながらモタモタしているうちに、姉さんは犬塚くんを壁に追い詰めていって、両手をついて逃げ場を塞いだ。

 あ、これは壁ドンだと言うやつだ。ただし少女漫画であるような甘いものではなく、どちらかと言えば不良がカツアゲするときに使うものに近い。


「アンタ、犬塚だっけ?そういえば八雲から聞いたことがあったわねえ。恋ちゃんのことが好きなのに、何故か虐めてるダメ男子がいるって……」


 どうやら姉さんは、余計なことを覚えていたようだ。ちなみに僕は、犬塚くんのことをダメ男子なんて言ったりはしていない。姉さんの独自の解釈だ。


「べ、別に俺は竹下のことなんて好きじゃねーよ!」

「そう。でも、虐めてはいたのよね? 八雲がそんな嘘つくわけないもの」

「それは……」

「いい機会だから、恋ちゃんの分まで込みで、徹底的に反省させてあげるわ!」 


 いけない、これでは本当に、犬塚君がどんな目に遭わされるか、分かったもんじゃない。

 僕は即座に基山さん目をやり叫んだ。


「基山さん、姉さんを止めてください!」

「えっ?でも水城さん、止めたらある事無い事叫ぶって言ってたし。それだと僕が、社会的に死ぬんじゃ?」

「僕がフォローしますから、お願いします!」

「わ、わかった。水城さん、ごめん!」 

「えっ?ちょっと基山、話しなさいよ!だれかー! 変な人が触ってきてますー!」


 再びさっきのように、姉さんを抑える基山さんと、信じられないくらい酷い言葉を叫ぶ姉さん。どうやら基山さんを社会的に殺さないためにも、早いとこ何とかした方が良さそうだ。

 僕は腰を抜かしていた犬塚君の手を引っ張って起こして、姉さんから離れさせる。そして……


「犬塚くん、今すぐ僕に謝って!」

「……は?」

 ぽかんとした表情の犬塚君。だけどすぐに首をブンブント横に振って、少しだけ目に力が戻る。


「お前ズルいぞ、姉ちゃんが味方してるからって、俺は謝らねえからな」

「そんなこと言ってる場合? とにかく形だけでも謝らないと。見てわかるでしょ、姉さんは大人気ないから、手加減なんてしないよ!」

「ええっ⁉ ま、まあ。それは見りゃ分かるけど……」


 基山さん相手に暴れまわる姉さんを見て、僕の言いたいことがわかったよう。けどぐずぐずしてはいられない。基山さんを振り払った姉さんが、こっちに迫ってきた。とたんに犬塚くんが青くなる。


「ごめん水城! 俺が悪かった! もう勘弁してくれ!」


 姉さんの拳骨が降り下ろされる寸前、大きく頭を下げた犬塚くん。さすがの姉さんもこれには手を止めて、じっと犬塚くんを見る。


「……本当に反省してる?」

「してる! いや、してます!」


 顔を上げて姉さんと向き合ったけど、依然怖がっている様子が見てとれる。トラウマにならなければいいけど。


「もう八雲に乱暴したりしない?」

「しません!」

「恋ちゃんを苛めたりもしないね?」

「勿論です!」

「分かった、信じてあげる。けど、もしも嘘だったらその時は……」


 再び、人を殺せそうな鋭い視線をぶつける姉さん。すると基山さんが慌ててフォローに入る。


「水城さん、この子もちゃんと反省しているみたいだから、これ以上脅かすのは止めてあげよう。八雲も竹下さんも、それでいいよね?」

「僕はもちろん」

「そういうことなら私も」


 僕と竹下さんが、そろって頷く。そして基山さんは、今度は姉さんと犬塚君へと目を向ける。



「一応、分かったって言っておくわ。君犬塚君だっけ? これからはもう、八雲を虐めたりしないでね。もし虐めたりしたら、どうなるか分かっているわよね?」

「は、はい! 神に誓って、虐めません!」

「……よろしい」


 ニッコリと笑う姉さんだったけど、犬塚くんは引きつったままだった。


 何はともあれ、これでようやく一件落着。

 騒ぎも一段落ついて、基山さんはようやく肩の荷が下りたと言わんばかりに息をついて、姉さんは何やら、竹下さんと話をし始めた。

 ふう、今日の放課後は色々あったけど。何とか誰も殴られたり、苦しい想いをしなくて助かった。

 するとそんな僕の服の裾を、こっそり犬塚君が引いてきた。

 あれ、もしかしてまた何か言い足りなかったのかな? そう思ったけ、どうやらそういうわけではなさそうだ。何せ、開口一番に言ったセリフが……


「水城……怖えな、お前の姉ちゃん」


 だったのだ。怖い思いをさせてごめんね。でも、僕じゃあ姉さんを止める事なんてできないんだよ。


「子供相手でも加減をしない人だからね。ところで、花火大会はどうするの? 一緒に行く?」


 元々はそういう話だったのに、紆余曲折会ったせいで、すっかり忘れてしまっていた。

 犬塚君は、「う~ん……」と声を出しながら頭を悩ませていたけれど、喋っている竹下さんと姉さんに目をやった後、小さなため息をついてくる。



「遠慮する。なんだかまた姉ちゃんに睨まれそうだ」

「本当にごめんね。少しは手加減するよう、姉さんには僕から言っておくから」

「……頼むわ」


 僕達がこんな会話をしているとは思っていないだろう姉さんは、竹下さんと楽しそうに話をしている。唯一基山さんだけが僕らの様子に気づいて苦笑してくる


「これじゃあ、どっちが年上か分からないね」


 お恥ずかしい限りです。

 まあ姉さんが来てくれたお陰で、場が治まったのも事実なんだけどね。ただもうちょっと……もうちょっとだけ大人の対応をしてくれたら、もっと良かったんだけどなあ。

 竹下さんと楽しそうに話す姉さんを見ながら、僕も苦笑いを浮かべるのだった。

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