八雲の名誉は私が守る!
最愛の弟、八雲。私の命よりも大事な存在の八雲。しかし私の話を聞いた皆は、一様に苦笑している。
「弟君、愛されてるねえ。だけどちょっと心配かな。皐月、弟君を好きすぎるからねえ。これから成長するにつれて変わっていったら、いったいどうなることやら」
「何言ってるの?八雲はいい子だもの。少なくとも悪い方向にそんな変わったりはしないわ」
「だと良いけどねえ。皐月、弟君にやたら夢見ている所があるから。そのうち理想と現実とのギャップを目の当たりにして、ショックを受けるんじゃないかって心配だよ」
いやいや、何を言っているのか。八雲は今までも、そしてこれからだって、可愛くていい子で、よくできた自慢の弟なんだから。ショックなんて受けようが無いじゃない。
だけどその事を話したら、皆はいよいよ心配そうな目で見てくる。
「皐月が弟君大好きなのはよーく分かった。でもね、アンタのために心を鬼にして言うよ。人間は変わるものなの、今は可愛くていい子でも、中学に入って、思春期になったら、何かしら変化があるものだよ」
「変化って何よ?」
「そうだね、例えば……弟君も男の子なんだから、そのうち年齢制限のかかる写真集とか見だして、ぐえっへっへ、って笑うように……」
「ならない!」
「ならないよ!」
瞬間、私と霞の声が重なった。
いきなり何を言い出すんだ!? 八雲に限って、そんなことあるはずないじゃない。一種な球をよぎったあり得ない未来図を、瞬時に打ち消した。
「八雲はそんなもの見るような子じゃ無いわよ!」
「そうだよ!八雲君に限ってそれは無いよ!」
「あの真面目で優しい、天使みたいな子が、いったいどうやったらそんなの見るようになるっていうのよ?」
「八雲君ならきっと、そういうのに興味もたないよ。犬とか動物が好きだし、きっと見るとしたらそう言う本だよ!」
私も霞も一気にまくし立てる。何としてでも皆を納得させないといけない。何せ八雲の名誉がかかっているんだ。必死にもなる。
「わかった、わかったからちょっと落ち着きなって。ていうか、何で霞までムキになってるの?」
「ええと……だって八雲君、本当にそんな子じゃ無いんだもの。本当に、絶対に、八雲君に限ってあり得ないから! だから変なこと言ったりしたら、可哀想だよ」
私に負けないくらいの勢いで、熱弁を振るってくれる。
さすが霞、よく分かってる。しかし、他の子達はこれでは満足しなかったようだ。
「二人が八雲君を信じる気持ちはよーく分かった。けどさあ、よく考えてみて。男子は例外無く、そう言うのを見るんだよ。中学生になるアタシの弟だって、隠れてこっそり読んでるよ」
「いや、そりゃ中にはそう言う人もいるだろうけど……」
だからと言って、八雲がそうだとは限らない。だけどそんな私に追い打ちをかけるように、他の子達も次々と口を開いていく。
「あ、うちの兄貴も見てる」
「私の従兄弟も」
「やっぱり普通は見てるんだよ。中学でもそう言うの学校に持ってきて、騒いでる男子がいたし」
そんな意見が、次々と挙がっていく。
うーん、皆の言ってることが本当なら、どうやら読むのが多数派らしい。だけど、八雲は違うんだから!
「八雲の事は私が一番よく知ってるの! あの子は絶対に、そんな風にはならないから!」
「皐月、ちょっとは落ち着きなって。いい? 理想を押し付けたら、そっちの方が可哀想だよ。よく考えてみて。日本中の男が決まってそう言うのを見る中、唯一自分の弟だけは例外だって、そう言いたいのかアンタは! アンタ達は!」
「そ、それは……」
「だ、だって八雲君だし……」
ビシッと指を指され、私と霞は顔を見合わせる。これはどうにも部が悪い。
私は八雲のお姉ちゃんだ。どんな事があっても、弟を信じる気でいる。だけど確かにこうまで言われて、八雲だけは違うと断言できるほど姉バカではない。
だけど……だけど八雲がそうであることは、やっぱり認めることはできない。だって想像もつかないんだもの。
しかし悲しいことに、どう反論すれば良いのかも分からない。理屈の上では、向こうの意見の方が圧倒的に優勢なのだ。
「どう、分かった? 弟君の為にも、あまり理想を押し付けない方がいいよ」
皆が一様に頷き、討論はこれにて閉幕……と思われたけど。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! まだ終わってはいないわよ!」
これで終わらせてなるものかと、声を張り上げる。確かに一見すると向こうの言い分の方が正しいように思える今回の討論。だけど、そこには一つ穴があった。
「さっきの理屈は、あくまで他の男子が皆、そういう本を見ている前提で言ったものよね? だから八雲だけが違うって事は、まず無いだろうって事だよね」
「そうだよ。だって事実だもん」
「だったら……だったらもし、例外になる男子がいたとしたら? もしそう言うのを見ない奴がいたら、前提が崩れて、八雲もそっちのカテゴリーに入ったとしてもおかしくないってならないかな?」
「ええー、でもそんな人いるわけ……」
「なるわよね!」
「なる……かも?」
気迫に押されたのか、一応首を縦にふってくれた。
「でもさあ、そんな男がどこにいるって言うのさ?」
当然の疑問をぶつけられる。彼女らの中では、男子はそう言うのを見て当然だって認識なのだろうから、こんな風に言っただけでは納得いかないよね。だけどそれも、全て想定済みだ。
「そういうと思ったわ。それじゃあ今から、そんな男子を見つけてきたら、八雲は違うって認めてくれる?」
「ちょっと強引だけど、まあいいよ。そんな奴がいればね」
よし、認めたね! それなら善は急げだ。そう言う男子を連れて来るため、私は椅子から勢いよく立ち上がった。
しかし何故だろう、逆転のチャンスだと言うのに、途端に霞の表情が曇った。
「ちょっと待ってさーちゃん。いったい何をする気なの?何だか凄く嫌な予感がするんだけど」
そんなとても不安そうな様子の霞。だけど安心して、八雲の名誉は私がちゃんと守るから。
要は、読んだことの無い男子がいれば、八雲だってそうではないと主張できるということ。だから確認しに行くのだ。
このクラスで最も、そういう物に手を出しそうに無い男子。そう、基山の所に……
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