花火大会編

皐月side

衣替えと花火大会

 木造建のアパートの中を、扇風機の音が響く。

 夏休みまで後わずかに迫った日曜の昼間。私、水城皐月は洋服入れの整理をしていた。


 私は一度買った服は手入れをしながら、なるべく長く使っているけど、さすがに色褪せすぎたり、小さくて着れなくなったものはとっておいても仕方が無い。本当は春の引っ越しの時に処分しておけばよかったのかもしれないけど、あの時は慌ただしくて時間がなかった。

 だからこうして今、捨てる物ととっておく物を選別していたのだけど。


「あれ、姉さん。その浴衣どうしたの?」


 隣で手伝ってくれていた八雲がこっちを見てくる。私は取り出した浴衣を身体に当てて、丈を計っている最中だった。


「ちょっとね。この浴衣、少し小さくなっちゃったけど、捨てるのがもったいなくて」


 淡い水色を基調色とし、紫色の朝顔の絵がデザインされたその可愛らしい浴衣は、母さんが生前、プレゼントしてくれたものだった。

 一昨年の夏、友達と一緒にお祭りに行くために用意してくれたもので、可愛いから気に入っていた。

 だけど、着る機会には恵まれなかったなあ。結局最初の年に少し着ただけで、後はずっとタンスの肥やしになっている。去年は受験勉強で忙しく、着るタイミングが無かったのだ。

 もう小さくなってしまった浴衣。しかしこのまま捨てる気にはなれない。


「ちょっと丈を合わせれば、まだ着れるからね。今年はちゃんと着てあげようかと思ったの」

「そうだね。せっかくもらったんだから、そっちの方が母さんも喜ぶよ。そうだ、今度近くで花火大会があるから……」

「よし、早速手直しして、寝間着にしよう」


 今使っている夏用のパジャマが、痛んでいたんだよね。新しく買わなきゃって思っていたからちょうどよかった。しかし。


「寝間着って……姉さん。その浴衣外行き用のやつじゃ」

「確かに最初はそのつもりで買ったけど、寝間着にしても問題ないでしょ。浴衣は元々、家で着るものだし」

「それはそうかもしれないけど」

「たまにしか着ないよりも寝間着にしてしょっちゅう着た方が、買ってくれた母さんも喜ぶだろうし」


 新しくパジャマを買い替えるとお金が掛かっちゃうけど、これなら大した出費にはならないし、何回も着るだろうから、外域に使うよりもよほど効率的だ。だけど何故だか、八雲は不満げな様子。


「喜ばないよ!母さん泣くよ!やっぱり花火大会にでも着ていきなって。基山さんを誘ってさあ」

「どうしてそこに基山が出てくるのよ?」


 八雲はことある毎に、何かをする時はこんな風に基山を誘おうと持ちかける。仲良しなのは良いけど、ちょっとヤキモチを妬いちゃう。もうちょっと私にも懐いてくれたっていいのに。


「そんなに基山が好きなの?」

「そういう訳じゃないんだけど。基山さんでなく鞘さんでもいいよ。どちらかを誘おうって気はないの?」


 今度は鞘? 本当、随分二人に懐いてるのね。やっぱり男の子同士気が合うのかなあ?

 どうやら八雲はどうしても基山や鞘と一緒に花火大会に行きたいようだ。よし、ここは私がひとつ協力してあげよう。


「分かったわ。基山と鞘には、私から声をかけておくから。一緒に花火大会に行く。それでいい?」

「うん……って、まさか二人とも声を掛けるつもり? どっちか片方じゃなくて」

「そりゃそうよ。だって八雲、そっちの方がいいんでしょ。そうだ、花火大会に行くなら、八雲の浴衣も用意した方がいいかな」

「分かってない!僕がついていったら台無しじゃない。僕は姉さんに行ってもらいたいの! 喜山さんか鞘さんのどっちかと、二人きりで!」

「どういうこと?」


 八雲が二人と遊びたいんだよね?なのに本人が行ったら台無しって、意味がわからない。


「じゃあ、行くの止めようか?」

「姉さんは行くの! それで僕は残って……いや待てよ。基山さんと鞘さん、二人とも誘うならどのみちデートにはならないか。それに姉さんがこの調子じゃあ……僕もついていって舵取りをした方がいいのかなあ?」


 何やらぶつぶつ言い出した八雲。結局行きたいのか行きたくないのか。こじゃあ全然分からない。まあたぶん、行きたくないってことは無いだろうから。やっぱり気山と鞘に声を掛けておいた方がいいかな。ん、まてよ?


 ここでふと思った。

 もし四人で行くってなったとして、このメンバーだと私だけハブられ無いかなあ。男子三人は話が合うだろうけど、一人だけ話には入れずにボッチになるのは嫌かも。

 とはいえ、やっぱり私も八雲とお出かけしたいし、基山や鞘に八雲を任せるのも悪い気がする。

 だったら他にも誰か誘ってみようか。できれば女の子を


「そうだ。八雲、恋ちゃんも誘ってみたら?きっと喜ぶだろうし、私もたまには恋ちゃんと遊びたい」

「竹下さん?確かに喜ぶかもしれないけど、これ以上増えるのは。そもそも僕は行くかどうかもまだハッキリとは……」

「あ、あと霞も誘ってみようかな」


 霞ならきっと、来てくれそうな気がする。すると途端に、さっきまで頭を抱えていた八雲の態度が変わった。


「……霞さんが来るなら、僕も行く」


 おや。さっきまで悩んでいたのに、急に行くって言いだした。

 いきなりの変化には少し驚いたけど、まあいいか。大勢で花火を見るのも悪くないし。


「じゃあみんなには、今度声を掛けてみるわ。そうと決まれば、浴衣に手を加えないとね。八雲の浴衣はどこにしまってあったっけ?」


 洋服入れの中を探しながら、私は浴衣姿の八雲を想像して顔をほころばせるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る