基山と笹原 2

 笹原がヤケになる気持ちも分からなくは無い。好きな子からショックなことを言われたんだ。傷ついて、何もかもがどうでもよくなってしまう気持ちはよく知っている。僕もかつて、他ならぬ水城さんに、心をズタズタにされた事があるから。

 そう、あれは僕が、勇気を出して自分の気持ちを伝えた時だった。


「……告白なら、もうしてあるよ」

「は?」


 よほど意外だったのか、一瞬笹原が固まった。しかしすぐに平全を装うように、やや引きつった顔で嫌味を言ってくる。


「そ、そうなのか?お、お前、意外と行動力はあるんだな。ヘタレみたいな顔してるくせに」

「顔は関係ないでしょ!」

「ん?待てよ。告ったって事は……そういう事か?」

「そう言う事って?」

「いや、何と言うか……ご愁傷様。悪かったな、色々と勝手なこと言って」


 ちょっと、どうしてそう憐れむような目でこっちを見てるの!絶対に何か勘違いしてるよね!


「何言ってるのさ!どうして僕がフラれてみたいな空気になってるの!?」

「違うのか?けどさっき付き合ってねーって言ってたじゃねーか」

「だからと言ってフラれたとは限らないでしょ……告白したのに気付いてもらえなかっただけだよ」

「はっ?何だって?」


 目を見開いて聞き返してくる。まあそうなるよね。訳が分からないよね。


「だから、告白に気付いてもらえなかったの!好きだとは言ったけど、どういうわけか友達としての好きだと勘違いされて、それで終わり。誤解を解こうにもタイミングがつかめずにいるんだよ」

「何だよそりゃ。お前、どれだけ分かりにくい告白をしたんだよ?」


 前に香奈さんにも同じことを言われたけど、何度思い返してもあれがそんなに遠回しの告白だったとは思えない。すると笹原も何か思う事があったらしく、深く考え込む。


「待てよ、相手は皐月だからなあ……普通ならあり得ない勘違いをしたとしても不思議は無いか。アイツは常に予想の斜め上を行く女だからなあ」


 ちょっと失礼な気もするけど、生憎否定はできない。何しろ僕も笹原も、水城さんの被害者なのだから。


「で、それでもまだお前は皐月に未練があるわけ?告ったのにスルーされておいてなお?」


 挑発的な言い回しだったけど、怒る気にはなれなかった。それどころか他人事のように水城さんの事を語る笹原を見ていると、何だかこっちも冷めた気分になってくる。

 ため息をつきながら、とりあえず質問には答えておくことにする。


「未練はあるよ。だって僕がどう思っているかと、伝わったたかどうかは無関係だもの」

「そいつはご立派な考えだな。よくやるよ」

「そういう君はどうなの?さっきはもういいみたいなことを言っていたけど、本当にそう?」

「俺は…別に…」

「とてもそうは見えないけど。ひょっとして水城さんの事を忘れようとはしているけど、他の誰かと付き合うなんてなったらやっぱり嫌だから、身勝手に牽制してるんじゃないの?」

「やっぱり喧嘩売ってるのか?」


 そう吠えたものの、どこか勢いが弱い。これは当たっていたのかな?


「それじゃあお前は、俺にどうしてほしいんだよ?」


 どうしてって言われてもねえ。もちろん僕は、別に笹原に諦めてほしくないって思っているわけじゃない。むしろ諦めてくれたらライバルが減って都合が良いくらいだ。

 だけど彼と水城さんが、このまま気まずい関係でいるのはどうにも我慢がならない。何せ昨日の昼休み以降、水城さんは何をするにも上の空になってしまっているのだ。


 いつもなら授業が終わったらすぐにバイトに行くはずなのに、昨日は机に座ったままボーっとしていたし。今朝挨拶をした時も、まるで僕の声なんて聞こえていないような無反応だった。

 これってやっぱり、笹原の事を考えるあまり他のことが手についていないんだよね。あの時は水城さんのやらかした仕打ちが酷すぎて、僕もついキツイことを言っちゃったけど、ここまで悩ませると分かっていたならああは言わなかっただろう。


 笹原のことばかり考えてないで、早くいつもの水城さんに戻ってほしい。つまり、僕が何を言いたいかと言うと……


「さっさと水城さんと仲直りしてよ。早いとこわだかまりを解消しないと、こっちはろくに声を掛ける事もできないんだから!」

「結局は自分の都合かよ!」


 そりゃそうでしょ。もちろん笹原には同情はするけど、それはそれ、これはこれ。生憎僕は、ライバルの肩を持てるほどできた奴じゃないんだ。

 このままでは告白のやり直しも、どこか遊びに誘う事も出来はしない。せっかく香奈さんの指導の下、少女漫画を読んで恋愛の駆け引きを勉強したというのに、これでは一向に役立てられないじゃないか。


「そっちだって本当はまだ水城さんの事が気になっているんでしょ。違うとは言わせないよ。きっかけが掴めないって言うのなら、僕も協力するから」

「断る!それで何とかなったって、良いように転がされた気がして納得がいかねえよ!」

「細かい事に拘らないでよ。君は水城さんと仲直りできる、そうすると僕は僕で動き易くなる。WinWinな関係じゃない」

「やかましい!だいたい俺は仲直りしたいなんて一言も言ってねーぞ。皐月だってどうか分かんねーし、様子が変でもそのうちきっと元に戻るだろうよ」

「いや、水城さんはきっと仲直りしたいって思ってるはずだよ。あれで結構友達想いだから、このまま無かった事にするなんてきっと出来ないよ。このまま笹原のことばかり考えて、こっちを見てくれないなんて嫌すぎるよ」

「勝手な事をぬかすな!だいたい本当に友達想いなのか?性別を間違えて記憶するような奴だぞ」

「確かにそれに関しては弁護の余地が無いけど」

「無いのかよ。それで友達想いとか言われても説得力ねーな」

「けど、それくらい許してあげなよ」

「それくらいとは何だ!」


 僕と笹原は互いに言いたい事をぶつけあっていく。近くを通る生徒たちが何事かと目を向けるも、誰も近寄って来ようとはせず、僕らもそれを気にする余裕は無い。

 やがて不毛な言い争いにも疲れ、二人とも息を切らしてくる中、笹原が最後に絞るように声を出す。


「……ハァ…ハァ…なあ」

「…な…何?」

「俺たち、何で皐月に振り回されてんだろうな?」

「さあね」


 そう答えたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、強制的にお開きとなった。


 最後にされた質問にはああ答えておいたけど、本当は理由なんてハッキリしている。答えはずばり『惚れた弱み』。

 結局僕も笹原もこれがある限り、まだまだ水城さんに振り回されていくのだろうな。

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