基山side
基山と笹原 1
世の中には『偶然』という言葉がある。
いつどこで会うか決めていたわけでも無いのに、誰かと顔を合わせると言った偶然は、さほど珍しい事でもないだろう。だけどそれが短期間に三回も続くとなると、それは偶然では済まされないのではなかろうか?
要するに何が良いたいかと言うと、僕が最近、昼休みには毎日のように自販機でコーヒーを買うのと同じように、彼もこの時間は大抵ここで苺ミルクを買うようにしているのではないかという事。
購買の横、昨日と同じ自販機の前で、僕と笹原はまたしても鉢合わせしてしまったのである。
お互いに無言。笹原はこっちを気にするように一瞥したけど、何事も無かったようにスルーして自販機の前に立つ。だけど。
「……ちっ。売り切れか、苺ミルク」
自販機と向き合う彼の背中からは、何とも言えない哀愁が漂っている。これはきっと苺ミルクが買えなかったせいではないだろう。やっぱり引きずっているのかな、昨日の事を。
そんなことを考えていると、笹原は振り返ってジトッとした目で僕を見てくる。
「良いぞ、笑いたいなら好きなだけ笑っても。その後殴るけど」
殴るのか。生憎殴られると分かっていて笑ったりはしない。そもそも。
「…アレは笑えないよ」
「喧嘩売ってんのかっ!」
憐れむ僕の視線がよほど気に食わなかったらしい。怒りを露わにして胸ぐらを掴んできた。
何だ、結局殴るんじゃないか。そう思ったけど、笹原は一向に手を振り上げようとはせずに。何だか疲れたような顔をして、手を放してくれた。
「…あんまり気にしない方が良いよ」
「憐れむんじゃねえ!だいたいもう皐月の事なんてどうでもいいんだよ!」
「とてもそんな風には見えないけど。無理して忘れようとしてるのが見え見え。だけどそのせいで余計に水城さんの事を考えてしまっているのかと思うと、何だかこっちまで悲しくなってきて…」
「だから憐れむなって言ってるだろ!」
「無理だよ。あんな不憫な目に遭う所を目の当たりにしたんだもの!」
「だったら傷口をえぐるような事を言うな!そっとしておけ!」
そうは言うものの、先に話しかけてきたのはそっちじゃないか。僕はため息をつきながら、悪態をつく笹原を横目に自販機に硬貨を投入する。
「何か飲む?奢るよ、売り切れてる苺ミルク以外なら」
「……アイスココア」
おお、素直に頷いてくれた。
アイスココアを渡した後で自分用のコーヒーも買って、二人してストローに口をつける。昨日同じように飲んでいた時は火花を散らしていたような気がするけど、今はまるでお通夜のように空気が沈んでいる。
つい成り行きで一緒にいるけど、どうにも気まずい。何かいい話題でもないだろうか。とは言え笹原と喋る事なんて、水城さんの話題ばかりだったしなあ。
どうすれば良いか悩んでいると同じくこの空気に耐えられなくなったのか、笹原が先に口を開いてきた。
「なあ、お前らって付き合ってるのか?」
「付き合ってるって、誰と?」
「皐月とだよ、察しが悪いなあ」
随分と苛立った様子。逆に僕は傍からは付き合っているように見えるのかなと、少し嬉しく思った。まあ実際はそんなこと全然無いのだけれど。
「付き合ってなんかいないよ。いったいどうしてそう思ったの?」
「昨日、皐月の家に上がったことがあるような事を言ってただろ」
「あるけど、それは彼氏としてじゃないから。家が同じアパートの隣同士だから、交流があるって言うだけどよ」
「は?家が隣?」
「それにどちらかと言えば、弟の八雲と話すことの方が多いかな。水城さん、バイトでよく帰りが遅くなるから、たまに様子を見に行ってるんだよ」
「そういう事情か……って、アイツ弟がいるのか?」
「知らなかったの?」
これは意外だ。昨日聞いた話だと、彼と水城さんは小学校に上がるまではよく一緒に遊んでいたらしい。八雲は僕らより5歳下だからギリギリ産まれているはずだけど、会う機会が無かったのかなあ?
「そういや様子を見に行ってるっつってたけど、親はどうしてるんだ?おじさんやおばさんは元気にしてるのか?」
「それも聞いていないんだね。僕が水城さんと出会ったのは今年の春なんだけど、その時にはご両親はもう……」
続く言葉を言い淀んでいると、察したのか暗い表情で「そうか」と呟いてくる。
「俺は…アイツの事を何にも知らないんだな」
寂しそうな様子の笹原。9年も経っているのだから、知らないことがあっても仕方がないだろう。水城さんは聞けば応えてはくれるけど、進んで自らの事を話そうとはしないし。
「それで、そっちはこれからどうする気なの?」
「別にどうもしねえよ。人の事を女だと思い込むような奴なんて知るか」
本当かなあ?悪態はついているものの、さっきからしきりに水城さんの事を聞いて来てるし、気にしている自覚がないのだろうか?まあ拗らせててしまう気持ちもよく分かるけど。
「お前こそどうなんだよ。確認しておくけど、お前が欲しがっているのはアイツの血か?それともアイツ自身か?」
「ちょっと、いきなり何を言い出すのっ?」
訳がさっぱり分からない。いや、もしかしたら笹原からすれば当然の疑問なのかも。
昔仲が良かった子と、そのそばにいる男子。だけど水城さんが魔力体質で僕が吸血鬼となると、もしかしてその血を欲しがっているのではと想像してしまっても仕方がない。何だかんだ言いながらやっぱり心配なのだ、水城さんの事が。
「血なんか関係ない。僕は水城さんの事が好きだから、近くにいたいだけ」
「はっ、物好きな奴だな。だったらさっさと告白でもすればいいだろうに」
何だか投げやりに言っているみたいだけど、これは彼の本心なのだろうか?あんなことがあって水城さんとどう接すれば良いか分からなくなり、行き場の無い想いを忘れてしまおうとヤケになっているように思える。
いっそ誰かと水城さんがくっついてくれれば楽になる。そう思っているのかも。
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