第3部 残念美少女、怒る

第34話 残念美少女、怒る  



 叫び声をあげ続ける三人の変態が銭湯に来た翌日、私は信じられないような話を聞くことになる。

 

 朝風呂の後、『アヒル亭』で朝食を食べていると、おかみさんが眉間にしわを寄せ話しかけてきた。

 おかみさんのそんな表情は初めて見るから、すぐに何か良くない事が起きたと分かった。


「ツブテちゃん、前に美味しいケーキ食べさせてくれただろう」


「ええ、王都のお店で買ってきたものですね」


「それそれ、そのポンポコ印のケーキ屋が閉店するって噂なんだよ」


 な、なんだってー!!

 あの美味しいケーキが食べられなくなるなんて!

 そんな馬鹿なっ!


「ドン、すぐ王都に行くわよっ!」


 噂の真相を突き止めるため、私たちは王都へと向かった。


 ◇


 ツブテがドンにお姫様抱っこされ空の上を飛んでいた頃、槍やワンドで武装した兵士の一団が、『温泉ランどん』をとり囲んだ。

 特にその先頭に立つ、兵士三人の鬼気迫る形相に、銭湯の前を掃除していた少女が腰を抜かす。


「おいっ! ここで働いてる黒髪の娘はいるかっ?」


「ひいっ、きょ、今日はい、いらっしゃいません」


「いつ、ここに来る?」


「先ほどまでいらっしゃいましたが、次にいらっしゃるのは、昼過ぎになるかと思います」


「どこに行ったか、心当たりはないか?」


「は、はい。もしかすると、『アヒル亭』という宿かもしれません」


「おいっ、お前たち二人は、ここに残れっ!」


 兵士たちは、その内二人を残し、『アヒル亭』へと急いだ。


 ◇


「なにっ! 王都へ向かっただと?」


「ええ、そう言ってたよ」


 黒髪の少女が向かった先を、『アヒル亭』のおかみさんから聞き、三人の兵士が青くなる。

 なぜなら、兵士たちは少女が何をしに帝都に行ったか、それが堪らなく不安だったからだ。

 あれだけの力を持つ者が、あわてて王都に行く目的とは?

 彼らは、言い知れぬ予感に背筋が寒くなるのだった。


 ◇


 急いでいた私だが、それでも人をなるべく驚かせないよう、王都の路地裏に着陸した。

 

「ドン、こっちよ! 急いで!」


 この前ケーキを買った店の前には、人が何人かいたが、並んではいなかった。

 皆が店の扉の前で何かしている人を遠巻きに見ている。   

 その人が見覚えのあるケーキ屋の女性従業員だと分かり、声をかける。


「ねえ、このお店どうなったの?」


「えっ、ああ、お客様、申し訳ありませんが、今日で閉店なんですよ」


「ええっ!!」


 噂は本当だったのね!


「お客さんがあんなに大勢買いに来てたのに、なぜなの?」


「それが、明日からお城の中でケーキを作ることになったんです」


「えっ!? どういうこと?」


「お店ごと、陛下がお買い上げになったんですよ」


「なんだって!」


 ふり向くと店の前に集まっていた人々も、首を左右に振っている。

 みんな仕方ないと思ってるわね、これは。


「どうして、そんなことに? ここでお店を出して、お城にもケーキを納めればいいじゃない」


 私は再びお店の人に言いよった。


「お店を取りつぶすか、お城に入るか二つに一つだったんです」


 脅迫に屈したわけね。

 そのせいか、彼女は表情が暗い。

 普通なら、お城で商売できるってなったら喜びそうなものだけど。


「店主は、生きてお城を出られないと覚悟しているようです」


「どういうこと?」


「陛下は、ウチのケーキをお城で独占なさるおつもりのようです」


 なにそれっ!

 その、ヘーカって変な名前のヤツ、まったく、とんでもないヤツね!

 おのれ、覚えておけ! ケーキの恨みは深いぞ。


「お姉ちゃん、どうするの? ボク、ケーキ食べたいなあ」


「そりゃそうね、ドン。なんとか、そうできるように考えましょう」


 私は、一つだけ行くべき所に思いあたった。


「ドン、以前この街に来た時、訪ねた家を覚えてる?」


「うん、ゼバスチンさんがいる所だね?」


 おーい、タリランさん、執事は名前を覚えられてるけど、あなたは忘れられてるよー。


「そうそう、あそこに連れていってくれる?」


「うん、分かったー」


「なっ、なにっ!?」

「人が飛んでる!」

「綺麗な男の人が空に! 天使様かしら?」


 地上では騒ぎが起こったが、私とドンは、気にせずタリランさんの所へ向かった。

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