第3章 残美少女、王都へ行く

第1部 残念美少女、皇太子と出会う

第28話 残念美少女、ダイエットに釣られる

 ここは、キンベラ国の王都。

 城にある玉座の間には貴族が並び、その一番前には皇太子タリランと一人の少年がひざまずいていた。


「揃うたな、みなの者」


 そうつぶやくと、玉座に座る老人は隣に立つ宰相に手を振った。


「陛下からのお言葉を伝えます」


 そう声を上げた壮年の宰相は、なぜか青い顔をしている。

 彼は続けた。


「キンベラ王国、次代国王として、我が孫エリュシアスを任ずる」


 宰相の言葉は、語尾が震えている。

 それは彼の戸惑いと、無念を表していた。

 貴族たちもざわめく。


「次代は、タリラン様ではないのか?」

「これでは、国が立ちゆかぬぞ!」

「国難だぞ、これは!」


 タリランの横でひざまずいていた少年が立ちあがる。

 彼は、数段高い所にある玉座へ向かう。

 玉座の横に立つと、声を張りあげる。


「たった今、陛下から国王の指名を受けたエリュシアスだ。皆のもの、よろしく頼むぞ」


 国王が枯れ木のように痩せた手で、孫の腕を握る。


「エリュシアス、国の事、よろしく頼むぞ。タリランは、新国王を補佐するように」


 老人が精一杯の声を張りあげる。


「おじい様、全身全霊で国王の任に当たります」


 少年は、自分の腕をつかんでいる老人の腕を優しく撫でた。

 老人は力尽きたのか、玉座でぐったりする。

 宰相があわてて宮廷魔術師に治療を命じる。

 魔術で空中に浮かぶ台に載せられ、老人は部屋から出ていった。

 少年は、ゆっくり玉座に腰を降ろす。

 彼の眼が鋭く貴族たちを射抜く。

 それは、とても少年のものとは思えない冷たいものだった。


「私は、これを機にこの国の在り方を根本から変えようと思っている。まず、王家に従順でないものを徹底的に洗いだすつもりだ。先ほど私の即位に不満を抱いたような不埒者が、まずその標的だ。心せい」


「エリュシアス、その方……」


 立ち上がったタリランが、口を開きかける。


「お主、『その方』だと? 一国の王に対し何たる無礼! 近衛騎士よ、この男を引ったてよ。沙汰があるまで謹慎しておれ!」


 少年は、実の父親を躊躇なく断罪した。

 それを見た貴族たちが、次々と床へ膝をつく。

 それほどたたず、全員が最敬礼の姿勢をとった。


「よいか。この国は、今日より生まれかわる。新しい時代の幕開けだ」


 両手を挙げた少年の目には、その口調に反し、興奮も喜びも見られなかった。

 その目の奥には、ただ冷たい光だけがあった。

 

 ◇


「お姉ちゃん、この辺の大型魔獣は、全部獲っちゃたみたい」


「え!? もういなくなっちゃった? まだそんなに狩ってないと思うけど」


「お姉ちゃんが二十、ボクが十九だよ」


「あら、意外に獲ってたわね」


 私はドンが私より多く魔獣を獲らないようしていることを知っていた。

 彼は、お姉ちゃん思いのいい弟なのだ。

 そして、それを知っていて知らないふりをする私も、いいお姉ちゃんなのだ。


「じゃ、ギルドまで走って帰るわよ」


「わーい!」


 本当はドンにお姫様抱っこされて空中散歩したいのだが、私にはダイエットという至上命題がある。


「じゃあ、いくよー。よーい、ドン!」


 ドンは、自分の名前と同じ日本式の掛け声が大好きだ。

 下手をすると、ギルドに帰るまで何度も言わされることになる。

 討伐と違い、ドンは駆けっこでは手を抜かない。

 だから私は、一度も彼に勝ったことがない。


 ポチ(カニ)たち『『『ドン君、時速二百キロは出てるからねえ』』』 


 私たちは先を争い、ギルドの扉を潜った。


「くう、今日は惜しかった。明日こそ、お姉ちゃんが勝つ!」


「負けないよー」


 私とドンがそんな会話をしていると、テーブルに座っていた人物が立ちあがった。


「ツ、ツブテ様、やっと会えました」


「あれ? セバスチンさん、どうしたんです?」


あるじのお使いで来ました」


「そう、じゃ、タリランさんによろしくね」


「あ、待って、待ってください!」


「ど、どうしたの?」


 セバスチンが必死の形相を浮かべてるから、私は一歩引いてしまった。


「主に、主にもう一度会って欲しいのです」


「えーっ、だけど私、『残念職』だよ。タリランさんも、それでがっかりしてたじゃない」


「そ、それは……その折は、大変な失礼を。どうか、もう一度、もう一度だけ、主にお会いになってください」 


「うーん、会えないな。私、今、すごく大切な事してるから」


 ダイエット、命!


「そこをなんとかっ」


「え~……」


 セバスチンは膝まずき、私の服にすがりついている。

 やめて欲しいな~、これじゃ、私が悪代官みたいじゃない。


「そうねえ、そう言えば王都で流行はやってる、痩身エステがあるんでしょ?」


「ああ、なにやら、そんなことを娘から聞いた覚えがあります」


「それ十回分で手を打つわ」


 これなら彼も諦めるだろうと思い、言ってみた。


「お安い御用です」


「えっ、引きうけるんかいっ!?」


「では、さっそく参りましょう」


 セバスチンはすでに私の二の腕をつかみ、ギルドの外へ出ようとしている。


「お姉ちゃん、この人、灰にしようか?」


「ドン、だめ! 私の役に立つ人だから!」


 ポチ(カニ)たち『役立たずなら、灰に!?』 

 

「さあ、じゃあ、ダイエットじゃなかった、タリランさんに会いに行きましょうか」

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