第3話 この世界の女神って奴は絶対性格が悪いに違いない

 翌朝。天気は雨天。これからの道行を不安にさせる黒雲が空一面を覆っていた。

 エミーリオの話だと、こういう天気は暗黒破壊神の日と言われ人々は固く戸締りをして息をひそめて過ごすのだと。


「恵みの雨なのにな」

「本当に、こんな天気の中出立されるのですか?」


 騎士団長ともあろう者が、こんな天気の中で歩くなんて暗黒破壊神に食われに行くようなものだと反対する。


『エミーリオ、俺様は勝手にしろと言ったぞ。暗黒破壊神と戦おうという者が恐れてどうする?』


 来るなら来い! むしろ好都合だ!

 ちょっと当たってダメそうなら撤退すればいい。どうせ今のレベルじゃ敵わないだろうし。


『奴が弱っている今がチャンスなのだ。一日も無駄にせず研鑽せねば、本来の力とやらを取り戻した奴に敵う日など来ぬぞ』


 俺らが籠っていようと活動していようと、偽物は黒モンスターを操ってどんどん強化されていくのだろうからな。

 日を追う度にどちらも強くなるっていうなら、地力の強い方が有利。サボっていた方が敗れるのだ。



「さすが、聖竜様! 自分が間違っていました! 時間を無駄にせず鍛錬、ですね!」


 キラキラした顔で荷物をまとめるエミーリオ。

 辞めてきたって言ってたけど、俺を追いかけてきたスピードからしてそんな時間はなかったはずだ。現に、荷物すらほとんど持っていない。あの日の恰好、荷物のままだ。

 馬は馬車を繋いでいた栗毛の馬を拝借してきたのだとか。


 聞けば、「ウェルナー殿に辞めると言って後を任せてきました!」と。

 ダメだろ、それ。

 で、そんな着の身着のままの人間がどうやって昨夜スープとか作れたのかって言うと。

 人っ子一人いないのを良いことに拝借したわけだ。これぞまさに火事場泥棒。


 で、鍋なんかは持って行くみたいで、これまた倒壊した家から失敬した布を袋に仕立て直して調味料とか色々詰めている。他にも寝具に使わせてもらった毛布っぽい厚手の布とか。

 ロープで繋ぐと、馬の両側にぶら下がるように括りつけている。正直無断で持ち出すのってどうなのって思ったけど、背に腹は代えられない。


「持ち主が名乗り出たら返しますよ」


 ここの集落の人はオチデン連合国からモンスターが溢れることを恐れて逃げたのだろうとエミーリオは言う。つまり、咎める人がいないと思ったうえでの発言。なかなかいい性格をしていらっしゃる。

 エミーリオは昨日倒した狼の群れを昨夜見張り番をしている間に残らず解体していたらしく、今朝の食事は肉テンコ盛りだった。それでも食い切らずに残った肉を雨に濡れないようこれまた拝借した布で包んだ。


「さぁ、参りましょう!」


 ニコニコしながら雨に濡れるイケメン。水も滴る良い男ってか、ちくしょうめ。

 雨で視界が悪いので馬の背に乗せてもらい街道を駆け抜ける。

 迷信を信じる人が多いからか、昨日と違い通行人は一人もいない。


 代わりに少しモンスターが多い気がする。昨日は街道までは現れなかったのに、今は兎のような鼠のようなものが街道をチョロチョロしている。

 馬の速さについてこれる様子はないので無視して進む。





 平和だなぁ、なんてぼんやりし始めた頃、ぼろい服を着た少女が急に街道沿いの茂みから飛び出してきた。

 何だかまたトラブルの予感。この世界の女神って奴は絶対性格が悪いに違いない。

 ちょっとくらい平和に浸らせてくれたっていいだろ?!



「助けて、助けてください!」

「何があった?」


 エミーリオが馬から降り少女に近づく。

 後を追うようにボロ服で身を包んだ男達がぞろぞろと出てきた。

 少女がエミーリオの後ろに隠れる。


「持ち物全部置いて行け! その馬も貰おうか!」


 叫ぶ男の手には鎌。

 おいおい、相手を選べよ。ぱっと見優男一人でいけると思ったか。

 こんなんでも騎士団長を務めた男だぞ。



 エミーリオ、やっておしまい。と思った瞬間、エミーリオが片膝をついて倒れた。

 背後に立つ少女の手には何やら毒々しい紫色の液体滴る小ぶりのナイフが。

 呻くエミーリオ。カッと頭に血が上る。


「この俺様の下僕に危害を加えたこと、後悔せよ! 天罰!」


 俺は翼に光を集め、武装した男達に放つ。

 男達は避ける間も与えられず上半身を喪い、そのまま血を噴き出しながら倒れる。



『――≪リージェ≫が経験値16366を入手しました――』

『――≪リージェ≫のレベルが24になりました――』

『――スキル≪天罰≫がLv.2になりました――』


 何だろう。教皇の時も思ったけど人間相手だとやたら経験値入る。薄汚れたおっさん6人殺しただけで万越えとか。

 偽暗黒破壊神が人間の街襲いまくってるのわかるわ。手っ取り早いもん。

 さて、あと一人か。


「ひっ」


 少女が俺を見て尻餅をついた。

 後ずさりしているその足元に倒れているエミーリオが目に入る。そうだ。構っている場合じゃなかった。


「ちっちゃく天罰!」


 取り敢えず、毒塗れのナイフは危ないから没収。

 蒸発しちゃえば使えないでしょ。

 勢いで肩を抉っちゃったみたいだけど、自業自得ってことで。


「反転せよ」


 毒に負けるなエミーリオ。そんなもん体の中から追い出しちまえ。


『――リージェのスキル≪反転せよ≫がLv.3になりました――』


 よし。もう一回。

 レベルアップしたら毒消しの効果も出たのか、エミーリオの顔色が一気に良くなった。

 もともと軍人で体力あるから、あとは大丈夫だろ。



『さて、娘。いったいどういう了見だ?』


 俺は怯えて腰を抜かしたままの少女に向き直ると、苛立ちを隠さず話しかけた。


『――条件を満たしました。スキル≪威圧≫を獲得しました――』


 ちょ、タイミング! 女の子脅したみたいで人聞き悪い!

 頭の中に響いた声で一気に冷静になった。

 少女を殺さなかったのは、エミーリオを刺した時からずっと「ごめんなさい」って呟いてるからだ。

 確かに嵌められたことはムカついたけどさ。治療中襲ってくることもなかったし、話を聞くだけ聞いてやるよ。


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