第3話 ああ、もう! 言葉が通じないのめんどくさいな!

「リージェ様、わたくし、先代聖竜様を眠らせて差し上げたいですわ」


 先代の骸に縋り付いて泣いていたルシアちゃんが、決意に満ちた目でそう言った。

 ルシアちゃんが言うには、ダンジョンで死ぬと俺が知っているダンジョンのように、遺体は残らずダンジョンに吸収される――ルシアちゃんの言葉を借りて言うなら自然に還るそうだ。

 こうしてここに死骸が残っているのは本来自然の摂理に反すること。


 ならば何故残っているのか。それは、ルシアちゃんが石に力を込めて術者がいなくても長期間効果のある結界を張ったように、その体を核として結界を張ってあるのだそうだ。

 モンスターがこの奥、俺達がいた教会のあるエリアへ入ってこないように。

 

「そうか。だからここまで一回もモンスターに遭遇しなかったんだな」

院長マザー……先代聖竜様と共に旅をされていた人が、傷つき戻ってきて教会で息を引き取りましたの。きっと、先代聖竜様が院長を命がけで逃がしたのですわ」


 確か、俺が入っていた卵を教会へ運んだっていう人か。

 結局はどっちも助からなかったわけだが、命を捨てても使命を果たすとか、かっこいいじゃねぇか。

 な、泣いてなんかいないぞ! 


 ルシアちゃんはもう先代の役目を解いて眠らせてあげたいと言う。

 それはつまり、ここから先の安全が失われるということ。

 解かなければ、ここまで来たのと同じ距離くらいは安全に進めるはずなんだ。


「ちょっと待て! 危険が増えると言うなら、今のうちに休憩をとるべきだ」


 俺が訴えているにも関わらず、ルシアちゃんは「ちょっと待っててくださいね」なんて子供をあやすかのように言って先代の体を調べ始めている。

 ああ、もう! 言葉が通じないのめんどくさいな!

 俺は恐らく先代の結界を解除しようとしているルシアちゃんの手に体当たりをして止める。

 後ろ足でその袖を掴んで、ルシアちゃんの荷物まで腕を誘導する。


「リージェ様? もしかして、お腹が空いたんですか?」


 あー、まぁ良いかそれで。

 俺はコクコクと頷く。


「では、食べながら待っていてくださいね」


 俺の風呂敷包みを解き、メロンを広げるルシアちゃん。

 だーっ! 違う! そうじゃない!


「俺様の食事の用意をするのだ!」


 ルシアちゃんの荷物に取りつき、バンバンと叩く。

 俺より、ルシアちゃんに休憩が必要なんだよ!


「えっと、一緒に食事がしたい、ですか?」


 再びコクコクと首を振る。

 ルシアちゃんは困ったように微笑むと、荷物を下ろした。

 意味合いは違うが、ようやくルシアちゃんに休憩させることができそうだ。


 地下水で湿った鍾乳洞の中とは言え、幸い先代の骸がある場所は岩が隆起しており、乾いていた。休憩するのにこれほど適した場所はない。

 結界の効果なのか、骸は腐ったり虫が湧いたりというようなこともなく、臭いも気にならないほどであった。


 ここまで歩いてきたのは時間にして半日にも満たない。

 けれど、歩き慣れない場所やモンスターを警戒しての行軍に疲れたのか、食後ルシアちゃんはパタッと寝てしまった。

 俺も、結界の効果があるうちに寝ておこう。ここから先はきっと交代での野営になるからな。








「あ?!」


 ルシアちゃんの大声で目が覚める。

 まさか敵襲? と思って見たら、ルシアちゃんが眠そうな眼でキョロキョロしていた。

 寝惚けたのか。可愛いなぁ。


「す、すいません! 私ったら、寝てしまったようで」

「良い。そのための休憩だ」


 ルシアちゃんに倒れられたら困るしな。

 そもそも言い出したのは俺だ。

 通じてないけど。


「じゃぁ、結界を解きますよ」

「おう!」


 荷物を纏めたルシアちゃんが、先代の骸に触れる。

 長ったらしい祝詞のような祈りの後、ルシアちゃんが何か先代に言葉をかけていたが、シャラシャラと大きな音にかき消された。

 まるで、止まっていた時が動き出したかのように先代の骸が消えていく。

 シャラシャラと光る砂粒のようになり崩れていく様はどこまでも美しかった。


「先代様……お疲れ様でした。今度こそゆっくりとお眠りください」


 胸の前で両手を組み、祈りを捧げるルシアちゃん。

 俺も、俺をそのまま大きくしたようなドラゴンに、しんみりとした気持ちで黙祷を捧げた。



「あっ!」


 再びルシアちゃんの驚く声。

 目を開けると数枚の鱗と爪が3本だけ、消えずに残っていた。

 まるでドロップアイテムみたい、と思ったがそれは言わないお約束。


「お守りとして持って行け、ということか」


 メロンが減った分軽くなった俺の包みにいそいそと詰め込む。

 爪は俺の体長と同じくらい、鱗は俺の顔と同じくらい大きかった。

 俺もいつかこのドラゴンと同じくらい大きくなるのだろうか。




 そこから先は再び風の動きを感じながら進む。

 因みに、少し進むごとに俺はルシアちゃんや見えるものに全てを見通す神の眼を発動させている。

 最も、スキルレベルが低すぎて「岩」とか「壁」とか「水」としか出ないのだが。


「このお水……飲めるのでしょうか?」

「やめておけ」


 俺は首を横に振る。湧き水だし流れているから安全とは限らない。

 鉱物の毒素を含んでいる可能性だってあるのだ。

 そのためにスキルレベルを上げようとしているのだが……まだまだかかりそうだ。


「リージェ様が飲めないと仰るなら……」


 俺がいてくれて良かったと微笑むルシアちゃん。天使か。

 その後もいくつもの穴を潜り抜け進む。

 幸い、どこも立って歩いて進める程度には広い。

 そうこうしているうちに、初めて難所にぶち当たった。


「道を間違えたか?」


 だが、風はここから流れてくる。

 確かにつながっているのだ。


「あ、ここ! 通った記憶があります。階層を降りていたはずなのに登り階段になっていて、登ったと思ったら滑り台のようになったんですよ!」


 つまり滑り落ちてきたのね……。

 そう、ルシアちゃんの言葉通り、ここは急勾配の坂。しかも滲みだした水が流れている。

 ここを登れと。


 俺はルシアちゃんの荷物を後ろ脚で掴むと、パタパタと上まで一気に飛……べるわけなく、ピクリとも浮かなかった。

 すまん。ルシアちゃんが重いわけではないんだ。

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