少年期[717]あの時を思い出す

ゼルートが訓練場に入ってきても四人は存在に気付かず、三分ほど模擬戦を続けた。


そして決着は着かず、引き分けという形で模擬戦は終了した。

周囲で四人の模擬戦を観戦していた冒険者から拍手が送られ、少しでも良いから四人と話したいと思って近づこうとする者がいた。


だが、そういった者たちが近づくよりも先にゼルートが声を掛けた。


「四人ともお疲れ様」


誰だあの男は、となることはなく周囲の冒険者たちは四人に近づいた人物が四人と同じパーティーメンバーであるゼルートということは知っていた。


「あら、ゼルート。オーラスとの話し合いは終ったのかしら」


「あぁ、もう終わったよ。腹一杯食わせてもらったよ」


「それは羨ましいな」


長い間動き続けたアレナの腹はそろそろ食事を欲している。


「いったいどんなことを話してたの?」


「……別にそこまで面白いことは話してないよ。冒険者らしい会話って感じかな」


他の冒険者の前で丸っと話せる内容ではないが、決して間違った言葉ではない。


「そう……満足そうな顔をしてるし、楽しい食事会だったようね」


「そんな顔をしてるか?」


「そうね。良い顔してるのは間違ってないわね」


「アレナの言う通りだな」


ゼルートは自覚してなかったが家一色が終わった後、ゼルートの表情はいつもと比べて非常に満足気であった。


「……まっ、確かに楽しい食事会ではあったかもしれないな」


「ねぇ、ゼルート。ゼルートは模擬戦しないの?」


「ん? 俺か?」


パーティーメンバーである五人が何処にいるのか、それを考えながら頭に浮かんだ場所を回るつもりだった。

そして初っ端に五人を発見。


冒険者ギルドに来たからといって、特に模擬戦を行うつもりはない。


ただ、ラームから期待するような眼を向けられて少し悩む。


「あら、良いんじゃないかしら。たくさん料理を食べてきたなら、少し食後の運動はした方が良いんじゃないな」


「うむ、アレナの言う通りだな。運動は大事だ」


アレナはただ一般論を口にしただけで、本音はゼルートと模擬戦を行いたい。

もしくはゼルートと誰かが戦う様子を観たいだけ。


「それはそうだな……よし、ゲイル。久しぶりにやるか」


「自分で良いのですか?」


「あぁ、そうだ。相手をしてくれるか」


「えぇ、勿論です」


ゼルートはアイテムリングから二つ、トレントの木から作られた木剣を取り出し、一つをゲイルに渡す。


「それじゃ……やろうか」


「えぇ、いきますよ」


審判はアレナが務め、手が振り下ろされたタイミングで二人は地面を蹴った。

本気で潰し合う様な戦いではないので、お互いに様子見などはすることなく、運動の為に体を動かす。


ただ、それでも二人のレベルは高い。

この訓練場に居る冒険者たちのレベル差は広いが、トップクラスの冒険者たちでも驚かされる速さで剣が振るわれ、体が動く。


(こうやってゲイルと模擬戦をすると、ちょっと一番最初に出会った時のことを思い出すな)


同族であるリザードマンを倒していた際に、それらのリーダーであったゲイルと遭遇。

そしてまだ生まれてから十歳も生きていないゼルートだが、初めて死の危機を感じた実戦を経験した。


お互いに全力を出す前に約束を交わし、それ以降は従魔……仲間としての日々を過ごす。


(ちっ!! やっぱり剣だけじゃ少々振りか)


決して長剣を使った訓練、実戦を疎かにはしていなかった。

寧ろ前世の記憶を持つゼルートは本物の剣を使って異形の存在と戦うという、いかにも子供らしい小さな憧れを持っていた。


だが、それでも転生した際に得た一番の才能は魔法。

勿論こちらにも憧れや願望などを持っていたが、剣術の才を比べた時……やはりゲイルの方が少し上。


それでもゼルートがたかが模擬戦とはいえす、直ぐに勝負を諦めるような真似はしない。

結局木剣だけを使った模擬戦は五分を越え、そこでアレナがストップをかけた。

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