少年期[654]あっという間に空

ゲイルとデスナイトの死闘が終わり、ゼルートは楽しいことを考えながら六十階層のボス部屋へと降りていく。


「ふぅーー、ようやくここまで辿り着いたな」


ボス部屋に辿り着くまで特に面倒な敵と遭遇することなく、六人は無事に辿り着くことができた。


無事に辿りつけたことにホッとする者がいれば、ホーリーリビングデットの軍団やデスナイトの様なイレギュラーともう一度遭遇したいと思う者もいた。


そんな中、ゼルートは無事に辿り着けて良かったと思っている派だった。


(道中に多から少なからず、転移系のトラップがちょろちょろあった。中には六十階層をすっ飛ばして場所に飛ばすやつもあったからな……あんなのに引っ掛かったら、同業者は勘弁してくれよ状態だろうな)


ボス部屋より下の階層に降りれば、確実に魔物のレベルが上がる。

レベルが上がれば、必然的に実力が上がる。


ダンジョンを探索している冒険者の実力にもよるが、いきなり転移されたら不意打ちを食らう可能性が高くなり、転移した場所によっては絶対に敵わないモンスターしか徘徊していない場合もある。


「ただ……やっぱりそれなりに人が多いな」


多くの冒険者が辿り着くことができない六十階層のボス部屋前。

しかし腕利きの冒険者が多く滞在していることもあり、ここまで辿り着くパーティーやクランメンバーはそれなりにいる。


「丁度お腹が空いてきたし、飯にするか」


「良いわね。少し手伝うわ」


自分たちの番が回ってくる時間を計算すると、大体一時間弱は掛かる。

料理を作って食べて消化するには十分な時間。


ゼルートは早速アイテムバッグからモンスターの肉を適当に取り出し、更に野菜や調味料も取り出した。

贖罪と調味料を取り出してから大体十数分ほど経ち、料理が完成した。


「さてと、いただきます」


「「「「「いただきます」」」」」


ボス部屋の前で良い匂いを漂わせながらゼルートたちは一斉に料理を食べ始めた。


ボス部屋の前では緊張して食事が喉を通らない者がいる。

それは全く珍しいことではない。


六十階層のボス部屋に現れる魔物はAランクの冒険者であっても殺される可能性がある。

そんなボス戦を前にして、食事が喉を通らないのも仕方ないだろう。


だが、漂う匂いはそんな冒険者の食欲を刺激し、腹から音を鳴らした。


ボス戦前の緊張感が吹き飛んだ。

今なら腹に何かが入る。


今戦っているパーティーの戦いが終われば、直ぐに自分たちの番ではない冒険者は皿を持ってゼルートのところにやって来た。


「な、なぁ。ちょっと良いか」


「……飯が欲しいのか」


「あ、あぁ。あんまりにも良い匂いがしたからさ」


「別に良いけど、さすがにタダは無理だぞ」


「も、勿論金は用意する。ちょっと待っててくれ!!!」


男は慌てて自分のバッグを漁り、宝箱から手に入れた金貨五枚を出した。


「こ、これでどうだ」


「……あい、受け取った。皿を貸してくれ」


冒険者から皿を受け取り、ゼルートは一杯になるまで肉と野菜を入れた。

戦う前に食う量にしては多いかもしれないが、腹が減ってボス戦中に隙が生まれる可能性は否定出来ない。


「あ、ありがとう!!!」


男は元の場所に戻るなり、ゼルートから貰った料理をがっつき始めた。


他の冒険者たちも無性に腹が空き始め、ゼルートから飯を買うか迷い始める。

ただ、初めに買った男が金貨五枚を払ったので、同じ金額かそれ相応のマジックアイテムを渡さなければならない。


どうすれば良いのか迷っていると、どんどんゼルートが盛り付けた皿から料理が消えていき、あっという間に料理がなくなってしまった。


「うむ、美味かった。やはりゼルートが作る料理は美味いな」


「そりゃどうも。でも、別に特別なことはしてないから。俺が作らなくても、同じ方法で作れば同じ味になるよ」


「そうかもしれないが……やはり美味い。私も自分で作れた方が良いのか?」


「作れることに越したことはないと思うわよ」


アレナはゼルート程ではないが、それなりに料理は作れる。

ラルも料理に関しては少々勉強しているので、何も知らない人よりは上手く作れる。


「よっぽど不器用でなければ大きくミスすることはない。材料なら大量にあるんだし、今度練習してみたらどうだ?」


「良い機会だ、少し練習してみよう」


ゼルートたちの会話を聞いていた冒険者たちは今練習して欲しいと思った。


既に皿には一切料理はなく、空っぽ。

そんな状態のゼルートにもう一度料理を作ってくれと頼むは申し訳なく思うのと、料理が出来上がるまでの時間とボス戦は始まる時間を考えると微妙なところ。


この二つが原因で、最初にゼルートから料理を買った男以外は良い匂いを漂わせる料理を口にすることはなかった。

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