少年期[451]飲みたいが飲めない

ギルドマスターとの対談が終わり、昼過ぎには街で一番広い酒場を貸し切って宴会が行われている。

飲めや食えやで冒険者たちの食べる手と喋る口は止まらない。


アレナやルウナ達の元には乱戦の最中に助けられた者が感謝の礼を伝えに来る。

そして一番の功労者であるゼルートの元には何度も冒険者達があいさつにやってきた。


その度にゼルートに酒を勧める者がいるが、基本的に十五歳以下は酒を飲んではならない。

しかし冒険者や貴族の子息等に関してはそんなのお構いなしで飲む者も多いので、ゼルートに酒を勧めた冒険者達に悪気があった訳では無い。


酒はもちろん飲んでみたいゼルートだが、年齢的にまだ悪影響が大きいので少し残念に思いながら全て断っている。


(確かに悪獣の死体を見せたけど、ここまで信用されるとは思っていなかったな)


ゼルートとしては少なからず自分が悪獣が倒したことにいちゃもんを付けられるかと予想していたが、そんな女々しい行為は一切ない。


それもその筈で、そもそもゼルートの強さを今回の大討伐に参加したメンツはCランク冒険者との戦いで良く解っている。


そして殆どの魔物を倒し終わり、冒険者達が一か所に集まっている時にゼルートは居なかった。

その後、返ってきて服装がボロボロになっているゼルートから悪獣の死体を見せられて信用できない程落ちぶれている者は流石にいない。


寧ろ全員が悪獣なんて正真正銘の怪物を倒してくれたことに感謝している。

実際の戦闘の様子は見えていなくても、響いてくる音でどれ程までに激しい戦いをしているのかは容易に想像が付く。


本来ならばAランク冒険者である面々が総出でつぶすべき相手だったが、それで勝てたとしても絶対に死者は出ていた。

そういった意味で感謝の念は尽きない。


しかしAランク冒険者である自分達が規格外の実力を持つとはいえ、Dランクのルーキーに悪獣を任せてしまった事に不甲斐無さを感じ、心の炎が滾りに滾って燃え上がっている者が多数いた。


「本当に、よく悪獣を相手にして無事だったわね」


「いやいやいや、無事っ言うほど無傷じゃなかったからな」


皆の前に戻ってきた時には全ての傷を癒し終えていたが、癒す前はかなりの傷をゼルートは負っていた。


「それは解っているわよ。それで……実際のところどうだったの?」


アレナも悪獣という魔物の存在は知っているが、それでも直接見たことも戦ったことがある者からの話を聞いたことが無い。

それだけにゼルートが悪獣とどの様に戦ったのかが気になる。


「戦いの様子は昨日も話したけど、基本的に属性魔力を纏っての殴り合いと魔法の大砲合戦だったぞ。本当に激戦だった」


あれほどの戦いは過去にゲイルと初めて戦った時以来の緊張感だった。


(あの時から俺も随分と強くなったが、あの時のゲイルと比べて悪獣もえげつないい程に強かったからな)


そのゲイルもゼルートと初めて出会ったと比べれば別人といえる程に強くなっていたが、悪獣に数手及ばない。


「本気で戦ったの?」


悪獣を相手に本気の全力を出して戦ったのか。アレナはそれが一番知りたい。


「……ギリ、全部は出していない。本当の奥の手は俺だけの力って訳じゃないからな」


「ふぅーーー、本当に呆れるほど強いわね。なんだかんだ言って余裕綽々じゃない」


「良いや、仮に本当の奥の手を除いて全力を出したとしても冷静にはなれるが、気は一切抜けない。向こうの攻撃は当たれば十分に効く攻撃だからな」


牽制用の攻撃でさえ馬鹿にならない威力を持っていた。

ただ、それは悪獣もゼルートに対して同じ感想を抱いていた。こいつ本当に人間なのかと戦いの最中に何度も突っ込んでいた事を当たり前だがゼルートは知らない。


「なるほど。それで、ゼルートが今まで戦ってきた相手の中で一番強かったの?」


「……今まで戦ってきた相手の中では一番強いかもしれないな」


「含みのある言い方ね」


「そりゃラルの母さんを見てるからな。あの人より強い魔物は中々いないだろう」


雷竜の中でも雷竜帝と呼ばれるほどの強者。

そんな存在を思い出し、実際に見たことは無いが雷竜帝が悪獣に負けるイメージが浮かばない。


「そうかもしれないわね。それにしても……大変な思いをした割には満足した顔をしてるじゃない」


「そうかもしれないな。あれだけ力を出したのは久しぶりだったからな」


一日前の激闘を思い出したゼルートは満足そうな笑みを浮かべる。

そんな笑顔を横で見るアレナも釣られて笑ってしまう。


(本当に、後から死が迫る戦いをしたとは思えない顔ね)

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