少年期[295]分かりやすい挑発

女の冒険者の得物はロングソードに防御用の小盾。

我流の構えではあるが、それでも正式な剣術の流派を習った事がある物が見れば、最低限の技術は取り入れられており、それを自己流の進化させたのだとろうと、悪くない評価を下す。


それに対してゼルートは素手の状態だが特に構えていない。寧ろこれからランクが一つ上の冒険者と摸擬戦をするというのに一切の緊張感を感じさせない。


本来ゼルートが素手で戦う場合は、オーソドックスなボクシングスタイルで構えを取る。

勿論その構えから繰り出される攻撃は拳とは限らない。

なので基本的に格下の相手であれば特段構える必要は無いと言える。


一見相手を嘗めている様にしか見えない構えだが、ゼルートなりに考えがあっての脱力状態だった。


(一つランク下の後輩、しかも十近く離れている子供にこれだけ嘗められた態度を取られれば受けという選択肢は無くなる筈だ。それで少しの間攻撃を躱し続ける)


自分の態度や見た目を生かして相手を上手く挑発する。

本来なら女も少し実力があって粋がっているルーキーの挑発ぐらい軽く流すのだが、ゼルートの態度や言葉には確かな自信があり、それが普段は怒りの感情をあまり表に出さない女冒険者のプライドを煽っている。


今も言動には出ていないが、普段の女からは考えられない程に目つきが鋭くなり、雰囲気が荒々しくなっている。


周囲で二人の摸擬戦を観戦しようとやって来たゼルートの実力を知らない野次馬は一方的な展開になると予想している。

なので非公式に行われている賭けで女の冒険者が勝つ方に賭けている。


両者の冒険者としてのランク、体格差などを見れば女の冒険者が圧倒的に有利だと思うのも無理はないかもしれない。

しかしゼルートの実力を知っている冒険者達は今夜の飲み代が増えると過信しており、まだゼルートの実力を知らない同業者達には教えていない。


少し前にベテランの冒険者がゼルートの凄さを馬鹿な真似をしようとした同業者に伝えたが、それを周囲で訊いていた冒険者達は男の真剣な表情から話を信じて良いかもしれないという思いもあったが、やはりゼルートの見た目もあって女の冒険者の勝ちに賭けている者が多い。


それでもゼルートの実力を知らない冒険者達の中でも、単純に大穴狙いのギャンブラーやある程度相手の実力を見抜ける者はゼルートの勝ちに賭けている。


「ねぇルウナ、この摸擬戦で万が一はあり得ると思う?」


「それは億が一も無いと断言する。弱くは無いだろうが、それでも冒険者としてのランク相応の実力しかない筈だ。それに装備から見てこれといった性能は感じられない。最初に習得するスキル次第によっては多少の波乱はあるかもしれないが、優秀なスキルを持っているならば女の年齢を考えるとBランクになっていても可笑しくは無い」


「そうねぇ・・・・・・一矢報いる事も無く終わりそうな気がするわ。まだ強くなる余地があるとしても、魔物と戦って来た年数は殆ど同じ。でも戦って来た相手の強さに差が有り過ぎる。ゼルートの脱力した構えだってあれに意味が無い訳じゃない。ゼルートが意識していなくても、自身の考えに対して無意識に体が合致する構えを取っている。それが分からないようじゃ、勝ち目はゼロね」


アレナとルウナにはゼルートがどのようにして女の冒険者を倒そうとしているのかある程度予想出来ている。

冒険者として築き上げてきたプライドが粉々に砕かれる結末に少しは同情するが、ゼルートに非があるとは一切思っていなかった。

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