最終話~エンディング1~

 レネゲイドを吸収し空に向けて放出する事で形作られていた黒いレネゲイドの柱は、ゆっくりと消失していった。

 厚い雲すら突き破った影響か、天井に空いた大穴から穏やかな陽の光が、影裏と奏 時貞を照らす。


 胸を貫かれたまま、静かに、影裏にしか聞こえないほど小さな声で、奏は呟いた。


奏:「イレギュラー。いつか、言ってたな……。

 『手を血で汚してまで掴み取った場所には、それだけの価値がある』だったか。

 今も、その言葉は変わらないのか」


 鼓動は既に止まっている。これはもしかしたら、ただの幻聴に過ぎないかもしれない。

 それでも彼は、迷いなく答えた。


影裏:「ああ、変わらないさ。たとえこの手が血に塗れようとも。

 ……こいつらとの時間には、それだけの価値がある」


 陽の光が、ゆっくりと閉ざされていく。まるで彼の精神が終わりを告げるかのように。


奏:「そうか──なら、殺された止められたのがお前で……影裏 結理で、良か──」


 言葉はもう、聞こえなくなった。


影裏:「…………」


 右手を引き抜き、奏 時貞の身体を横たえる。

 まるでその光景に圧倒されていたかのように静まり返っていた戦場が、少しずつ、仄かな光の粒子へと変わっていく。


京香:「勝った……勝ったんだ、私たち……」

春見:「……やったね。これで──」

影裏:「ああ──ようやく、始められる」


 その言葉にしかし、プランナーは謝った。


プランナー:「……ごめんなさい。二人に、黙っていた事があるの」

春見:「どう、したの?」


 プランナーの視線は、及川へ向く。

 彼の身体は、周囲と同じく光の粒子に溶けつつあった。

 だが、その表情は穏やかに笑っている。


及川:「僕は、奏 時貞と同じ時代から来た……つまりは、この世界線に属する存在だ」


「だから──皆と一緒には、帰れない」


影裏:「……そうか」


 意外にも、驚きは少ない。心のどこかで、本当は分かっていたのかもしれなかった。

 悲しそうに目を伏せる春見と京香に。そして影裏に視線を送り、及川は語る。


及川:「でもね、これでいいんだ。間違いだらけの人生だったけど、最期に皆と一緒にいられた。皆との未来を、勝ち取れたんだ」

影裏:「……これで良かったのか、なんて訊かねぇぞ。そうだ。俺たちは勝ち取ったんだ」

春見:「嬉しかったよ。育った時代も、世界線も違ったとしても……一緒に居られて」


 言葉を交わす三人。だが京香は、涙が零れてしまう。言葉が、紡げない。


及川:「僕も嬉しかったさ。もう二度と会えない、そう思っていたから。

 新しい世界線の僕も、僕と同じ過ちを繰り返すだろう。それでも──」


「きっと、この時代より良い世界を創れる筈さ」


影裏:「っ……ああ、お前ならきっと、やり遂げるだろうさ」


 僅かに、言葉が震える。


春見:「待ってるよ。私たち、皆で……」


 静かに、温かな雫が頬を伝う。


及川:「ああ。僕も、ここで待っていよう。

 いつかきっと会える、未来を信じて」

プランナー:「……それまでは、守り抜いてみせるわ」


 世界の殆どは、光の粒子へと変わってしまった。残された時間は、僅かだ。


影裏:「……さよならは、言わねぇぞ」

及川:「ああ……僕も言わない。心はいつだって、皆と一緒だ」

春見:「そうだよ。私たちはいつだって一緒。だから、こう言うよ」


 噛み締めるように。僅かな間だけまぶたを閉じて。


春見:「またね。及川君」

影裏:「またな。桃矢」

及川:「ああ──また会おう」


 再会を約束する言葉を、交わした。


京香:「また、ね。桃矢君」


 必死に絞り出せた声は、濡れていて。

 それは及川の表情を、小さく歪める。


 世界が光の粒子となり、完全に消え去る直前。

 彼は、いつまでも言えなかった言葉を──



「……京香! 僕は、君の事が、ずっと──」



 その先は、光となって掻き消えた──。



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