最終話~ミドル17~

 空を厚い雲が覆い、雨粒が二人を濡らす。彼らは知っている。今の自分たちなら一足飛びに辿り着けるほど近くで、あと僅かな時間の後に一台のバスが襲撃を受ける事を。

 そしてそのバスには大切な人たちが乗っている事も。


 N市立高校に続く道路脇、灯りも無いビルの屋上で、影裏たちは時を待っていた。


影裏:「……正直、複雑な気分だな。知っていても、あの事故を防げないってのは」


 苦渋に満ちた表情で、呟く。今の自分が防ごうと思えば可能だろう。だが──


春見:「……本当だね。でも、ここを何とかしちゃうと、奏 時貞を止める術も、プランナー……都築さんも危ない」


 事故を防ぐ事はオーヴァード抗うための力を失う事を意味する。


影裏:「ああ、分かってる。俺たちは状況に許された中で最善を尽くす。それしか方法はない」

春見:「大丈夫だよ、私たち皆なら」


 右手を、そっと結理君の左手に重ねる。


影裏:「……そうだな。ありがとう、春見」


 そっと手を握り返し、穏やかに笑う。しかし視線は真っ直ぐと暗闇の向こう──事故が起こる場所へ送っている。


影裏:「──そろそろか」


 言葉通り、一人の巨漢が道路上に身を躍らせた。トラのマスクを被ったその姿を、二人はハッキリと記憶している事だろう。

 一人の人間として。そして化物の一人として。かつて戦い、殺めた存在。


 キングタイガーだ。


 それは奏 時貞によって仕組まれた必然なのだろう。

 一台のバスが道路を通ろうとし──彼が進路上にいる事に気付き甲高いブレーキ音を周囲に響かせる。

 二人の眼下で、バスはキングタイガーに押しつぶされてゆき──いつか身を持って経験した惨状そのものの光景が広がった。

 かつての4人はバスから放り出され、死と覚醒の淵を彷徨さまよっている。

 キングタイガーはゆっくりと、生き残った彼らに近付いていく。放っておけば、そのままトドメを刺される事だろう。


影裏:「行こう。ここで俺たちをやらせる訳にはいかん」

春見:「そうだね。行こうか……着地、任せるね」

影裏:「ああ、任せとけ」


 ビル屋上からオーヴァードの身体能力で飛び出し、そのままキングタイガーの眼前へ割って入るように着地した。

 道路上に躍り出た二人に、キングタイガーは咆える。


キングタイガー:「新たなレスラーの乱入、大いに結構だとも。全て……全て捻り潰してくれよう。

 このヒールオブヒール、キングタイガーの手によって!」



GM:さて。ここから先はFS判定の形式で進行していこうかと思う。

影裏:ほー、FS判定と来たか。

春見:ほうほう。

GM:さっそく、FS判定の条件を公開しよう。



FS判定


目標値:20  イベント:4ごと

最大達成値:30  ラウンド制限:10


《レネゲイドリゾプション》宣言時、進行度+3。シナリオ1回。

《レネゲイドリゾプション:イージー》宣言時、達成値+2。ラウンド1回。

《宵闇の魔花》はもちろん使用可能。


■現在進行値

0

■判定技能

<意志> 12


 ハプニングチャートはサプリ『インフィニティコード』のP.24参照。

 イベントはGM側で用意してあるものを使用する。



 FS判定について補足すると、サプリ『インフィニティコード』に掲載されている、"段階を踏んで徐々にクリアしていく判定"の事だ。

 GMから指定される技能を用いて判定し、達成値÷10+1した進行値を目標値まで溜めていくのが目的だ。

 今回は進行値が4増える毎にイベントが発生。

 加えてラウンドの開始時に1D100のダイスを振り、出目とハプニングチャートを照らし合わせた効果が適用となる。



GM:それでは、FS判定を開始する!

 ラウンド1、まずはハプニングチャートを振っておくれ。PC1の影裏から!

影裏:いくぜ!(ダイスころころ)


 ハプニングチャート:63

 あるかなきかのチャンス。このラウンド中、最大達成値+10



 命を落としかけている京香を目にした及川が覚醒し、絶叫する。京香を連れて立ち去った及川だが、キングタイガーは追撃を仕掛けようとしている。

 キングタイガーの注意をこちらに向けろ!


 判定技能:<意志> 12



春見:それじゃ、今回は私から行ってみるね。思い出の一品の効果も宣言して、判定!

 (ダイスころころ)達成値15。ふぅ、良かった。

GM:成功、目標値に+2だ!

影裏:次は俺の手番だな。行きます!(ダイスころころ)回った、達成値20!

GM:やるな、目標値に+3! 合計5でイベント発生するよ。



 二人に気付き追撃を中断したキングタイガーだったが、倒れているレスラーを見逃すほど甘い男ではない。

 近くでまだ息がある影裏と春見にゆっくりと近付いてゆく。彼を攻撃して更に注意を引け!


 難易度:<攻撃技能> 20 ※エフェクト組み合わせ可能



GM:ラウンド2、ハプニングチャートどうぞ!

春見:行くよ!(ダイスころころ)


 ハプニングチャート:87

 突破口を発見! このシーン中の最大達成値+10(この効果は重複しない)


影裏:これよく見たらシーン間持続するのか。これは美味しい!

春見:とはいえ……ここは一旦待機!

影裏:ありがとう。それではこちらから行ってみよう。

 メジャーでコンボ:シャドウフレア:《コンセントレイト:ウロボロス》《原初の赤:災厄の炎》:メジャー:<RC>:対決:範囲(選択):至近:侵蝕7:攻撃力30

 達成値は……(ダイスころころ)43! よっし、最大達成値クリア!

GM:目標値+5されて、合計10。イベントだ!



 過去の影裏と春見に向けて歩みを進めるキングタイガー。その進路上に黒炎の壁を噴出させ、視界を遮る。


影裏:「……まさか、もう一度お前と相対する事になるとはな。試合相手は俺だ、キングタイガー!」

キングタイガー:「ほう、次は貴様だな! ならばこの拳で粉砕されるが良いッ!」


 突撃し、影裏にこれ見よがしに大振りな拳を振るってくる──!


影裏:「流石はプロだな。見やすい攻撃で助かるぜ……!」


 全力で振るった拳を、莫大な侵蝕率によってブーストされた己の腕力で正面から受け止めてみせる。


キングタイガー:「──ッ!?」


 それは彼にとって、二度目の経験だった。

 彼の豪腕を正面から受け止められる存在。それは彼にとっての宿敵──


キングタイガー:「──アマイマスクッ!」

影裏:「……そういう事か。人違いだが……今は都合がいい」


 キュマイラ相手に筋力で張り合えるウロボロス──その光景が、今の影裏の異常性を物語っていた。


キングタイガー:「ぐッ──流石だが、負けられん……負けてなるものかッ!」


 彼の注意は完全にこちらへと向いた。しかしそれは彼の攻撃を受ける事でもある。

 キングタイガーによる連続パンチ「タイガー†ラッシュ」を捌き切れ!


 難易度:<回避> 10



春見:今度は私だね。素振りで判定!(ダイスころころ)達成値、9。

影裏:ここは《レネゲイドリゾプション:イージー》を宣言だ。達成値に+2。

GM:合計達成値11で成功だ! 目標値12、イベントに入ります!



キングタイガー:「マットへ沈め、アマイマスクッ!」


 得意の高速にして重激なるラッシュが影裏へと放たれる──!


影裏:「く……春見っ!」

春見:「やらせない!」


 魔眼を展開してキングタイガーの肉体を外部操作するも、そのラッシュの激しさに眼が追いつかず最後の一撃が影裏に迫る。

 だが、その一撃が届く直前に影のアギトがキングタイガーに喰らいつき、レネゲイドを横奪。腕の軌道は逸れ、地面へと激突した。

 彼本来の、しかし理性というリミッターの外れた一撃によってコンクリートにヒビが入る。


影裏:「凄い威力だな……助かったぜ、ありがとな」


 春見に一瞬視線を送り、バックステップで距離を取る。


春見:「ううん。ごめんね、操作が間に合わなかった」

キングタイガー:「まだだ、もっとだ……もっと闘いを! もっと歓声をォ!」


 彼の攻撃は止む事を知らない。しかしこのまま交戦が続けば、過去の春見は覚醒前に死亡してしまう。

 春見の近くまで"約束の瞳"を持っていき、覚醒を促せ!


 難易度:<意志> 15 ※ただし挑戦できるのは春見限定



GM:ラウンド3、ハプニングチャートを!

影裏:了解、行くぜぃ!


 ハプニングチャート:73

 チャンス到来! このラウンド中に行う進行判定は、ダイスが+5個される。


春見:これは大きい。

GM:それでは春見。宣言と判定を!

春見:よし、じゃあ頑張らないと。思い出の一品を使用して、<意志>の達成値に+1。

 判定行きます!(ダイスころころ)達成値、31!

GM:目標値+4で、合計16だ!



 今の身体と過去の春見の状態はリンクしている。目に見えて春見の身体は薄れていく。


春見:「(思っていた以上に私の状態が良くない……)」


 キングタイガーと結理君を見やると、まだその交戦は続いている。


春見:「結理君、私行ってくる。彼の相手を頼めるかな」

影裏:「ああ、任せてくれ。春見を頼むぜ」

キングタイガー:「余所見とは余裕だなッ!」


 再びのラッシュが影裏を襲う中、春見は──


春見:「ありがと。うん、頑張ってくる!」


 瞳を持ち出して、過去の自分自身の元へ駆ける。

 限界なんて、とうに超えている。眼も既に殆ど視えてなんかいない。

 それでも──皆の明日へ向かうこの足を止める事なんて、できなかった。

 今にも息絶えそうな過去の自分の近くへ何とか座り込み、"約束の瞳"をそっと握らせる。


春見:「……告げる。さぁ、”眼を醒まして”」


 言霊に呼応したのは、"約束の瞳"に残された、最期の意志だった。

 その意識にも満たない意志は、二人の春見に問いかける。


「──春見よ。この世に未練はあるか?」


 今なら分かるだろう。低くしわがれた、死を目前に控えた声だ。


春見:「貴方は……いいえ、その問いに答えましょう」


 僅かに眼を閉じ、想いを巡らせる。


春見:「──あります。未練も、やりたい事も沢山、見つかりました。友達のために、家族のために。そして……」



「彼に、まだ返しきれていない。この想いも、命も。だから──」

「これからも彼と一緒に……歩んでいきたいと思います」



 眼前の、過去の自分とは正反対とも言える答えを、彼女は見出した。

 風前の灯となった意志は、誇らしげに。いつかと同じ激励の言葉を最期に遺す。


「承知した。──義もある。ここに成立した。その望み、果たすとよい」


 "約束の瞳"は、自らの意志で過去の春見へと融合を果たす。

 それは、EXレネゲイドとしての生を終え、相手の一部となる行為に他ならない。

 かつて自らも味わった激痛と共に、彼女はオーヴァードとして覚醒を始める──。


春見:「……これから貴女は酷い目に遭う。その眼を特異点として様々な災害がその身を苛むでしょう」


 これまでの旅路を想う。苦難ばかりの、先が視えない戦いの旅路を。


春見:「でも、私にしか視えない未来もある。私を赦せとは言いません。それでも──」



「──頑張ってね。春見わたし



 春見の旅路は困難を極めた。だがそれだけが彼女の旅路の全てではない。

 彼に赦され、周囲を赦した。自身に贈ったこの言葉こそ、彼女の歩んだ道に他ならない。



 春見の覚醒は秒読みに入った。しかし影裏は未だ意識が朦朧もうろうとしているままだ。

 キングタイガーとの戦闘も長引いている。影裏の意識を目覚めさせ、覚醒へと導かなくてはならない!


 難易度:<意志> 15 ※影裏のみ挑戦できる。



影裏:望むところだ。いざ、参ります。

 (ダイスころころ)達成値は26。

GM:目標値+3、合計値19……だが、

影裏:ここで! 《レネゲイドリゾプション》を宣言! 進行値に+3させてもらおう!

GM:合計進行値22、FS判定クリア!



 キングタイガーの超速ラッシュ。その締めは決まって大振りの一撃だ。

 影裏はその一撃に拳を打ち込む事で相殺し、距離を離す。

 後退した先が、過去の自身が倒れる位置になるよう力加減を調整して。


影裏:「(覚醒が遅い……いや、逆に丁度いいか。影裏結理、お前には……)」


「練習台になってもらうぜ」


 ぼそりと呟き、倒れる過去の自分自身に語りかける。


影裏:「おい。まだ寝てるのか。いい加減起きろよ。

 さっさと立て。立って前見ろ」


 言葉と同時に、影のアギトがゆっくりと鎌首をもたげ──過去の影裏にその牙を突き立てた。

 過去の影裏は、うっすらと目を開くも、影で姿を捉える事はできない。


影裏:「このまま寝てると──お前の大切なもん、全部失うぞ」


 かつての自身に向けて、影のアギトからレネゲイドを逆流させてゆく。

 β世界から着想を得た、奪うだけだった影裏の新たな力。


影裏:「──春見も、京香も、桃矢も。何もかも全部──」


 そして口にする。過去の自分にとって最大の禁忌を。覚醒を促す、最後の言葉を。



「”死ぬ”ぞ」



 身体が、心が、硬直する──死にたくない。死なれたくない。殺されたくない。

 それは、かつての自身を苛んだ……弱さそのものだった。


 この時代には確認されていないウロボロスに影裏が覚醒した理由を、奏 時貞はこう推論した。

 覚醒時に近くにいた都築京香のレネゲイドからウロボロスに感染したのだ、と。


 だが、それは違った。


 未来の影裏自身が持つレネゲイド。この時代には存在すら許されない、影を操るレネゲイド。

 その感染の鍵は、彼自身が握っていたのだ。

 円環とも言える矛盾。それこそが──


影裏:「(過去から未来へ。未来から過去へ。レネゲイドを奪い、そして与える。無限の円環を司るそれこそが──)」


 ──円環の蛇、ウロボロス。


 咆哮と共に覚醒したこの男こそ、世界の、そして時の異分子──”イレギュラー”に他ならない。



 過去の影裏が絶叫産声を上げると同時に、二人は近場のビル屋上へと立ち去った。


 だが──まだ最後の仕事が残っている。

 かつての二人は、キングタイガーを一度は退けるものの……衝動により春見は気絶し、影裏もまた身動きが取れない状態となった。

 このまま放置すれば、《Eロイス:不滅の妄執》によって蘇生した彼により二人が致命傷を負う事は間違いない。



 判定項目:キングタイガーの注意を引きつつ撤退せよ

 <意志> 30 ※二人の達成値を合計して算出する事



影裏:踏ん張りどころだな。

春見:こっちから挑戦するよ。トリはお願い。

影裏:OK、では初手は任せた!

春見:思い出の一品で+1して判定!(ダイスころころ)達成値、16。

影裏:残り14か。問題ない、行くぜ!(ダイスころころ)達成値40だ!

GM:合計56……文句なしの成功だ!



 動けない過去の二人に向け、ジリジリと距離を詰めるキングタイガー。

 だがその視界の端に──彼がいたのだ。


影裏:「……覚醒は成功だ。退くぞ、春見」

春見:「うん。あの人、こちらに来る筈だから気を付けて」

影裏:「ああ。さあ来い、キングタイガー。俺はここにいるぞ」


 わざと視界に姿を晒しつつ、挑発するように一瞬立ち止まり──視線が、交錯する。


キングタイガー:「──そこか」


「そこにいたか! アマイマスク!」


 初めての戦闘だった。その結果は、勝利であり、敗北でもあった。

 窮地を免れたのは偶然などではなく。

 今、存在するのは偶然などではなく。


 全ては、必然の出来事だったのだ──。

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