第四話〜ミドル10〜

 影裏によって"悪い子"としての自分を赦された春見は、これからの戦いに備えてセーフハウスに残っている武器や防具などを整理していた。



春見:クライマックス戦闘が起きる前に調達判定をしておくよ。

GM:オッケーだ。シーンインどうぞ!

春見:(ダイスころころ)RPのシーンでも少しずつ上がって侵蝕率102%か。だいぶ高くなっちゃった。

影裏:俺たちなら大丈夫さ。

GM:……と、侵蝕率108%の男が申しております。

影裏:大丈夫さ(白目)

春見:まあ、なんとかなるでしょう。調達判定で「クリスタルシールド」に挑戦するよ。

GM:あいよ!


 春見が素振りで出した出目は16。クリスタルシールドには9点届かなかったが……。


春見:残りの財産ポイント9点を全てつぎ込んで達成値25。成功させるね。

影裏:買えちゃうのか……(苦笑)





 春見がこれからの戦いに備え終えた頃、部屋のドアがノックされる。


アンナ:「──春見様。遅くなりました。……アンナです」


 それは、聞き慣れたいつもの口調だ。


春見:「今、開けます」


 鍵の掛かっていないその扉を、自らの手で開く。


アンナ:「……失礼します」

春見:「待ってました。好きに座って」

アンナ:「……はい」


 春見に勧められるがままに座布団に正座するアンナだったが、その視線はどこか落ち着かない。

 居心地の悪さに耐えきれなくなったのか、先に切り出したのはアンナの方だった。


アンナ:「あの、春見様。……先に言っておきますが、私は、その。姉などと呼ばれるべき存在では──」

春見:「でも貴女は"お姉ちゃん"という言葉に反応しました」

アンナ:「それはっ……」

春見:「それに、先ほどの言葉。姉と呼ばれる"べき"存在ではない、と言いましたね。……暗に認めているようなものですよ?」

アンナ:「っ!」


 動揺するアンナの表情を、春見は見逃さなかった。


春見:「では認めるんですね? 貴女が"姉"であり、『佐倉 杏子』だという真実を」

アンナ:「……その名前。どこで」

春見:「最初は……夢に出てきたんです。私がお姉ちゃんと呼んだ、その人との思い出を。……でも、それが誰かを私は覚えていなかった」

アンナ:「──夢、に」

春見:「だから調べました。UGNのデータベースにハッキングまでして、やっと見つけたんですからね?」


 その言葉に、アンナは俯く。いつも目深に被っているフードに隠れて、目元は見えない。


アンナ:「ああ……それは敵いませんね。深層心理の記憶までは、どうしようもないです」

春見:「……教えてください。どうして、私の記憶は抜けているんですか?

 ……何故、貴女をお姉ちゃんと認識できなかったのかを」

アンナ:「それ、は……私が──」


 途切れてしまったその言葉を、春見は静かに待った。

 力を使うでもなく、ただ相手を信じたのだ。



アンナ:「──私が、消したからです。まだ、オーヴァードに覚醒していない春見様を相手に、力を、行使して……」



春見:「何故?」

アンナ:「それは…………、耐えられ、なかったから」

春見:「何にですか。私が、オーヴァードになれもしない非力な存在だった事に?」

アンナ:「違う、違うんです! 春見様が、あの辛い日々を。あの地獄のような日々を耐えていることに──」


 俯いた顔を、上げられず。アンナは声を絞り出す。


アンナ:「……春見様が耐えていることに──私が耐えられなかったんです。

 あの頃の厳蔵様は、正気ではなかった……!」

春見:「……そうだね。今よりもずっとずっと苦しかったのを、夢で見ました」

アンナ:「お祖父様は、春見を、本気で……殺しそう、だったんです」

春見:「私からお姉ちゃんの記憶を奪った事で、どう救われたんですか?」

アンナ:「……春見の、私に付随する記憶。レネゲイドに関する記憶を奪う事で……それ以降の修行を、先延ばしにしました」

春見:「……」

アンナ:「──本当は、救われてなんかないって、分かってます。

 でも──でもどうしても。春見が、傷ついていく姿が、見ていられなくて……」


 徐々に声が震えていく。それだけで、彼女の言葉は真実なのだと、教えてくれる。


春見:「お爺様は、大層お怒りになったでしょうね。お姉ちゃんが私の姉を名乗れないのは、それが理由?」


 アンナは小さく首を振った。


アンナ:「……確かに、お祖父様からは、大変なお怒りを受けました。ですが──」


「私は、春見の。どんな理由であれ春見の記憶を、奪ったから。それなのに、姉だなんて……言えるわけ、なかった」


春見:「……お母様は、この事実を知ってる?」

アンナ:「お母様は、私が"アンナ"を名乗った少し後に──」


 しかし、アンナは押し黙る。


アンナ:「……お母様は。少なくとも今のお母様は、知りません。

 私がアンナを名乗ったより後に起きた事件で。お母様は、大変なショックを受けて──」

春見:「……」

アンナ:「……なので、お母様は、私が娘であることすら。知らないと、思います」

春見:「…………そっか」


 二人の間を静寂が支配する。──互いが過ごすはずだった日常。それは目の前にいる自身の姉によって、知らぬ間に奪われていたのだ。


春見:「貴女が行なった事は、人の人生を狂わせかねない行動です。私だけでなく、母にまでその手を掛けた。決して赦されることではありません」


 努めて冷淡に、その言葉を告げる。


春見:「佐倉家次期当主候補として、貴女に罰を下します」

アンナ:「……なんなりと。罰を受ける覚悟は、とうに」


春見:「佐倉家付きメイド、アンナ。……今日限りでその"銘"と"命"に暇を出します」

アンナ:「っ…………はい」


 アンナの肩は、小さく震えていた。それはアンナを佐倉家から追い出すことに他ならなかったからだ。



春見:「……しかし、名乗る名がないというのも不便です。ですから、代わりに"佐倉 杏子"と名乗ることを許可します」



 優しくそのフードを外し、春見は自身とよく似た"すみれ色"の瞳を覗き込む。


春見:「……帰ってきてください、杏子お姉ちゃん。私は、それを望んでいます」

杏子:「────」


 アンナではなく、杏子が、初めて春見の目を見て口を開こうとした時。


 杏子の目の焦点が、大きく揺らいだ──。

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