第13話 棚から国
「ある筋から手に入れた情報によると……チェルダ王国は三年後には、条約を破棄して攻め込んでくるつもりだそうですよ。皇帝陛下」
「トドリス、それは本当か? ある筋ってのは、どこだ? チェルダ王は気でも狂ったか?」
エルキュールの問いに対し、トドリスは頷いた。
そして情報の入手ルートについて、エルキュールに話す。
「同様の情報がいくつも、上がっています。チェルダ王国の宮殿も混乱しているようで……」
「そりゃあ、混乱するだろ。俺だって困惑だわ。しっかし……人ってのは、たまに信じられん決断をするな」
エルキュールの知るヒルデリック二世の性格から、このような決断はあり得ない。
誰かの入れ知恵と考えるのが妥当だが……
ヒルデリック二世の家臣のほぼ全てが、内心ではそれに反対しているという。
つまりヒルデリック二世の独断である。
「どうしますか? 陛下」
「どうしますもこうしますも、迎え撃つしかあるまい? しかし三年か……面倒だな、その時だとまだ防備が固まっていない。まあ……防衛戦争となれば、こちらが圧倒的に有利だがな」
勝つのは容易だ。
そして条約破棄を咎め、さらに厳しい条件を上乗せすることも可能である。
「まあ焦る必要はない。引き続き、お前はチェルダ王国の動向を監視しろ」
「承知しました、陛下」
トドリスは頷いた。
さて、その報告から一月後のことである。
その日、エルキュールはセシリアとニアを連れてノヴァ・レムリア近くの森で狩りをしていた。
「どうだ、セシリア」
「はい、とても美味しいです」
エルキュールが仕留めた野鳥の肉を食べながらセシリアは言った。
塩と胡椒だけの簡単な味付けだ。
野外で、捌きたての肉を食べているという状況が調味料となり、セシリアにそれをより美味しく感じさせていた。
「あの、陛下。私が仕留めたウサギも、食べてもらえませんか?」
そう言ってエルキュールに擦り寄ったのはニアだ。
「ん、良いぞ」
エルキュールは口を開けた。
するとニアは串に刺さったウサギの肉を慎重にエルキュールの口に運んだ。
「ど、どうですか?」
「美味いよ」
エルキュールがそう答えると、ニアは嬉しそうに笑った。
エルキュールは内心で、別にお前が仕留めたからといってウサギの味が変わるわけでもないんじゃないか? と思ったが、口には出さなかった。
エルキュールは空気が読める男なのだ。
「あの、エルキュール様」
「ん、どうした、セシリア。お前も俺に肉を食べさせたいのか?」
「はい! ……いや、そうじゃなくてですね、チェルダ王国のことについてお聞きしても良いですか?」
エルキュールがセシリアを狩りにつれてきたのは、何もデートだけが目的ではない。
密談するためだ。
案外、森の中というのは秘密の話をするのに向いていたりする。
「ああ、良いぞ。さて、どこから話せば良いかな」
エルキュールは現状において分かっているチェルダ王国の内情についてセシリアに話した。
「……三年後、ですか」
「ああ。チェルダ王は自暴自棄になっているようだな。家臣たちも止めようとしているが、上手くいっていないらしい。この調子だとクーデターでも起きそうだな」
エルキュールは随分と大昔、ファールス王国で起きた出来事を思い出しながら言った。
あの時はファールス王国の将軍であるカワードやシャーヒーンの二人が、当時国王の代理として留守を任されていたヤズデギルドを強引に拘束したのだ。
もっとも……
ファールス王国の一件は王子である一方で、チェルダ王国の場合は国王本人である。
そう簡単に幽閉することはできないだろう。
もし今のチェルダ王、つまりはヒルデリック二世を拘束したとしても……
代わりの王として使える人材がいない。
もしヒルデリック二世に子供がいればそれを国王として即位させることもできるのだが、ヒルデリック二世とソニアの二人は未だ結婚すらしていない。
そもそもだがクーデターを起こすだけの勇気がある者がチェルダ王国にいるか、怪しいところだ。
「しかし、おかげでこちらへ内応を図る者が増えてきて助かってはいるんだがね」
「……酷い話ですね」
「仕方があるまい。泥船に好んで乗りたい者はいないだろう」
ヒルデリック二世のご乱心を見て、「この国はもうダメだ」と考えたチェルダ王国の貴族は決して少なくない。
彼らはチェルダ王国がレムリア帝国に侵略された時のことを考え、チェルダ王国内部の情報をレムリア帝国へ横流しにしている。
もっとも、彼らにとってはこれは保険に過ぎない。
もしチェルダ王国が何らかの奇跡によって盛り返すようなことがあれば、彼らはレムリア帝国との縁を切ろうとするだろう。
「まあ、三年後に講和を破棄して攻め込んでくるというのであれば、迎え撃つまでよ。考え方を変えれば、一気に反乱分子を一掃できる」
三年後だと、まだ反レムリアの旗を掲げる
そのためチェルダ王国が攻め込んできたタイミングと同時に反乱を起こすだろう。
これはレムリア帝国にとってかなり厄介……
ではあるが、厄介止まりでしかない。
エルキュールはこれらをまとめて片付ける自信があった。
「セシリア、お前たちメシア教会の協力も期待しているぞ?」
「はい、勿論です。彼らを正しき教えに導くのもまた、私たちの使命ですから」
旧チェルダ王国旧領内の西方派メシア教徒たちを、正統派
「チェルダが片付いたらエデルナだ。最低でもレムリア市は返して貰いに行こう。……帰れる日も近いぞ?」
エルキュールはエデルナ王国を直轄支配しようという意思は、実はあまりない。
チェルダ王国を飲みこむだけでも精一杯だからだ。
故に従来通り、親レムリアの傀儡政権を樹立させようと考えている。
が、レムリア市だけは別腹だ。
「あの自称“教皇”の首は必ず刎ね飛ばす。……俺のセシリアに手を出したんだからな」
「……俺の、と言いますが、当時はエルキュール様のものではありませんよ?」
「ということは、今は俺のモノと判断しても良いのかな?」
そう言ってエルキュールはセシリアの顎に手を添えた。
セシリアは頬を赤らめ、目を逸らした。
「ま、まあ……あなたの庇護下にあるという意味では、そうかもしれませんね。でも、それでも、私は姫巫女。あなたとは、対等ですから!」
「そうか、そうか」
エルキュールはセシリアの頭を撫でた。
セシリアは頬を膨らませた。
「ば、馬鹿にしているでしょう! 絶対に、ぎゃふんって言わせますからね!?」
「ぎゃふん!」
すると今まで不機嫌そうにエルキュールとセシリアのやり取りを見ていたニアが、にやけた顔で言った。
セシリアはニアを睨みつける。
「何であなたが言うんですか?」
「言わせられると良いね」
「どういう意味ですか!」
「言葉通りの声援だけど?」
ギャーギャーと喧嘩をし始めたセシリアとニア。
エルキュールとニア、そしてセシリアはまだ、知らなかった。
チェルダ王国でとんでもないことが起こっていることを。
さて、三人がノヴァ・レムリア市に帰還したのはその日の夕方だった。
セシリアを彼女に与えた屋敷に送り届けた後、エルキュールとニアは呑気にノヴァ・レムリア城へと戻った。
「陛下!! こんな時に黙ってお出掛けなど!」
「陛下、戻られたんですね!」
「……何をしていたの?」
二人を出迎えたのはカロリナ、シェヘラザード、ルナリエの三人だった。
口ではエルキュールを咎めているが、しかし視線はニアに向けられている。
ニアは優越感に浸った顔でドヤ顔を浮かべ、結果として三人の額の青筋が増えた。
「何かあったのか?」
「またそうやって! どうせ、陛下の計画通りなのでしょう? しらばっくれないでくださいよ」
カロリナはエルキュールに駆け寄り、怒った様子で軽くエルキュールの胸を叩いた。
エルキュールは首を傾げた。
「……はぁ?」
「もしかして、陛下の計画ではないのですか?」
そう尋ねたのはシェヘラザードだった。
あまり疑うことを知らないシェヘラザードは、本当にエルキュールが“あの事”を知らないのではと思い始めたのだ。
「シェヘラザード、騙されてはいけません。この人は昔からそういう人なんです。ねぇ? 陛下」
「……いや、何を指しているのか分からないのだが」
何か知られてはならないことでもバレたのだろうかと、エルキュールは首を傾げる。
心当たりが多すぎて分からない。
「悪事を企みすぎて、どれが実を結んだのか分からないんじゃない?」
「酷い言い草だな、ルナ」
ジト目でエルキュールを見るルナリエ。
ここまで言われるとエルキュールもやや苛立ってくる。
「で、何だよ? 早く言え。もし、それが俺が知っていて、本当に忘れていたことだったら、謝ってやる。もし俺が本当に身に覚えがないことだったら、誠意を込めた謝罪をして貰うからな?」
エルキュールの言葉にカロリナとシェヘラザードが少しだけ怯んだ。
が、ルナリエは僅かに頬を上気した顔で答えた。
「何もしていないのにチェルダ王国が降伏してきた。陛下の策略でしょう?」
ルナリエの言葉にエルキュールは答えた。
「……本当に何も知らないのだが、どういうことだ? どうしてチェルダ王国が自ら転がってくる?」
「「「……え?」」」
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