第6話 反乱


 テリポル解放軍がチェルダ市方面へ完全に撤退したのを確認した籠城軍は、ステファン率いる歩兵二個軍団を守りに残し、ニア、ジェベ率いる遊撃部隊と、オスカル率いる歩兵軍団、マシニッサ率いるバルバル族シュイエン氏族の同盟軍は西へと向かった。


 そして三日後、砂漠越えから七十八日目の日。

 エルキュールと合流を果たした。


 「皇帝陛下!! 私、頑張りました!! 褒めてください!!」

 「おう。よくやった、偉いな。ニア」


 エルキュールは真っ先にエルキュールの下に飛び出てきたニアの頭を撫でてやった。

 そしてそれをなんとも言えない表情で見ていたオスカルとジェベに対し、笑みを浮かべていった。


 「お前らも撫でてやろうか?」

 「「結構です」」


 二人は揃って首を横に振った。

 それからエルキュールは一歩離れて立っているマシニッサへと近づいた。


 「友よ、よくやってくれた。……ところで、君たちはどうするつもりかね?」

 「もう勝利は決定的になっている……我々がいる必要はありませんが、最後まで見届けましょう」


 マシニッサの言葉にエルキュールは満足気に頷いた。


 「では……騎兵だけ率いて、共にアズダヴィア市に向かってくれないかな? 彼らを殲滅すれば、それで終わりなのでね」

 「分かりました、皇帝陛下」


 マシニッサは頷いた。

 それからエルキュールはジェベとニア、そしてオスカルに視線を移す。


 「お前らも俺についてこい。オスカル、お前には沿岸部の都市の占領を頼む。全て俺が降伏させた後だから、抵抗はないはずだ。抵抗するようなら叩き潰せ。俺がこれから指定する十の都市には、それぞれ一個大隊を配置させておくように。十個目の都市を占領し終えたら、そこで待機していろ」


 「「「は!!!」」」


 三人は頷いた。







 さて、その翌日。

 砂漠越えから七十九日目。


 アズダヴィア市を包囲しているレムリア軍を包囲しているチェルダ軍(元テリポルタニア守備軍)の下に、テリポル解放軍が撤退したという情報が届いた。


 そしてレムリア皇帝が友軍と合流し、再びアズダヴィア市へと戻ろうとしている……

 という情報も届く。


 これが意味することはつまり……

 少なくとも四〇〇〇〇を超えるレムリア軍と、約五〇〇〇〇のアズダヴィア市を攻囲しているレムリア軍に挟み撃ちにされる可能性が浮上した、ということである。


 もしこれが合流前の、レムリア軍約二〇〇〇〇ならば一時的にレムリア軍への包囲を解き、会戦でこれを打ち破ってから、再び包囲を始めるという選択肢があったが……


 四〇〇〇〇を超すレムリア軍に、会戦で勝てる保証はない。

 そしてまた……テリポルタニア地方はすでに半分がレムリア帝国の手に落ちており、撤退する先は存在しない。


 元テリポルタニア守備軍の将軍は、チェルダ王国の敗北を悟った。


 「……仕方がない。降伏しよう」


 彼らはアズダヴィア市を包囲しているレムリア軍に対し、降伏の使者を出した。

 総司令官のガルフィスはこの降伏を受け入れた。








 「これで残るはアズダヴィア市に引き籠っている敵軍、五〇〇〇〇ですなぁ、ガルフィス将軍」

 「ああ。一応、報告の使者を出そう。テリポルタニア守備軍の指揮官を使者に出せば、信用するだろう」


 アズダヴィア守備軍はレムリア軍に徹底的に包囲されているため、外からの情報が全て遮断されている。

 つまりテリポル解放軍が敗北したことを知らないのだ。


 「まあ、普通なら降伏するだろう。兵糧だって、無限にあるわけじゃない。ずっとアズダヴィア市に籠城し続けることは不可能。そして援軍の見込みはない」


 

 イアソンが愚かな将ではないことは今までの対応から分かっている。

 常識的な判断ができる将軍だ。

 間違いなく降伏するだろう、とダリオスは予想した。


 「いやー、しかし……この戦争での主要な戦いは主に、テリポルの戦い、第一次テリポル攻囲戦、第二次テリポル攻囲戦のたった三つだけ。我が軍の犠牲は多く見積もっても一〇〇〇〇程度なのに対し、敵は先ほど降伏した元テリポルタニア守備軍二〇〇〇〇と、これから降伏するであろうアズダヴィア守備軍五〇〇〇〇の合計七〇〇〇〇、加えてテリポルの戦いや攻囲戦で受けた敵の損害も含めれば、軽く一〇〇〇〇〇は超える」


 エドモンドはにやにやと笑い、髭を触りながら愉快そうに続けて言う。


 「我らの皇帝陛下は、自軍の約十倍の損失を敵に与えたことになる。殆ど、戦わずに……全く、恐ろしい方ですな。しかも穀倉地帯のテリポルタニア地方はほぼ無傷ですよ」


 戦闘が起こったのはテリポル市周辺とアズダヴィア市周辺だけ。

 そのため穀倉地帯であるテリポルタニア地方は、さほどダメージは受けていない。


 無論、全くの無傷とは言わないが……

 その傷は一年以内に癒え、その後レムリア帝国に莫大な富を齎すことは間違いない。


 「しかし……今回の戦争、敵は皇帝陛下に完全に翻弄されていましたな。やることが全て裏目に出ているようだった。よくもまあ、あれだけ敵の思考を読めるものだ」

 

 皇帝陛下は魔法使いか、何かか?

 とエドモンドは疑問を口に出した。


 しかしダリオスは首を横に振った。

 

 「いや……皇帝陛下は敵の思考を読んでいたわけではないぞ、エドモンド将軍。陛下は敵が何を考えているかなんて、ちっとも考えてはいなかったはず」


 「それはどういう意味ですか? ダリオス将軍?」


 エドモンドの問いに対し、ダリオスは愉快そうに笑みを浮かべて答えた。


 「簡単だよ……陛下は敵がどう対応しても、勝てるような作戦を立てていたのさ。陛下は敵の思考を読んでいたわけでも、誘導していたわけでもない。皇帝陛下はそんな不確かなものに頼るようなお方じゃないさ」


 この戦争を迷路に例えるとすると、行き止まりが敗北、ゴールが勝利だ。


 多くの者にとっては、エルキュールがチェルダ王国の思考を完全に読み、または誘導し、彼らの進行方向に行き止まりを用意したかのように見える。


 だが……実際は違う。

 そもそもこの迷路にはゴールというものが設けられていないのだ。


 どんなに進んでも、必ず行き止まりに辿りつく。


 故にこの戦争には当初からチェルダ王国に勝ち目など存在しなかった。


 「最大の分かれ目は、砂漠越えだろう。もしチェルダ王国が皇帝陛下の砂漠越えを見破ることができたら、チェルダ王国も勝てた」


 補足するようにガルフィスが言った。


 チェルダ王国がゴールのない迷路に迷い込んだのは、砂漠越えの直前である。

 あの時に対応ができていたら、もしかしたらチェルダ王国にも勝利の可能性があったのだ。


 「まあ、つまり皇帝陛下は砂漠越えの一手だけでチェルダ王国を滅ぼしたことになるわけだ。もっとも、そもそも砂漠越えそのものがほぼ不可能に近いんだが……よくもまあ成功したものだ」


 今でも信じられない。

 と、ダリオスは呟いた。


 先入観に囚われず、綿密な計画を立てたエルキュールの勝利と言える。


 「なるほど……さすが皇帝陛下ですね。……おや、使者が戻ってきましたよ」


 エドモンドがエルキュールを称賛するのと同時に……

 アズダヴィア市の城門が開き、そこから使者が戻ってきた。


 きっと降伏の受け入れだろう。

 と、ガルフィスもダリオスも、そしてエドモンドも思っていた。





 しかし……





 アズダヴィア守備軍はレムリア軍の降伏勧告を拒否した。




 


 「いい加減にするんだ! このアズダヴィア守備軍の総司令官は、僕だぞ? こんなことをして許されると思っているのか!?」


 イアソンは叫んだ。

 イアソンがいるのはアズダヴィア市に設けられた、牢獄である。


 檻の前に立つのは獣人族ワービーストの指揮官だ。


 「黙れ、売国奴め。敵に降伏するなど、言語道断!」


 「バカな! これ以上戦っても、勝ち目などない!! 無駄な犠牲を出す方が売国奴だ! できるだけ犠牲を出さず、降伏し、より多くの兵士たちを故郷に返すのは我々の務め……」


 「黙れ!!」


 指揮官は剣を引き抜いた。

 イアソンは思わず両手を上げた。


 「誰のせいでこうなったと思っている?」

 「君たちのせいだろう!」

 「その前の話だ!! カーマイン将軍の作戦ならば、このような結果にならなかったはずだ!!」


 この敗戦は兵を分散させたお前のせいだ。

 と、獣人族ワービーストの指揮官は指摘した。


 「カーマイン将軍の作戦で砂漠越えに対応できたとはとても思えないが……」


 カーマインの作戦はテリポルタニア地方は捨て石として、テリポル市とチェルダ市の守りを固めるというものだが……

 兵を分散させようが、集中させようが、兵の集まる速度は変わらない。


 つまり兵が集まり切る前にテリポル市を奇襲攻撃されてしまえばお終いだ。


 「ええい、黙れ!! とにかく、我々は降伏などしない。一兵でも多くのレムリア兵を道連れにする!!」

 「無茶苦茶な……それに何の意味がある?」


 兵士を無駄死にさせるだけである。

 と、主張するイアソンに対し、指揮官は首を横に振った。


 「まだチェルダ王国は降伏していない! 我々が抵抗を続ける限り、レムリア軍はテリポルタニア地方を属州にできない。……一か月も時間稼ぎをすれば、きっと反撃が始まる。そうなれば我々の勝利だ」


 「一体、そんな見込みがどこにあるっていうんだ……」


 絵空事だ。

 と、イアソンは言うが指揮官は聞く耳を持たなかった。

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