第32話 舞台演劇 第六幕 逃走成功

 「あ、あの……エルキュール様。こ、これ以外の服はないのですか?」

 「あるにはあるが、普通の服では変装にならないだろう」

 「そ、それもそうですが……」


 エルキュールとセシリアは同じ馬車に乗り合わせていた。

 さすがにエルキュールが乗っている馬車の中を検査することはあるまい。


 と考えたからである。


 さて……セシリアの服はボロボロであり、不衛生だった。

 それもそのはずで二十日間も風呂に入れて貰えず、洗濯もしないで、ずっと同じ服を着ていたのだから。


 ここだけの話、何度か垂れ流したりもしていた。


 風呂に入る時間はないが、服くらいは着替えたい。

 というセシリアの要望に従い、エルキュールはセシリアに着替えとして……




 メイド服を渡した。





 「と、というか……何でサイズぴったりの召使服が都合よく用意されているのですか?」

 「気の所為だよ。気にし過ぎだ」

 「……そうでしょうか?」


 セシリアはイマイチ信用できない……

 とでも言いたげに眉を顰めた。


 エルキュールは心外だというように肩を竦めた。


 「私のことが信用できないと言うのか! 酷い話だ。こんなに君のことを大切に思っているのに……」 

 「うう……そ、その……実はエルキュール様に謝罪したいことがありまして……」


 エルキュールの言葉を聞き、何故かセシリアは申し訳なさそうに頭を下げた。


 「そ、その……と、途中でエルキュール様のことを……う、疑ってしまいました。グレゴリウスにあなたが私を見捨てたと言われて……そ、その……本当に申し訳ありません」

 「そりゃあ、グレゴリウスにはそういうことを言ったからな、当然嘘だが。別に謝ることでもないさ」

 「そ、そうでしょうか?」


 エルキュールは頷いた。

 むしろグレゴリウスに言われるまではずっと信じていたことにエルキュールは驚いている。


 エルキュールならば三秒で疑い、三十秒で諦める。

 客観的に見て、自分ほど信頼できない人間はいない。


 「そもそもだが、君は他に謝らなくてはならない相手がいるんじゃないか?」

 「……先に喧嘩を売って来たのはあっちですし」

 「そういう強情なところは変わりないな」


 エルキュールはしげしげとセシリアを観察した。

 

 昔は可愛いとはいえ、まだまだ小さく……

 とても女として見れるようなレベルではなかった。


 可愛いは可愛いでも、犬猫への可愛いに近かった。


 だが今のセシリアは可愛いというよりは、美しいという表現が似合う。

 

 手足もすらりと伸び、埃で汚れていることを差し引いてもその銀色の髪は美しい。

 瞳もプラチナのように輝いている。


 容姿も芸術品のような、完成された美が備わっていた。

 唯一勿体無いところは顔の痣だが、こちらは後でルーカノスの治療を受ければ消えるだろう。


 (しかも胸が大きい! けしからん、けしからん……これは異端審問に掛かっても仕方がない!)


 男を誘惑する悪いおっぱいだ。

 エルキュールはセシリアの胸をガン見しながら何度も頷いた。


 エルキュールの視線に気が付いたのか、セシリアは胸を両手で隠した。


 「……やめてください」

 「いや、良いモノをお持ちだと思って。決して恥じることではない」

 「……乙女の胸部と乙女の胸部を凝視する男性なら、それは当然後者の方が恥ずべき存在でしょう」


 とはいえ、セシリアも満更では無さそうだった。

 これは脈あり、イケる。


 エルキュールは確信した。


 (次の姫巫女メディウムは俺の娘だ。そうしよう。うん、絶対にそうする)


 これは決して自分の欲望のためではない。

 レムリア帝国の、そしてメシア教のためである。


 自分は君主なのだから、大衆の利益のために動くのは当然。


 エルキュールは自分を正当化した。


 「まあ、取り敢えずこれでも被ってくれ」


 エルキュールはセシリアの頭に黒髪で作られた鬘を乗せた。

 わしゃわしゃとセシリアの髪を弄り、鬘をセットする。


 あっという間にセシリアは黒髪ロングの美少女へと変わった。


 「これは……」

 「君の銀髪は目立つからな。まあ、気休めだが」


 セシリアは絶世、と言っても過言ではないくらいの美少女である。

 銀髪を隠しても一目でバレる。

 

 などとやり取りをしていると……

 急に馬車が止まった。


 「退きなさい!! 皇帝陛下に無礼です!!!!」


 カロリナの怒鳴り声が響く。

 どうやら途中で捕まったようだ。


 セシリアはエルキュールの袖を掴む。

 二十日間の拷問はセシリアのトラウマになっていた。


 エルキュールはセシリアの頭を撫でて……

 外にいるカロリナに大声で尋ねた。


 「何の騒ぎだ!!」

 「坊主共が検査をさせろと騒いでいます……どういたしますか?」

 「別にやましいことはない。調べさせてやれ」


 エルキュールはそう答えた。

 斯くしてエルキュール一行の取り調べが始まる。







 「全く、失礼な連中です」

 「何も無かったら責任をとって貰います」


 カロリナとニアは荷物・人物検査を始めた聖職者や兵士に向かって、殺気を飛ばす。

 二人のさっきにビクビク怯えながらも、彼らはエルキュールの護衛や召使の顔をじっくりと確認する。

 また食糧が積まれた馬車の中にも、レムリアの兵士同伴で入りこみ……

 馬車の床下まで調べていく。


 当然、セシリアはエルキュールと同じ馬車に乗っているためそんなところにはいない。

 そしてエルキュールとセシリアが乗っている馬車一台を残し、全てを調べ終える。


 そして……


 「ほら、いないでしょう! もう行きますからね!!」

 

 カロリナがそう言って、先に進もうとする。

 エルキュールの横でセシリアがホッと息をついた。


 だが……


 「まだだ!! 一つ馬車を調べていない!!」

 「貴様、ふざけるな!! この馬車は皇帝陛下がお乗りになられているのだぞ!! これ以上陛下に無礼を働くというのであれば斬り殺すぞ!!」


 兵士がエルキュールとセシリアが乗っている馬車に入りこもうとすると、ニアが剣を抜き放った。

 途端に緊張が走る。


 レムリア側としてもいくら本当に隠しているとはいえ皇帝が乗っている馬車を暴こうとするような暴挙は許されないし、逆に教皇側としてはその過剰な反応が怪しく見えてしまう。


 一触即発の状態となった。









 さて馬車の中では……

 セシリアが不安そうにエルキュールの顔を見上げていた。

 内心でエルキュールも少し焦っていた。


 「エ、エルキュール様……ど、どういたしますか?」

 「うーん、ここで一触即発というのもな。近くでガルフィスが待機しているとはいえ、出来れば本国に帰るまで揉め事は避けたいのだが……」


 エルキュールは肩を竦めた。

 こうなったら仕方がない。


 「セシリア、実は秘策があるんだが……試して良いか?」

 「ひ、秘策ですか? それは一体……」 

 「説明している暇はない」

 「……分かりました。良いですよ」


 セシリアは頷いた。

 エルキュールはセシリアが頷くのを確認すると……


 大きな声で答えた。


 「良いぞ。ただ……今は取り込み中だ。手早く済ませ」

 「よ、宜しいんですか!!」


 ニアが焦った声を上げる。

 このままではセシリアがいることがバレてしまう。


 確かにエルキュールは百人を超える護衛を連れてきてはいるが……

 ここはグレゴリウスの本拠地であり、大勢の傭兵がいる。


 多勢に無勢で捕まってしまうだろう。


 「問題無い」


 エルキュールはそう答え……

 セシリアに向き直った。


 「少し耐えていろ」


 エルキュールはそう言ってセシリアの肩を掴み……










 「失礼する!!」


 教皇側の、この場に於いてもっとも地位の高い聖職者が馬車の扉を開けて……

 中を検分した。


 聖職者の男が見たのは……

 絡み合う男女だった。


 上に乗っているのは男性で……おそらくレムリア皇帝。

 組み敷かれているのは黒髪で、召使の服に身を包んだ少女だった。


 二人は聖職者の男など、気にもしていないというように体を弄り合っていた。

 どうやら接吻をしているようで、ピチャピチャという唾液の音が馬車の中で反響していた。


 時折少女の嬌声が漏れ聞こえる。


 「……失礼した!!」


 思わず聖職者の男は扉を閉めてしまった。

 そして気が付く。

 不味い、少女の顔を確認していない。


 もう一度聖職者の男は馬車のドアを開けようとするが……

 ニアにその手を掴まれた。


 「もう、良いですよね? 確認したでしょう? ……いま、陛下はお取込み中なのです。邪魔するようなら殺しますよ?」


 イライラした声でニアは言った。

 本当はセシリアに向けるべき怒りを、ニアは聖職者の男にぶつける。

 

 「あ、い、いや……しかし……」

 「あああ!!」

 「い、いえ……な、何でもありません! 大丈夫です!! お、お通り下さい!!」


 ニアに気圧されて、聖職者の男は思わず言ってしまった。

 それを聞くや否や、馬車の御者は馬に鞭を入れて、教皇側の兵士や聖職者たちを蹴散らすように……


 エルキュール一行は城門を出て、走り去ってしまった。







































 「陛下、姫巫女メディウムは逃げ出したようです」

 「レムリア皇帝自ら乗り込んだとか、いやはや……まさに英雄ですな」

 「ほう……そちらを選択したか。では救出失敗の方の脚本は破棄、成功の方……Bで行こう。ナモ、チュルパン、計画通りに取り計らえ」

 「「は!」」

 「どちらの脚本でもエンディングに大きな差はない……ヒロインが炎で焼かれる悲劇を迎えなかったことを、祝おうか」

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