第31話 舞台演劇 第五幕 救出劇

 ニアは急いでセシリアに駆け寄ると、地下室の滑車を操作してセシリアを地面に卸した。

 そして兵士から奪った鍵でセシリアの手枷を外した。


 ニアはセシリアに声を掛ける。


 「やっぱりあんまり元気そうじゃないけど……歩ける?」

 「すみません……あ、足が……」

  

 ニアはセシリアの足を見て……顔を顰める。

 左足の親指の爪を除いて、剥がされている。


 よく見ると、手の爪も剥がされていたし……

 顔には殴られたような痣があった。


 「あ、あの……ニア。お願いがあるのですが……」

 「負ぶって欲しい?」

 「そ、それもそうなんですけど……その前に、頬を抓って貰えませんか?」


 ニアは首を傾げた。

 さては、拷問され過ぎで変な趣味に目覚めてしまったのだろうか?

 

 ニアはセシリアの頬を掴み抓る。


 「どう?」

 「……い、痛いです」

 「そりゃあ、そうでしょ。満足した?」

 「は、はい……痛いということは……夢じゃないんですね」


 セシリアはそう言うと…… 

 ニアに抱き付いた。


 「あ、会いたかったです!! も、もう一生会えないかと……」

 「ちょ、ちょっと……いきなり抱き付いて来ないでよ!」


 ニアはセシリアを剥がそうとするが……

 セシリアが泣いているのに気が付いた。


 (仕方がない)


 ニアはそのままセシリアの胸を貸した。

 数分もすると、セシリアは泣き止み……ニアの胸から顔を離した。


 「泣き虫」

 「う、五月蠅いです……ぐす」


 セシリアは顔を真っ赤にし、涙を袖で拭いて……ニアを睨みつけた。


 「そ、その……助けに来てくれてありがとうございます。でも、だからと言って許したわけじゃないですから」

 「それはこっちのセリフだし! 陛下の命令があったから助けたんであって……べ、別にセシリアのことが心配だとか、全然思って無いんだから!!!」

 「そうですか……」


 ニアの言葉にセシリアは露骨に悲しそうな表情を浮かべた。

 ニアは慌てて言い繕う。


 「ち、違う! い、今のは嘘!! ちょ、ちょっとくらい心配してたから!!」

 「こういうのツンデレって言うんですよね。陛下に聞きました」

 「な! あ、あなたは……やっぱり嫌いです!」

 「私も素直じゃない人は嫌いです」


 などと言い争いをしながらも、ニアはセシリアを背負った。

 セシリアはニアに尋ねた。


 「見張りの兵士はどうなっていますか?」

 「全員殺したよ、死体も隠したし……見張りの交代までは絶対に気が付かないよ」


 ニアはここに来るまでに屋敷の兵士を皆殺しにしていた。

 死人に口なし。

 全員殺してしまえば見つかることはないという、強引な理論である。


 「こ、殺した……い、いえ……そうですね、それ以外方法はないでしょう。……あなた方はグレゴリウスの命令に従っていただけです。罪はありません。どうか神よ……」

 「……あの、私の背中で私が殺した人の冥福を祈らないでくれない?」


 などと軽口を叩きながら、ニアはどんどん走っていく。

 セシリアはニアの速度に驚きながら、尋ねる。


 「大丈夫ですか? そんなに速く走って……」

 「私はあなたと鍛え方が違うからね。あれから何年経ったと思ってるの?」


 ニアに言われて……

 確かにとセシリアは納得した。


 昔のニアはとても小さく、野鼠のようにおどおどしていた。

 だが今はまるで獅子や狼のように堂々としている。

 

 「背も随分と高くなりましたね。何センチですか?」

 「百六十。あと五センチでカロリナ様を抜けるから、頑張ってる」

 「あと五センチ! カロリナ様と? それは凄いですね……」


 セシリアは昔出会った、エルキュールの正室を思い返した。

 とても背が高く、スレンダーな女性だったのを覚えている。


 そのカロリナと五センチしか違わないという。

 

 「私は百四十九で止まってしまって……悔しいです」

 「……あまり悔しそうじゃないけど、何で?」

 「え、そうですか?」


 セシリアはニアに胸を押し付けながら言った。

 

 一時はカロリナに並ぶのではないかと思われたニアの胸は……

 その時点で急停止を始めていた。

 未だにBカップの域を抜け出ていない。


 一方セシリアは……すでにDの領域に突入していた。


 「ま、まあ……胸なんて飾りだし」

 「そうですよ! あっても重いし、邪魔なだけですよ」

 「……振り落として良い?」

 「エルキュール様に叱られますよ」

 「エルキュール様!! 何、その呼び方!! 皇帝陛下に無礼でしょ!!」

 「だって私、姫巫女メディウムだし。それに陛下に良いって言われてるから。手紙ではエルキュール様で通してたし」

 「は!? ふざけないで!! 手紙のことも含めて、あとでじっくり話を聞くからね!!」

 「うん、そうだね……あとでね……」


 セシリアはそう言って……

 目を閉じた。


 そのまま寝息を立ててしまう。


 「……赤ちゃんじゃないんだから」


 ニアは溜息を吐いた。

 とはいえ、相当疲弊していたのだろう。


 寝かせてやるか。

 ニアはそう思い、再びセシリアを背負い直した。


 もう屋敷を出て、今は裏路地を走っている、

 まだ周囲は薄暗いが、すぐに日が昇り切って明るくなってしまうだろう。


 そうなる前にエルキュールと合流しなければならない。


 「セシリア、あのね……」


 ニアは寝ているセシリアに向かって話しかける。

 

 「昔……チェルダ王に怒鳴られた時、庇ってくれたでしょ? ……あれ、凄く嬉しかった。あの時ね、私もあなたを助けられるようになりたいって思ったの。これで恩を返せた……対等な友達になれたと思って……良いよね」


 ニアは顔を真っ赤にしながら言った。

 もしセシリアが起きていたら絶対に言わない言葉だ。


 










 「ツンデレ」

 「起きてたなら言ってよ!!!」












 さてニアはレムリア市の地下を通る下水道を通って移動し、途中で馬車と共に待機させていた部下と合流した。

 馬車に乗せてしまえば、中を覗かれない限りバレることはない。


 そしてそのままエルキュールが寝泊まりしている屋敷まで向かった。

 ニアがセシリアを背負って屋敷に入ると、エルキュールは両手を広げてニアを歓迎した。


 「よくやった、ニア。ところで……セシリアは生きてるよな?」

 「ああ……寝てるだけですよ」


 ニアはセシリアを降ろして、ペシペシと頬を叩いた。

 セシリアは目を開ける。


 「うん……私は絶対に自白しませんから……」

 「いつまで寝惚けてるの?」


 ニアに言われて…… 

 セシリアは周囲を見回し、ついにエルキュールの存在に気が付いた。


 「エルキュール様!!」


 セシリアは起き上がってエルキュールに駆け寄ろうとして……

 ズキリと足に走った痛みで思わずよろけてしまう。


 だがセシリアが倒れることはなかった。 

 エルキュールが抱きとめたからだ。


 「大丈夫かな、お姫様」

 「は、はい……す、すみません……エルキュール様……」


 セシリアは少し顔を赤らめた。

 

 そんな二人の様子を見て……


 「(……エルキュール様って私だけの権利なのに)」

 カロリナは不機嫌そうに鼻を鳴らし、


 「(媚び売っちゃって……聖女じゃなくて性女じゃん)」

 ニアは心の中で悪態をつき、


 「(相変わらずこの人は平常運転だな……)」

 ルーカノスは逆に感心し、


 「(ま、まあ……これはこれで都合が良いと言えば良いんですけど……)」 

 トドリスは苦笑いを浮かべた。


 「セ、セシリア様……ですか?」

 二人の兵士に両脇を抱えられて……男が一人現れた。

 セシリアはその男を見て……驚く。


 信じられないほど痩せ衰え、顔色も悪かったからだ。


 「ク、クロノス!! だ、大丈夫ですか!! か、顔色は悪いようですが……」

 「それはこちらのセリフです、セシリア様……」


 クロノスはセシリアの顔を見る。

 クロノスの記憶よりもセシリアはずっと痩せていたし、顔色も悪く……何より殴られたことを示す痣があった。

 加えて手足の爪まで剥がされている。


 「申し訳……ございません。わ、私の力が……」

 「バカ者……無理に動くな」


 セシリアに駆け寄ろうとするクロノスを、ルーカノスは抑えた。

 セシリアはエルキュールの手を借りて、クロノスのところまで近づいた。


 「……クロノス、謝るのは私です。全ては私の力が及ばなかったからです」

 「い、いえ私が……」


 セシリアとクロノスが謝り合戦を始める。

 エルキュールはそんな二人を眺めながら、思った。


 (悪いのはミレニア猊下だろう。やはり年で注意力が不足していたみたいだな)


 エルキュールは心の中で天国のミレニアを批判し、同時に亡き父に感謝した。

 

 (先帝陛下、何だかんだで私はあなたに随分と助けられていますよ。まあ、父親としては微妙ですけどね)


 さて亡き父の冥福を祈り終えたエルキュールはパンと手を叩いた。


 「さて、諸君。まだ日が昇り切っているとは言えないが……早いところ逃げるぞ。こういうのは早さが肝心だからな」






 さて、エルキュールたちが馬車に乗りこんでレムリア市を出る準備を始めた頃、セシリアの脱走はグレゴリウスの知るところとなった。


 「猊下、見張りの兵士はみな殺されておりました」

 「一部では不審な馬車の目撃情報があり、その馬車はレムリア皇帝が宿泊している屋敷に向かったようです」

 「猊下! たった今、レムリア皇帝とその一行が馬車で移動を始めた模様です!!」


 次々とグレゴリウスの下にレムリア皇帝の不審な動きが報告される。

 それらの情報が意味するのは……


 「己……何と言う強引なやり方をする……」


 レムリア皇帝が無理矢理セシリアを誘拐したということだ。

 しかし……


 「詰めが甘いぞ……エルキュール・ユリアノス。ここは私の支配下なのだ。無事に出られると思うなよ?


 グレゴリウスは笑みを浮かべ……

 兵士に命令した。


 「レムリア市の城門でレムリア皇帝を引き留め、無理矢理にでも検査しろ!! 必ず小娘を隠しているはずだ!!」

 

 そしてグレゴリウスは呟く。


 「そう簡単に逃がしてなるものか……」

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