第25話 次期|姫巫女《メディウム》 前

 チェルダ王での式典を終えたエルキュールたちは、エデルナから南西に馬車で移動した。

 

 到着した先は……


 「ようこそ、ルナリエ、シェヘラザード!! 懐かしの我らの故地、我らの父祖の地、我らの始まりの土地!! レムリア市だ!!」


 「おお!!!」

 「すごい!!」


 エルキュールはレムリア市に到着すると、七つの丘の中でもっとも高い丘にルナリエを案内した。

 そして丘の上からの景色を見せる。


 ルナリアはゴクリと息を飲んで、エルキュールに感想を言った。


 「お化けしか住んでなさそう!」

 「想像以上にさびれてる!!」

 「まあ、実際お化けの一万匹、二万匹居ても俺は驚かないけどな」


 エルキュールは二人の正直な感想に苦笑いを浮かべた。


 

 白き光の都市、レムリア。

 大理石で出来た、人口百万を超える世界的大都市。


 世界中から多種多様な人種が集まり、毎日のように祭りが街のどこかで繰り広げられる。

 外敵の存在が無いからか、城壁は存在しない。

 

 誰もが笑い、平和を謳歌した。


 永遠の都、レムリア市。



 ……

 ……


 というのは、まあ大昔の話である。



 人口百万を超えた世界都市の現人口は、今では五千人も満たない。

 かつては多くの人々で賑わい、商人たちが怒鳴るような声で客引きをしていた市場は、今では野良犬や野良猫、ドブネズミが仲良く喧嘩している始末。


 まあ、しかしレムリア帝国の建築技術は優れている。

 何しろ、レムリア帝国の作りだした天然コンクリートは千年の時間が経ったとしても崩れることがないほど、優れた建築資材なのだ。


 その所為で多くの市民が寿司詰め状態になっていた高層住居インスラや、かつては数十万の人々が詰めかけた円形闘技場、戦車競技場、そして水一滴流れていない水道橋など……

 

 丸ごと、使用されていない形で残っている。


 人はいない。

 だが人がいた気配だけは残る。

 

 その所為で非常に気味が悪い都市になっている。


 「今じゃあ、人がいるのはレムリア大聖堂周辺だけ。しかも、坊主共だ」


 巡礼者も多少はいるのだが……

 都市としてインフラや治安が完全に死んでいるということもあり、泊まることはできない。


 しかも道中には盗賊はワラワラ湧いている。


 と、よほど熱心な巡礼者でない限り来れないだろう。


 「俺がエデルナ王だったら、ここを聖地として整備して、巡礼者から金を取るんだがな……」


 レムリア帝国時代の軍用路はさびれているが、残っている。

 整備し直せば、使える。

 交通の便は悪くないはずだ。

 

 水道橋も手直しすれば、何とかなるだろう。

 住居は老朽化しているから取り壊すしかないが……


 建築素材はそのまま流用できる。


 金さえあれば、都市を復活させることは可能だ。


 レムリア帝国発祥の地であり、そして初代姫巫女メディウムが殉死した地であり、そして現在姫巫女メディウムが住むこの場所は……

 観光地として最適だ。


 都市として復活し、治安が回復し、盗賊を駆除すれば巡礼者が来るようになる。

 そうすれば巡礼者目当ての商人たちも来るだろう。


 そこから採れる税金で、十分採算は取れる。


 もしエルキュールだったら、商人から借金してでもこの都市を復活させるだろう。


 しかし……

 エデルナ王国はレムリア市に手を出すつもりはないようだ。


 まあ、西方派メシア教を国教とするエデルナ王国としては、メシア教最大の権威とはいえ、正統派メシア教の本拠地であるレムリア市には関わりたくないというのが本音なのだろう。


 「というか、陛下。ここって一応エデルナ王国の領土なの?」

 「より正確に言えば建前上レムリア帝国の領土になるが……まあ法律的にはそうだな。実質、姫巫女メディウムの支配地だが」


 姫巫女メディウム領とでもいうべきが。

 レムリア市とその周辺は、実質姫巫女メディウムの統治化にある。


 事実、裁判権と徴税権を姫巫女メディウムが有しているのだ。


 この世界には『主権』国家という概念が存在しないので、何をどうすれば国になるのか? という明確な基準は存在しないが……

 一応、裁判権と徴税権を押さえているならば十分国として名乗ることはできる。


 あとは外国からのお墨付きがあれば完璧だ。


 もっとも、姫巫女メディウムの経済基盤は世界中に散らばる寄進地や、寄付という名で各国国王領主に課している税金だろうが。

 このゴーストタウンには、少なくとも経済的な価値はない。


 「それとレムリア市には悪魔払いの結界が張ってある。シェヘラザードは注意しろ」


 今のレムリア市の支配権は実質的には姫巫女メディウムが握っている。

 メシア教は悪魔を精霊として扱うことで長耳族エルフとの衝突を避けてきたが、内心では精霊を嫌う者も多く、エルキュールたちは自分の精霊をレムリア市では使役できない。


 「ところで、カロリナは連れてこなくて良かったんでしょうか?」 

 「あいつは何度か、俺と一緒に来てるし、見てるからな。それにあいつは愛国心が強い。レムリア市の現状は、見てて好ましいモノじゃないだろう」


 というと、エルキュールにはまるで愛国心が無いかのようだ。

 実際、エルキュールに愛国心はない。


 朕は国家なり。


 自分で自分を愛しても仕方がないじゃないか。

 というのが、エルキュールの弁である。


 まあ自己愛という意味合いでなら、エルキュールはレムリア帝国を愛していると言える。


 レムリア帝国という国家にとって、エルキュールほど頼りになる君主はいないだろう。

 国民にとって、というと話は異なるが。


 エルキュールに国民とは何か?

 と問えば、「財源」と答えてくれるだろう。


 「さて、早く戻ろうか。そもそも長居の予定はない。ルナリエの洗礼さえ終われば良いんだからな」


 

 



 「いやはや、しかし手慣れたものだな」


 洗礼が行われたのは翌日。

 さすがはメシア教の総本山、レムリア総主教座というべきか。


 あっという間に準備が整い、あっという間に洗礼が始まり、粛々と儀式が実行に移され……

 ルナリエの洗礼が終わった。


 「正教徒になっちゃった」


 聖水で濡れた髪をタオルで吹きながら、ルナリエはあっさりと言った。

 エルキュールは苦笑いを浮かべる。


 「どうだ? 何か、神の恩恵とか感じるか?」

 「特に何も」


 ……一応、嘘でも「体が軽くなった!!」くらいは言うべきだろう。

 仮にも、姫巫女メディウムに洗礼して貰ったのだから。


 そんなルナリエとエルキュールの様子を見て、姫巫女メディウムは苦笑いを浮かべた。


 エルキュールはそんな姫巫女メディウムに近づく。


 「改めて、お礼を申し上げましょう。ミレニア猊下、我が婚約者のルナリエに洗礼を施してくださり、ありがとうございます」

 「いえいえ。他ならぬ、エルキュール陛下の頼みですから。一メシア教徒として、正しき教えを信じるモノを増やすことができ、嬉しく思っています。このような機会を与えてくださったエルキュール陛下には、むしろこちらからお礼を申し上げたいくらいです」


 あはははははは

 おほほほほほほ


 二人は朗らかに笑い合う。

 尚、目は笑っていない。


 姫巫女メディウムはエルキュールに言った。


 「そうだ、陛下。お茶でもいかがですか? 先日、陛下のお誘いを断ってしまったことが気がかりでして。もし、陛下が宜しければ」

 「おや、それは嬉しい。ぜひ、ミレニア猊下と一度じっくりとお話ししたいと思っていましたよ」


 エルキュールは姫巫女メディウムの申し出を快諾する。

 すると、姫巫女メディウムはさらに続ける。


 「……もし、陛下が宜しければレムリア総主教のクロノス・クローリウスと次期姫巫女メディウムセシリア・ペテロも同席させたいのですが、いかがですか?」

 「……そうですね、では私もルーカノス・ルカリオスとトドリス・トドリアヌスを同席させます」










 「エルキュール陛下、かの裏切り者が何故裏切ったと、陛下はお考えですか?」

 「かの裏切り者? メシアを裏切った、会計係のことですか?」

 「ええ、彼の事です」


 エルキュールと姫巫女メディウムは、セシリアやクロノス、トドリスやルーカノスを交えてお茶を飲みながら、そんな雑談をしていた。


 エルキュールは少し考えてから、慎重に言葉を選んで答える。


 「そうですね……確かにかの者の裏切りにはいろいろ不可解なことが多い。よく言われるのが『銀貨三十枚に目がくらんだ』『金を無駄遣いするメシアに不満を覚えた』『悪魔に乗り移られた』『愛するが故に裏切った』……あと、面白い意見の中には『裏切りの神秘を身に着けていたからだ』というのも、ありますね」


 「ええ、聖職者なら……いえ、メシア教徒であるならば誰しも疑問に思うことです。なぜ、彼は敬愛する師を裏切ったのかと……ぜひ、陛下のご意見をお聞かせください。……どのような意見でも構いませんよ? あくまで、仮説ですから」


 どんなことを言っても、異端だ、異教などと非難することはしない。

 暗に姫巫女メディウムはエルキュールに伝える。


 エルキュールは一口、お茶を飲んでから……

 ゆっくりと話し始めた。


 「まず……個人的に銀貨に目がくらんだ、というのは無いと考えています。金貨ならともかく……あの程度の額で裏切るようなものが、仮にも使徒としてメシアに認められるとは私は思えない。悪魔に乗り移られた……というのは、まああり得ますが……個人的には好きではないですね」


 どんなことでも、悪魔や神を持ちだせば説明することはできる。

 だが、それはあまりにもつまらない。


 エルキュールはそう、考えていた。


 「まず、冷静に考えてみましょう。聖書やその他、様々な書物の記述が正しければ……神の子は裏切りを予期していた。そうでなければ『今、パンをスープに浸している者が裏切る』などとは言わないでしょう。彼はその気になれば、身を守ることも出来たはず。ということを考えると……」


 エルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。


 「おそらく、予定調和だったのでしょう。神の子にとって、かの裏切り者が裏切るのは計画通りだった」

 「なるほど、面白いご意見です」


 姫巫女メディウムは笑みを浮かべる。

 聖書の記述に凝り固まった聖職者たちと話すよりは、エルキュールのようにぶっ飛んだことを言ってくれる人間との方が、面白い話ができる。


 「あの……宜しいですか?」

 「どうした? セシリア」

 

 先程から黙って聞いていたセシリアが小さく手を上げた。


 「陛下のお考えは……神の子にとって、裏切りは予定調和だったというのは分かりました。ですが……神の子は、メシアはその後処刑されてしまいます。それが予定調和だった、ということでしょうか? 裏切り者はそのために裏切ったと?」


 「まあ、そのように捉えることも出来るということだ。……あくまで、単なる想像に過ぎない。本気でそう思っているわけではないさ」


 (まあ、悪魔云々よりはまだ説得力があるような気がするがね)


 エルキュールは内心で呟いた。

 少なくとも、エルキュールの知っている悪魔はそんな面倒なことはしない。


 「もしくは……」

 「もしくは?」

 「まあ、これも想像だが……裏切り者は神の子を殺そうとは、思っていなかったかもしれない。そして神の子も殺されるとは、思っていなかったかもしれない。……磔刑は当時のレムリア帝国では最大の刑罰。レムリア法に照らし合わせてみても、異常な、あまりにも不当な刑罰と言える」


 神の子の行動は徐々にエスカレートし始めた。

 このままでは、過激な六星教徒に殺されたり……不当に逮捕される可能性がある。

 それを心配した裏切り者が……

 まだ大した罪を犯していないうちに、死刑にならないうちに……


 神の子を密告し、止めようとしたのではないか?

 そしてそんな弟子の気持ちを、神の子は分かっていたのではないか?


 そしてその密告を利用し、六星教徒が強引に神の子を処刑させたのではないか?


 というのが、エルキュールの仮説……

 というより、妄想であった。


 「さて、そろそろ戯れは良いでしょう」


 エルキュールは強引に話を打ち切って、姫巫女メディウムに向き直った。


 「本題に入りましょうか、ミレニア猊下。議題は……あなたの残りの寿命と、次期姫巫女メディウムであるセシリアについて、で構いませんね」

 「ええ、そうです。……本題に入りましょうか」


 二人は微笑み合った。

 目は笑ってないが。

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