第20話 西方外交 破 前

 「カロリナ、ルナリエ。デートに行くぞ」

 「と、突然ですね……」

 「どうしたの? いきなり」


 翌日、エルキュールは突然カロリナとルナリエをデートに誘った。

 二人は何を企んでいるのだ? と訝しげにエルキュール見る。


 「ほら、せっかくエデルナに来たんだ。観光でもしようじゃないか」

 「別に私は構いませんけど……お仕事は良いんですか?」

 「それはもう、あらかた終わらせたよ」


 シェヘラザードを姫巫女メディウムに引き合わせるのも終えたし、ニアとセシリアを友達にさせる仕事も終えた。

 すでに、全ての駒の配置は終わっている。


 故にエルキュールは暇だった。


 「そうですか、なら是非御一緒させて頂きます」

 「私も行く」


 斯くして、三人はエデルナを散策することになった。






 エデルナ。

 

 この都市が建設されたのは大昔、千年以上前のことだ。

 文献によれば、レムリア帝国の始まりの都市である都市国家レムリアが誕生するよりも前に建設されたようだ。


 このエデルナが発展を始めたのは、ハゲの後を継いだ皇帝が海軍基地を置いた時からだ。

 以来、レムリア帝国海軍の基地としてレムリア帝国の内海であるアルブム海の平和を守って来た。


 その後、蛮族の侵入によりレムリア市が荒廃すると……

 西レムリア帝国の首都が置かれたことも度々あった。


 そして西レムリア帝国が亡んだ後は……

 アペリア半島最大の都市として、エデルナ王国の首都となっている。


 さすが、一国の首都なだけあり人が多く、活気に満ち溢れている。

 道の両脇では商人たちが声を張り上げながら、客引きをしている。


 様々な物産が取引されているところを見ると、経済的にも繁栄していることが伺える。


 建物は石造りで、道路もしっかりと舗装されている。

 そして水道橋からは新鮮な水が供給され、街を潤していた。


 まあ、ゴミや糞尿のせいで若干不衛生なのは仕方がない。

 裏返せばそれだけ発展しているということだ。


 「しかし……まあ、何と言いますか。ノヴァ・レムリアに比べてしまうと、大したことはありませんね」

 「ハヤスタン王国のエルシュタットと大差ない」


 カロリナとルナリエは正直な感想を漏らした。

 それを聞き、エルキュールは苦笑いを浮かべる。


 エデルナ市の人口は二十五万。

 これはこの世界の、特に西方世界に於いては大都市と言っても良い規模だ。

 

 人口が一万人を超える都市すらも、数えるほどしか無いのだから。


 それだけ西方世界は長い戦乱で荒れ果て、経済システムが崩壊してしまったのだ。

 

 ちなみにレムリア帝国最大の都市である、ノヴァ・レムリア市の人口は七十万。

 二番目の都市である、アレクティア市は四十万。

 三番目の都市であるオセロリア市は三十万である。


 ハヤスタン王国の首都であるエルシュタットの人口は十五万。

 ファールス王国の首都であるクルテリフォンの人口は六十万だ。


 尚、全盛期のレムリア帝国の首都レムリア市の人口は百二十万である。


 「まあ、レムリア市の荒廃に比べれば随分と復興したと言えるんじゃないか? エデルナ市は。何だかんだで、エデルナ王国の統治は安定している。アペリア半島はこれからもエデルナ王国に任せてやればいい。……おい、店主。その串、三本寄越せ」


 エルキュールは丁度通りかかった露店で、何らかの肉の串焼きを三本購入する。

 そのうち二本をカロリナ、ルナリエに手渡した。


 エルキュールはクンクンと、肉の匂いを嗅ぐ。

 ちゃんと、腐っていない牛肉であることを確認する。


 こういう露店で購入した肉は、割と真面目に鼠だったり猫の肉だったりすることが多々あるので、注意が必要だ。


 匂いで安全を確認した後、エルキュールは肉に齧り付いた。


 肉汁が溢れ出る……ということはないが、なかなか食べ応えのある肉だ。


 「胡椒は無しで、塩だけか……まあ、偶にはいいか」


 普段から香辛料が使用された食事を食べているエルキュールからすると、少々物足りない味だ。


 「でも、歩きながら食べるというのは中々楽しいですね。少々行儀は悪いですけど」

 「雰囲気は大切」


 何だかんだ言いながら、三人は楽しそうにエデルナ市を散策する。

 見知らぬ異国の土地、というのはただ歩くだけでもなかなか楽しめるモノだ。


 「ところで、陛下。今回の戴冠式には具体的にどの国から誰が来るか、分かりますか?」

 「まあ、一応は把握しているよ。とはいえ、急遽予定変更という可能性もあるが……」


 エルキュールは最後の肉を食べ終え、串を地面に捨てた。

 日本ならばゴミのポイ捨て禁止と非難を浴びるところだが、糞尿のポイ捨てオッケーなこの世界では、この程度は何の問題もない。


 「私は西方事情に詳しくない。是非、教えて」


 ルナリエもエルキュールに教えてくれと頼む。

 エルキュールは少し考えてから、頷いた。


 「分かった。とはいえ、小国の説明なんぞしても仕方がない。主要国だけ、教えよう」


 エルキュールは指を一本、突き出した。


 「まずは南大陸の犬型獣人族ワービーストの国家。チェルダ王国の国王、ラウス一世。我らレムリアの土地、チェルダを征服し、挙句レムリア市を略奪した野蛮人共の子孫だな。今回、来訪するラウス一世は、異教徒異種族への過酷な統治をしていると専ら有名だ」


 チェルダ王国は犬型獣人族ワービーストたちが立てた国で、西方派メシア教の国家だ。

 故に西方派以外の宗派、例えば正統派、アレクティア派などへの弾圧政策を採っている。


 まだ非支配階層である人族ヒューマンへの過酷な支配や、旧支配者層であり富裕層である長耳族エルフへの重税なども、エルキュールの耳に入っていた。


 「聞いたことがあります。正統派司教を投獄したとか、人族ヒューマンに反乱を起こされたとか……」


 カロリナは不愉快そうに顔を顰めた。

 正統派メシア教徒のカロリナからすれば、ラウス一世の行動はあまり愉快なことではないのだろう。


 カロリナの言葉に、エルキュールは肩を竦めて答えた。


 別にエルキュールは弾圧という手段を悪とは思わない。

 統治の一つの手段として、有効であると考えている。



 「あの王はああ見えて、上手く国を統治しているよ。何しろ獣人族ワービーストはあの国では多数派なんだ。獣人族ワービーストに特権を与えて、資産を持っている正統派メシア教徒の人族ヒューマン長耳族エルフから土地や財産を奪うのは効果的な方法だ。もっともあの王自身もかなりの差別主義者だけどな」


 とはいえエルキュールからすればその方がいろいろ・・・・都合がいいのだが。


 「さて、もう一つはアペリア半島より西にある……北大陸最西端の国。猫型獣人族ワービーストの国家、トレトゥム王国のレカルド一世。元々はエデルナ王国と同じ部族だったから、兄弟国と言えるな。実際、エデルナ王国とは仲が良い。我が国とは、今のところ特に揉め事もなければ友好関係も無いな」


 数百年、時を遡れば彼らもレムリア帝国を蹂躙した蛮族だが……

 幾度か騎馬遊牧民族を相手に共闘したこともあり、現在のところはレムリア帝国との仲は悪くない。


 また、現在のレムリア帝国の国土からは離れているということもそれを手伝っている。



 「そして……個人的に今、もっとも動向を注意すべきフラーリング王国。周囲の中小国や、獣人族ワービーストの諸部族を傘下に加え、急速に勢力を拡大させている。国王は『獅子王』の二つ名を持つ、ルートヴィッヒ一世」

 「その名前は聞いたことがありますね。我が国でも、吟遊詩人たちが歌にして謡ってますよね? 正統派メシア教の国だと聞いたことがあります」

 「ほう、よく知っているな」


 獣人族ワービーストの多くは西方派メシア教を信じている。

 それはレムリア帝国と同盟関係にある、エデルナ王国とて同じだ。

 

 というのも、西方派は異端として排斥された後、獣人族ワービーストたちに布教をすることで勢力を盛り返そうと考えたからだ。

 そしてその目論見は、今のところ成功していると言える。


 もっとも……

 エデルナ王国では西方派と正統派が半々ほどで、どのように勢力が転ぶのかも分からず、またトレトゥム王国では正統派に改宗する動きも出ている。


 正統派国家であるフラーリング王国の伸張を合わせて考えると、西方派の未来は明るいとは言えなかった。


 「まあ、他にもいろんな部族や国家があるが、最低限頭に叩きこんでおくべき国はこの程度だな。質問はあるか?」

 「質問。同じ正統派だけど、レムリアとフラーリングの仲はどうなの?」 


 ルナリエの問いに、エルキュールは少し考えてから答える。


 「一応、属州総督と執政官の地位は与えているが……まあ、その程度と言えばその程度だ。こちらが与えた称号を好き勝手利用しているようだ。まあ、少なくとも敵対はしていないが」


 もっとも、エルキュールはあまりフラーリング王国を快く思っていない。

 というより、レムリア帝国の人間はフラーリング王国を快く思っていないというのが正しいだろう。


 何故か、というと同じ正統派の国家だからである。


 このままフラーリング王国が発展を続ければ、正統派メシア教の指導権を争う相手になりかねないのだ。

 故にエルキュールは強い警戒を抱いていた。


 「四ヶ国の国力はどんな感じなの?」


 ルナリエが再びエルキュールに尋ねる。

 エルキュールは難しそうな顔をした。


 「それは難しい質問だ。そうだな……やはり一番の大国はチェルダ王国だろう。チェルダ王国の支配する南大陸沿岸部はレムリア帝国有数の穀倉地帯だったし、蛮族に殆ど荒らされていない。加えて、首都のチェルダ市は人口五十万に達する。海軍も我が国ほどではないが、強力で……何より西アルブム海の商圏や南大陸での砂漠交易の権益を持っているのが大きい」


 海軍だけでなく、チェルダ王国の陸軍も決して侮れない。

 西方国家の殆ど……エデルナ、トレトゥム、フラーリングは名目上、レムリア帝国領内の王国であり、レムリア帝国の属国となっているが……


 チェルダ王国だけはレムリア帝国と対等の、王国であると主張している。


 つまりそれだけ外交的にも発言力があるということだ。

 

 「じゃあ、次は?」

 「うーん、まあどの国も一長一短あるが……そうだな、お前らはどの国だと思う?」


 逆にエルキュールはカロリナとルナリエに問いかける。


 まず、ルナリエが答える。


 「エデルナ王国。アペリア半島は貨幣経済が存続しているし、葡萄やオリーブなどの商品作物の栽培も盛んだから」

 「なるほど、一理ある。カロリナ、お前はどうだ?」

 「フラーリング王国です。フラーリング王国の領土である、ガルリア地方は確かに商業が発達した地域ではありません。しかし土地は平坦で広く、農業生産力は決して低いとは言えません。加えて……その軍事力は強大です。特にフラーリング騎士……重装騎兵は質量共に厄介です」

 「俺もカロリナと同じ意見だ。やはり軍事関係、特に馬が絡むとお前は冴えるな」


 エルキュールは笑みを浮かべた。

 現在の世界の潮流は、歩兵ではなく騎兵だ。


 強力な騎兵戦力でもって、ルートヴィッヒ一世は急速に領土を拡大させているのだ。


 「……そんなにフラーリング王国は騎兵を持っているの?」

 「最近、ルートヴィッヒ一世が戦った戦争では……二万の騎兵を動員したと聞いた。つまり少なくとも、二万は保有しているわけだな」


 フラーリング王国は封建制度が非常に発達している。


 他の西方国家と比べて、フラーリング王国は『どれくらいの土地を持った』『どれくらいの地位の貴族は』『どれくらいの騎兵を揃えなければならない』と言ったことが、厳密に定められている。


 爵位制度などの、厳密な身分制度を構築しているのもフラーリング王国だけだ。

 他の国はレムリア帝国と同様に、身分が割と流動的なところがある。


 他の諸王国の貴族……支配階級である獣人族ワービーストが、レムリア風の暮らしで堕落し、尚武的な気風を失いつつあるのに対し、フラーリング王国は未だにそれを失っていない。


 よくも悪くも田舎で、文化が発展していないからだが。


 「まあ、付け足すのであれば……フラーリング王国は現在、イケイケドンドンで領土増やしてるしな。国として、活気がある。何より、国王が優秀だ。動向には目を光らせるべきだろう」


 エルキュールはそう言ってから……

 マントを翻し、後ろを向いた。


 「さて、そろそろ帰ろうか。……明日は戴冠式で、その夜は晩餐会だ。明日のショーは見物だぞ、カロリナ、ルナリエ。楽しみにしていろ」

 「ショーっていったい何が……」

 「あなたは何を……」


 カロリナとルナリエはその言葉の本意を尋ねようとして……

 息を飲んだ。


 この時エルキュールは……

 戦場で敵の兵士を虐殺した時と同様に、嗜虐的な快感に酔ったような、恐ろしい笑みを浮かべていたからである。

 

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