幕間
第1話 レムリア結婚
「カロリナ、皇帝陛下とは最近、どうだ?」
「どう、とは何でしょうか? お父様」
「惚けなくても良いのよ~、陛下との よ・る の生活の事よ~」
ノヴァ・レムリアにあるガレアノス邸。
真夜中に二人の女と、一人の男が一つのテーブルを囲んでいた。
一人はレムリア帝国皇帝の婚約者となった、カロリナ・ガレアノス。
もう一人はレムリア帝国将軍、ガルフィス・ガレアノス。
そして……
もう一人の女性はガルフィスの妻であり、ガレアノス婦人……メアリ・ガレアノスである。
「……お父様」
「い、いや……上手く行っていないと、いろいろ問題だろ? ほら、跡継ぎ的な……」
ガルフィスはカロリナにジト目で睨まれて、たじろいだ。
普段は厳しいことを言っているくせに、娘に何を聞いているんだ、と、カロリナの目が語っている。
「まあ……上手くは行っていますよ」
カロリナは少し顔を赤くして、葡萄酒を口に付ける。
カロリナの頬が赤らんでいるのは、アルコールだけが原因ではないだろう。
尚、メシア教では婚前交渉は禁止されている。
一応……
一応、というのは長耳族エルフは元々性には奔放な種族だからだ。
また、恋愛婚が重視されているというのも大きい。
但し、レムリア法では『性行為=結婚承諾』が成立するとされているので……
行為の後にどちらか一方が別れ話を切り出せば、裁判沙汰になる。
「まあ、というのは?」
「……お母様、あなたはそんなに娘の性事情が気に成りますか?」
「当たり前じゃない! 私たち長耳族エルフにとって、人口問題は至上の命題よ」
長耳族エルフという種族は最優の種と言われている。
長い寿命。
高い身体能力。
鋭敏な五感。
豊富な魔力。
優れた知能。
そして、美しい容姿。
長耳族エルフという種族は世界中で国家を作り、その国の支配階層として君臨している。
レムリア帝国と対立している、ファールス王国も支配階層は長耳族エルフだ。
また、ブルガロン王国の支配階層も遊牧民と混血した長耳族エルフである。
しかしそんな長耳族エルフにも弱点―それも致命的な―が存在する。
それが人口だ。
長耳族エルフは長い二百年の生涯のうちに三人程度しか子を産まない。
人間の四倍以上の時を生き、人間よりもはるかに出産適齢期が長いのにもかかわらずたった三人しか生まないのだ。
平民の人族ヒューマンが短い生涯で十人前後産むこともあるのにも関わらず。
長耳族エルフの人口はほんの少しずつしか増えない。
また、長耳族エルフは一般的に純血であればあるほど高い魔力を有する。
特に、七十二柱の悪魔と契約できるのは純血長耳族ハイ・エルフか、またはエドモンドのように比較的『血』の濃い長耳族エルフだけだ。
つまり長耳族エルフという種族にとって大事なのは二つ。
人口増加と純血の維持である。
これが意外に難しい。
というのも、純血維持にだけ拘ると長耳族エルフ人口は増えないからだ。
実は長耳族エルフの不妊体質の原因の大部分は女性長耳族エルフにある。
というのも、男性長耳族エルフと他種族ならば|人族ヒューマン同士ほどではないにしても、比較的出生率が高くなるからだ。
長耳族エルフがレムリア帝国を運営するためには、どうしても一定以上の数を確保する必要がある。
そのためには、絶対に混血長耳族ハーフ・エルフの存在が不可欠だ。
だがしかし、混血を増やし過ぎれば血が薄まる。
血が薄まれば、長耳族エルフの優位である魔法、精霊術の力が弱まってしまう。
それは軍事力、及び国力の低下を意味する。
この二つの問題を解決したのが、内乱を治め、共和制レムリアを打ち倒して帝政を樹立した、レムリア帝国の国家の父である。
綽名は禿の借金女誑し野郎。
その禿が施行した、レムリア結婚法と人口監査官制度により、長耳族エルフ人口は緩やかだが上昇したのだ。
レムリア結婚法は施行以来、何度か法改正を受けているが基本的に概略は変わらない。
まず、大原則として一夫一妻とする。
そして年齢差は最低で五十歳以内。
不倫は原則として死刑。
そして結婚は出来るだけ、個人意思を重視。
というものだ。
まず一夫一婦なのは、その方が確実に純血を増やせるからである。
一人の男性が複数人を相手するよりも、一対一で回数を増やした方が受精の確立は上がる。
長耳族エルフ女性の方が圧倒的に多いならばともかく、数の比は一対一なのだから。
年齢差はあまりに離れていると、どちらか一方の性機能が低下した時に片方の性機能が『勿体無い』状態になるので、最低で五十歳以内。
不倫への厳しい罰則は……
健全な家庭の増加が健全な人口増加に繋がるのは自明なので、言うまでもない。
さて……
ここまでは比較的レムリア結婚法の普通のところ。
ここからが特異なところだ。
それは不倫に関して。
妻が夫以外の長耳族エルフ男性と同衾するのは当然不倫とみなされる。
また、他種族の男性と同衾するのも不倫とみなされる。
夫が妻以外長耳族エルフ女性と同衾するのも当然不倫とみなされ……ない。
この場合は、どういうわけか不倫ではなく『強姦』と見做される。
特に婚約関係、または婚姻関係にない『処女』の女性と同衾した場合は双方の承諾の有無に関わらず、死罪となる。
また、他種族の女性と同衾するのも不倫とみなされ……ない。
そう、夫が非長耳族エルフの女性と同衾することに関しては『オッケー』なのである。
何故なのか、と言えば人口増やしたいからである。
とにかく、人口を増やす。
倫理や道徳、個人の意思はどうでも良い。
というのがこの法律の趣旨だ。
ちなみに、純血長耳族ハイ・エルフ男性が人族ヒューマン等の他種族女性との間に混血長耳族ハーフ・エルフを作るのは、事実上の国家の義務とされている。
最低でも二人は産ませないと、「あいつは義務を満たしていない」と陰口を叩かれる。
ハーレム万歳、と思うかもしれないが大概の長耳族エルフ男性の本音は「面倒くさい」「嫌だ」「悲しい」というものだ。
まず正妻の相手は最低でも二日に一回はしなければならない。
それ以下になると、長耳族エルフの性事情(生理周期、行為の回数等)を監査する人口監査官に、注意勧告を受けるからだ。
故に三日に一回は最低の義務。
その上で好きでもない他種族の相手をしなければならないのだから、非常に辛い。
それに……
仮にも体を重ねて、自分の子供を産ませた女性。
そんな女性があっという間に老けていき、死んでいくのは長耳族エルフ男性からするとなかなか精神的に来るものがある。
ちなみにガルフィスも二人、混血長耳族ハーフ・エルフの子供を作っている。
閑話休題。
「順調ですよ」
「本当に?」
「……まあ」
少しだけ、カロリナは言い淀んだ。
メアリはそれを見逃さなかった。
「何か、問題があるの?」
「……別に大したことじゃないですけど」
カロリナは少し戸惑ってから、口を開いた。
「その、絶倫というか……」
「なら良いじゃない」
「何の問題があるんだ」
メアリとガルフィスは安堵の声を上げる。
仮にエルキュールが不能だったら、国家存亡の危機だ。
絶倫なら何の問題もないどころか、むしろ喜ばしい。
「私が耐えられないというか……」
「陛下は下手なの?」
「いえ、初めてとは思えないほど上手い……というか、明らかに初めてじゃないですね」
カロリナは初夜のことを思い返した。
エルキュールが上手かったおかげで、『痛い』思い出にならなかったのは良かったが……
若干悔しいという思いがある。
「だから、何の問題が?」
「良いじゃない、上手なら」
やはり、不思議そうな顔をするガルフィス、メアリ。
カロリナは顔を真っ赤に染めながら、大声で言った。
「上手すぎるんです!! 私の体力が持たない……最後まで、意識を保ったことが無いです」
ガルフィスとメアリは顔を見合わせた。
カロリナは優秀な騎士だ。
レムリア帝国では、五本の指に入るほどの武人でもある。
そのカロリナがギブアップするほど……
「これはまた……将来有望だな。我らの皇帝陛下は……」
「国家安泰ね」
ガルフィスとメアリは嬉しそうに頷いた。
エルキュールには、百人でも二百人でも子供を作ってもらいたい。というのが、レムリア帝国の貴族たちの意思である。
「しかし、真剣に『二人目』が必要になるな」
「でも陛下と同い年の女性はカロリナしか……あ、でも最近赤ちゃんが生まれたって……」
「あれは男の子だろ……カロリナの次に年が近い女の子はすでに婚約者がいるしな……」
レムリア結婚法では、『原則』一夫一妻である。
そう、『原則』だ。
『例外』が存在する。
それが皇帝である。
皇帝と、皇帝の跡継ぎに指名されている皇太子だけが複数の純血長耳族ハイエルフ女性との結婚が許されている。
これはレムリア帝国の皇帝位を世襲する、ユリアノス家の血統と継承魔法最高命令権アウクトラトールを残すため……
と、様々な理由があるが、このレムリア結婚法を作ったのが禿の借金『女誑し』野郎であることを考慮すれば、その真の理由は見えてくる。
なお、初代皇帝である禿は良かったかもしれないがその子孫にとっては良い迷惑だ。
正妻の相手は最低でも三日に一回。
つまり二人の正妻を持てば、三日に二回が義務。
三人娶れば、毎日一回やらねばならない。
……レムリア皇帝が一般的な長耳族エルフと比べて短命なのは明らかにこれが原因である。
とはいえ、エルキュールが絶倫だというのであれば配慮は不必要だ。
遠慮なく、二人でも三人でも娶って貰えばいい。
問題は誰を宛がうかである。
純血長耳族ハイエルフの貴族家。
聖七十七家門。
その人口は分家を含めて約千人。
二十歳以下はカロリナと最近生まれた男の子だけ。
これではどうしようもない。
「……何で、まだ結婚もしてないのに婚約者の次の婚約相手を考えなきゃいけないんですかね……」
「それは仕方がないでしょう。あなたの婚約者は皇帝陛下なのだから」
「まあ、そもそも我々が選んだとしても皇帝陛下が嫌だと言えば、どうにもならない。どうしても、と言うのであればお前が一日一回、皇帝陛下にしっかり愛して貰えばいい」
「……死んじゃいますよ」
カロリナは深い溜息をついた。
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