殺し殺されてまた殺し返して


3体の岩巨人を相手にヒルデガルトは奮戦していた。


暴れ回る巨人達の足元を氷漬けにして固め、抜け出されては氷漬けにしてを繰り返す。


硬い岩に風も水も火も一見通用していなかった。

加えて強力な行法が3体の巨人を援護していた。


背後で爆発が数度起き、遂に全ての攻城塔が破壊された。


幾つかの衝車や雲梯が残ってはいるが、直に全て破壊されるだろう。


恐らくクラウスは生きてはいるまい。


ヒルデガルトは考える。

どうすればこの防壁を抜けることができるか。

観察する時間は十二分にあった。

それだけ多くの味方が死んだ。

部下が死んだ。


「ザビン隊!防壁を攻撃!敵行法を減衰させなさい!ブリクサ隊!岩巨人を仕留めます。私が足元を凍らせるから中心部を炎で攻めなさい!どうやらその巨人、胴を炎で攻撃されるのを嫌っています!胴に弱点があります!炎で攻めなさい!」


部下のザビンが指揮する部隊が防壁に集中攻撃を仕掛ける。

巨人への援護が弱まった。


ヒルデガルトは雪原の二つ名に違わぬ水行法・大霜柱で巨人の足を固定。

動きの止まった巨人にブリクサ隊が火行法を打ち込む。


岩巨人は直ぐに拘束から抜け出しブリクサ隊を狙うがユルゲンの重装歩兵が蹴散らされながらも食い止め、再びヒルデガルトが大霜柱を行った。


三度繰り返す頃には巨人の動きは鈍くなっていた。

5度めで到頭巨人の動きは止まる。


ヒルデガルトは見た。

岩巨人の表面が罅割れた。

罅は見る間に広がり、黒尽くめ若い男が転がり出る。

顔に火傷を負っているのが見て取れた。


「出たわよ!仕留めて!」


行兵達が一斉に行法を行った。

男は直ぐに岩戸を起こして身を守る。

しかし多勢に無勢。岩戸は削られその身に多数の法を浴びて転がった。


その様子を見ていたのか西側の巨人が動いた。ユルゲン隊を蹴散らしながら此方に近づく。


大霜柱で足を止め同じ戦法を仕掛ける。

巨人は転がった黒尽くめの男の元までたどり着き、炎弾を背に浴びたながらもその亡骸を両手に包むと防壁に溶け込む様に消えていった。


残る1体もそれを見届けて消えていった。

若い男だった。20にに届かないだろう。

そんな男が1人で数百の兵士を死傷させたのだ。


茶の髪に白い肌。シメーリア人であった。

明らかにグレンデル一族では無い。何か良からぬものがグレンデルに味方している。

ヒルデガルトは背を震わせた。




激しい行法の行使が始まった。壁際では土行兵同士の競り合いが続いていたが、徐々に南側に岩の棘が突き出し始めていた。

飛来する行法も未知のものが増えた。


最後の雲梯が炎上するのをユルゲン・セフリールは見遣り覚悟を決める。

岩巨人が消えて動きも取りやすい。今しか機会は無い。

ユルゲンにはその様に思えた。


「皆!やるぞ!我等は別名破城隊と呼ばれし強者也!此処で退くはその名折れ!」


例え此処で死するとしても後ろ向きに倒れては末代までの恥。

ユルゲンは己の内の経を高めた。盾を構えて力を溜め、体を沈めて経を身体に纏わせる。

そして走った。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


盾を翳しそのまま青鈴岩の防壁にぶつかった。

強固な壁に罅が入る。

直ぐに戦鎚を持った大柄な配下達が駆け寄り次々に壁に槌を打ち込んだ。


1人の兵士が威顎竜の巨大犬歯を持って現れる。

どんな物でも噛み砕くと言われる威顎竜。


降り注ぐ矢に多くの配下が倒れていく。

犬歯が罅割れに当てがわれる。

ユルゲンは再度経を練る。


既に身体のあちこちから痛みを感じている。

所により皮膚は裂け、骨は罅入り、筋は切れているだろう。

全身に経を纏わりつかせ大地を踏み締める。


全身を覆う鎧、筋肉、それら全ての重量と強化したユルゲンの力と併せて盾から激突した。

控えていた兵士達が半ばまで食い込んだ牙に槌を打ち込み、牙を埋め込んだ。


「やれ!ヒルダ!亀裂が入ったぞ!」


叫ぶユルゲンに呼応しヒルデガルトが行法を行う。

氷を生み出す。水の蛇が罅に染み込み氷始める。

見る間に膨張しグレンデーラの防壁を軋ませる。

大きさを増す氷が防壁の皹を広げていく。


「今よ!やりなさい!」


ヒルデガルトが叫ぶ。

空砲、炎弾が行兵部隊から放たれ到頭グレンデーラの防壁一画が崩された。

青い壁の一画が崩れ落ち瓦礫の小山が出来上がる。

途端に激しい砲火が破壊した壁の向こう、グレンデーラから飛来した。


ユルゲンの重装歩兵達がばたばたと倒れていく。


「進め!道は切り開かれた!今こそ赤き鋼の如き意思を見せよ!」


ユルゲンは痛む全身を酷使し盾を掲げ歩を進める。


「ユルゲン殿を援護しなさい!」


ヒルデガルト隊の援護を受けつつユルゲンは進む。

ユルゲンの後に配下が続く。

1人1人と倒れながらも、牛歩の如き進みでもユルゲンは先を目指した。


「それはそうであろうな」


炎弾の直撃を盾に受け、手を痺れさせながら独りごちる。

彼等にとってグレンデーラ以外に居場所は無い。

窮鼠猫を噛むだ。最後の一兵までグレンデルは争うだろう。


ユルゲンは到頭瓦礫の上まで到達する。左から切り掛かってきた青鈴兵を盾で殴り殺し、右から槍を突き込んで来た男の槍を掴み取り、防壁に叩き付けた。


「我は重鉄のユルゲン!我を討ち取れる者は居るか!」


ユルゲンに続き次々に配下の兵が破壊した壁を抜ける。

青鈴行兵が遠巻きから行法を放ちつつ剣兵が斬りかかってくる。


味方が次々に参じる。漸く壁を超えた。


そこに1人格の異なる男が立った。

配下同士が戦う中でユルゲンと男が睨み合う。


「重鉄のユルゲン殿。我が名はハミルトン・グレンデーラ。これより先は我等が生まれ育った街。踏み入る事許さん」


「ほう?青影のハミルトン殿であるか。相手にとって不足は無い」


ユルゲンは盾と剣を構え直す。


「王剣礼位、千剣礼位ユルゲン」


「春槍流礼位、ハミルトン」


ハミルトンは槍を2度扱き、啄木鳥の構えを取った。

周囲の騒音の中、研ぎ澄まされたユルゲンの意識はハミルトンの一挙手一投足を捉えていた。


青影のハミルトン。ハミルトン・グレンデーラは19年前のラクサス・ロボク戦線で名を挙げた武将だ。

素早い動きで敵中をかけ、青鈴岩の槍で敵を突き殺す事からその二つ名を得た。


ハミルトンが動く。ユルゲンの向かって右側に深く沈み込みその青い鋒を真っ直ぐに向ける。


盾を嫌ったのだろうが、ユルゲンの重装を貫くのは難しい。


しかし油断は無い。春槍流には串打ちという一点突破型の奥義が存在する。油断し正面から受けるのは危険である。


しかしそれ以外に急所を守るユルゲンを倒す手段は春槍流には存在しない。

対してユルゲンは先の破壁により満身創痍。

激しい戦いに長く付いていくことは出来ないだろう。


しかし。破れるつもりはなかった。

名のある武人、それも天下に名高いグレンデルの武将との戦いである。


彼等と技を競う事に対する魅力と比べれば他のすべての欲が色あせる。

己の腕を示すまたと無い機会なのであった。


右からの鋭い5連撃。五駿である。

一撃、二撃目を剣で捌き踏み込む。三撃目は盾で払い四撃目をその盾で受ける。


身体を回転させ五撃目を逸らすと回転の動きを利用して剣を薙ぐ。


対しハミルトンは串打ちを放っていた。

串打ちと薙ぎが打つかり相殺される。


ハミルトンは膝を狙い鋭く突きを放つ。脚を引いて躱す。盾を叩きつけ槍を折ろうとするが既に引かれている。


顔を狙う一撃。首を傾げつつ剣を添えて逸らす。

その隙に距離を詰める。


槍はその有効距離に利があるが懐に入れば不利となる。


迫るユルゲン。

ハミルトンは素早く槍を取り回し石突きでユルゲンの右腕を打つ。

負傷には遠い。しかし鎧の籠手越しに衝撃が伝わった。


常人であれば剣を落とす威力。

しかしユルゲンは常人では無い。

重鉄のユルゲン。

敵の只中にあっても耐え忍び、敵を押し除け撃ち倒した男に与えられた二つ名である。


ユルゲンは痺れる腕に顔を顰めながらもそのまま斬りかかる。

ハミルトンは槍を両手で持ち、柄で防ぐ。そして飛び上がりユルゲンに蹴りを放った。


咄嗟にユルゲンは盾を翳し防ぐ。

ハミルトンは盾を蹴り中に飛び上がると右腕を振るった。


三度。宙で頂点に辿り着く直前に一度、落下しながら一度、着地後一度。

飛来する炎弾を盾で受ける。


「ぐ……ぁっ!?……なんと…見事!」


己の腹に伝わった衝撃に目を落とすと盾と鎧を貫き青い槍が刺さっていた。

ユルゲンは即座に盾を捨て、左手で槍の柄を掴む。

槍は己の着込んだ重装備の反対側まで突き抜けている。


ならば。


ユルゲンは槍を己の身体に沈めていく。

右手の剣を離しハミルトンの腕を掴んだ。


「抜かった!?」


振り解こうとするハミルトンであったがユルゲンから逃れる事は叶わない。


ハミルトンは掴まれていない右手で腰の剣を抜くとユルゲンの面貌の隙間に剣を突き立てた。


「……まだまだ!道連れに、共に逝こうぞ!」


左の眼球が立たれるが、辛うじて脳幹は避けた様だった。

ユルゲンはハミルトンを手繰り寄せその身体を掻き抱く。


そして最期の力を振り絞り両腕に力を込めた。


「…がっ……っ……くっ…まさか……グレン、デル…に……えいこ……」


最後まで言葉に出来ずハミルトンは力尽きた。ユルゲンに骨を肋、背骨を砕かれ、内臓を潰されて血反吐を吐いて息耐えた。


ユルゲンは死したハミルトンを丁寧に地に横たえると再び立ち上がる。


「……ふむ。程々に悪く無い最期」


黒尽くめの女が何処からか降ってきてユルゲンの心臓に的確に剣を突き立てた。

鯉の仮面がユルゲンの見た最後の映像であった。




本陣で戦線の様子を伺うグリシュナクと赤将ヴェルナーは戦場の趨勢を高台から見守っていた。


「攻城兵器は全て破壊されましたが、どうやら防壁の一部の破壊に成功した様です。流石の青鈴軍も我等の攻勢の前には3日と持ちませんでしたな」


兜を脱ぎ小脇に抱えるヴェルナー。

グリシュナクは無言のまま首を振った。

グリシュナクには分かっている。

彼等が得意とする戦いは会戦である。

防衛戦に向く気質の一族では無い。

兵士の質で見れば明らかに赤鋼軍が劣っている。人数差と得意とする戦いを行えないが故の脆さである。


しかしそれでも尚解せない。グリシュナクの予測では昨日の内に決着が付く想定であった。

それはグレンデルを過小評価したわけでは無い。

この戦、長期になればなる程不利となるのは攻める此方側であった。


ヴァルプルガーの事前の調べにより、グレンデルが3年前より食糧を溜め込んでいることが分かっている。

概算で1年、5万人を養える数量であった。

直に冬が訪れれば此方が引くしか無い。


赤鋼軍が退けば世間は青鈴軍の勝ちと見る。冬が開ければグレンデルに味方する諸侯が増える目算であった。


なればこそ、グリシュナクはのっけから最大戦力を持って容赦なくグレンデーラを攻めた。

だが不可思議な行兵達が巧みに城壁を守り落とすことができなかったのだった。


唐突に陣中が慌ただしくなる。


「申し上げます!」


伝令が駆け込んで来る。


「クラウス・ウトガルザ卿、討ち死に!」


「何だと!?」


伝令の言葉にヴェルナーが目を剥いた。


「僅かな手勢でデリク・グレンがクラウス卿の部隊を急襲、自爆に巻き込まれ攻城兵器と共に戦死されました!」


「……あの爆発か……」


ヴェルナーが歯噛みする。

更に陣中に馬蹄の音が響く。


「申し上げます!」


「今度は何だ!」


「ユルゲン・セフリール卿、討ち死に!」


「…なん…と……」


ヴェルナーは額を抑え卓を殴る。


「敵将ハミルトン・グレンデーラと一騎討ちにて死傷、その後討ち取られました!」


「下がれ!」


「は!」


怒声を上げたヴェルナーに2人の伝令は直ぐに返事をした後下がっていく」


「………青鈴軍……。何という!」


クラウスもユルゲンも20年近く共に戦った戦友であった。


「将軍、私も出ます」


崩された防壁に赤鋼兵が吸い込まれていく。

それは勝利の近付きに違いは無かった。

だが油断をすれば只では済まない。それが今の報告で分かったのだ。


青の副都グレンデーラ。

美しい街を灰塵に帰そうとするグリシュナク達であったが彼等は只では滅びない。


グリシュナクもヴェルナーにも彼等の戦意が明確に見えた瞬間であった。




グレンデーラの青鈴城軍略の間にてリンレイは目を閉じて齎される情報を整理していた。


「防壁がもう壊されたのか…。修復は難しそうですか?」


オスカルが額に汗を滲ませグレンデーラの模型の防壁をつつく。


「敵の流入激しく困難。……リンレイ。エンケンとランホウが討ち死にしたそうだ」


ガンケンの報告を聞きリンレイは目を閉じ表情崩さず祈りを捧げる。

激しい攻防に森渡りの被害もじわじわと増えていた。


「先に戦死したスイフの姉スイキョウが暴走して1人暴れている様だ」


「そこまで面倒は見切れない。援護は無用だよ」


其々の指揮下を離れた者まで面倒は見切れなかった。

参戦の条件は家長もしくは十指の指揮下にて戦うことである。


「これ以上壁の崩落を広げない様スイデンに伝えて。可能なら壁を再構築」


リンレイは自分の子の訃報では無かったことに内心安堵する。

醜い感情とは思いつつも、やはり血を分けた自分の子供は失いたく無い。


「ガンケン殿、伝達を。余力のある東のダフネ隊から壁が破壊された南西のネス隊に増援。…リンレイ殿、このままでは押し切られます。決定打が無いと…」


リンレイは首を振る。

難しい賭けをリンレイは息子のシンカに行わせていた。

それが見つかる可能性も低ければ、見つかった時の危険性も計り知れない。


かつて森渡りですら試みた事のない行いである。

しかし苛烈な赤鋼軍の攻撃に決定的な反撃の手がない今、リンレイはシンカに最後の一手を託さざるを得ない状況であった。




森渡りのリンブ隊はグレンデーラの南から東にかけて激しい攻防が続く中、オスカル・ガレの指示をガンケン経由で受け、北西の防壁上で網を張っていた。


度重なる爆発や途切れぬ鬨の声、絶叫にその内心は逆立っていた。

信号により同胞に死者が出始めている事も伝わり焦燥感に苛まれていた。


こんな時、己の兄なら如何するのか。

リンブは目を閉じ考えた。


表情一つ変えず、しかし内心では涙を流しながら怒りを技に乗せて戦うのだろうか?


そんな事を考えているとそれは始まった。

小さな風切り音と共に矢が飛来。

リンブ以下リン家の者は皆が掴み取るが、近くの青鈴兵は急所を射抜かればたばたとと倒れた。


リンブは親族に合図を送る。狭間に身を潜めたリンブ達は経を発して敵の様子を窺う。


展開。


一仕草にて合図を送る。

クウル、リンドの他、叔父や数名が家族を引き連れ北西から北東にかけて展開した。


グレンデーラ周囲に広がる畑に潜み、何者かが此方に向かってくる。


そしてリンブは彼らの姿を捉えた。

枯れ草色の外套を羽織り、目深に同じ材質の頭巾をかぶった男達が素早く駆けて来た。


この方角は未だ堀が赤鋼軍により埋め立てられていない。


リン家の得意とする行法は土の砂系統。そしてリンブは姉同様リク家から受け継いだ風にも秀でる。

緩やかに風が起こり砂を巻き上げ当たりを砂色に覆い尽くした。

リンブ立ち上がる。そして無言で防壁から飛び降り風に乗る。堀を超えると勢いを膝で吸収し前転する事で地面に流すと駆け出した。


弟、妹、親族達も無言でそれに続いた。

鱗を用いた眼鏡で目を覆い砂嵐の中に突入した。


「なっ!?」


始めの1人は突如現れた人影に棒立ちになりリンブに脇を抜かれた。

眼鏡を装着して尚視界が効かない。


しかし森渡りにとって足音、砂が身体に当たる音、風の流れ、そして経での感知を行えば居場所の特定など造作も無かった。


砂嵐の中に突入した森渡り達により敵の部隊は切り崩されていった。

都市や城の包囲戦の最中、戦力を一方向に集中させ、手薄となった箇所より攻め入るのは常道とも言える。


しかし常道であるからこそ効果は高い。

予期していたとしてもそれを阻止できるかは別の問題である。


しかしオスカル・ガレは背後より忍び寄る敵の工作部隊に対し正に適材と言える駒を配していた。


200程度の工作部隊に50の森渡りをあてがい、防壁を乗り越えて内より門を攻めようとする部隊の阻止を行ったのだ。


「……汝等、何者だ!?…グレンデル一族ではないな?」


敵の指揮官と思しき男と砂嵐の中で対面した。

リンブは答えない。

これから殺す相手に何を話しても無意味である。

周囲では男の悲鳴が方々で続いていた。


「鈴剣流礼位、ルーファス・エイクスル」


リンブは再び黙した。腰を落とし左脚前。剣は右手で握り脇構えの如く背後へ。

突き出した左手は緩く前に突き出した鈴剣流の雉構えを取る。


しかし通常の雉構えとは異なりその左手には無骨な籠手が嵌められている。

砂嵐に目を細めながら影渡るルーファスが地を蹴った。

ルーファスは半身で鋭く剣を突きだす。


リンブはそれを籠手で払い、雉の尾羽の様に背後に構えた剣を逆袈裟に振り上げた。

ルーファスは体を落として躱すと再度剣を突き込む。


隙の生まれたリンブの胴、その中心に細剣を突き出す。

リンブがその攻撃を受ける訳が無かった。

左の籠手が剣を握り固定していた。


右手の剣が振り下ろされる。ルーファスは己の剣を手放しリンブの斬り付けを退いて躱した。


2人は無言で睨み合った。

再び雉構えを取るリンブに対しルーファスは振り子の構えを取った。


ルーファス・エイクスルは方々で上る部下の絶叫を聴きながら正面に立つ男を細目で窺う。

昨日の戦闘からこの黒尽くめの姿は見え隠れしていた。


思いの外赤鋼軍に被害が出ているのもこの男達の影響が多分に有ると考えられる。


ここでこの黒尽くめ達の数を減らさなければならない。

砂が目に入るのを防ぐため目を細め、目の前の男に集中する。


睫毛に当たる砂と目の乾きに片目づつ閉じて隙を無くす。相手の表情は顔の眼鏡で隠れており読み取れない。

口元も黒い布でひたりと覆われており呼吸も隠され隙は窺えなかった。


鈴剣流雉構えは剣筋が読み難い構えとして通る。

右手持ち。攻撃は右から。腕の動きで振られる角度は把握できるだろう。


振り子の構えにて身体を前傾にした瞬間、ルーファスは引いた右脚を踏み出し左脚も蹴り出してリンブへと迫った。


リンブの身体右側に肉薄し敵の攻撃範囲から逸れる事で一方的に攻撃する。


初手は籠手で覆われていない二の腕狙い。

リンブはそれを籠手で受ける。

ルーファスが更に右へ身体を進め斬撃を放つ。リンブは再び籠手で防ぐ。


ルーファスはリンブの籠手側に位置取り、攻撃を放たれない様に立ち回った。

振り子の構えを利用して攻撃と回避を繰り返した。

7度目の斬撃時にリンブが籠手で剣を振り払う。

身体が流れてルーファスに背を向ける形となる。

ルーファスは隙を見逃さない。


背に向けて斬りつける。

その手は肉を斬り裂く感触を得る。筈だった。

ルーファスの手は強烈な衝撃に痺れた。


鈴剣流奥義、背斬り。

リンブは腕を振り払う動作で態と背を見せた。


しかしその時には爪先を使い身体を回転させ始めており、ルーファスが斬りかかる動作、軌道を読んで奥義を放っていた。


強烈な一撃を真面に受け手が痺れたルーファスは跳んで後退した。

そんなルーファスの剣にリンブが斬撃を放つ。

痺れた手は剣を握り続ける事が出来ず取り落とす。


「………」


勝てない。

ルーファスは胃の腑を鷲掴みにされた様な焦燥感を抱く。


風が止み砂嵐が収まり始め、周囲の様子が見え始める。

200の部下達は50以下に数を減らしていた。

ルーファスは指笛を吹く。撤退の合図だった。


「何故この場所に我等、リン家が配置されたか…」


背を向けようとするルーファスとその麾下を見据えるリンブの髪が騒めいた。


ルーファスは眼鏡を外す黒尽くめ達を見た。

その右目が妖しく、赤く輝いている。


「くっ!?」


離脱した。背を向け麦畑に飛び込もうと駆けようとし、一歩目で自分の胸から何かが飛び出ていくのを見た。

赤い光だった。

ルーファスは倒れる。


無様に地に顔を付け、赤い光で次々と部下が倒れていく様を見つめていた。

狂っている。

そんな思いがぼやけた意識の中胸中に浮かび上がった。


赤鋼軍と青鈴軍が争う理由があったのか。

近年の宰相は何故グレンデルを冷遇したのか。

何れにせよカヤテ・グレンデルの捕縛はただの引き金に過ぎない。


油の撒き散らされた大地に小さな火種を溢した。

それだけなのだ。


油をフランクラとシカダレスが撒いた。

そしてエメリック第一王子が火種を落とした。


しかしルーファスは知っていた。


エメリックが誰に火種を落とす様に唆されたのか。

それをグリシュナクに伝える必要がある。


彼が何を目指しているのかルーファスには分からない。しかしそれを知らなければ取り返しの付かない出来事が起こる。そう確信していた。


だがそんな焦りや思いとは裏腹にルーファスの意識は闇に飲まれた。


その口から何かが語られる事は最早ない。




壊れた防壁から侵入する赤鋼軍を青鈴軍が食い止める。

まるで錆びた川が洪水を起こし、決壊した堤防から流れるかの様に押し寄せていた。


青鈴軍は赤蟻の様に防壁を登る兵と流れ込む兵とを相手にしなければならなかった。

防壁上で戦っていた兵士の喉に矢が突き立つ。

兵士は獣の様に唸ると狭間を乗り越えて自ら落下していく。


「はっはっはっは!次は俺か?手前ら!ついて来い!」


エリヤス・グレンが歯を剥き出しにして笑う。配下の青鈴兵達が雄叫びを上げた。


防壁崩落部での戦闘は瞬きの間に10人が倒れる壮絶な戦闘区域と化していた。


「死に損ないが!死ね!しねえ!」


「はははっ!青鈴兵の血も赤いか!」


「兄貴の仇!」


赤鋼軍の勢いは止まらない。倒れても倒れても赤い波が押し寄せる。


「父さん、母さん、街を守って死にます!覚悟!」


「グレンデーラに足を踏み入れた事後悔させてくれる!」


「今いくぞ、ダン、デール、ジェイミー!」


青鈴軍は必死の抵抗を試みるが徐々に押されて市街地へ押されていく。


「何をしている。国王陛下直轄軍である我等が負ける事は許されぬ」


マンフレート・スレイプルが自軍を引き連れて瓦礫と死体を乗り越えて姿を現す。


「盾を斜めに構えよ。敵炎弾を受け流せ。頭上に風行法を展開、矢を防げ」


じりじりとマンフレート隊が進行する。

青鈴軍の必死の抵抗に晒されながら100、200と徐々に侵入数を増やす。

そこへ防壁から移動したエリヤス隊が現れる。


「お前ら腑抜けてんじゃねぇ!此処を抜かれれば終わりだぞ!退け!俺が出る!」


密集陣形で進むマンフレート隊を睨む。


「あれ持って来い!ネスからひったくって来い!それまで弾幕厚くしろ!一歩も進ませるな!放て!放て!放てええええええ!」


自身火行法で大型の炎弾を起こし敵の正面に打つける。

暫し防衛を行なっていると手配させた火龍箭が到着する。


「速く撃て!今すぐ撃て!奴らを駆逐しろ!」


「強力な兵器だ。味方が倒れれば直ぐに穴を塞げ。来る。構えよ」


耳をつん裂く砲撃音が響き渡る。絶叫と共にマンフレート隊の盾兵が吹き飛ぶ。


「穴を塞げ。次弾まで余裕がある。進撃せよ」


「次弾装填!行兵!穴を狙い被害を広げろ!ラビ!増援を市街地家屋屋根に展開!援護させろ!2撃め!放て!」


火龍箭が火を噴く。

轟音と共にマンフレート隊を削るが直ぐに穴は塞がる。


更に3撃めが着弾。

再び穴を塞ごうとするが、既にマンフレート隊の目前にエリヤス隊が迫っていた。先頭を駆けるエリヤスは盾と盾の隙間に槍を突き入れて赤鋼兵を殺すと空いた穴に巨大な炎弾を放った。


「ふんっ!はぁっ!殺せ!殺せええええ!グレンデーラに足を踏み入れる不届き者を殺し尽くせえええええ!」


足並み乱れた兵士を斬り捨てながらエリヤスが叫ぶ。市街地の屋根からの援護と相まり赤鋼軍の侵入が止まる。


「隊列を整えよ。劣化のエリヤスは俺が相手する」


持たせていた槍を受け取りエリヤスに向けてマンフレートが歩み出した。




防壁を攻略しようと奮戦するヒルデガルトは徐々に防壁近辺の制地を進めていた。


「あと一息よ!此処が正念場です!気力を振り絞りなさい!」


クラウスが、ユルゲンが死んだ。

矢張り青鈴軍は並々ならない相手。一つの油断、慢心、雑念で歴然の猛者ですら命を失う壮絶な戦いだ。


此処まで国力を落とす戦をする必要があるのかヒルデガルトには分からない。

だが己の立場を捨てる事は出来ない。


家の為、血族の繁栄の為。

皆理由は様々なれど己の持つ者を守る為に刃を振るう。


「ヒルデガルト様!地下から何か!経が近付いています!」


補佐官のザビンが声を上げる。


「何?」


呟いた直後防壁へと経を流すヒルデガルトの配下達が上空へ吹き飛んだ。

あり得ない。


ヒルデガルトが勢力を集めているグレンデーラ防壁南南西は制地を終え複数の行兵部隊により上空からの攻撃も完全に防いでいた。


こちらの足元から土行を行う事など不可能だった。

赤鋼兵が吹き飛ばされた場所を視認する。

土煙の中巨大な岩の腕が突き出ていた。


成る程、とヒルデガルトは考える。


遠距離から此方の経を押し除け敵が経を満たすことはできない。


しかしその身の近くであれば例外。


「岩の巨人よ!先程と同じく対応しなさい!」


岩の巨人はもう片方の腕を突き出し地面から身体を引き抜いた。


ユルゲンの重装歩兵は既にここにはない。

ユルゲンも死んだ。


「炎弾で飽和攻撃!奴の身動きを封じなさい!」


ヒルデガルトは己も経を練り巨人の身動きを封じに掛かる。

巨人は周囲を薙ぎ払いつつ地面から身体を引き抜くとヒルデガルトを目指してその巨体を動かした。


「ヒルデガルト様をまも…」


部隊に指示を飛ばそうとしたブリクサが脚に踏み潰され声を失う。

巨人が駆ける。経が練り終わらない。


「ヒルデガルト様!」


ヒルデガルトは咄嗟に手綱を操るが迫る巨人に馬が怯えて動かなかった。


ザビンがヒルデガルトに向けて岩鞠を放った。

馬の頭部が吹き飛ばされ、馬の体がふらつく。


ザビンは更に己の体を使い馬に激突する。

衝撃でヒルデガルトの体が馬から落ちた。


ヒルデガルトは間一髪で巨人の手から逃れた。

だがかわりにその手にザビンが掴まれる。


「お逃げ…」


ザビンは最後まで言葉を告げる事が出来なかった。

何の抵抗も出来ずに握り潰され襤褸布の様に地に打ち捨てられた。


岩の巨人は地に転がったヒルデガルトへ巨大な手を伸ばした。

ヒルデガルトは笑う。


経は必要分練り終わっていた。


「終わりよ!穿て!」


大気中の水分が奪われて周囲が乾燥し始める。

瞬時に集まった水分がヒルデガルトの経で膨張し頭上に巨大な氷の円錐が浮かび上がる。


水行法・氷千枚


凝縮され比類なき硬度を得た大質量の氷円錐、その針の様な鋭い先端は岩着膨れの巨人へ向いていた。岩巨人の手がヒルデガルトに触れる直前、氷千枚は巨人の胸を貫いた。


勢いで円錐は貫通し巨人の背後に突き立った。


「……部下の仇よ………」


岩巨人の動きが止まる。

巨人の中に人が入っている事は分かっていた。

先に仕留めた一体も胴に巨人を操る人間が潜んでいた。


中の人間ごと岩巨人を貫く事でヒルデガルトは巨人を葬ったのだった。


一言呟きヒルデガルトは立ち上がった。

多くの部下が死んだ。

ぎり、と歯を噛み締める。


グレンデーラを落とし部下の仇を取る。

最早この戦の必要性や大義などどうでも良かった。


そして突如動いた巨人の腕にヒルデガルトは握られた。


「……お前はそこを狙うと分かっていたっ!」


巨人の胴に空いた巨大な穴の下方から醜悪な表情の女が顔を覗かせていた。


「しまっ!?離しなさい!」


スイキョウはヒルデガルトが己の弟が潜んでいた胴を狙うと確信して行法を受けた。敵の行法から逃れられる股間に潜み岩着膨れを操っていたのだ。


「スイフゥゥゥゥゥッ!弟の仇ぃぃぃっ!」


悪鬼の如き形相でスイキョウは叫んだ。


「ぎっ………」


一握り。

呆気なく雪原のヒルデガルトは肉塊へと姿を変じさせた。

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