三塔砦の戦い

黄迫軍第1師団第3歩兵連隊第5強襲大隊第1中隊にその男は所属していた。

男はイグマエアと言い薄くであるがファブニルの血を引いていた。


アガド人同士の混血化が進み近い親族の髪は黒かったが、イグマエアの髪は先祖返りをしたのか美しい赤毛であった。


彼は小隊長として未来にて青黄戦線と呼ばれる事になるクサビナ内乱に参じ、出城陥落とその夜の襲撃でかなりの人死にが出て中隊長に昇進する事となった。


日中帯は汗ばむが夜は涼やかなこの季、イグマエア含む黄迫軍はグレンデルを攻め滅ぼす橋頭堡としてエケベルを陥落させんと三塔の砦を見上げていた。


「これは折れるな」


ぼやくと隣で腕を組んでいた第5小隊長のレウコスが反応する。


「何がですかい?」


「骨に決まってる。上の連中はあの塔を登るだけでどれだけ疲れるか分からんのですわ」


レウコスは体臭がきつい中年だが経験豊富で腕も立つ。

しかし酒に酔うと言動が荒くなるので酒の席では避けられていた。


「流石に天下の青鈴軍ですな。見ました?この前の大水。あれたった2人で起こしてましたぜ」


「狐男か。あれと当たったら命は諦めた方がいいな。下手したらうちの中隊半分は持って行きかねん」


レウコスと塔を見上げながら雑談を続けた。

出城陥落から10日。

多くの兵を失った対グレンデル軍だったが、ゼンマ・ファブニルの巧みな喧伝により日和見だった中立貴族が黄迫軍に着いたのだ。


曰く青鈴軍の要塞を一つ落とし次なる拠点を落とすべく邁進中。


要約すればその様な内容である。


これは欺瞞ではあるが真実であるため質が悪かった。調べればこれが事実である事はすぐに分かる。中立貴族達はグレンデルとファブニルの形勢を見極めかねて中立している所が主流であったが、出城を落としたと言う事実だけを鑑み参戦を表明した。


手痛すぎる攻撃、反撃を受けていることを隠蔽していたのだ。

しかしその甲斐あり軍勢は当初を僅かに上回る程まで数字上は持ち直していた。


最もその質は烏合の集に毛が生えた程度だ。

この程度の喧伝を見破れぬ貴族に碌な戦闘経験がない事は明らかであった。


ともあれ戦争は数とも言う。

イグマエアにとって幸いな事に自分達はこの軍勢の中心であるファブニル一族の虎の子である。無駄な消耗は避けるであろう事が予想できた。


「これ、絶対出城戦より被害出ますよね?」


戦場に似つかわしくない涼やかな声音で話すのは11小隊長のミラビリスだ。


「帰りたいっす。怖すぎ。何あの塔。中隊長、青鈴軍の奴ら、俺たちを根絶やしにする気ですよ!絶対に許せません!」


「言われなくても根絶やしにする気なのは分かってるから大人しくしてろ」


イグマエアは騒ぐ第18小隊長のシングに答える。


「中隊長、ほんと自然体ですよね。怖く無いんですか?」


訪ねるのはレウコスの第5小隊員ツベロだ。


「死ぬ時は死ぬし死なない時は死なないからな。考えても仕方ない。あとお前は下着に小便ちびって臭そうだから近寄るな」


「中隊長汚い。下品。最低です部下の心の世話も上官の務めですよ」


「ディギ煩い。煩いディギ」


シングの部下、第18小隊員のディギータを一瞥もせずに適当にあしらうと彼女は小石を投げ付けてきた。

イグマエアは部下に舐められていた。


「死ぬとか縁起でも無いですよ。僕は妻の元に帰るんです」


小袋から彼の妻の物と思われる髪の毛を取り出し、絵姿を見ながら舐めしゃぶるオランシスの言葉は全員が無視していた。


因みにオランシスは第11小隊長である。


「おい!ディオーン様がなんか話してるぞ!聞いてるふりしとけ!」


部下達に声をかける。


「ちょっとレウコス!?こっち寄らないでよ!臭い!…あ、中隊長すみません。でもレウコスの匂いが…」


「…まあいいんだけどさ」


騒ぐミラビリスを尻目に肩を竦めた。

ディオーン・ファブニルの声は全く聞こえなかった。

因みにディオーンは黄迫軍の総帥である。


「いいかお前ら!俺が先に行く!お前らは俺の拭き残しの糞だ!俺の尻に糞の様についてこい!」


イグマエアは自分の尻を叩いて告げる。

筒履きの前釦を外し卑猥な仕草を第6小隊員のカフラが取る。


冗談めかしているが7割は本気だろう。彼は男色だ。


太鼓が叩かれる。腹の底まで痺れる戦太鼓だ。


「よし!糞雑魚領兵を轒轀車から弾き出して弓から身を守れ!突っ込みすぎても敵に狙われるからゆっくり行けよ!小隊ごとに散開!」


動き出した全軍に合わせイグマエア中隊も行軍を始めた。

イグマエアは面頬を落として左腕の盾を確認した。


いきなり隣を進んでいたガルドエの眉間に矢が突立ち崩れ落ちる。


「早すぎだろ!」


風はない。だが疎らではあるが確かに敵陣から矢が飛来していた。

イグマエアはさり気なくマナガル子爵の兵が動かす轒轀車を乗っ取ろうとしているレウコスに近付く。


「レウコス。この矢、中央の塔から飛来しているな。距離はどの位だ?」


「そこのお前力ねぇなぁ。どいてろ!…ざっと四半里って所でしょうな」


目算はイグマエアと同じであった。


「届くが狙えはしないといった所だな。どんな鬼のような体格の男が弓を引いているんだか」


時折潜り込んだ轒轀車の屋根に矢が突き立つ音が聞こえる。

第5小隊は徐々に子爵の兵を追い出し到頭車を乗っ取る。


「いいか!俺の言う事をよく聞け!直に敵行兵の射程に入る!大技の気配を感じたらこの車は捨てろ!」


レウコスが張り叫ぶ。

イグマエア中隊含む第3連隊が配置されたのは南塔攻略部隊であった。

南塔までの距離は未だ8半里。


過去の戦闘であれば矢や行法の射程は精々が2町と言った所だが、事青鈴軍との戦闘でその常識は通用しない。

風が吹き始める。


「来るぞ!頭引っ込めてろよ!」


弦の弾かれる音が風に乗り耳に届いた。

強風に土煙が上がりイグマエアは腕で顔を覆う。

車の外に矢が突き立っていく。外を行く兵士達がばたばたと倒れ臥す。


周囲を見回すイグマエア中隊は20小隊全てが車に収まっている。


「中隊長!19小隊が衝車に載ってます!」


ツベロが指を指して示す。


「馬鹿か!?あんなもん鼻っ面に出来たでかい面皰並みに真っ先に潰されるだろうが!ツベロ!ザンジ!19小隊をこっちに連れて来い!」


「了解!」


2人は両手を突き出し、手を胸の前で組む。

そして盾を頭上に掲げながら19小隊が乗り込んだ衝車へ向かっていった。


「11小隊の行軍が早い。速度落とさせろ!ケーベン!ミラビリスの側に矢を打ち込め!」


ケーベンは黄迫軍五指には入る名射手である。


「了解!」


ゆっくりと轒轀車を進める。


「中隊長、車の車輪壊しちまいます?そしたら進まなくてすみますが」


「一服するか!…まあその後何処かの部隊に吸収されてそっちで死ぬんだろうがな!はっはっは…」


ケーベンの矢が見事ミラビリスの眼前に突き立つ。

此方を向いた小隊長に手振りで速度を落とすよう伝えた。


「直に行法の射程に入る!ペティオ!経の感知に専念しろ!周辺で行法の予兆を感じたら知らせろ!」


眼前で先頭の轒轀車が爆音と共に散った!


「此方は射程外だ!無駄撃ちするなよ!」


先頭の衝車が地中から突き出した巨大な槍に貫かれ倒れる。


「危ないですな。第8小隊が潰れかけました」


「レウコス。周囲の衝車に巻き込まれない様間隔を取れ」


「了解」


ツベロがイグマエアいる轒轀車に戻ってくる。


「19小隊来ます!」


左方を見遣る。此方へ駆けてくるザンジの膝に矢が突き立つ。

倒れた彼の背に立て続けに3本の矢が突き立った。


19小隊の面々が駆けてくる。

見守る先で火球が着弾し3人が手足をばら撒きながら吹き飛んだ。


下半身を失ったロストラを引きずりながら小隊長のカイリカがやってくる。


「カイリカ。もう死んでる」


「糞っ!」


「何人やられた」


「4人です!」


小隊は10人規模である。19小隊は4割を失った事になる。


「損耗が激しい。奴ら必死だな。そりゃあそうか」


屋根に矢が突き立つ音が雨音の様に聞こえ始め可笑しくなり小さく笑う。


それを横で見ていた19小隊のスピカータが驚愕で目を見開いた。


「中隊長!彼処で頭に矢を生やしているのは大隊長でしょうか!?」


「目が変な方向向いててわかりづらいが恐らくそうだ!」


「他の中隊長2人が死ねばまた昇進ですね!」


「よし!お前ちょっと殺して来い!」


頭のおかしい冗談を部下達と話しているといよいよ砦が近付き攻撃が激しくなる。


「中隊長!エケベルから敵の投石が始まりました!」


「射出方向を観測!此方方面へ飛来しそうであれば直ぐに連携しろ!」


「パルメリ分かったか!」


「了…」


返事をしながら轒轀車から顔を出したパルメリの頭が拳大の岩石で吹き飛ばされて消えた。

レウコスは暫く押し黙った。


「……ペティオ分かったか!」


「了解!」


ペティオはいきなり死ぬ事もなく観測を始める。


「…糞!一方的すぎる!レウコス!カイリカ!塔から射撃している敵は見えるか!?」


「頂上はまるで見えませんな。おまけに逆光」


「窓からの射撃は確認できます!連中風の膜を張って威力を底上げしてます!」


先頭開始から早半刻。未だ南塔に取り付けた車はない。


「まるで進まん!カイリカ!先頭の衝車を援護しろ!窓に向かって弾幕を張れ!」


「了解です!ラピドサ!タルメン!スピカータ!ボレア!デカル!鎌鼬で窓を狙え!」


カイリカの指示で5人が両手を突き出す。

此方の攻撃を避けるため窓の内側に敵兵が隠れた隙に衝車の進む勢いが増す。


「弾幕切らせるな!そのまま援護!」


しかし突如として地面から土槍が広範囲に生え始める。

衝車を押していた兵士達の3割が百舌の早贄の様に貫かれた。


「…お母さん助けて!…痛い…助けて!」


「お岩様お救いください、お導き下さい。私は罪を犯しました。お許し下さい。お岩様…」


死に切れなかった兵士が絶叫を上げながら己の縋るものに祈りを捧げる。


「土行兵を集めねば。塔付近の地面を制地する!ファシクラ!第10小隊を車ごと合流させろ!」


「中隊長!塔頂上からの矢で出られません!」


「その辺の盾拾って走れ!もたもたしてると第5小隊長の糞喰らわすぞ!」


「今直ぐ行きます!」


ファシクラが矢の雨の中聞け出して行った。

突如大地から長大な土槍が飛び出る。

イグマエア達の目の前の衝車が突かれて傾く。


「倒壊範囲からは出ている!そのまま進め!カイリカ隊弾幕維持!10小隊まだか!?」


振り返ると徐々に寄ってくる轒轀車を認めることができた。


「車動かすな!今寄れば狙われる!ケーベン!窓の敵を狙って行兵を削れ!」


「了解。援護頼みます」


ケーベンは口に矢を2本加え、1本を番る。

イグマエアは両手を突き出す。窓から姿を表した青鈴兵達に向け風行法・鼠車を行う。


敵が怯んだ隙に立て続けに3矢をケーベンは放つ。

グレンデル一族は致命傷を与えても動く事が出来れば自爆をしてくる恐ろしい敵だ。全員がその凶悪な火行法を行える訳では無い様だったが、油断は出来ない。

ケーベンは見事確実に命を奪い去る。

イグマエア、レウコス隊、カイリカ隊の轒轀車に漸く10小隊の収まった轒轀車が隣接する。


「トリプリ!防殻壕を作り制地に移れ!油断するな!中で黒仮面が待機している可能性があるぞ!」


「了解。アルブラ、アルミラ、カカリオは天幕を行え。シクロ、カリウスは天幕を強化。マクロス、ヘンリキ、コルツ、エキナは地に経を流し制地に移れ」


アルブラ、アルミラ兄妹とカカリオが地に手を着くと土の柱が迫り出し、頭上に岩の幕が広がっていく。


「中隊長、これは轒轀車の扱い方ではありませんが、流石です」


「辞めろ。肛門が痒くなる」


頭上を覆った天幕がシクロとカリウスの手で凝縮され強固に変化していく。


「中隊長!高濃度の経を感知!なにか来ます!」


ペティオが叫ぶ。

天幕から盾を掲げつつ顔を覗かせる。窓から牙虎を象った黒い仮面の大柄女が乗り出し此方に顔を向けていた。


「来るぞ!強度上げろ!ラピドサ!タルメン!空砲用意!ぶつけて外らせ!スピカータ!ボレア!デカル!突風で威力を弱めろ!ケーベン!あの虎女を射殺せ!」


イグマエアは援護の為風流陣を行う。

降り注ぐ矢を風流陣が逸らしてくれる。

ケーベンが躍り出て素早く矢を引き絞った。

ケーベンの矢は虎仮面の女の喉目掛け進む。


「なにっ!?」


ケーベンは驚きの声をあげた。虎仮面の女は素手で矢を掴み取っていた。

鏃は女の喉の3寸手前で止まっていた。


「ケーベン!?」


ファシクラが叫ぶ。

女が掴んだ矢をケーベン目掛け投げ放った。

ファシクラはケーベンの肩を掴みその射線からケーベンを退かす。


そして代わりに自身の胸に矢を受けた。


「ファシクラ!?何故だ!」


天幕の下に転げ込んだケーベンがファシクラに尋ねた。


「…逃げろ…俺よりお前の方が、ずっと…」


「いかん!来るぞ!退け!」


第5、10、19小隊ご蜘蛛の子を散らすように車から逃れた。


その直後巨大な火球が天幕に着弾し爆発した。

ファシクラが爆炎に飲み込まれ、2台の轒轀車と共に消えてしまう。


一方先頭を進んでいた第11小隊が到頭門の前に到達した。


「門を破壊します!引け!」


ミラビリスの掛け声と共に轒轀車に取り付けられた破城槌が引かれ、轟音と共に打ち付けられる。

青白い青鈴岩を加工した門扉が軋む。


「中隊長!強い経の気配を感知!」


「ミラビリス隊を彼処から引かせろ!トリプリ!土行方で天幕を作れ!」


隣に立っているトリプリに指示を出した。


「………」


しかし反応が無く怪訝に思い見遣るとトリプリの喉元に赤い線が入り、身体が倒れる。

倒れた拍子にトリプリの首が兜ごと転がった。


「レウコス!トリプリが死んだ!10小隊を指揮下に収めろ!10小隊員は辺り一帯を天幕で覆い敵から此方を隠せ!」


合図を受けたミラビリス隊が天幕を展開しつつある此方に駆けてくる。


「イグマエア様申し訳ありません。4人失いました。」


一度は門に取り付いた11小隊は半数近くをすでに失っていた。

全体の消耗率はたったの1刻で3割と言ったところだろう。予想は出来ていたが余りに激しい抵抗に被害は大きい。


「この塔で1番強いのはあの虎女だろう。奴が出て来たら逃げるしか無い!青鈴軍の指揮官は誰だ?!」


「先程シキミ・グレンデルの姿を確認しました」


イグマエアにミラビリスが答える。


「前王の護衛武官だった男か!糞!となると副官はハミルトンか。ハミルトンくらいは討ち取りたいな。糞!」


悪態を吐く中天幕が広がっていく。


「第6、第15小隊は何処だ?!」


「南側に回り込もうとして牽制されてますな」


「と言うかなんでうちの中隊が最前線なんだ?!巫山戯んな!」


「そりゃあうちらより前にいた連中が皆んな死んじまったからじゃあ無いですかい?」


「糞雑魚がぁ!…よし、第3、第4、第8小隊を南に向かわせろ!第1第2小隊は其奴らの援護!第7、第9小隊をこっちに合流させろ!南を陽動に此方から制地を仕掛ける!」


「中隊長、あれを」


19小隊長のカイリカが指差した先で第9小隊の動かす轒轀車が溶岩流を被り激しく炎上した。

隊員が火に巻かれながらのたうち回り生き絶えていく。


「…惨い…。全滅か…。ならば18小隊だ!天幕維持を手伝わせろ!」


「中隊長の切り替えの早さは尊敬してますよ」


カイリカが呆れ半分感心半分の様子を見せつつラピドサとタルメンを走らせた。


イグマエアは土行兵達に南棟の北東位置に天幕を展開させ厚く硬く強化しつつ広げさせた。


大隊長も戦死し上層部からの指示は途絶えている。

第5強襲大隊所属の各中隊が個別に動いている状態であった。


「イグマエア様。第2師団が…」


中央塔を攻めている黄迫軍第2師団と諸侯軍役1万2千がエケベルからの投石により蹂躙されている光景がそこにはあった。


北塔の第3師団は此方南と同様攻めあぐねている。


「何だと…!?此処が一番ましでは無いか…!」


「イグマエア中隊長の下で助かってますわ」


レウコスが言う。


第2騎兵連隊が10騎で綱に括り付けた丸太を引き摺り門へと駆けて行く。

彼等は門に辿り着く前に半数以上を失い丸太を引き摺れなくなり綱を離して引き返していく。門の南東側では第4強襲大隊が第3弓兵大隊の支援を受けながら闇雲に雲梯車を押し南塔の側面に取り付こうと攻勢を仕掛けている。


「中隊長!遅れました!」


「到着致しました」


第7小隊長のエンドリと18小隊長のシングが到着する。


「塔の敵行兵と10小隊が制地を争っている!ディギータ、ギプソン、アルテナ、ベスペルを突っ込め!残りは天幕を拡張しろ!」


頭上では天幕を破壊せんと行法が撃ち込まれる爆音が響いていたが硬化が進んだ天幕は小さな破片が降り注ぐだけで持ち堪えている。


「油断するな!強化続けろ!制地どうだ!?」


「イグマエア様、敵の抵抗が南側に集中しています。此方の天幕を破壊するのが敵の最善手では?」


ミラビリスが尋ねる。


「そうだ。一気に来る。だから制地権を奪い敵の大規模土行法を防ぐ」


敵の経を此方の地中に浸透させなければ土行法の攻撃を受けることは無い。


「来ました!中隊長!敵が制地権を奪いに来ました!経が浸透してきます!押し返される!?」


シングが地に手をつき経を放出しながら叫んだ。


「何としてでも押し返せ!此処が正念場だ!押し負ければ全滅だ!怖気付くな!弱気の奴は玉捥ぎ取って喰わせるぞ!」


「そんな下品なもの付いてませんぅ!中隊長も突っ立ってないで手伝って下さいぃ!」


「真面目にやれディギ!南側第6、8、15小隊を前進!敵の意識を裂かせろ!」


「く、く、くああああっ!これ、敵行兵多分2人しかいないですよっ!」


「なんだと!?…シング!ナターレとラドゥを制地に回せ!敵の経が弱まった瞬間全員で全力で押し込め!ミラ!第2中隊に伝令送れ!壁を抜く!」


「了解!マルビア!第2中隊に走り増援要請をしなさい!」


「了解!」


マルビアが駆け出す。しかし天幕から足を踏み出した瞬間彼女の足元に巨大な炎弾がぶつかり破裂した。マルビアは両脚を失い地面に叩きつけられる。

明らかに死んでいた。


「グローサ!援護する!走りなさい!ヒルス!クラシカ!バンデリ!グローサを援護!」


3人が直ぐに走り頭上を守る岩天井から身を躍らせ風行法をぶつけ始める。


「グローサ!行け!行け!」


ヒルスの合図にグローサが駆ける。

彼女は被弾する事なく駆けて行く。


「ぐ……がっ!?」


しかし弾幕を張っていたヒルスの肩と胸に矢が突き立った。


「中隊長!南の15小隊の車が大破!」


「生き残りこっちに合流させろ!替わりに20小隊をあてがえ!あと一息踏ん張れ!」


「ぎ、ぎ、ぎあああああっ!中隊長も手伝ってくださいよ!」


脂汗を流し叫ぶディギータを無視して周囲を確認する。


「第2中隊何をしている?!遅いぞ!…やむを得ん!我々第1中隊で突入する!レウコス!シング!合図で塔の壁に穴を開ける!ミラビリス!カイリカ!穴が開いたら突入して壁周りを制圧!門を内側から開放しろ!行くぞ!三!二!一!」


イグマエア麾下の土行兵達が一気に経を流し込み周囲の地面や塔の壁面を制した。

そして直ぐに塔の壁に大きな穴を開ける。


「っぶっ!?」


「が…はっ!?」


「っ?!」


壁が溶けるように動き大穴が開いた瞬間内部から鋭く尖った石飛礫がばら撒かれ、11小隊のクラシカと19小隊のタルメン、ボレアが被弾する。


石飛礫を喉に受けたタルメンが喉を抑えてのたうち回る。


「怯むな!制圧しろ!」


仲間の被害から意識を切り離しイグマエアは経を練る。

塔の中には2人の黒尽くめの姿しか見当たらなかった。


「囲め!手練れだぞ!飽和攻撃を仕掛けて仕留めろ!」


黒尽くめは魚の面を被っていた。1人は女、1人は男だ。

突入したミラビリスが大振りな曲剣で女に斬りかかる。


「退けミラ!」


ミラビリスの斬撃は擦り落とされていた。このままでは背に脇腹を抉られるだろう。

イグマエアは両手を突き出す。


風行法・空砲。

空気の塊を打ち出し敵を狙う。

敵2人は素早く軌道から逃れ両手を握った。


「防げ!」


仮面の下の頬が膨らむのが見えた。

仮面の口元から吐き出された水球が迸る。

しかしせり上がった岩戸がそれを受ける。


「支援頼むぞ!千剣、鈴剣礼位イグマエア・ファブル!」


「千剣王剣仁位スイナ」


「王剣仁位、鈴剣礼位、スイガ」


スイガと名乗った男がその場で飛び上がり石組みの壁に取り付くとそのまま壁を四つ脚で這いずり距離を詰めて来た。


「き、きもっ!?ミラ!レウコス隊援護!」


スイナと名乗った女が異様な速さで地面を這いイグマエアに迫る。

飛び掛って来たスイガの剣を受け、ミラビリスがスイナの剣を受けた。


スイガはイグマエアが攻撃を受けるや否や蹴りを放ち反動で再び壁に張り付く。


ミラビリスはスイナの剣を受けて口から噴出された水針を屈んで躱すが胸に蹴りを食らって吹き飛ばされた。


「打ち合うな!強すぎる!三合持たん!行法で追い詰めろ!」


レウコス隊とミラビリス隊から石飛礫が飛び敵2人が後退する。更に床からせり上がった石筍を避けて敵は距離を取る。


床に這い蹲り魚面越しに此方を伺うスイナと天井に張り付いて逆さで此方を伺う敵2人。


「キッキキキキっ」


「キキッキッ」


2人が奇妙な音を喉から鳴らす。

意思疎通を測ったのだろう。此方には内容を知るすべはない。


身構えていると2人は背を向けて素早く視界から姿を消した。


「っぶはっ!?なんだあいつら!?気持ち悪い動きしやがって!ミラ!無事か?!」


受身を取ったのか傷の無いミラビリスが立ち上がる。


「目が回りますが問題ありません。門の制圧に移りましょう」


「お前の隊は重症のヒルスしか残ってない。お前は俺の補佐をしろ。青鈴兵の姿が見えんのが気にかかる。レウコス、門を制圧!エンドリはこの場を防衛だ!」


「了解」


「了解!」


小隊長2人が敬礼する。

2人とその麾下が走り去ると同時に11小隊のグローサと第2中隊が現れる。


「…壁を抜きましたか。流石ですね」


第2中隊長のバリガータが悔しそうに歯噛みしながら口にする。


後方で被害を軽減するべく歩を進めずにいたこの男に悔しそうにされるいわれはない。


虎穴に入らずんば虎子を得ず。しかしイグマエアは決して虎子を得たかった訳ではない。

少なくない部下が此処までに死んでいた。


「バリガータ。塔制圧の先鋒を頼んでも良いか?」


尋ねると彼は怪訝な顔で此方を見た。

概ねその様な戦功を譲っても良いのか?と言った思考だろう。


「無論!任されたぞ!」


途端に上機嫌になり配下に指示を出し始めた。


愚かな事だ。塔内の兵士は窮鼠だ。

攻め手に激しく噛み付くだろう。


況してや敵は青鈴軍。先鋒はただではすむまい。

続いてやって来た貴族や黄迫軍の他大隊を送りイグマエアは塔から出る。


「負傷者は?ヒルスはどうなった?」


ミラビリスに尋ねる。


「ヒルスは駄目でした。私の隊はグローサだけです」


南塔からの攻撃は既に止んでおり、時折窓から兵士達の絶叫や爆音が漏れ聞こえる。


「隊列を整えろ。各隊死傷者を報こ……」


傾き始めた西日を何かが遮る。

イグマエアは塔を仰ぎ見た。

黒い影が塔の狭間から飛び出して西へと飛んでいく。


次から次へと。

その数は優に100を超える。


「イグマエア様…あれは?」


「中隊長。あれは多分黒尽くめですな。奴ら、飛ぶ事も出来るんですなぁ」


レウコスが無精髭を撫でながら感心した様子で言う。


中央塔からも、北棟からも黒い影が飛び出して蟻の行列のように一列に、一直線にエケベルへ向けて滑空していく。


南塔に遅れて抵抗が減じた二つの塔に味方の軍がなだれ込んでいく。


イグマエアは違和感を覚えた。

黒尽くめは塔から脱出する術を持っていた。だが青鈴軍は?


黒尽くめは自分達だけ助かり青鈴軍を見殺しにした。

そんな事が有るのだろうか?そんな事をすれば今後の二者の関係性は崩れ去る。


もし。


もし青鈴軍も逃げ出していたなら。


地下道を掘っていれば黒尽くめが持ち堪えている間に脱出が可能である。


無人となった塔を彼らがそのまま破棄するだろうか?

間違い無く出城と同様に敵、即ち対グレンデル勢諸共破壊するだろう。


「全員直ちに此処から離脱しろ!」


可能な限り敵を巻き込むためなら自分ならどうするか?

最も兵の多い方向へ向けて倒すだろう。

即ち門の方向だ。


「離れろ!塔から離れろ!倒壊する!」


走りながら叫ぶイグマエアに隊列を整えていた小隊達は遅れる事なく付き従う。

周囲の別部隊も釣られて同じ方向に走り出した。


「レウコス!シング!辺りに逆さ船首を作れ!」


「聞いたか!とち狂った中隊長様が仰せだ!やれ!」


土行兵達が大地に手を着く。

船首を逆さにした形状の岩が迫り出しイグマエア中隊を南塔から隠した。


その時だ。


数日前に経験した激し過ぎる爆発が起こった。

閃光は夕陽を飲み込み音は全てを塗り潰す。

上空を飛び回っていた鳥達が気絶したのか、はたまた死んだのか落下する様をイグマエアは眺めた。


今回の爆発は大きなものが3度で終わった。確認するまでもなく三塔だろう。


瓦礫が爆発により飛び散りすんでで完成した逆さ船首にぶつかる。

岩と岩がぶつかる音が止むと逆さ船首の向こうで南塔がゆっくりと傾いていく様子が目に映った。


中央塔も北塔も同じ様にゆっくりと傾いていく。

その肚の中に多くの兵士を抱えながら。



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